#5『亡霊たちの立ち会い』
「プルートベースのその後は?」
カイルは火星植民都市連合軍の人間だ。冥王星の凍結艦隊の安否が気になっていた。もし凍結艦隊が解凍されれば大惨事になることが約束されているからだ。
だが、訊かれたクーパーは最悪の答えを話す他なかった。
「五時間前に通信が途切れた。凍結艦隊は、すでに反乱軍の手に落ちていると考えるべきだ」
カイルは舌打ちを隠さなかった。
苦々しく吐き捨てた。
「旧太陽系連合艦隊の全戦力が盗られたってわけか」
「叛乱活動は太陽系全域に、急速に広がり、なおも拡大中だそうだ。叛乱というよりは少々大規模がすぎるな」
「それだよ、クーパー。連中はどうやってこんな規模な共同作戦を展開できたんだ。連中は単なる烏合の衆とは違いすぎるぞ」
「我々の情報網には、何も前兆がなかった。確かに、一部の政治家が反メガコープ感情を煽ってはいたが、太陽系全域を巻き込む叛乱活動など、五大陸同盟も、南方商業連邦も望んではいない。つまり地球の、少なくとも上の描く絵ではない」
「火星だって同じだ。どっかの黄金ロボットも頭を抱えているだろう。……消去法で蒼の三宝石の残り、金星か? あの星にはデミやゼノが多い」
「いや、カイル、たぶん違う」
「どうして言い切れるんだ、クーパー」
「金星駐屯武官からの報告だ。特区がこっちに救援要請をだした」
「本当か、クーパー」
「カイル、嘘ではない、確かな話だ」
「ゼノ残党が人間に助けを求めるなんて、信じられないな」
「カイル。彼らは太陽系に帰化した一派だ。例え、人間でなくても、貴重な資源の一角に変わりない」
「……まあ、そりゃ、そうか、って話なんだがな。人魚だ巨人だ怪獣、はては魔女がいる世の中だ。ゼノの一種や二種程度気にはしないさ。だが、限度を越した反乱扇動活動は別だ」
「それはわたしも同じだ、カイル」
「安心したよ、クーパー。お前は良い隣人だ」
規模の大きすぎる動乱だった。
クーパーは、他星文明の侵攻前干渉とも考えたが、裏付ける情報は存在しなかった。
「お互い秘密の接触だ。話は最小でいこう」
カイルは胸ポケットかの中に手をいれ、そのまま抜き出した。一見には、何ももっていないように見えた。カイルの手は軽く握りこまれていた。
クーパーはさりげなく、右腕を差し出す。
二人の腕が、一瞬だけ触れた。
「どうだ、クーパー」
「……すまん、リキッド・PCを打ち忘れた」
「この馬鹿」
カイルは目薬のようなものを、クーパーへ渡す。彼はクーパーの間抜けさに、不機嫌さを浮かべていた。クーパーは両眼に、一滴づつ打ち、カイルへ返した。
目から脳野へ送られ認識したものは、複式暗号化された文字列だ。増設された補助脳内の複合プログラムが、隠されたものを呼びおこした。
「メガコープの特使艦隊か」
「非正規で手に入れたものじゃないぞ。メガコープから提供されたデータだ」
「メガコープから?」
「あぁ。最後の消息は、天の川銀河の外郭。太陽系内のゴタゴタよりも、特使艦隊を優先した理由だそうだ」
クーパーは、カイルとの接触の目的をはたした。これで、実質の内乱の中で、『色々と考え決断する層』に、余計なことをさせずに釘を打てそうだ。
「カイル、火星はこの騒動の鎮圧に動くのか?」
クーパーは、軍で制圧するのかと訊いた。もはや戦況は、警察の対応レベルを飛び越えているのだ。軍の即時投入が求められていた。
だが……。
「あたりまえだ。──軍隊アレルギーを黙らせられるならな」
力はあった。
しかしそれを振るうための、心が邪魔をした。
「軍隊と市民の心が離れて久しい。限定戦争で金をまわす時代だからな。市民は税金で軍事力を養うのを嫌う」
「市民はスポンサー契約だからな。彼らの頭の中には、それぞれの理想の軍隊がある。嫌いなものより、好きなものに金を使ってほしいと考えるものだ」
「限度があるぞ」
「否定はしない」
民営軍隊の苦しいところは、必ずしも必要なものを調達できないことだ。スポンサーの意向は、経営上無視不可能だ。そして何より、多くの人々は戦いというものに疲れていた。戦争は、彼らの時代ではない。彼らの父母の時代だ。だが戦争への疲弊は、子へと受け継がれた。大きな戦争があった。そして市民はいまだ疲れ果てている。百年の年月があってもだ。百年の平和は、そうした影で保たれている。それこそ、平和を守るためには戦争をやむなしとする程度には。
「ところでだが──」
「どうした、クーパー」
「──うちの高速輸送船団が小惑星帯突破を強行する」
「まさしく強行だな。アステロイドパイレーツが活性化した今だ。タイプ=エルフは手強いぞ。重要な積荷か?」
「いや? ただの最新ドォレム十二騎だ。それとドォレム輸送の強襲降下艇だ」
「重武装な船団のようだが、カイルさんは心配屋だ。護衛の気圏戦闘機と運用艦を用意しよう」
「カイル、感謝する」
「積み込む推進剤はアウターライン1まで充分な量だ。天王星よりも外まで余裕をもてるだろう」
地球と火星の合同船団が、クーパーとカイルの口約束だけで決められた。その権限が許されていた。
「地球の最新ドォレムは凄いぞ、カイル」
「そうか? 火星の技術力だって負けてないさ」
「全高八〇メートル、重量五十万トンだ」
「大きくて重いな」
「対艦火力を必要とするんだ、重くもなる」
「いつも思うが、重量級ドォレムはよく自重で潰れないと感心する」
「奇跡の賜物だな」
「奇跡でも、内惑星圏では過剰だ」
「外惑星に突き立てる力だと?」
「大質量デブリの粉砕には、な。木星は大戦以来、百年以上もデブリを引き寄せつづけている」
リキッド・PCのレイヤーを切り替えた。
一つ深いレイヤーには、木星近郊の情報が圧縮されていた。木星ベルトと呼ばれる、百年かけて形成された宇宙艦隊戦による残骸の成れ果てでの、不穏な動きだ。
「今じゃ、外惑星へ気軽に散歩、とはいかないか」
「木星ベルトは、アステロイドベルトの比ではない密度がある。しかも、大半は前時代の兵器ばかりだ。リサイクル・リデュース・リユースの精神がいき届いているらしい」
データでは、スクラップを掻き集めて、ポケットバトルシップをでっちあげているらしかった。これ自体は珍しくない。度々問題になりもしたが、大半は趣味人の武装民間船であったからだ。
「艦隊戦でも始めるつもりか?」
「わからん。目下調査中だ」
宇宙海賊は、高加速船を好む。
活動圏は狭いし、哨戒をになうアーマクルーザの主砲は半端な装甲では意味がないからだ。装甲は不要で、素早さを重視するのが宇宙海賊の考えだ。宇宙海賊には、払い下げの軍艦よりも、燃費の良い商業船が好まれる理由だ。だが木星ベルトで密造されている船は違った。木星ベルトで密造されているのはこれらとは違う、純粋な軍艦そのものだ。
「ありがとう。噂以上の、新しい情報だ」
「噂は流れてたわけか」
クーパーはカイルと別れた。背を振り返れば、もうカイルの姿はなくなっていた。目を塞がれた状況で、それでも知ろうとする男の足は、暗闇の中へと突き進む。