地獄の始まり。
翌朝、船は順調に進み、昼前に魔族領に入った。魔族からの攻撃もあったが、それなりの高度故に矢は届かず、魔法は船体に被弾してもミスリル製故に悉くはじき返した。攻撃は諦めた様で、魔王城から1匹の蝙蝠の羽が生えた猫が今、お邪魔している。茶虎の猫で名前はリーファー。何と、魔王様が飼育している地獄猫って種類なんだそうだ。リーファーは猫なのに普通に言葉を話してきた。
「魔王様はそこのつがいにご興味をお持ちにゃ。悪いが、後ろの二人は船内に待機して頂くにゃ。下手すると、魔族の餌になりかねんと言う魔王様のご配慮にゃ。船はこのまま魔王城に停泊するが良いとお言葉を頂いてるにゃ。船が停止したら、吾輩が案内するにゃ!」
拒否権なんてものは無い様だ。イヴァンは堂々と。
「わかった。招待を受けよう。案内を宜しく頼む。ミサトも良いな?」
「はい。」
私達は手を繋いだ。所謂、恋人繋ぎだ。目が甘く細められる。私も釣られて笑みを返した。
船が停泊すると、心配そうなバイソンさんとリンちゃんに見送られて城の内部に案内された。
外観は岩で出来た安土城だ。歴史を勉強した時に社会の先生が所謂戦国オタクだったので、どこぞで入手した安土城のレプリカを持って来て見せてくれた事がある。幻の城を再現しちゃっている位だからひょっとしたら、この場に社会の先生がいたら歓喜していたかも。って思った。すれ違えば、リーファーさんの方が偉いのか、みんな恭しく一礼をする。見てくれだけでは分からないが、側近扱いなんだろうなと思った。
「エルフの女王陛下とイヴァン博士をお連れしましたにゃ!」
「通すが良い!」
「失礼するにゃ。」
そこにいたのは残念な人だった。多分、オタクなんじゃないかとは思ってたが、そうか。そっちだったか。
彼女はとあるヴィンテージゲームのコスプレをしている様だ。天変地異前に日本で流行った戦国武将もののカードゲームだ。そのゲームは戦国武将が美少女で登場するのだ。そこに出てくる織田信長の衣装を身にまとっている。黒光りする甲冑を身に纏っているが、フリフリのミニスカートで、兜にはデカデカと織田家の紋章があしらわれていた。髪は、どうやって纏めているのか分からないがツインテールで、凄く高貴な顔立ち、紫の髪と瞳。私とは違う。やはり魔族の長だけあって妖艶さは半端ない。上座には掛け軸があり、そこにはデカデカと「天下布武」と書かれていた。私も、イヴァンも目が点になる。なんだろう、リンちゃんとはまた違ったタイプだ。リンちゃんは本物の忍者の末裔だが、異世界から来て以降、目新しいゲームにハマって50年無駄に過ごしていらっしゃった様だ。織田信長の時代の人生50年との価値が余りにも違いすぎる。不死族の感覚は極めて謎だ。
「余は第六天魔王 織田信長である!」
私もイヴァンも脱力した。うーんと、なんだろうな。織田信長のファンなのは分かった。だけど、私は知ってるよ。流石に。織田信長は男性ってのは。どうして、戦国ゲームを美少女でやっちゃおうと先人は考えたのだろうか。激しく謎だ。
まぁ、二人して呆然としてても始まらないのでイヴァンはその場であぐらを組んで。私はその場で正座して。二人揃って一礼した。
「近う寄れ。」
私達は半分程距離を詰めたが。
「もっと近うじゃ!」
って言うので、手が届く範囲まで近づき頭を改めて下げた。
いつまで続くんだろう。この茶番。
「面を上げられよ。」
「「ははーっ。」」
イヴァンも良く付いてきてるよ。日本人でもないし、時代劇も知らないだろうに。
「さて、此度の訪問。旅の趣旨等は先日の会見で拝見させて頂いた故、割愛させて貰うが。一族を上げて歓迎する。先ずは、女王陛下の御即位、謹んでお祝い申し上げる。」
そう言って信長様もどきは一礼をした。
「ありがとうございます。魔王様。私はこのお方と添い遂げると心に決めておりますれば。陛下などと他人行儀な呼ばれ方は慣れておらず。私の事はミサトとそうお呼びくださいませ。」
そう言って、チラッとイヴァンの方を見つめた。イヴァンも満足そうに頷いた。魔王様も満足の意を示してくれた。
「そうか。では、ミサトと呼ばせて貰うぞ。長旅で疲れておろう。部屋は用意しているのでそこで休まれよ。ただ…………」
ちょっと歯切れ悪くなった。
「申し訳ないが、そなた達の安全を考慮して結界を施した部屋から勝手に出ない様にお願いしたい。何せ、我ら魔族にとってはエルフのミサト殿も人族のイヴァン殿も格好の餌。または慰み者の素以外の何者でもない。恐らく、ミサト殿はご存知だろう。天変地異後にここで命を繋ぎ止めた人族の末路を。あたしは終生の友となりそうなそなた達を危険に晒す訳に行かぬ故、これを最大の礼として勘弁して頂きたい。」
「お気遣い痛み入ります。」
そう言って返答したのは良かったけれど、この後、私は恐怖のどん底に叩き落とされたのだった。
そうして案内されたのは大広間であろう部屋に大型の檻が設えてある部屋だった。中にあるのは大きめののベッドと簡易式のトイレが1つだけだ。何でも、一度戦わない限りは魔族から狙われまくるのでこうするしかなかったそうだ。檻に閉じ込められ、鍵がかかる。群がる魔族にミサトは小さく悲鳴をあげた。俺は初めて見る怯えるミサトをただ抱き締める事しか出来ない。何が最大の礼だと少々腹が立った。魔族達はちょっとでも俺たちに触れようとしてあらん限りの手を伸ばす。
