月の民と消えた故郷 2
本日1本目です。視点はミサトになります。
過去の遺産であろうスペースシャトルは祖父やみんなの努力も虚しく迷いの森の3分の1を焼き尽くした。
液体の燃料らしきものが火の手を助長したのだそうだ。
私はあの後、祖父の命で生き残った青年の看病を言い渡された。正直なところ、私も手伝うと言ったのだが、
「そもそも消火が遅れたのは我の指示に従わなかったからじゃ。我が直々にミサトについて行けと命じたにもかかわらずじゃ。その様な不埒者に慈悲は必要なかろう。消火がすみ、森を蘇生させるまで休息は許さぬ。じゃから作業はこちらに任せるが良い。ところでじゃ。あの青年には少々気になる所がある。日本語では無い様じゃ。学校で英語は習ってたであろう?気が付き、落ち着いておる様なら事情を聞いては貰えまいか?」
そんな訳で、私は眠っている青年の側にいる。どうやら骨折していたみたいで、魔法で完治させたものの、理由は分からないのだが高熱が続いている。何かにうなされている様だが、話すスピードが速過ぎて意味が理解出来ない。辛うじて分かるのは誰かの名前らしい単語だけだ。たらいの中の水が温くなり、氷の精霊を呼んでロックアイスを足して貰った。青年の額に置かれていたタオルを回収して氷水につけて再び青年の額に置いた。滲み出る汗を拭こうとして左手を掴まれた。青年は気がついた様で、私を見て目を大きく見開いた。そして、
「…………」
聞いた事すら言葉で困っていると。
「済まない。この言葉なら理解出来るか?」
それは紛れも無い日本語だった。
「はい。大丈夫ですか?」
「ああ。俺は大丈夫だが、俺の仲間は?」
私は首を横に振った。恐らく意味を悟ったのだろう。
「……。」
わなわなと身体が震えていた。哀しみが心を支配したのだろう。
「そうか。あの二人は逝ってしまったのか。あの二人は幼馴染でな。青い星地球に憧れて育った親友だった。俺を逃がすために…ちきしょう!」
悔しさ滲ませながら、俯いた。左手は掴まれたままだ。手に力が入っているから傷みを覚えたが、何だかこの人を放ってはいけない気がした。
「…あなたの名前を聞いても良いでしょうか?私はミサト・アカツキ・セレネティアと申します。」
「ミサト?君は日本人のハーフなのか?」
「はい。ハイエルフとハーフエルフの混血でして、祖母が日本人です。何でも隔世遺伝らしくて。」
「そうなんだ。俺はイヴァン・スワロスキー。ロシア系の月の民2世って所だな。この度は命を助けてくれてありがとう。そして、迷惑かけて申し訳ない。実は非常事態なんだ。話したい事がある。偉い人と話させてくれないだろうか?不躾で申し訳ない。」
「分かりました。私の祖父を呼んで参ります。私の祖父はここの最長老を務めております。名前で呼べば不敬に当たります故名前はお教え出来ませんが、何かしら知恵を賜る事が出来るでしょう。少しお待ち下さいませ。」
私は窓を開け放ち、羽を出して大空を飛び立った。祖父を呼びに行ったのだ。
イヴァンはぽかんとしてなんだあれって顔しか出来なかった。
「この度は色々ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。」
「いや、構わぬ。ミサトから聞いておる。非常事態と言う事じゃが、話して貰えるかの?」
「はい。実は、月の民は年々人口が増えているにも関わらず、限られた場所でしか作物を作る事が出来ません。開発はしたくても資源が限られているからです。その為、地球に侵略して移民しようと言う話で議会が纏まり、大統領は地球に宣戦布告し異世界から来た人々を排除しようとしています。俺たちは母なる地球が戦火に巻き込まれて焦土になるのを見て見ぬふりが出来ず、仲間と共に月から脱出したのですが、元々、俺が作ったスペースシャトルは資料を元に復元はしましたが、材料が足りず片道持てば良い代物だった上に月から攻撃を受けまして…」
「スペースシャトルは再現したと言うが、そもそも素人がプラモデル感覚で作る代物ではなかろう?」
「はい。俺と死んだ仲間二人は宇宙工学のエンジニアですので。やろうと思えば1から設計出来ますが、今回は急いで知らせなければと思ったので既にあるものを少々小型化してどうにか…」
「ふむ。元を正せば50年前に我らが天変地異を阻止出来ていれば月に逃げる必要すらなかったのだ。そなた達の言い分至極尤も。事情は日本政府に相談すればその辺考慮はして下さるだろうが、同じ地球人同士で血を流し合うのだけは阻止せねばならぬ。」
「ですが、あなた達が来る前から我々地球人は色々な理由で血を流してるんだ。最長老様。」
「…確かにそうではあるのじゃが。」
後ろで話を聞いていて、何だかとても歯切れが悪い祖父を見たのは初めてだと思う。
「じゃが、移民に関してなら方法が無い訳では無い。血を流すよりも建設的な案を提示できれば。そうじゃ。ミサト。ミサトが月から転移魔法を使える様になれば地球に馴染むのに時間はかかるかもしれぬが共に生きる事が出来るであろう。」
