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#4『カオス・リンク』

 サイボーグ宇宙船は、怪獣と似ていた。


 両者の本質は、とても似ているのだ。違いといえば、初めから怪獣として製造されるか、あとからサイボーグ宇宙船となるかくらいだ。どちらにせよ、『太陽系人類最強格の一生命』に違いなかった。

 

 ビショップはそんな、フラワーナイト級巡察艦の一人だ。


 彼は生身よりもサイボーグ船歴のが長い、極普通の男だ。


 たくさんの、ビショップと似た同級は現役であるが、彼を見つけることは簡単だ。彼には、一組二腕のギガントアームを取り付けられている。サイボーグ船は数多くとも、腕があるものは少ないのだ。

 

『ビショップ、目標を補足。指示をこう』

『オーガスタSt。ビショップ、現状を維持せよ』

『ビショップ、了。現状を維持する』


 オーガスタ・ステーションからの指示を尊重した。


 ビショップは今、複合センサ群と火器を地球へとたてる、逆立ちの姿勢を保っていた。惑星に対する爆撃姿勢と同じだ。


 ビショップの装備に、再突入質量爆弾は──ない。


 あるのは分厚い大気での減衰まぬがれない、二十機の独立側砲、80cm凝光熱線だ。強力、とはいえないが破壊力がある。しかし今は攻撃性よりも、これら二十基を同期させることで、地上を走査する機能に代用させることが可能であったことのほうが重要だ。でなければ、ビショップが極薄い大気の中で逆立ちはしていなかったであろう。足らない能力は、ビショップの先端に埋め込まれた大口径光学望遠鏡頼りだ。目の数が多いほど、見えるものは増える。


 ビショップの『目』は見つめた。


 地球の分厚い大気を貫通し、地上目標を走査しつづけた。エジプト、ニューカイロの機械化情報都市へ冷たいセンサの瞳が落ちていた。


 ニューカイロの状況:大規模暴動発生中。


『……』


 暴動? いや、戦争。


 アフリカ大陸有数の採水塔と、太陽光変換施設をめぐって、メガコープ私兵軍と有志市民軍が激突した。原因はメガコープによる、ライフライン独占への反発だ。


 エジプトでは、生きるために必要な水、食料、電気などをメガコープが管理していた。つまり金があり、支払うことが生存の大前提だ。健康に産まれ、健康に死ぬまで、全てにメガコープが関わった。


 支配に対する盲目的な反骨心が、民衆を突き動かしていた。


『馬鹿め、限定戦争とはわけが違うというのに!』


 ビショップは眼前の人的資源の浪費を嘆いた。

 もっと効率のよい消費の方法があるはずなのに。

 今、重力の底で展開している闘争はどうだ?

 獣どもの闘争と五十歩百歩だ。


 もし、今。


 ビショップが、オーガスタステーションの指示を無視できるのなら、有志市民軍を焼き払っているところだ。


 凝光熱線のビームが、いかに大気貫通にむいていないとはいえ、都市の一つや二つを消滅させるのは容易いのだ。


『ビショップ。市民軍への攻撃は禁止されている』

『了。火器管制システムのセーフティに指をかけない』

『自重せよ。我々は『人類』であるのだ』

『……了』


──我々は人類である。


 ビショップにはその言葉を正しく理解するのが難しかった。


 サイボーグ船になる前は、間違いなく人間だ。

 父と母の性行為のはてに、母から産まれ落ちた。

 サイボーグ船の中には、まだ、人間だったものの残骸が残されているはずだ。


 だがしかし。


 はたして人間に類するのか、ビショップは断言できなかった。【第二種生命定義】にもとずき、あらゆる人造生命が人類に組み込まれはしたが……。


 ビショップには、わからなかった。


 個人の性格というものは理解できる。心の多様性だ。だが……だが、人間と人類──新人類──には、より根本的に相容れないものがある気がしてならなかった。


『!』


 重力センサに感。

 体と皮膚と肉──あるならばの例え──を指で押された感格が走る。


 何かが接近中ということだ。

 ビショップは自衛システムをたちあげた。

 

『オーガスタStへ緊急。不明質量が接近中。照合頼む』

『こちらオーガスタSt、了。ビショップ、火器システムは自衛システムに限定せよ』

『ビショップ、了』


 ビショップは不明質量の分類を上書きした。

 敵対可能性重力源。

 敵の可能性ということは、敵だ。


『ビショップ、オーガスタStで照合を完了した。ユタニイシムラ社のケリオン高加速船を断定』

『脅威判定を要求』

『ビショップへ。ケリオンの脅威判定はAだ。即時臨戦を許可する。ケリオンは九十日前、カロン軌道上で撃沈されている』

『オーガスタSt、それは間違いないのか』

『ビショップ、確定情報だ。ケリオンとの戦闘で、わたしの友人の艦が沈められた』


 オーガスタStから、ケリオンに関する詳細が圧縮データとして送られてきた。スペックデータ上の質量は、重力センサが検出した重力歪みとほぼ一致する。ケリオンの遷移軌道が発生させる重力紋も同一艦であることを示した。

