同じ土俵に立つ為に。
夜。私たちに連絡が来た。びっくりした。病床にいる祖母からだった。
何でも、祖父に我が儘を言って直接通話が出来る様に手配して貰ったのだそうだ。
久々に見た祖母は髪の毛が抜け落ちた為に帽子姿で顔色が非常に悪く、酸素マスクをつけていたが、凛とした佇まいは相変わらずだった。思わず、背筋が伸びる感覚が懐かしい。
「ご無沙汰してます。ミサト、バイソンさん。そして、はじめまして。イヴァンさん。先日は私たちの為に素晴らしい贈り物をして下さってありがとうございました。」
そう言って祖母は頭を下げた。
「いえ、こちらこそ色々御心使いをありがとうございます。」
画面越しに見える祖母にイヴァンは頭を下げた。私もそれに倣う。
「今日の模擬戦は私も拝見させて頂きましたよ。」
どの様な形で見てたか気になるが、やったとするならばバイソンさんが撮影してたんだろう。
「先ず、イヴァンさんの総評からいくと、月での戦い方が地球では確実に通用しないと言うのが理解出来たと思います。」
「仰る通りです。」
イヴァンの顔は極めて神妙だ。かなり応えたのだろう。
「月での戦闘は無重力で行われると聞いた事があります。なので、一度相手と剣を交えれば反発するから間合いが空く。ゴムが伸び縮みする要領で激突するから2撃目なんて概念自体が無かったのでしょう。実際、ミサトの攻撃を止めてたのもみんな最初の一撃のみです。」
「…………」
「ですが、地球ではそうはいきません。連続して撃ち合う事を覚えないといけません。相手はあなたの都合を待ってはくれません。ただ、収穫もありました。多分、ミサトも気がついていますが、動体視力がずば抜けて秀でているのです。相手の太刀筋が見えるのは強みです。月では実力があったと聞いています。あなたが二刀流なのは相手の攻撃を払い、確実にダメージを与える為のもの。先 ずはその長所を伸ばしていきましょう。」
「御教授ありがとうございます。」
「そして、ミサト。あなたは鍛錬を怠りましたね。」
「…………」
返す言葉がない。祖母は言い訳を許さないだろうから黙って頷いた。
「まぁ、イヴァンさんが大事にして下さってるから気持ちは凄く分かります。ですが、本来のあなたの実力であればイヴァンさんに何回か初手を防がれるなんて先ず無かったはずです。あなたの剣は基本見えない神速の剣なのですから。情で少し加減をしてしまったのかもしれませんが、イヴァンさんと一緒で居たいのならこれから鍛錬を欠かしてはなりません。そして、鍛錬の時だけ一切の情を捨てるのです。イヴァンさんを生かすも殺すも貴方次第。しっかりしなくてはいけませんよ。」
「分かりました。お祖母様。」
「宜しい。」
祖母は満足気に微笑んだ。でも、少し辛そうだ。突如画面に割って入った。祖父だ。
「悪いね、余り綾女を無理させたくないからのぉ。済まないが、これで失礼させてもらおう。我も見たけど、婿殿危なっかしいからこの後トレーニングメニューをメールでバイソン宛に送ったからちゃんと明日から鍛練しとく様に。バイソンも悪いね。2人の事を宜しく頼む。」
「おう!綾女さんを大事にしてやれよ。」
「分かっておる!では。失礼する。」
そう言って回線が切れた。相変わらず祖父は祖母を溺愛しているんだなと思った。
私もあんな夫婦になれると良いなと怒られた側からイヴァンの事を考えていた。
イヴァンのオーダーメイドの武器を作るのに、最低でも1ヶ月かかる見込みなので、翌朝から鍛練が始まった。走り込みから始まって竹刀を使って基本から教えていく。最初は普通に剣道の練習だ。
イヴァンの表情はとても真剣だった。祖母にトレーニングメニューを出されたのはイヴァンだけではないので自分のメニューをこなしつつ、イヴァンに手ほどきをする。昼から模擬戦をする。勿論、獲物が竹刀でも隙を見つけて攻撃を加えた。ただ真剣よりも遅いからイヴァンはそれを躱して鋭い撃ち込みを入れてくる。やはり、月で鍛えたであろう動体視力は良い仕事をしている様だ。それでも、