「ええっ!昨日羽化したばかりなのに!流石に無茶です!お祖父様っ!」
「無理は承知の上じゃ。本当なら我が行った方が良いとミサトも思ったじゃろう。じゃが、預言で告げた運命の時は刻々と来ておるのじゃ。我は一族を災厄から守らねばならぬ。」
「災厄?」
「イヴァンさんはご存知ないと思いますが、祖父は預言者でもあるのです。」
「預言者…」
祖父は杖で水と氷の入ったタライを指し示し、故郷が粉々になる未来を私とイヴァンに見せてくれた。空から降って来る光を見てイヴァンの顔はみるみる青くなっていった。
「あれはパルスレーザー砲!何であんな物が。まさか、まさか。俺たちが来たばかりに此処が試し撃ちの標的になってしまったと言うのか。」
「…知っておるのか?」
「はい。月の民が独自に開発した武器の一つです。まさか軍事転用が既に終わっていたなんて。申し訳ありません。まさか、こんな事になるなんて夢にも思わず何とお詫びを言えば。」
「気にするでない。その様な事をされる所以を作ったのは我々じゃ。母なる大地が失われてもそなた達を責める事は我には出来ぬ。行動は早い方が良いじゃろう。じゃが、今のままではどうにもならないであろう。月の民であるそなたが何故起き上がれないのかは理由は明らかじゃ。地球の重力に慣れていないからであろう。一時的に月の重力を再現してみよう。」
祖父はイヴァンさんを対象にして魔法を唱えた。魔法陣が二重、三重とイヴァンさんの身体を包み込んだ。
「これが魔法…………」
「左様。もう、起き上がれると思うがのう?」
起き上がるのを助けた。イヴァンさんと目があって優しく微笑み返してくれた。今まで向けられたことの無い感情に少し戸惑った。熱で浮かされているからか理由は分からないがこの方から何故か目が離せない。この感情は一体何だろうか?祖父の咳払いが聴こえて私とイヴァンさんは祖父の所に歩み寄った。
「さて、そなた達は明日にはここを離れるが良い。旅装はこちらで準備をしておいた。一人1個ずつアイテムバックがあるから中身を確認するが良い。」
祖父からアイテムバックを受け取った。祖父が書き記したであろう膨大な量の魔道書を見つけて思わず祖父を見た。旅に必要そうな物も入っていたが中にはなんでこんな物が入ってるんだろう?ってものまである。ハイエルフ族の婚礼の衣装やら一族の正装なんて明らかに必要ないと思うのだが。アクセサリーは換金して路銀にでも当てろとでも言うのだろうか?支配者階級の人間が貧乏とは想像つかないんだがと頭を捻っていると通帳と合わせても日本円で一生かかっても使い切れない単位のお金まで入っていた。これじゃまるで生前贈与じゃないかと思ったが、ツッコミを入れるのは憚られた。私を見る祖父の目が真剣味を帯びていたからだ。
「何か言いたそうだが、質問は受け付けぬ。この爺ィがお前にしてやれるのはこの位じゃからのう。膨大な魔法は旅で大いに役に立つであろう。目的である転移魔法を会得するのは簡単な事ではない。じゃが、案ずるでない。ミサトなら努力して出来る様になるとこの爺ィは信じておる。先ずは少々危険ではあるが浮遊大陸群を渡るにしても、沈まなかった陸地を旅するにしてもイヴァン殿を抱えて空を飛べないと話にはならぬ。時間が無いからこの後は空を飛ぶ練習に充てるが良かろう。先程、我を呼びに来た時いつ墜落するかとハラハラして見ておれんかったからのう。我はこの後もイヴァン殿にお願いせねばならない事がある故、ミサトは下がるが良い。」
「はい。失礼します。」
私は祖父の命で部屋から離れたが、言い知れぬ不安が私を支配するのにそう時間はかからなかった。
真夜中。
横にはなっていたのだが、どうにも寝られず。
祖父が住まう屋敷から出ると、玄関にイヴァンさんがいた。電子タバコに着火してふうっと一服吸っていた。タバコを噛む癖があるのだろうか。メンソールの匂いが煙になって空に昇っていた。昼間見た時はどちらかと言うと粗野な印象だったが、夜の月明かりに照らされれば大人の色香と共に精悍な印象を受けた。
「眠れないのか?」
「はい。ひょっとしてイヴァンさんもですか?」
「ああ、ちょっと考え事をしててな。」
二人して満天の星空を見上げた。
「なぁ、姫様が良ければなんだが、俺をスペースシャトルの所まで連れて行って貰えるか?」
「ええ、大丈夫ですけど。空の快適な旅とはほど遠いんですけど良いのでしょうか?」
「それに関しては気にしないが、どっちみち、使える部品があれば回収しときたくてな。明るい内にしとけば良かったんだが如何せんまだ体が慣れなくてな。」
「じゃあ、私にしっかり掴まっていて下さいね?」
「あっ、ああ。これで良いか?」
「はい。じゃあ、行きますね。」
私はイヴァンさんに抱きついて貰って夜空に羽ばたいた。成人男性を一人抱えているのでバランスを取るのが難しくふらふらしてしまったが、それでもイヴァンさんは責めることなく大丈夫だからと励ましてくれたのだった。