第一話「三兄妹」
(早く帰ってお風呂入りたいなぁ)
長時間、待機している楓は青空を見上げ溜息をつく。
炎天下の中、周りには高層ビルが立ち並びガラスの反射と太陽の熱気により汗が止まらなくサウナに閉じ込められたような感覚に陥るが、それでも我慢して待機できているのは、たまに吹く風が気持ちよく感じるからだ。
(もう五時間も待機してるんだけど、早くしてよね)
先日の作戦指示内容では、桜がターゲットを人気のない路地に誘導し射角に誘い込み、楓が狙撃するという簡単な任務だった。それなのに桜がポイントに来ないという事は最悪のケースを考慮して行動しなければならない。
不安と焦りを感じながらも楓は任務を成功させることだけを考え目をつぶる。
(落ち着け、桜なら必ず来る)
そう自分に言い聞かせていると無線に連絡が入る。
「ターゲット、ポイントαに接近、狙撃体制を取れ」
「了解っ」(遅すぎだよ、もうっ)
今回、楓が狙撃に使用するのは、愛用するスナイパーライフルの一つⅯ24だ。
有効射程が800ⅿなのを1000ⅿまで上げ、さらに反動を抑えるようにカスタムし今回の任務に臨んでいる。
スコープレンズを覗き、ターゲットの位置を確認すると桜の位置取りが予定とは違い、今の射角だと桜に当たってしまう恐れがある。が、そこはスナイパーである楓の腕の見せ所だ。
(また桜の奴、勝手なことして。もし弾が横を向いて軌道がズレても知らないんだから)
と舌打ちをした後にクスッと笑みがこぼれる。
まったく桜には困らされる。優秀なくせに簡単な任務の時ほど自らの手で難易度を上げたがり、いわゆるゲーム感覚で任務に取り組んでいるのだ。ただ、それに負けじと楽しんで任務を完遂する楓もどうかと思うが、そこは姉妹だからか似ているのは仕方が無い。
ターゲットが射角に入ると、躊躇せずに初弾を桜の頭部ギリギリに向けて撃ち、銃弾は一直線にターゲットに向かい一撃で頭部を撃ち抜き貫通する。
楓はその結果を確認し「任務完了」と一言だけ告げると、スコープレンズ越しに桜の笑っている表情が見えたので笑みがこぼれてしまう。
本部に戻ると桜が先に戻っており、
「お疲れぇ、あの状況で有効射程外からの狙撃なんてできないと思ったのに、さすが楓だね」
「桜の考えを理解できない方がどうかしてるのよ。っていうか待たせすぎ、暑かったんだから」
「ははは、ちょっと予定通りにいかなくてさ、作戦は成功したしいいじゃん。結果オーライってやつだよ」
「とりあえず、私はシャワー浴びてくるから大人しく待ってなさいよ」
そう言い残し、急いでシャワーを浴びに行く。
桜はそんなに急いで行く必要ないんじゃないかな?と思いながら、シャワーを浴びに行った楓を確認し、外に出ようと扉の方へ向かうと
ガチャッ
「何やってるんだ?桜?」
「お兄ちゃんッ!?、どうして日本にいるの?アメリカに行ってたんじゃないの?」
「つい、さっき戻ってきたんだよ。それにしても今日も偉かったな」
すると桜は、柊に飛びつきワザと胸を押し付けるように抱きつくが、柊はそんな桜の行動には目もくれず簡単に抱きかかえ、ソファーに腰掛けて桜を膝に座らせる。その柊の意外な行動に桜は驚きながら頬を赤くする。
(やった今日はお兄ちゃんを独り占めだ)
(にしても楓のやつ、お兄ちゃんが帰ってくるの知ってて黙ってたな)
柊の膝の上でほっぺを膨らませていると、それに気づいたのか柊は桜の頭を撫でる。
その扱いは傍から見ると、妹というよりペットに近い様に見えてしまう。
楓はシャワーから戻ってくると、ソファーに座っている柊の後ろ姿が見えたので、声をかけようとするがちょうど桜の頭を撫でていた最中なのでグッと我慢をして一呼吸置いてから声をかける。
「柊兄ぃ、帰ってたんだね。」
「お疲れ様、今日は暑かっただろ?」
「ホントだよぉ、汗いっぱいかいたんだから」
それを聞き柊はハハッと笑い、楓にスポーツドリンクを投げ渡すとソファーをポンポンと叩き横に座るように催促する。
「二人に大事な話があるんだ」