「次の手が遅い!」
と、駄目出しをする。イヴァンの息は荒いが、目が私から一本取るまではと訴えている。何があっても折れない何かがイヴァンを突き動かしてる様に見えた。
1日中剣道漬けになってから1週間後、大好きな酒を絶ってまでイヴァンは隠れて練習していた様で、ミスリルの棒が2本での練習になった。これには理由がある。同じ剣の長さが良いか、脇差の様に長さが異なるものが良いのかバイソンさんの判断がつかないというのが理由だ。イヴァンに渡されたのは3本の棒。
「刀を設えるべきか、剣を設えるべきか参考にするからイヴァンがこれって思ったのを2本選んでくれるか?」
「ミサトと同じ刀じゃダメなのか?」
「いや、刀が良いって言うんならそれでも良いが、同じ刀でも種類があってな。ミサトが持ってるのが一般的な『打刀』と呼ばれる奴だ。刃長が60cm以上あるものを指すんじゃ。その他にな、『脇差』と言うのがあってな。それが刃長が30cm以上60cm未満のものを指すんだ。ワシらが来る前、日本の古来の武士と言うのはな、この2つを装備しておったそうだが、中には小太刀という刀を2本装備して戦う御仁とかも存在してたらしくてな。だから今回は長さの違うのを入れてるんだ。実際にミサト相手に打ち込んでみてはどうだ?」
「分かりました。やってみます。ミサトも構わないか?」
「ええ、よろしくお願いします。」
私もイヴァンも一礼してから構えた。勿論、ミスリルの棒を竹刀で受けようなんてとんでもない話なので、朧月夜の出番だ。鞘から抜かないが、気をつけないとだ。
「やああっ!」
と、掛け声を上げたのはイヴァン。やはり、練習よりも命のやり取りがあった方が強くなる傾向だ。竹刀よりも重たいミスリルの棒が竹刀よりも速く感じる。片手で振るうイヴァンの剣が随分と重い。上段を弾き、薙ぎ払って次の手を牽制する。突きを出したが、後方へと飛び間合いを確保する。基礎を忠実に叩き込んでいるのが窺い知れた。私が攻撃したのでは余り参考にならないだろうからイヴァンが攻撃して来るのを待つ。本当に目を見張る上達ぶりだ。私が放った上段を二刀で防いで力任せに弾いた。そして私は宙に浮く。この隙をイヴァンは逃さなかった。胴に薙ぎ払いされ、私は派手に飛ばされて岩に激突した。私は目の前が真っ暗になった。血相を変えたイヴァンが見えた気がしたが、目は開けていられなかった。
「ミサト!?」
まずい。ミサトは鞘に納めたまま振るってくれていたとはいえ、つい熱くなりすぎた。
俺は慌てて愛しい人の元に駆け寄り、抱きかかえた。
「軽い脳震盪だろう。大丈夫じゃ。それにしてもミサトちゃんには悪いが、今の動きは良かったぞ!お陰さんでワシもヒントを得られた。最初に見た時はタダの喧嘩殺法だったのが、剣術を習った途端、見違えた。そう言えば、ミサトちゃんに内緒でずっと素振りしてたのは何でだ?」
「…俺、月にいた頃は守られてたんです。俺が守ってるつもりでいたのに親友たちが俺の事をずっと守ってくれてたんです。気がついたのは、彼奴らが亡くなってからでした。地球に来てから俺はミサトに出会いましたが、凄く大事に思っています。もし、ミサトが彼奴らみたいになってしまったらと思うと、居ても立っても居られなくて……………それで…………」
「お主に焦りを感じたからなぁ。なんでじゃろうとは思ってたが全てはミサトちゃんの為か。ミサトちゃんと同じ土俵に立つ為にはどんな努力も惜しまないつもりだったんだな。」
「…はい…………」
「じゃが、お主も根を詰め過ぎてそろそろ身体が限界なんじゃろう。初見で見た時より少しキレが落ちておる。手加減が出来ぬほどにな。明日から2日休んで良いから。その間、しっかりリフレッシュして来いよ。」
