食えない女。
次に俺が案内されたのは魔王様のプライベートルームだった。
目の前の女はさっきとは打って変わってボディラインが強調された様な。如何にも魔王様って感じの出で立ちだ。妖艶な笑みは普通ならどんな男でも惑わすだろう。でも、あんな系統を数多く知る俺としてはちょっと食傷気味だなって程度だ。それこそ、俺を軟禁したであろう監視員達は俺のベットにまで侵入して来てたからなぁ。と、思い出さなくても良い事まで思い出す始末だ。
お陰様で、俺の親友達以外はまるっきり信じられなくなったが。俺に近寄る女にはもれなく打算が付いて来た。そんな訳で、置いて来たばかりのミサトに想いを馳せた。
そんな俺の思惑を知ってか知らずか。目の前の女は勝ち誇った様な笑みを浮かべて出迎えた。
「いらっしゃい。坊や。アトラクションは楽しんでいただけたかしら?」
「…………」
俺は睨みつけた。怒りさえこみ上げた。だが、今は取引の最中だ。極力、相手に悟られない様にしなければならない。なので、
「お陰様で。」
とだけ返す。魔王様は対応を想像していたんだろう。俺が極めて冷静だと分かった様で。
「あたしは今回の件で交渉できる相手にあなたを選ばせて頂くわ。イヴァン博士。出来れば、お互いwin-win の取り引きになる様期待しているわ。」
「どうだか?」
「早速、交渉に入らせて頂いてもよろしいかしら?」
「どうぞ。」
どうせ、拒否権なんて最初から設定して無いんだろうよ。俺はあくまで悪代官を装う。俺は席に着く様促されて座った。すると、あの女対面に席があるのに俺が座ってる隣に腰を落ち着けやがった!
「今回、あなた達は月の民を救う旅の途中よね。私の力を借りる場合、対価が必要なのは知ってるかしら?」
「…知ってるぜ。どういう理由までは知らないがな。」
「そうね。あなた月の民だったわね。だとしたら、ある意味幸運だったかもね。あたしはこう見えて魔王なの。あたしが本気になったら世界政府でも一瞬で壊せるわ。世界政府は機能が集中しているから東京の頭上で一言「メテオストーム」と唱えるだけの簡単な仕事なのよ。」
国を滅ぼすのが簡単って事は月の軍事政権も滅ぼせるって事か。でも、事はそう単純な話ではない。魔王様は話を続ける。
「世界政府もあたしがこの地を平定する時に悟って自分達の土地を取り戻すのを諦めて差し出す位の力。その力はそもそもそんなに振るうのもでは無いの。だからあたしは対価を要求するのよ。ゲームは簡単。場所はここの地下コロシアム。コロシアムには舞台からあたしが座る玉座まで直線で階段を用意してあるの。あたしの体に一太刀でも傷をつけられたら貴方の勝利。舞台で無様に貴方が死ねばあたしの勝ち。どう?至極わかりやすいでしょう?」
「……………ほぅ。お互い命賭けるんだ。ちゃんと見返りあるんだろうな?」
「ええ。もし、貴方が勝てば私は今回の旅に付き合ってあげる。対価として差し出すのは親切価格で祝福が消え失せたハイエルフ全員で構わないわ。リサーチなら既に済ましているから連れて来るのも簡単なのよね。だけど、私が勝てば対価は女王陛下とエルフ族全員とさせて頂くわ。エルフ族は不老長寿だから需要が高いのよね。私は貴方とミサト様のつがいを永遠にペットとして可愛がってあげる。」
「ちょっと待て。俺は殺すんじゃないのか?」
すると、魔王様は俺を押し倒して上に乗って来て俺が唇を奪われた。実に滑稽だ。あまりの事に目は大きく見開かれた。押し返そうとしてもまるで金縛にあったようになってビクともしない!相手はただ乗ってるだけだ。キスしてるのに何か詠唱している様だ。何かされようとしているが、声にすら出ない。俺は初めて恐怖を覚えた。口移しで俺は何かを呑み込んだ。じっくり。ねっとり。俺との余韻を楽しんで。二人して息が荒い。やっとの思いで。
「…テメェ…何…しやがった……………はぁ……………はぁ。」
顔が上気しているのが自分でも分かる。悔しい。怒りのあまり、気が狂いそうだ。望んでもいないのに、俺は愛して止まない人をこんな形で強制的に裏切る事になるなんて。
「うふふ。素敵だわ。貴方。怒りに打ち震えるその姿、実に素晴らしいわ。教えてあげる。あたしが施したのは不死族の呪いよ。不死族は決して死なないって事ではないわ。頭か心臓を潰されたら死ぬの。だから、死ぬとすれば戦って死ぬのが大半ってだけなのよ。だから、今回のゲームで頭か心臓を壊されたら一時的に死ぬけど翌日には生まれ変わるの。不死族として。何か質問はあるかしら?」
「参加人数って限りがあるのかよ。」
