#11『起動』
人類が【星樹をむさぼるもの】を知りえたのは、元・星樹評議会議長ザラの情報公開後のことだ。だがこれは、遅すぎた。ザラの率いる【ヴィンソン88】が天の川銀河に出現したときには、すでに【星樹をむさぼるもの】の汚染が拡大したあとだったからだ。巨大な敵が、命であったものを次々と貪り始めようとしているのに、人類は団結というものを妨害されつづけてしまった。【星樹をむさぼるもの】は極めて強大でありながらも、狡猾に、静かにそして丁寧に命と自意識を食したのだ。人類団結に打ち込まれた楔は、『平和』だ。平和を愛しすぎたがゆえに、守りの盾たる力を、数多くの無垢な市民は攻撃し、結果的に無防備なままに柔らかい腹部を【星樹をむさぼるもの】の前に差し出してしまったのだ。だが人類は、過去幾度無い異星起源種の攻撃を退けてきた。例えーー例え人類が亡び去る日がくるとすれば、それは人類の心が死んだときだ。
“恐怖実体化”
正確な記録としては、【ヴィンソン88】が人類に警告を発したときには今だ、かの銀河の病原菌は、人類のいかなる兵力とも衝突したことはなかった。【星樹をむさぼるもの】の巧妙な偽装活動の悪魔的成果といえるだろう。幾百もの星系が、知られることなく【星樹をむさぼるもの】の餌食となった。それはあまりにも大規模すぎ、また当初の観測としては、空前絶後の大反乱でしかないとされていたのだ。人類はファンタズマゴリア級を中核とした戦闘艦隊を再編し、銀河中の大火を一つずつ消していくことにした。【ヴィンソン88】も分割され、人類宇宙艦隊の片翼を大いに支える火力を提供する、はずだった。しかしそれは【星樹をむさぼるもの】の上位意識体によって、サイコリンクを通じて人類宇宙艦隊と【ヴィンソン88】からなる、ささやかな抵抗戦力の合流を事前に察知されていたのだ。【星樹をむさぼるもの】は、これら宇宙艦隊を叩くために、先制の、そして天の川銀河における初めての顕現化を選択したのである。
“影からの奇襲”
クーネル・ゾルディック提督の戦闘艦隊ジャハーンは、大艦隊再編のためにワルキューレ星団へ急行するはずだった。しかし道中で、サンダース星系からの救援信号に答えるため、クーネル・ゾルディック提督は進路を変えてしまったのだ。はたしてサンダース星系で待ち構えていたのは、拿捕された軍艦、商船、宇宙ヨットにいたるまでありとあらゆる航宙能力をもつシップを根こそぎ動員された、数万隻からなる艦隊だった。クーネル・ゾルディック提督も、罠は予期していた。号令が、冷静なる声のもとに発せられた。陣を敷き終えていた、重砲撃巡察艦が猛烈極まる火力を撃ち放ったのは、サンダース星系の雑種艦隊がイナゴの群れのごとく宇宙へと広がり突撃するのは同じ瞬間であった。サンダース星系内の、小惑星や衛星から削りだされた隕石砲弾が、巨大なマスドライバーから雲霞のように打ち出された。原始的を極める投石も、光速の60%以上の速さで、数千億トンの質量となれば惑星でさえも破壊できる力になる。惑星が幾つも消滅するほどの応酬があり、クーネル・ゾルディック提督はサンダース星系からの脱出をはかった。しかし脱出は失敗した。脱出の航路上に、非現実空間から実体化してきたものがいたのだ。虚空からのワープアウト。実体化したのは、ファンタズマゴリア級、全長1200kmの質量が、クーネル・ゾルディック提督の戦闘艦隊ジャハーンの脱出に重すぎる石として塞ぎにかかられたのだ。クーネル・ゾルディック提督と戦闘艦隊ジャハーンは、サンダース星系に完全に閉じ込められた。だが絶望の中にも希望は残されていた。サンダース星系は今だ完全には、【星樹をむさぼるもの】に汚染され尽くしていたわけではなかったのだ。サンダース星系の僅かな防衛軍生存者は、サンダース星系の恒星サンダースにもっとも近い惑星、サンダースⅠに立てこもっていたのだ。クーネル・ゾルディック提督は、サンダース星系の奥へ、奥へと、飲み込まれていった。クーネル・ゾルディック提督と戦闘艦体ジャハーンは、彼と数名のワープ脱出ポット以外の全てを消滅させた。クーネル・ゾルディック提督には想像力が足りなかったのだ。恒星が、近傍の惑星に手を伸ばして食べるということを思いつかなかったのだ。
“勇者艦隊”
クーネル・ゾルディック提督を始め、合流に失敗し、消滅した艦隊は少なくなかった。だがそれでも、【ヴィンソン88】を含んだ強力な打撃艦隊は、【星樹をむさぼるもの】に対して、無慈悲な鉄槌を振り下ろすのだ。ファンタズマゴリア級を中枢とする戦闘艦隊に、各星系に対する粘り強い威力偵察活動と同時に、【星樹をむさぼるもの】の封じ込めに務めた。【ヴィンソン88】のザラが、人類戦力の情報支援として派遣してきた従軍神官曰く、【星樹をむさぼるもの】は非実体の存在であり、現実干渉のためには体が必要である。そして【星樹をむさぼるもの】がサイコリンク上でもっとも伝播しやすい感情とは“不安”であり、勇気を与え維持することが大切であると説いた。
