自殺願望。
ルーベルトは空を見上げて顔を曇らせた。晴れてる間に移動を試みようと考えていたのだが、昼から天気が崩れて雪が再び降り始めたのだ。ルーベルトは捜索隊としてたまたま合流出来ていたが、変わりやすい天候は紛れもなくルーベルトの管轄外らしい。俺は山岳地図が無いかと聞いたら流石に軍人。用意が良かった。
「陛下、イヴァン博士。今現在位置はこちらで、陛下が消息を絶ったロッジがこちらで、麓が此処になります。」
そう言って、分かりやすくサインペンで印を付けながら説明してくれた。ミサトの方向音痴ぷりが規格外レベルなのが良く分かった。案の定、思いっきり山奥に移動してくれていたのだ。
「もし、近くの町まで戻るとしたら…………」
「うーん。僕の見積もり的には2日はかかると見るかな。陛下もイヴァン博士も登山経験ないでしょうから。」
「それは無いな。月にはそう言うの無かったし、無重力なもんで。」
「私も今回が初めてになるわね。」
「まぁ、陛下も初めてってのは理解出来ますね。最長老様がそれはもう大事になさってましたし、陛下は普通のエルフよりも成長が早いと妖精王のお告げがあったから通われた学校も日本の学校でしたから。」
「えっと、じゃあ。エルフの成人って本当なら幾つなんだ?」
「僕たちエルフは30歳が普通なんですよ。陛下の15歳で成人されたのは隔世遺伝の影響じゃないかとは言われているんで。陛下もまだ学校通われてますよね?」
「ええ。私は今年から高校に入学したけど、今回の件で何ヶ月も学校に通える状態にはならないから通信制高校を選択して休学届け出してから来てるの。」
「…初耳なんだが…………」
「なかなか落ち着いて話す機会なかったでしょ?私たち、知り合ってまだ2ヶ月も経ってないわよ。」
「………………」
ええと。今更。本当に今更だ。高校生娶っちゃんだと。俺、完全にロリコンじゃあって全世界に誤解されてるんかぃ!まぁ、普通に考えれば親子程に年齢差あるしなぁ。一応、とりあえずこれ聞いとくか。
「んじゃ、日本の義務教育は終わってるんだよな?」
「ええ、終わってるわよ。ただ、学校には行かなかったの。」
「何故だ?」
「私が学校に行くと必ず車通学なの。安全を考慮されてね。それに、教室までSP が付いて来たから同じ年齢の子には奇異の目でしか見られなくて。誰も近寄らないからそれだったら学校行かなくて良いかって。」
小学校、中学校って人間関係を育む場所だった筈なのに。爺さん、それじゃ友達一人も出来ねぇじゃねぇか。高校も俺が通う時間を取り上げている様なものか。今回の件だって爺さんだったら預言出来ててもおかしくは無い。
「ルーベルト、すまんが、お前今から5分だけ空気な?」
「ええっ!」
とか言いつつ明後日の方向を向いてくれた。空気読んでくれてありがとな。俺はミサトを抱き寄せる。想定すらしてなかったみたいだ。随分と慌ててる。ああ、楽しいなぁ。表情がコロコロ変わるのが見ていて飽きない。
「ミサト、これは夫婦としての約束な?俺たちの間には今後一切隠し事は無しだ。」
そう宣言して俺はミサトの唇を塞いだ。本当に愛おしい。がっつかない様には気をつけているつもりだが、俺の本能はミサトがもっと欲しいと訴え続けた。ミサトの腕が俺の頭を抱え込んだと分かると想いは更に加速した。ただ、これ以上やると俺、ミサトを蹂躙し尽くす自信しかないから名残惜しいが俺はミサトを解放した。ああ、この場にルーベルト居なかったら俺、絶対自分の欲望に忠実に従ってるな。あんな目にあったからもう女はこりごりだと思ったのに。吐き気さえ覚えて。自己嫌悪を通り越して余りの罪深さにいっそのこと殺してくれ!とロシア語で懇願する程に。やばっ、いらん事思い出した。これじゃ、ミサトが心配するじゃねぇか。なので。
「約束な!」
そう言って空元気だ。だが、残念ながらミサトにはバレてしまった様で。
「もう、最初からはい。の選択肢しか用意してないじゃない。あなたはいつもそう。」
