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花吹雪  作者: akaesaki
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翌日。

久保田は、2時限目の休み時間を利用して高等部の校舎へ向かった。


美術部部長の木村一郎を見つけると、事の顛末を話してみる。木村なら冴木晃の元同級生だし、晃の家とも親しいようだから、何か知っているに違いない。“事件”を一緒に目撃した仲だし、なんだかんだと言っても、こんな時頼りにするのはやはり、木村なのだ。

「ボク・・悪いことしたんでしょうか?・・・いえ、なんの断りもなく人のお宅へ入り込んだのは、もう既に悪いことなんですけど・・・」

さすがに、晃の股間まで見てしまったことは言えなかった。――尊敬していた冴木晃が、自分の目の前で叫び、座薬を入れられていたなんてどうしても信じたくなかったし、ソレを見た自分が勃起してしまった事・・・あまつさえ、夢精まであった事も報告できなかった。


「晃に会ったの?ホンとに?アイツ、どうだった?元気そうにしてた?」

矢継ぎ早に質問する木村に、違和感をおぼえる。

「・・って、木村先輩。冴木さんに会ってないんですか?」

聞きたいのは、こっちだっていうのに!

「うん・・。アイツの親友のいっちんだって、多分会ってないよ。“事件”以来、悪かったらしくて・・。マスターが・・あ、晃の叔父貴のことね。アイツの事、話そうとしないから、こっちも聞きづらくて・・・。」

いつも簡潔な木村が、言葉を濁し逡巡する。見舞いさえも行っていないと言うのだ。

「いいや。この際だから、直で聞いちゃえ。オレもず〜っと、気になってたんだ。」

意を決したように、腰掛けていた机から飛び降りる。

「『善は急げ』だ。ちょっと行こうぜ。」

まだ、これから3時限目だと言うのに、さっさと身支度して出掛けようとする。

「木村先輩!まだ、授業が!!」


2人で晃の叔父が経営する喫茶店「Anon」前の信号まで行くと、店の周りの掃除をしている男を見つけた。

「よお、木村。まだ授業中だろ?お前がフケるなんて珍しいな。」

のんびりと笑う冴木範行。昨日、晃の尻に座薬を入れていた男だ。

ズキン・・・。自分の意思とは関係なく下腹部の奥が重く響いた。

「マスター。昨日こいつ、じいさんのウチ入り込んだんだって?晃に会ったって言うんだけど・・」

木村が口火を切る。昨日の屋敷は、晃の祖父の家だったのかと今になって理解する。



「あの、昨日はすみませんでした。勝手に入り込んじゃって・・・」

紅潮する顔を隠すかのように、深々と頭を下げる久保田。

「ああ・・・。昨日の子だね?」

男は、困ったように頬を掻くと、ひとつ溜め息をついた。

「・・・いや、こっちも吃驚させちゃったね。アイツ、興奮するとまずいんだ。」

範行は、心持ち笑って2人を店内へ招じ入れる。

久保田は改めて、晃の叔父・範行の背の高いしっかりした体格と、思いのほか若い風貌に驚いていた。――小柄な晃との共通点を探すのが難しいほど、全く似ていない。

「木村先輩・・・冴木さんのご両親て・・・?」

以前から不思議だった事を、小声で聞いてみる。

「母親はアイツが小さい頃に。父親は4年前に亡くなったんだ。」

範行がカウンターの中から言う。

「・・・だから、父親の弟のオレがアイツの後見人ってワケ。まだ33だってのに、大概『お父さんですか?』って聞かれるんだぜ。あんなでっかい子供、作った憶えはありませんって言いたいよ。」

笑って言う範行の、昨日の印象とだいぶ違う様子に安心する。

「・・・で。マスター、アイツのことだけど・・。」

木村が、少しイラついた様に口をはさむ。

「いつも、悪いと思って聞かなかったけど、いい機会だからちゃんと教えてくれよ。他に誰もいないし・・・いいだろ?」

「しょうがないな・・・。」

大きな溜め息をついた。


そうして、範行は“事件”以来、初めて甥の友達に病状を説明する。


晃は、重い精神分裂病―今は、統合失調症というのかーを病んでいる。

初めに入れられた病院での処置が合わなくて、更に病状の悪化を招いた事。

今の病院に転院させて、やっと落ち着いて来たが、まだ体力的にも精神的にも、普通の状態には程遠い事。

「実際、言葉もロクに出ないし、食事も1人では無理な状態なんだ。それでも、やっと車椅子に座っていられるようになったから、実家の桜を妹と3人で見に行ったのが、昨日の事。」

コーヒーを淹れながら、そう言う。“事件”から半年、転院させてもうすぐ4ヶ月になろうとしているのに、会話さえもままならないと言う。それを聞いて木村が口を開く。

「マスター、ずっとアイツの事話さなかったじゃん?なのに、昨日コイツが会ったって言うし・・・。それなら、おれも会えるかなって、ちょっと思っちゃって・・。」

ごめん・・。

気が急いてしまったことを詫びる。いつになく真面目な顔の木村が、どれだけ晃の事を気に掛けていたか、久保田は初めて気付いた。


「こっちも悪かったな。言えなくて・・・。なんか、アイツのことで手一杯。みんなが心配してくれているのは分かっているんだけど、そっちまで気が回らなくて、悪いとは思ってたんだけど・・・。」

範行の言葉に、晃の具合が本当に悪い事を感じる。



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