#7『金星魔女』
「腰の大砲は外しておけ」
金星。軌道ステーション・アフロディーテⅤ。
マキビシは部下に、一切の武器の携行を禁じた。それこそが、もっとも『安全』であるからだ。大砲といっても、マキビシ以外が今だに未練と一緒に持っているのは、片手が扱える程度のワイアガン──必要最低限の火力だ。しかしマキビシは、それさえも許さなかった。
「マキビシさん、ちゃんと守ってくださいよ。本当、お願いしますよ」
部下の一人は、そう、不安気に自分のワイアガンを手放した。他の部下も渋々だが従う。
ただ一人、チームで唯一の魔女だけは、明白にマキビシを騙そうと謀っていた。自分のワイアガンもマキビシに渡す一方で、股に隠す呼びのワイアガンについては黙っていた。マキビシは例外を許さなかった。
「エッチ」
「ふざけるんじゃない」
「ふざけてるのはマキビシのほうさ。金星で丸腰だなんて。じゃあさ、鉄砲をあげるから、せめてナイフちょーだい」
「ダメだ」
「ケチ!」
「自分の魔法を信じろ」
魔女は不服を隠そうとしない。魔法とはほぼ奇跡そのものであるが、奇跡とは万能とは違うのだ。
マキビシとそのチームは、連邦治安維持局に所属している。だが、だからといって、太陽系のあらゆる事件に首を突っ込むわけではない。むしろ、介入こそが稀なのだ。普段のマキビシらはもっぱら資料管理が仕事なのだ。
マキビシは、アフロディーテⅤのエントランスホールの一席に腰を下ろした。他のチームメイトは、誰も、気を抜くことなく周囲へ目を配り続ける。気を抜けないのだ。
アフロディーテⅤのエントランスホールは、その荘厳さと規模の割には、異常なまでに人がいない。マキビシ一行を除けば、アフロディーテⅤの装飾に合わせられた、オート・ドォレムたちくらいだ。
金星らしい。
ドォレムの起源は魔女が産み、魔女の本場は金星だ。純粋なメカとはまだ別系統の──おそらくは清掃用の──ドォレム体系の眷属が、エントランスホールの天井に、蜘蛛のようにぶら下がっていた。
「楽にしておけ、疲れるぞ」
「……はい」
「……えぇ」
誰も気を抜かない。
無理もないか、とマキビシは心の中でため息を吐いた。魔女と金星とくれば、誰でも緊張するものだ。金星が、魔女どもの『実験場』であることは公然の秘密であった。何の実験場であるかは、言葉にするのもはばかられることでる。だが漏れ伝わる噂では、神の証明の為の神の創造、というげに恐ろしい話だ。
金星の分厚い大気の下には、デミやゼノだけではない、魑魅魍魎の邪悪が渦巻いているのだ。
「まるで金星魔女が、悪と恐怖の根源みたいに扱うがな──」
マキビシは、ちょっとした豆知識で空気を変えようとした。チームの精神状態を考えることも大切だ。
「──蒼の三宝石と例えられる、火星、地球に並ぶ美しい惑星なんだ。濃硫酸の雨だ海だは昔の話、太陽系でもっとも治安の良いリゾートパラダイスなんだぞ」
「あの……チーフ、お言葉なんですがね」
「何だ?」
「治安が良いみたいに見えるのは、見せかけじゃないんですか? 凶悪組織が多すぎて、慎重に活動してるだけかと」
「どこもそんなもんだろ?」
「少なくとも俺の地元は、世紀末じゃなかったっスよ」
マキビシを、複雑な顔が見つめていた。マキビシの話は間違ってはいないがズレている、そう、言いたげな顔だ。マキビシは見なかったことにした。
「外から見る金星と、中から見る金星は違う。暮らしてみるとわかるが、魔女に目をつけられなければ、普通の世界だ。そんなことは、よっぽどの稀だしな」
少なくとも金星では、チンピラのような小物や、実力のない野心家は“絶対”に生き残れないのだ。スクワイアガンの切断ワイアが飛び交う市街戦が、意図的に、魔女らによって発生することが、ないわけではないが。言ってしまえば、金星全体が無政府主義だ。金星全体を統括する、総督府もあるにはあるが、彼らの役割はあくまでも、反組織的側面をもつ活動を最小限にとどめることだ。上手く機能していた。あたりまえだ。総督府とは、魔女たちであり、実質的な金星の支配者なのだから。
魔女は気まぐれだ。
マキビシも緊張がないわけではなかった。部下の手前強がってはいるが、知っているがゆえの恐怖があるのだ。
マキビシは、かつて同僚の別チームが金星で丸ごと行方不明になった過去を知っている。ギャングの抗争に巻き込まれたと記録されたが、事実は魔女に拉致されたのだ。
魔女の興味の対象は、どんな組織が後ろ盾にいても変わらない。そして恐ろしいことに──大きな組織は
あえて魔女の生き餌のためにチームを選出することがあるのだ。マキビシは絶対に自分たちは違う、とは言えなかった。幸運なことに、このことを知っているのはマキビシだけだ。