無敵艦隊、あるいは勇者艦隊と名付けられた戦闘艦隊らは銀河のいたる星星で、砲火で埋め尽くし、またそそれ以上に人心へ、勇気と希望の心を支え続けた。ザラは知っているのだ。勇気の心こそが、【星樹をむさぼるもの】の汚染を、もっとも効率良く封じ込められるということを。だがしかし、恐怖とは、生命が星の母から生まれた時から約束された祝福。
もっとも無防備である星から、ジワジワと喰い千切られていく。それでも極初期のうち、封じ込めは成功していた。あらゆる航宙能力をもつシップと汚染された施設を慈悲なく、徹底的に焼き尽くしたからだ。しかし、【星樹をむさおるもの】にとってそれは、汚染の拡大を遅らせる程度でしかなかった。かつて特使艦隊として行方不明になっていた一隻のファンタズマゴリア級を中心とする汚染群艦隊が、ささやかな希望さへも粉砕し、恐怖を振り撒くべく虚空より出陣したのである。汚染群艦隊は強大にして巨力であり、数多くの提督と戦闘艦隊を葬りつづけた。それは、【ヴィンソン88】の勇気を上回る速度であり、救援が間に合うことなく滅ぶ星は増加の一途であった。ザラはこの汚染群艦隊こそを撃破すべしと提督らを説得し、やむなく太陽星系にて、決戦を挑むこととなった。
“腐りかけの扉”
太陽星系は、太陽系人類発祥の星である地球が存在し、かつ天の川銀河オリオン腕においてもっとも強固な要塞化を完了している難攻不落の星系である。しかし戦闘艦隊アレクサンダー、戦闘艦隊アルフレッドが到着したときにはすでに、大規模な汚染に見舞われていた。冥王星より飛びたつ艦隊が宙域を封鎖し、全ての惑星、小惑星圏内では生きていたものどもが覆い尽くしていた。だが防衛システムそのものは今だ生きており、軍装備の扱える多くのものは【星樹をむさぼるもの】の初期汚染発祥を防ぐことに、『奇跡的』に成功していた。戦闘艦隊アレクサンダー、戦闘艦隊アルフレッドは太陽系を封鎖していた汚染群艦隊に対し、執拗にして大胆な奇襲と波状攻撃を繰り返すことで、一部突破、しかるのち軍団の惑星降下をはたす。増援は続々と送られ、限定的ではあるが、【星樹をむさぼるもの】の手から、一時的に解放することに成功した。しかし犠牲は多く、真な戦いはこの後にこそ控えていたのだ。低下した防衛システムの復興が先か、汚染群艦隊の襲来が先か、時間との勝負であった。
“無慈悲な生き餌”
【星樹をむさぼるもの】の天の川銀河における背骨たる汚染群艦隊撃滅のためには、この艦隊を太陽系に引きずり込む餌が必要だった。選ばれたのはクーネル・ゾルディック提督と戦闘艦隊クラウディウス。戦闘艦隊と呼ぶには、クラウディウスはあまりにも非力にすぎた。しかし、【星樹をむさぼるもの】にとっては、とても、抗いがたい誘惑を大量に含んだ獲物なのだ。戦闘艦隊クラウディウスには、各星系から脱出してきた避難民を満載したシャトル・シップが多数随行していたのだ。これは行くあてもわからない避難船団を各宙域で合流させたためである。避難民たちは、誰一人として、自分らが“生き餌”である事実を知ることはなかった。僅かな幸運として、戦闘艦隊クラウディウスには、ファンタズマゴリア級“クラウディウス”がおり準惑星工廠並みの能力から避難船団の全船に可能な限り最大級の武装化を施せたことである。またクーネル・ゾルディック提督は、十歳以上の全ての男女に徴兵を命令した。戦闘艦隊クラウディウスの消息は完全に不明であるが、太陽星系が防衛システムを完全に復旧させた直後に、汚染群艦隊は太陽系近傍に現れた。
“犇めく宇宙”
その戦いは、美しい布陣のもとでの一糸乱れぬ斉射から始まった。【ヴィンソン88】の指揮下にはいる全戦闘艦の粒子ビーム、超光速砲弾が、恒星を破壊するほどの力が放たれる。銀河の命運?のために、それに勇気が載せられた戦いだった。しかし提督たちには迷いが生じていた。太陽系には今、現実うぃ歪められるほどの、勇気が集められている。【ヴィンソン88】のザラの指示でだ。激戦の中で、ザラの真の目的に気づけたものは【ヴィンソン88】以外にはいなかった。ザラはこの勇気の想いを内側に爆発させ、天の川銀河もろとも、【星樹をむさぼるもの】を封印したのだ。はたして、天の川銀河はその内の全てを巻き込み消滅した。
“永遠の檻”
影なき世。
星なき空。
【星樹をむさぼるもの】とは、集積された意志の具現であり、これを消滅させるためには、この意志を切り取り、世界に封じこめるしかなかった。人類とそれに連なるものは、檻のための犠牲であったのだ。しかしこの檻は、必ず破壊されるだろう。それがいつの時代かは、わからないが……。




