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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

4月23日。なんでもないただの平日。

作者: 吉尾京

オリキャラを祝うためだけのSS。

 ただいまという言葉のなんと幸福なことか。

 期待と笑顔をお土産に、軽い足取りで帰路につく。

 ただいまというためにはまず、帰る家が必要で、そしておかえりと言ってくれる誰かが必要だ。

 そこそこ生きてきて、それらが揃う環境にはあまり恵まれてこなかった方だ。

 僕は生まれてきたことを歓迎されない場所で育った。親に養育の意思はなく、衣食住にも満足できない上に、時に酷くぶたれた。

 それでもなんとか生き延びて、多少の難はあるものの、他人の助けで社会を生きていけるほどには回復した。

 傷つき全てに怯える幼い僕を拾ってくれた義母。その優しさを受け継いだ義弟。そして、社会人になってから出会ったNPO法人の彼ら。

 過去を全てなかったことにはできない。

 心の傷も身体の傷も、現代の医学では少しもましにすることはできない。

 未だにうなされ、気が狂う日が続く。

 それでも彼らは根気よく僕に付き合ってくれた。

 人として生きていけるようにしてくれた。

 僕には帰る家がある。仲間がいる。家族がいる。例え誰ひとり血が繋がっていなくとも、強い絆がそこにはある。

 僕は毎日、得がたい幸せを噛み締めて生きている。


「ただいま」

「おかえり」

 玄関からリビングまでに、何度もおかえりを聞く。

 今日はみんないるのか。珍しいな。

 リビングに入って、僕はようやくその理由に気づいた。

「あー、そっか。今日誕生日か」

「本人が一番頓着がないってのはどうなのよ」

 彩弥香ちゃんが呆れて言った。仕方ないじゃないか。誕生日に特別な思い入れなんてないんだから。ただ、いつもより親の手が出るのが早かった気がする。

 僕は何度も本物の殺意に出会った。

 それでも生きてこられたのは、僕がラッキーだったからだ。みんなはなるべくそういうニュースを見せないように配慮してくれるけれど、それでも幼くして親に殺される子供が多いのは知っている。

 僕は人にないものを持っていた。それはずば抜けた感覚だったり、知能だったり、センスだったり。義弟――旭斗はそういう先天性の病だと言っていた。僕だってそれくらいはわかる。ギフテッドと呼ぶにはあまりにトリッキーな能力は、同調を求める社会には歓迎されない。


「ごめんね、まだ慣れないんだ」

 僕がそう言うと、みんなは神妙な顔をしていた。ほぼボランティアに近い形でこういう仕事をしているのだから、人一倍正義感のようなものがあるのだろう。

「彰人さんが謝る必要はありませんよ。ただ、私達は貴方の誕生日を祝いたいのです。おめでとうございます。生まれてきてくれてありがとうございます」

 沙蘭ちゃんが僕の手を取って微笑んだ。少し荒れている。今度ハンドクリームを買ってあげよう。


 生まれてきた環境で、人の一生は決まる。人の常識を教えられずに、人として扱われずに育った僕には、居場所がない。当たり前だ。他人の迷惑を考えず厄介な爆弾を抱えた人間は、近寄らない方が身のためだ。

 例えそれが無理矢理つけられた爆弾でも、その爆弾をはずして命を救ってやろうという人間はそうそう現れない。失敗して自分も巻き添えになるくらいなら、こっちにくるなと叫びながら走って逃げる方が賢明だ。

 僕は早々にそれに気づいたから、黙ってしゃがみこむことに決めたんだ。

 でも、そんな僕のそばにいてくれる人達がいた。

 未だに仕事中に泣き叫ぶ時がある。

 自ら身体を傷つける日もある。

 だけど、彼らはそんな僕に愛想を尽かさず、根気よく優しさという蒲の穂綿で包んでくれる。

 お返しは返せる時に返すつもりだけど、具体的に何を返せば正解なのかなんて、僕の人生のうち、誰だって教えてはくれなかった。


「特に何かする訳じゃねぇが、ケーキを買ってきてるから、晩飯食ったら出してやる。わかったならさっさと風呂に入れ」

「僕汗臭いかな?」

「近頃暖かい日が続いてソーラーが大活躍だから冷める前にさっさとさばけちまえってことだ。主役にゃ悪いがお前が最後だぞ」

 田舎の中古物件だから、ソーラーのお風呂がまだまだ現役だ。非営利組織に贅沢するお金はないからお買い得価格の家なんだけど、空気も綺麗だし人は優しいし、のどかで落ち着く場所だ。