そう言って、俺をぎゅっと抱きしめて離さなかった。負傷した左脚は腫れ上がって痛々しいから気にはなったが、もう、俺の心が。辛かった事や嫌だった事、まるでダムが決壊したかの様な状態で溢れ出して止まらない。俺は泣いた。ただひたすら泣いた。男だからみっともないとは思ったが、もう止まらない。多分、こんなに泣いたのは両親が事故で亡くなった時以来だ。早口でロシア語が飛び出し続けた。ミサトはロシア語を習い始めたばかりなので聞き取れないのは分かっていたが、そんなのはどうでも良い。俺はただただ、感情を吐き続けた。
残念だね、イヴァン博士。僕は生憎ロシア語が母国語じゃないにしても母親がロシア人だから分かってしまうんだよ。今、あなたが吐き続けてるその感情がありありと。もう、分かるんじゃないかな?僕の母さんは今、陛下達のお世話を臨時でしているアーニャその人だからね。陛下も何を話してるかは存じあげてない様だけどもその目には慈愛が溢れていらっしゃる。話してる内容は
「死にたかった。本当に死んでしまいたかった!身動きが取れない状態で強要され続けた!何で身体が動けなくなったのまでは分からなかったが、動けない状態で不死の呪いを受けた後に俺を不死族にした後にミサトを俺の手で殺させるって言われてしまったから俺は何一つ出来なくなってしまったんだ。いっそのこと、殺して欲しかった。ミサトを傷つけるのだけは我慢がならなかったから、舌噛み切ろうとしたけどそれも阻まれたんだ。あの女に腕輪の事気づかれて壊されようとしたからそれだけは死守しないとって思って頭突きして怯んだ隙ついたらどうにか左腕だけは動くのが分かったから隠したら頭に来たらしくて鞭で打たれたんだ。何度も意識が飛びそうになったけど、意識が無くなれば壊されると確信したから耐えたんだ。上半身前も後ろもやられたよ。三日三晩続けてだ。痛かったし、苦しかった。従わないと分かるとあいつ……………死にたい。死にたい。頼むから誰か俺を殺してくれ!今すぐだ!!!」
正直、最愛の人の前で言う事じゃないだろうって思ったよ。まぁ、イヴァン博士も恐らく話の内容なんてよりも魂が陛下の癒しを求めて訴えていたからああなったって事は分かるんだ。ただ、幸いだったのはイヴァン博士の証言が図らずも取れた点だ。僕はこっそり地球政府から受け取ったスマホの録音ボタンを切った。僕が報告を聞いた際には精神的ショックが酷くて失語症を発症させてるからタイミングを見てイヴァン博士に聞き取り調査をする様に言われていたんだ。もし、本音を聞き取るとしたら、書く言語もロシア語であろう。ってお偉いさんには言われていたから。でも、お陰様で手間は省けたよ。陛下が遭難してなかったら恐らく今でも殻に引きこもっていたのは想像に難しくない。失語症を克服するなんてあり得なかった。陛下がイヴァン博士の心を捉えて離さないから素敵な奇跡が起こるのさ。ほらね。
「話の内容はさっぱりわからないけどね。これだけは言えるよ。イヴァンが生きていてくれて良かった。帰って来てくれて良かった。無事で良かった。感情を吐き出してくれて良かった。イヴァンは何でも一人で抱え込んでしまうからパルスレーザーの件にしても、今回の件もずっと一人で抱え込んで私の見えない所で苦しむんじゃないかってずっと前から心配してたよ。だけど、隠し事は無いって約束なんだから、これからはちゃんと話してくれるよね?」
「…………」
「イヴァン、良く頑張ったね。これからは何でも二人で相談し合って辛い事も悲しい事も支え合っていこうね。イヴァン、愛してるよ。」
イヴァン博士は肩を震わせながら首を縦に振った様だ。まぁ、こうなるのは分かってた。今度からイヴァン博士の5分だけ空気依頼は最低でも3時間って思った方が良いだろう。ここから先は野暮も良いところなんで無の精霊にお願いして音を遮断する様、闇の精霊にお願いして中が見えない様にお願いした。
外に出た。雪が降り続いている。僕は無線機の操作を始めた。本当なら室内でしたかったけど室内じゃあ盛り上がっちゃっているもんで。無事、無線が繋がったので。
「こちらルーベルト、捜索対象と接触成功。なれど、天候不良により下山を断念。現在地点は…………」
これで天候が回復したら即座にお迎えが来るだろう。ああ、早く終わってくれないかなぁ。余りに寒いから氷の精霊に即興でかまくらを作って貰って火の精霊で暖を取った。これで僕が風邪ひいたらイヴァン博士のせいですからね!