「そうね、残り少ない夫婦の時間だもの。参加は自由よ。但し、こちらもそのようにさせて貰うつもりよ?祭りは人数が多い程盛り上がるわ。ミサト様を餌にすればみんな挙って参加するでしょうね。」
「もし、俺がやらないって言ったらどうするんだ?」
魔王様は妖しく笑いながら絶望的な事を口にした。
「あら、そんなの決まってるじゃない?残りの2人は処刑して私はミサト様の前であなたを殺して不死族に迎え入れ、貴方の手でミサト様を殺させるわ。永遠の地獄にご招待してあげる。」
本当に食えない女だ。選択肢なんて最初から「はい。」しか用意されてない。この女に勝つ以外、ミサトを守る道が無いのだ。負けてもダメ。逃げるのもダメ。俺は何か対策を考えようとしたが、この女は解放する気が無いようで俺は仕方なく。
「分かった!この勝負、受けてやる!絶対後悔させてやるからな!」
そう言って了承するしか無かった。俺、大概策士の方だと思ったが。こんなにあっさり交渉ごとに負けるとは思っても見なかった。それだけでは無い。別の方でもお気に召したらしく図らずも監禁先はここになり、3日後の試練の時まで自由を奪われる事になった。何でも
「貴方なら知恵を絞って対策を出されそうだから、効果的に無力化してあげる。」
だそうで、全くもって忌々しいが俺の戦いが始まる事になってしまった。俺は、大事なものを死守する為に動かない体で対抗するしかなかった。
私が事の詳細を知らされたのは、翌朝になってからだった。私がショックで恐怖に震えているのを良い事にイヴァンに手を出されたのだ。試練の期限は3日後だ。全員参加して良いらしい。
「まずい事になった。イヴァンが程の良い人質となり、ブレーンを封じられた。あの立ち回りの上手い男でさえこうもあっさり術中に嵌るのか。」
「狡猾さで言えば、ナスターシャに及ぶものは居ないのじゃ。婿殿も細心の注意は払っていたじゃろうがそれでも人生の経験差は埋めようはないのじゃ。じゃが、婿殿には悪いがもしあの狡猾さがミサトに向けられたと思うとなぁ。この爺ィも怒りが収まらぬよ。」
「ジーク様、お言葉ですがイヴァン様は今どうなさっているのでしょうか?」
「それはな、リンちゃん。世の中には知らない方が良い事もあるのじゃ。じゃが、自分の矜持を守る為に心をボロボロにされながらもひたすらミサトの名を呼び続けておる。実に実直で健気な男じゃ。」
私は涙が止まらなかった。イヴァンが苦しんでいると思うと次第に恐怖が怒りに変わってくる。
「聞いておるか?ミサト。今、そなたは何を為さねばならぬのじゃ?」
「はい。確かに魔王様を仲間に入れなければならないと思っています。ですが、大事なお方を傷付けられて黙っていられる程、ミサトは大人ではありません!この試練、イヴァンの代わりに戦います。本来ならこれはイヴァンが受けた試練ですが、一族の命運をかけた試練に代わりありません。ならば、これは私が受けるべきものだと考えます。ただ、相手は攻撃魔法に精通しているだけではなく、狡猾に罠も仕掛けていると思います。何か知恵はありませんか?ご教示下さい。お祖父様。」
「ナスターシャの凄いところはの、魔法を効果的に選択して詠唱を同時に行える点にあろう。だが、基本魔法使いは詠唱中はその場から動けないものなのじゃ。それ故にお祭りと称して近接攻撃できる輩を多数配置しているであろう。そうなるとやれる事は一つ。一撃で葬り去るのよ。ただ、それだと防御魔法を予め張ってあるナスターシャは無傷じゃ。妖精魔法は面白い魔法じゃと教えたであろう。組み合わせ次第で攻撃にも回復にもなる。じゃが、攻撃魔法の組み合わせの前に「無の精霊」を指定するのじゃ。」
「無の精霊ですか?」
「左様。無の精霊は組み合わせが前か最後かしか指定できない特殊な精霊。最後に指定すると増幅系になるが、前に持っていくと消去系に変わるのよ。魔法攻撃を打つ度に消去系で効果を毎回打ち消してやれば良い。さすれば、5つ同時詠唱が可能なあの女もいくつかの詠唱枠を防御で潰されて魔力が枯渇しやすくなる。その状態でトドメを刺すと良いじゃろう。しかも、精霊王を行使すれば、今のミサトなら魔族領毎吹き飛ばせるだろうな。確かに経験ならナスターシャに分があるが、潤沢すぎる魔力で言うならミサトに分がある。真っ先に魔力切れに陥るのはあやつじゃろうな。」
「色々ご教示下さいましてありがとうございました。」
「いや、当日は我も同席しよう。あやつにはちとお灸を据えねばならぬでのう。何、場所なら我も知っておる。あいつ色々やらかす度に我が出向かねばならなかった故。」
そう言って祖父は約束してくれた。返す返すもイヴァンの事が気がかりだ。先日交換した指輪と腕輪を見つめながら、必ず助けに行くと心に誓った。




