ムーンフロンティアで誘拐される。
僕たちはほぼ1年振りに母国ムーンフロンティアに戻って来たんだ。生まれた国ではないけれど、此処で父さんと生活した日々は僕にとってかけがえのない宝物の一つになってる事には変わりが無いので、生まれた国アルジャジーラよりも愛着あるんだ。今でも思い起こすんだ。父さんの車椅子を押しながら、ああだこうだと言い合ったあの日々が。最近、安心してるのか。父さん、すっかり出て来なくなってるけどね。
何でもエルフの神様に怒られたみたいだ。神様になったばかりで加減が分からないのは理解するが、心配の余り下界に干渉しすぎだ。特に息子関連。戦場に出てる訳でも無く、片方は大人なんだからちゃんと見守りなさい!って感じだったそうで。
でも、今日の式典にお出まししそうな気がするんだよね。僕が今日、演説しようと思ってるのは情勢を鑑みて戦争を辞めようって訴えかける演説にするつもりだからね。現在、ムーンフロンティアでは戦争も辞さずの雰囲気になっちゃってるんだ。ムーンフロンティアにとってはローグフェルグの皇帝陛下のお陰様でここまで生活できてるって御恩を感じてるんだ。月にいた頃は食うや食わずが当たり前でまともな判断力が無かった民衆達だったけど、父さんの施策で教育が普及し、医療も介護も整い、生活基盤が固まると考え方も変わるもので此処の人たち、基本困った人に手を差し伸べる風潮に変わっていったんだ。
取り分け、皇帝陛下に恩義感じてるんだよね。それが仇になってるんだ。まぁ、民衆がどんな反応するかは分からないけどね。戦争なんて。もう10年前で懲りてるでしょう?って問いかけるつもりなんだ。ただ、話し合いで解決するかどうかも正直言って微妙だなぁって思ってるんだ。ロイヤルファミリーが破綻してるなんて。誰が想像出来ただろうか。今もね、ルーベルトさんは神界で保護されてるセレネティアにいらっしゃるんだ。子供達と生活してるんだそうだ。同胞に危害が及んだ事に心を痛めながら。引きこもってらっしゃるんだ。悩んでるんだって。でも話し合いの為に降りれば、ルーベルトの身に何が起こるか分からないから心配してるんだ。子供達だけでなく、みんなね。稀有な能力を利用されるだけならまだ許せたが、エルフの尊厳と誇りを悉く踏みにじる事を今までして来てる。それで、セレネティアの住民にはエルフが多い事もあってみんなイギリスに帰国するの反対してるんだ。だから、話し合いすら無いまま時間だけ過ぎて事態がますます拗れてると言った塩梅だ。
法要の会場に着いて僕たちは壇上に上がろうとしたその時だったんだ。僕たちはいきなり黒づくめの兵士達と思われる者達にいきなり口を塞がれたんだ。後ろを見ると、モハメドも同様に羽交い締めにされてたんだ。僕も抵抗を試みたが、先に意識が飛んだんだ。
「ピールっ!ピールっ!」
って声が聞こえたけどさ。力が抜けてしまって何も出来なかったんだ。
「起きて!ピールっ!頼むから、起きてよ!」
「ううん。モハメド、無事?」
「僕なら大丈夫。でも、此処。何処だろう…………」
「……………さっぱり分からない。でもね、場所なら心当たりある。この重力の感じ。月なんじゃないかな?いつもより体が軽く感じるからね。」
「ちょっと待ってよ。ピール。宇宙空間跨いで転移魔法使えるのは現状3人しかいない筈なんだ。皇帝陛下、導師様、そして魔王ナスターシャ。もしかして僕たちを拉致したのって…………」
「あら、御明察。10年前は話す機会自体が無かったから分からないんじゃ無いかと思ったけど、やはりあの男が育てただけあってなかなかに聡いのね。」
そう言って、拍手して僕たちを迎えたんだ。紫色した長い髪に悩ましげな容姿してね。そしてさ、驚いた事に後ろにいたんだ。エドワード王が。僕たちは警戒を強めたんだ。エドワード王はまるで抜け殻みたいでね。焦点が全然定まってないんだ。
「自己紹介がまだだったわね。私は魔王ナスターシャ。そしてね、こちらは本物のエドワード王子。どういう事だって顔をしてるわね。私はね、10年前に手痛い目に合ってるの。だから腹いせにルーベルトから一番大事な人を奪ったのよ。実に愉快だったわ。隷属の腕輪付けてたから別人に変わってても全然気がついてないのよ。抱かれているのもエドワード王子に似せた誰か。なのにね。お陰様でこの10年は退屈知らずよ。壊れていくエドを玩具にしてるだけで笑いが止まらないもの。」
「……………そんな事して何が面白いのか。」
「あら、あたし達が一番嫌うのは退屈なの。イヴァン博士とルーベルトの策略にしてやられてるとも知らずにこの月に閉じ込められてるの。可哀想だとは思わない?」
「…自業自得だと思うけどね。最初に父さんを策略で落としたの他でもないナスターシャさんだよね。まぁ、父さんの仕向けたしっぺ返しが酷いのは僕も認めるけどね。だからって、エドを10年もの間監禁して身代わりが王にのし上がってるって知ったらイギリスが一番黙ってないと思うよ。今まで、何故人が変わった風になっていたのか。謎が解けた気がするよ。悪いけど、僕たちはエドを保護する事にする。魔王に引導を渡すのは僕たちだ!」
「ピール、すぐ拘束解くね。」