イヴァンの暴走はとどまるところを知らなかった。猛り狂う獰猛な狼を見たのは本当に久しぶりだった。感情が抑えられなくなったんだろう。本当に辛く苦しかったんだろうと思うと私も自分の感情に正直にならざるを得なかった。お互いがお互いを欲しがったからついついかなりの時間が経過しているみたいだ。下が濡れていたのにも関わらず、勢いは止まらなかった。左脚が折れているからって極力負担がかからない様にだけはしてくれた。今のイヴァンの心の傷は想像以上なのは様子から見て伺えた。そのイヴァンだけど、私の隣で完全に熟睡している。地べたは濡れているにも関わらず。流石に服は着たままだけど。大分服が水を吸ってるが、泣き腫らした顔なのに久しぶりに笑顔が浮かんでいた。でも、このままではまずいのは分かる。私は火の精霊を呼び出し、暖を取った。そして、気がつく。弱いが妖精魔法を使って配慮してくれているのが。使ったのはルーベルトさんだろう。私は妖精魔法を強制で解除した。すると。
「はぁ、やっと帰りを許されましたか。」
そう言ってルーベルトさんが入ってきた。火の精霊を従えて。火の勢いが小さいから多分、ランクが低いんだろう。気がつけば夜になっていたみたいだ。
「ごめんなさい、ルーベルトさん。イヴァンが完全に眠ってしまって。どうにかならないでしょうか?」
「ああ、確かにまずいですね。では、大急ぎで設営するんでイヴァン博士の方をお願いしても良いですか?」
「分かったわ。」
私は無の精霊にお願いして私自身とイヴァンを浮かせた。そして、風の精霊と火の精霊にお願いして温風を出し、乾かした。かなり服が汚れているが今は気にしない事にした。ルーベルトさんはテント設営を急いでくれた。流石に軍人だけあってこういうのはお手の物らしい。入り口を開けてくれたので、浮かせたまま先にイヴァンを入れて丁寧に寝かせてから自分も中に入った。ルーベルトさんは。
「陛下も今日色々あってお疲れでしょう。見張りは僕がやりますんで今日の所はこれを飲んでゆっくり休んでください。」
そう言って渡されたのは鎮痛剤だった。私は水を貰って服用した。
「陛下。イヴァン博士の心の傷は想像以上に酷いものです。それを癒す事が出来るのは陛下しかいないのは確かです。まだロシア語を習い始めたばかりだと伺っているので今日の内容も聞き取れなかったと思います。ただ、一つだけ単語を教えておきます。それは、(YA khochu umeret’)って言うんですが、これ、日本語で死にたいって言う意味です。今のイヴァン博士は自殺願望がおありなのかもしれません。」
ただただ、ショックだった。
「だから、大事な事なので陛下には教えました。もし、イヴァン博士がこの単語を口にしたら絶対に目を離さないでください。」
「何故、それを?」
ルーベルトさんはにっこり笑ってこう答えた。
「まぁ、その謎は案外早く解けますよ。何でって思われるかもしれませんが、僕の身内はあなた方のすぐ側に居るからですよ。それじゃ、おやすみなさい。陛下。」
ルーベルトさんはさっさとファスナーを締めて外界から遮断した。自分の体の事もあるが、イヴァンに自殺願望がある事が分かって正直、心配で眠れなかった。死んだ様に眠る彼を抱きしめて、どうか早まりません様にとエルフの神にお祈りをした。