「どうにかならないのか…………」
ミサトは震えが止まらない様だ。武器で蹴散らせられればと思うが、それはとんでもない悪手だと気づく。力を借りに来たのにここで問題を起こせば立場が悪くなるのは我々だ。我々はバイソン達にとったら人質だしバイソン達にとっても同様だ。実に狡猾だと俺は思う。あのカブキっぷりに完全に騙された。俺は、ミサトに口づけした。
「イヴァン?」
「今、ここで億しちゃいけない。心配するな。俺がいる。」
「でも、怖い…………」
「俺たちは試されてるんだ。俺とミサトは力を貸すだけの価値があるのか見定められているのさ。怖くなくなるまで俺はずっとこうしているから。」
「イヴァン。」
「ちきしょう、全くもって忌々しい。何でこんな所で。今に見てろよ!どうせ、聞いてるんだろう!」
俺は、どことも分からない方向に怒りの矛先を向けた。
「ほぉ、あたしの真意に気がついたか。あのイヴァンとか言う男。頭が良く回る男は嫌いじゃない。もし、試練を与えるならあの男が適任ね。」
あたしはそうほくそ笑んだ。なかなかに獰猛じゃないか。まるで野獣だ。前の世界にいたフェンリルを彷彿とさせる。銀色の毛皮をまとった神獣だ。天変地異後は見た事すらないが、怒りに荒れ狂う様子はなかなかに見ものだ。ミサトを少しでも安心させようと苦心しているが、普通の人族なら1時間もしない間に発狂する代物だ。あれで恐怖を覚えない方が無理なのだ。恐怖に怯えた者は普通、逃げようとして檻に近づくが、その後に待っているのは男女問わず陵辱という地獄だ。普通ならそれで気が狂い、後は見るも無残な事になる。魔族はその大半が男のみの種族で、少ないが女性だけの種族もある。いずれは死ぬまで子作りの道具と成り下がるのだ。今でこそは大分落ち着いた。だが、天変地異後は子孫を残す為に我等魔族は残虐の限りを尽くした。私が平定して魔王に即位せねば、恐らく人族に淘汰されていたのは我々の方だっただろう。魔族にも都合があると言ってもどれ程も理解は貰えぬ。今は、子孫を作るのにお金を払って闇売買が主流だ。人族にもお金に汚い者達が多いから男でも女でも購入先には困らない。こう言う時、私は心から不死族で良かったと思う。子を成す必要が無いからだ。気に入った者が入れば、不死の呪いをかけ側で遊んでやれば良い。調査によると、ミサトも寿命が500年あり、イヴァンも眷属となってる為同様の時を生きると言う。しかも、あれ以上歳を取らぬ。今回、手を貸すに当たり対価を何にするかは既に決まっている。ミサトを迫害したハイエルフ達だ。交渉窓口となりそうなのもイヴァンという男だ。年若い女王にその判断は難しくても、見せしめと言う意味ではこれ程効果的な方法は無い。エルフ達も服従を受け入れるだろう。何せ、そうなる元を作ったのは他ならぬ自分達なのだ。最長老様だった男は賢くも忠告し続けていたにも関わらずだ。その事情を知らない者はこの世界に誰もいない。今回のハイエルフ達は妖精の祝福を失い子供が作れない。最大500年遊べるのだ。みんな見目麗しいとあって我が一族はハイエルフを早くとうるさい。2時間が経過した。そろそろ頃合いだろう。
「あたしはイヴァンを試練の相手に選ぶわ。ミサトはショックが大きいから仲間の所に送り届けて頂戴。イヴァンはミサトを送り届けた後、私の部屋に連れてきて頂戴。」
「畏まりましたにゃ。」
急に魔族どもが蜘蛛の子を散った様に居なくなって最初の試練はクリアした様だ。だが、ミサトはショックが大きくカタカタ震えていた。話を聞けば、ミサトは船に返されるらしい。それを聞いて安心した。バイソンやリンちゃんが側にいれば幾分落ち着いてくれるだろう。残念ながら、俺はお眼鏡に叶ってしまったらしく、魔王と会見後、あの檻に逆戻りなんだと。まぁ、あの魔王の事だ。随分な難癖をつけられる事は想像に難しくなかった。
「大丈夫?ミサトちゃん。随分顔色が悪いわ。」
俺はさっきまで起こっていた事を包み隠さずバイソンさんとリンちゃんに話した。ついでに俺が試練の相手に選ばれた事も伝えた。バイソンさんは渋い顔だ。リンちゃんはマジギレだ。
「とにかく、お前の追加の武器の調整を急ぐ。ミサトちゃんの事はワシ達に任せてくれ。」
「本当にすみません。ミサトの事宜しくお願いします。」
「それにしても本当に腹立たしいわ。大量の魔族のいる場所に二人を監禁するなんて!世界政府からも抗議したいくらいよ。報告書書かなくちゃ!」
「おい、馬鹿。やめろ!そんな事したらジークが黙ってないぞ!彼奴、最長老引退してるけどもこの一体焼け野原位平気でやらかすぞ!」
「あわわわ、それは流石に勘弁してくださいにゃ〜」
「おい、猫。イヴァンの試練に俺たちも参加できるんだよな?」
しばらく押し問答の末、「観戦だけなら。」って返答だった。
俺は、ミサトの頭を撫ででから名残惜しいが、魔王様の所に案内をお願いしたのだった。