モハメドが竜族の本領を発揮したんだ。魔力で拘束してた筈の鎖を力で引きちぎったんだ。鎖をぶんって振り回してエドを絡めとってくれたんだ。僕は拘束が解けてないからアイテムバックからパソコンを取り出したんだ。パソコンを立ち上げている間に。
「結界張って。モハメド。僕はね、つくづくハッカーで良かったと思うんだ。だってさ、この人達の息を止めようと思ったら、酸素供給を止めれば良い。実に簡単な仕事なんだよ。最新型AI『エロ』も10年過ぎれば引退の時期だ。さぁ、エロ。もう、君は自由なんだ。ゆっくりお休み。」
そう言って、犬型AI取り出したんだ。僕がエロに指示したのは緊急停止プログラム。エロは此処10年の間。ずっと魔王他不死族の為に不眠不休で生命維持に必要なシステム全てを管理維持してきたんだ。しかし、そのせいで、多くの人が不幸になったんだ。もう、退屈しのぎで人を不幸に貶めるならこんなもの。必要ない。エロに指示し終えると、何も言わないただのガラクタに戻ったんだ。最初は余裕綽々だったナスターシャも、酸素が急激に薄くなってる状態に目を白黒させ始めたんだ。
「お前、一体、な、何を…………」
「実に簡単な事だ。月にあった全ての生命維持装置。停止させて貰ったんだ。もう退屈したくないんだろう?遠慮なく地獄に堕ちなよ。ナスターシャ。」
「えっ…………」
「君たちが何故何もない月で生きてたと思うんだ?それは、父さんが育てたAIエロに生かされていただけに過ぎないんだ。それにも関わらず、この10年。地球上で散々人心を弄んだ。もう、十分だろう。此処は元々酸素が無いんだ。科学に疎い君たちには分からないだろうが、天変地異が起きさえしなければ避難先にさえなり得ない場所なんだ。だから、強制的に人生終われるよ。さぁ、行こう。モハメド。竜化して、スペースシャトル探そう。」
「そうだね。それじゃ、さようなら。ナスターシャ。沢山の仲間達と共に地獄に堕ちてくれ。君たちの悪行を残せなかったのが返す返すも残念だ。」
モハメドは結界を保持したまま竜化して空を飛んだんだ。そしてね、ナスターシャの息の根止めたの確認したんだ。長く生きた魔王だったかもしれないけどね。月という環境下では暗殺なんて凄く容易かったんだ。魔法詠唱出来ない環境下に置くだけで良かったからね。そうこうしてると、抜け殻だったエドに意識が戻ったんだ。目はまだ虚ろだったけどね。
「此処は?そなた達は?」
「此処は悪夢が消えた月だよ。戦争終わって11年経過しててね。もう、此処人が住めない地に戻しちゃったから大急ぎでスペースシャトル探さないと僕たちも酸欠で死んじゃうんだ。エドの記憶が頼りなんだ。心当たりないかな?」
「偉い計画性無いんだな。」
「魔法封じられてる僕に唯一許された手段がこれだけだった。ただ、それだけの話だよ。」
そう言って、僕はパソコンとガラクタになった犬型ロボットを差し出したんだ。それだけで僕が何者か分かった様なんだ。
「ピール・ムハンマド・アル・カイワイン……………もしかして。あの天才ハッカーの…………」
僕は静かに首を縦に振れば、目が大きく見開かれてどんどん目に力が蘇ったんだ。髭を蓄えてる風貌で懐かしい人を思い起こした様なんだ。
「すっかり大きくなって。その髭も。アラブ人だから生やしてるだけなんだろうが、若い頃の竹田宮様を思い浮かべたよ。スペースシャトルを探しているのであったな。方角言えば分かるであろうか?」
「うん!」
ってモハメドが返事してたけどさ。竜が話し出すからエドが酷く驚いてるんだ。僕が耳元であの竜は僕の最愛の人。モハメドなんですよって言えば、目を白黒させていたんだ。エドはそこから北東を指示して僕たちもそこに向かったんだ。ちょっと酸素危なかったけどね。僕たちは旧軍部が使ってた宇宙港に着いて、係留されたままのスペースシャトルに逃げ込んだんだ。システム。まだ生きてた。鍵をかけたのは僕だから暗号を入力して中に入って、モハメドは竜化を解いて僕の腕の中に収まって僕はシーツで包んだんだ。エドが無重力を浮きながらパイロットルームまで行けばシステム自体は問題無く稼働したんだ。酸素が来て、僕たち一息つく事が出来たんだ。
「取り敢えず、生きるだけなら問題無いであろうな。僕はアイテムの類はみんな身代わりに奪われているから僕と証明できる物は実質存在しない訳だが。」
「それなら地球に戻ってDNA鑑定依頼すれば済む話なんじゃないですか?11年前に一度してる筈ですよね。イギリスで大事あったから身元判明の為に。」
「確かにそうなんだが。ルーの事も子供達の事も心配なのは確かでね。僕はナスターシャの管理下に置かれてたから壊れた振りをしていたが、僕が付けた隷属の腕輪がまさか魔力を込めればルーの人格すら消えるものだと知らずに付けて貰ってた。ルーが魔力を込めたから余計に効力高かった。それを悪用されるなんて。僕はただ、位置さえ分かれば心配する状態にならないだろうって思っただけで。ルーも好意で付けてくれてた。僕は家族達に合わせる顔がない。僕になりきってる誰かが今まで何をしてきたのか全部知ってる。」
「…………」
本当にどうすれば良いんだろうなって。僕はそう思ったんだ。父さんの答えは期待しない方が良さそうで、暫く様子を見て判断しようかって。僕はそう思ったんだ。