 

 だからこそおかしかった。


 ケリオンは九十日前に沈んでいるのだ。

 存在していないはずの艦だ。

 ビショップは重力センサに集中した。


 あるいはそれは見るというよりも、感じる、といったほうが正しかった。


 ケリオンは、ビショップの後方1000kmをゆっくりと距離を詰めてきていた。ビショップは静止軌道、すなわち地球の自転にあわせて周回している。もしケリオンが攻撃の意志をとれば、ビショップは初期加速度のぶん、不利だ。


 ビショップは強化補助された脳で考えた。

 ケリオンが敵対行動をとるかは不明だ。

 優先は、ニューカイロ周辺の観測である。

 ケリオンを仮に攻撃する場合、観測放棄の必要性がある。


 ケリオンはなお接近していた。

 ビショップは決断した。

 独立側砲の半分の配置変えだ。ニューカイロへの観測レベルを水準ギリギリで維持しつつ、ケリオンへの攻撃に備えた。


『どちらも重要か』


 ニューカイロの戦況は悪化しつつあった。


 市民軍は自走シャッタードームを押したて、ニューカイロの高層建築物を踏み潰しながら、前進していた。


 メガコープが大資本を投入して作りあげた都が、破壊されていく。


 大通りでは、装甲歩兵が銃弾を弾き返しながら、重量剣で敵を叩き割った。数珠繋ぎの爆薬が宙を舞ったあと、地上へと落ちはて、都市区画を丸ごと吹き飛ばした。高射角の戦闘車が放つ大口径砲弾が、壁もろともに、中の命を引き裂いた。


 メガコープの状況はかなり不利だ。

 度重なる軍縮が響いていた。

 集合国家からの再三要求に妥協してきたからだ。

 少数がそれでもなお戦線を維持できているのは、ビショップの目が衛星軌道から観測を続けているからだ。


 ビショップの目はデータリンクを経由して、地上の長距離砲兵師団へと伝送された。すなわちビショップの目こそ命綱なのだ。動くことは不可能だ。動けば、戦略目標であるニューカイロ失陥の可能性が極めて高まる。


 だがビショップが撃破されれば、結果は同じ──ビショップはある種のジレンマを抱えた。


『嫌な状況だ』


 ビショップの好きな言葉は、『楽勝』だ。

 弱小の格下相手に全力完勝するのが、大好きだ。

 こんな微妙な戦闘は、好みから外れていた。

 だが、だ。


 ビショップの体には、手がある。

 手なんてものは、『守るために』あるものだ。

 ビショップは覚悟した。

 五十九秒後。

 敵対可能性重力源は、加速度10Gをだした。

 高熱をもった推進剤の広がりを、熱画像センサが見た。

 未来予測演算器を回すまでもなかった。

 敵対可能性重力源の遷移軌道は、ビショップの静止軌道と交差していた。


『敵対可能性重力源の加速を確認した。警告後、これを撃破する』

『オーガスタSt? オーガスタSt、返信送れ』


……?


 オーガスタStからの回答がない。

 ビショップは敵性重力源からの妨害を疑った。

 システムチェック。

 

 やはり、だ。


 一部の計器のデータに、不自然な介入の足跡を発見した。間髪入れず対抗プログラムが走るが、効果は今ひとつのようだ。AIの解析走査が、上手く躱されている。カウンタージャミングが充分に構築できない。

 

『ただの民間船の装備じゃないぞ』


 オーガスタStから公開されたデータでは、ただの武装商船だ。強力なジャミング装置の報告はなかった。


『増設されたものか』


 であれば、装備の可能性の幅が増えた。質量の差異はほぼ無視できる。大質量火器の装備はないはずだ。


 独立側砲の反応炉出力をあげた。


 数は一基。


 独立側砲から高速放出され、拡散する推進剤はビショップの熱と電磁放射を隠した。


 ある種の煙幕だ。


 原始的でさえある宇宙戦技であるが、今だ有効な状況というものは存在した。


 敵性重力源の目を隠した。

 だが、ビショップの手足を縛ることでもないか?


 違う、それは間違いだ。


 ビショップはオーガスタステーションからの支援を失っているが、今も強大な支援を受けていた。地球軌道上に存在する、監視衛星とのデータリンクだ。大規模強硬度のジャミングでなければ、データリンクは切れない。


 独立側砲を、監視衛星を経由して誘導するのは、簡単なことだ。


『データと違う』


 光学観測した敵性重力源は、提供されたデータの形状と著しく差異を生じさせていた。


 ある種のバイオシップのようだ。


 航宙船の残骸を着ぐるみに、航宙生物がいるのを確信した。航宙船のなれはては、やはり撃破されていたのだ。粒子ビームかレーザで焼けただれた装甲板。高熱をもったであろう装甲板を、ダメージコントロールで切り取った痕跡があった。高加速質量が衝突したのだろう。流体化した合金が、飴細工のように伸び、棘皮の表面を作りあげていた。