「ですが、俺、練習…………」
「お主には嫁さんの看病って仕事があるじゃろう!その間休んだ位じゃ誰も文句は言わんわ!」
俺は素直に従う事にした。
私が気がついたのは滞在中のホテルのスイートルームだ。外はすっかり暗くなっていた。頭の上には冷たいタオルが置かれていた。イヴァンは私の手を握ったまま、心配そうに見つめてた。手は沢山稽古してたからだろうか。豆が出来ている様に感じた。目は少し泣きそうで、心底安心したみたいだった。私は、起き上がろうとして。
「そのまま寝てないとダメだ。一応、医者にも診せたが今日と明日は絶対安静だと言われたんだ。急に吐き気とかもようしたら危険だから目は離さないようにって。すまなかった。ミサト、俺…………」
私は首を横に振った。確かに起きてはまずいと感じた。少し、眩暈がする。
「イヴァン、お願いがあるの」
「? なんだ?」
「添い寝して頂きたいの。」
「ええと、こう言っちゃなんだが、理性を保つ自信はないぞ?俺の理性はスペースシャトルで既に崩壊済みだ。」
「…最近、夜に人寂しくなって目が醒めることがあって…」
「!?」
「また、以前のように独りぼっちになったらどうしようと思うと怖くなって眠れなくて。」
イヴァンは何か思う事があった様で、何も言わずに私の隣に寝てくれた。横になって私を腕の中に包み込んだ。
「心配するな。何があってもお前を1人になんかしないから。」
「…約束?」
「ああ、約束だ。俺とお前は死ぬまで一緒だ。頼まれても離す気ないから。」
「はいっ。」
この日は久々に心から安心しきってイヴァンと一緒に寝た。ただ、翌朝以降、私が大丈夫だと分かった途端、そこにいたのは飢えた狼だった。本当に離す気は皆無なんだと思い知らされて私は大人しく餌になってあげる事にした。
ミサトとイヴァンがスイートルームで篭ってる間、別室でワシはジークと話をしていた。
「ミサトが脳震盪?大丈夫か?」
「ああ、元気も元気。医者の許可が降りた途端、掻っ攫って行ったわい!」
そう言って、ワシは大笑いした。
「でも、彼奴らあんなに毎日やってて子供出来たらどうするんだろうな。」
ワシは至極当然の心配をする。本来なら、実行犯のイヴァンこそ考えないといけない筈だが。
「心配ない。元々ハイエルフは500年の時を生きる不老長寿種。ミサトのいたずらで眷属になった婿殿もあれ以上歳は取らぬ。長命種は基本、子供は出来にくい。それ故、我ですら側室を認められていた位だ。他種族同士なら尚の事。伊織を設けるのに5年はかかっておる。不妊治療とやらを受けてな。自然に任せてれば余程のことが無い限りこんなに早くには生まれない。100年以上かけて3人もいれば子沢山の部類だろうな。」
「まぁ、そう言うんなら一先ず様子を見るが、ちなみに、避けないといけない日とかはあるのか?」
「それは、妖精が見えなければどうしようもないのう。」
此処でも妖精頼みかよ。とワシは思う。本当にハイエルフは神秘的な種族だったんだのう。
ああ、こんな事を話す為にジークなんかと話してるんじゃなかった。
「ところで、話というのはな、師範クラスの手練れ1名派遣して貰えないかというお願いなんだが。」
「ほぉ、ミサトじゃもう役不足なのか。」
「腕がどうこうと言う問題じゃない。ミサトちゃんが軽量過ぎて力任せに振るうイヴァンの剣に対応しきれとらん。」
「…それで脳震盪と言う訳か。」
「ああ。心当たりあるか?」
「我を誰だと思っておる?預言者の我に手抜かりと言うのはない。明日の朝に到着するよう指示しておる。申し訳ないが、出迎えを宜しく頼む。なに、変わり者だが腕だけは確かじゃ。」
ジークの言い方にうさんくさささえ覚えたが、ワシは了承の旨を伝えて通話を切った。