 彼らは――沙蘭ちゃんも彩弥香ちゃんも弘太も沙希ちゃんも功貴も連ちゃんも仁も聡也も紗季乃ちゃんも愛歌ちゃんも、みんな僕に社会性を身につけさせるためのスタッフだ。

 でも、家族だ。

 ビジネスライクなようでいて、心が通った優しい人間。

 僕は彼らといると、つま先からどんどん人間になっていく気がする。


 旭斗に言われるままお風呂に入って、それからみんなで夕飯の支度をして、団らんのスタートだ。

 NPO法人といっても、どちらかというとボランティアの集まりに近い。まだ学生の子達もいる。

 だからか、団らんの話題は専ら本業の話だ。

 ここで暮らすために、みんなちゃんと働いている。

 職場で起きた珍事件や、学校で習った興味深い単元。そんな、面白みに欠ける話題でも、テレビを見るよりうんと楽しい。“我が家”では食事中にテレビをつけない決まりだ。


 何気ない一時が幸せだ。もう二度と味わえないようで、似たようなことは何度でも体験できる、そんな時間が。


 片付けは当番制だ。掃除も洗濯も料理も、全て。

 それぞれに平等に割り当てられていて、仕事や部活などの忙しさによっては免除される場合もある。

「さっさと片付けろよ、ケーキ置くスペースがないだろうが」

「ごめんって、まだ食ってる」

 弘太が慌ててかきこむ。

 旭斗はそれを止めた。

「いいからかきこむな。身体に悪い」


「旭斗、今日はやけに仕切るね」

 今日の旭斗はなんだかテンションが高い気がする。そわそわしていて、落ち着いていない。

 じっとしてられないのか、人の分の仕事までやっている。

「そりゃあ兄貴の誕生日だからな。それに、俺達が出会ってからもう二十周年だろ」

 普段眉間にシワを寄せているとは思えないほど、爽やかな笑みで。

 ああ、眩しいなあ。

 ケーキには僕の名前のプレートと、年齢を示すロウソク。

 ご丁寧に電気を決して、ロウソクをつけて。

 いい歳こいた大人がやることじゃないけれど、彼らの目的としてはこれが正しいんだろうな。

 チョコレートのプレートは僕のもの。それ以外はみんなじゃんけんで大きいのから取っていく。

 甘いものは好きだ。ストレスがかかると甘いものが欲しくなるらしいけれど、反対に、甘いもののとりすぎで心を壊すこともある。

 躁鬱の僕は旭斗に食べる量を制限されているけれど、苦痛に感じるほどではない。


「ありがとう。僕のことを大切にしてくれて」

 最初は素直に感謝の気持ちを伝えられなかった。

 全てが敵に見えて、ハリネズミみたいに尖っていた。

 過剰防衛は、暴力だ。

 みんなはそんな僕に教えてくれた。

 まともに生きるということを。


「幸せは、持っている人が分け与えた時に意味を持つものだと思います」

 まだ僕の半分しか生きていない沙希ちゃんがそう言った。

 何の不幸も知らずに生きる人間などいないのに。

 彼女は自らに与えられる幸福に敏感で、不幸を受け流す力がある。

 僕はどうだろうか。ほんの些細なことを顕微鏡で覗いて大騒ぎしていないか。


 旭斗は脳のつくりはもう変えられないと言っていたけれど、他人に迷惑をかけない大人になるためには、乗り越えなくてはならない課題だ。


「生まれてきてはいけない存在なら、元々生まれてきていませんから。貴方は世界に望まれているのですよ」

 仁がホットミルクを差し出しながら言った。

 そうか、僕は無意識に緊張していたんだ。誕生日という日に、悪いイメージしかなかったから。

 一口飲んで、ほうっとひといきつく。

 ソファに身体を預けたらそのまま意識を失った。今日はいつもより疲れていたらしい。人前で眠れるようになったのも、彼らのおかげだ。命を奪われないという安心に、少しだけ寄りかかった。

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