 だが、それらは全て死体だ。


 航宙船の死体の隙間からは、明らかに機械センサとは異なる、生体触角がのぞいた。


『緊急! 緊急! 地球軌道にエイリアン侵入!』


 ビショップは全領域波長で緊急電を送った。

 独立側砲をさらに二基、推進剤の雲へと突入させた。


『わたし一人でやれるか?』


 未来演算器が高速回転を始めた。

 太陽系起源文明を──否定した。

 エイリアンだ。

 エイリアンは敵だ。


『──今』


 監視衛星越しの遠隔操作。独立側砲から粒子ビームが閃く。並みの電子機器を焼き切るほどの電磁波は、撃った独立側砲をも破壊する威力だ。


 ビショップは意図的に安全限界を上回る出力で、粒子ビームを照射したのだ。


 光があふれる。


 独立側砲は自壊するまで照射を続けたが、さらに第二陣の二基が突っ込んだ。 

 

『この質量の装甲で防ぎきれるはずがない。シールド発生機関もないとすれば──魔法か』


 ビショップが放った粒子ビームの一矢は、完全に受け止められた。光の壁が、直撃を拒絶しているのだ。

 

 奇跡の力だ。


 ただの一生命体の生身が、限定的な破壊力においては、反応兵器さえも凌駕する粒子ビームを防いでも不思議なかった。


 ビショップは奇跡の前朝を見た。

 精神波とエーテル粒子の衝突光だ。

 

『こい! 奇跡を上回るなんて初めてじゃないんだ!』


 奇跡とは魔法だが、それは絶対的なものでは断じてない。魔法なんぞ奇跡ごときに負けてなるものか。


 ビショップには、奇跡や運命程度には勝つ自信があった。


 運命は……回る。

 三度にわたる粒子ビームの猛射。

 しかし、敵性重力源は止まらなかった。

 奇跡ごときで生き残っていた。


 ビショップの予想以上の魔法力をもつエイリアンのようだ。


 太陽系人とは明らかに違う文明、進化のなかで後天的に魔法をもったのではない、発生した母星の生命そのものに、あたりまえのように組み込まれているのだろう。


『戦友をこれ以上、死なせはしない』


 サイドスラスタ噴射。

 姿勢変更。

 ギガントアームを展開した。

 今、独立側砲は地上観測に利用している。

 全ての独立側砲を利用することは不可能だ。

 ビショップは、ギガントアームで敵性重力源を受け止めるつもりでいた。


『こい!』


 衝撃がビショップの体を揺さぶる。

 質量と速度の暴力。

 ビショップの骨と皮、構造材と装甲が裂け飛ぶ。

 だが──


『捕まえた』


──敵性重力源を、受け止めることに成功した。


 慣性中和転移装置、最大出力。敵性重力源の慣性を完全に吸収することに成功したのだ。吸収されら慣性エネルギをゼロにしたのではない、熱に変換しただけだ。熱量が大きすぎ、放熱能力を上回っていた。ビショップ内部で、一部の機器の溶融が始まった。


 時間はないが、充分だ。


 ビショップはギガントアームを振り上げそして、航宙船の死骸を着ぐるみにするエイリアンを叩き潰した。


 ぐしゃりと潰れた合金に挟まれ、血肉が零れ溢れた。奇跡を失った肉塊は、真空の中で急速に水分を失い、干からびていく。


 大質量のギガントアームに潰された、敵性重力源の装甲の隙間から、まだ水分を保つ肉がだらしなく垂れた。

……ぶつかってみれば、あっけない幕引きだ。


『どうして、ぼくはあぁも取り乱したんだ?』


 冷静に考えれば大した敵ではなかった。らしくない、と思いつつもビショップは思考を切り替えた。


 焦ったせいで、データリンク経由、監視衛星からビショップの醜態を晒してしまったが、そんなことよりも、地上の観測支援のが重要だ。


 ビショップはすぐさま、消費した独立側砲の穴を埋め、観測活動へと復帰した。


『オーガスタSt、オーガスタSt──』


 ニューカイロ周辺では、メガコープの一大反抗は、敵の侵攻を完全に砕いていた。


 燃え落ちる自走シャッタードーム。敵は、まるで夢から覚めたかのように、士気を崩壊させた、かのように見えた。ニューカイロと周辺施設の完全破壊は、避けられた、ということになる。


──ただ。


 短期間で収束したとはいえ、住民らには、かつてないほどの震感を植え付けられたことであろう。


 瓦礫の中から、メガコープ私兵軍に参加したらしい社員兵が、煤けた顔でソラを見上げ、ビショップと目があった。


 男は若く、住民コードからの照合ですぐさま、誰であるかわかった。男は大戦後生まれで、まだ若すぎた。初陣後の、勝利よりも不安の浮かぶ顔。


 叛乱市民軍の成果は、若い世代に『恐怖』を覚え込ませた、それだけだろう。


 ビショップは、音信の途絶えたオーガスタステーションから、地上びジャブローステーションへと交信を試み始めていた。

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