「天空の魔女は、人を食べない、人を変身させた家具も使わない。良い魔女だ。比較的な。最悪でも、頭の中身を破裂寸前にされるくらいだろう」
「……」
マキビシはチームが会うことになっているのは、『天空の』とつく魔女であり、強大な力を持つ魔婆の一人だ。彼女は比較的とても善良な魔女なのだ。魔女の茶会の主催者でもある。
チームの張り詰めた空気はゆるめられなさそうだ。
マキビシはそれ以上の説得を諦めた。
魔女が怖いのは、あたりまえなのだ。
──風が流れた。
アフロディーテⅤの、清潔にすぎる風が流れたのを、マキビシは感じた。マキビシのチームも、気づけないほどの鈍感ではなかった。
宇宙港に新しい船は接舷していない。
つまり風を揺らしたのは、金星からアフロディーテⅤに来たものだ。
そして、彼女たちは姿を現した。
異常なまでに複雑にして精緻な構造の扉が、開く。
「ひさしぶりであるな、愛しい我が子」
マキビシは、ゾッとするものを背筋に感じた。彼女らは、扉から出てきた彼女は、恐らくは魔女なのだろう。だがその輪郭は酷くおぼろげであり、誰の顔であるのかという認識が完全に阻止されている。
「天空の……魔女?」
「秘密の会話だ。周りは気にするな」
ハッとした。
マキビシ以外のチームメイトが静かすぎるのだ。ふりかえ見れば、彼ら彼女らの無事な姿が、そこにはあった。だが、様子がどうにもおかしい。
「……」
目は動いている。驚きの目だ。皆は、目だけで何かを追っているようだ。しかし、目以外の体はぴくりと動いていなかった。マキビシが訊く前に、天空の魔女の説明を挟んだ。
「親子の内緒話だ。部外者には夢を追ってもらっている。なに、悪夢ではない、幸せな夢さ、気にするな」
部外者に知られたくない。
天空の魔女の本心なのだろう。嘘偽りではないはずだ。天空の魔女は、彼女以外の魔女は引き連れていなかった。彼女の護衛は、魂が染み込まされたドォレムだけだ。
「あらためて久方ぶりだな。──マキビシ、と名乗るのか? 我が娘」
「あぁ。マキビシだ。それと、俺は今も昔も男だ。娘ではない」
「『魔法少女であるのだから娘』でもあるだろうに」
「……いい迷惑だ……男なのに……」
「いっひっひっ。心を表返さなくとも、娘の心境は手にとっているかのごとく読めておるぞ」
「勝手に俺の心を読むな」
「いっひっひっ」
天空の魔女は愉快気に笑うが、マキビシは笑えなかった。何よりも笑えないのは、天空の魔女の言葉は全て真実であることだ。
「天空の魔女、俺は遊びにきたわけじゃない。訊きたいことがある」
マキビシとしては、さっさとやることを済ませて、さっさとチームと引き上げてしまいたいと考えていた。だが、天空の魔女は、それを許さなさそうだ。
「ところで──」
と天空の魔女は、まるで昔を懐かしむかのように語りだした。彼女の話は長くなりそうだ。
「──アカデミーで催す、文化祭の季節だ。我が娘も、文化祭に顔を出していかないか? 招待券のことは気にするな、わたしが発行してやろう」
「必要ない」
「それは残念だ。我が娘は一度も文化祭に参加しないではないか。一度は見ておくべきだぞ」
「必要ない。それにアカデミーの文化祭は、悪趣味だ」
「そうでもないぞ、我が娘。皆、真面目な生徒たちだ」
「魔女としての真面目だろう」
「あたりまえだ。魔女なのだから」
マキビシはそれからも、天空の魔女の話を長らく聞かされることになった。
魔女とは何か。金星大気への悪戯。新しい芸術を創作した感想。浮遊戦車を亜生命化したら逃げてしまったとか。余分な話ばかりが飛び交って、やっとマキビシのしたかった話が始まった。マキビシはまだ、天空の魔女に話してはいない。
「我が娘は知っていたか? お前には沢山の姉妹がいて、この宇宙中に散らばっているのを」
「未来予測演算器だな。アレの本質は──魔女か」
「そうだ。わたしは娘たちと、絶えずサイコリンクしているんだがね」
「ちょっと待て、初耳だぞ」
「そうかい?」
「まさか俺の心も繋いでいたわけではないだろうな?」
「さぁ、どうなんだかね」
マキビシは職業柄、心を読み透かされないよう、体と脳に思考防壁と精神遮蔽装置を組み込んでいた。半生命体である未来予測演算器にも、太陽人類最高レベルの防護処理は保障されている。
「……」
マキビシは聞かなかったことにした。魔女とはそういう生き物だ。
「我が娘は事件に首を突っ込んでいるようだね。アウタースペースでの特使艦隊の失踪。特使艦隊に弟がいた
Lv5の兄の刺傷。太平洋での暴走怪獣。ニューカイロでの大蜂起。プルートベースと凍結艦隊。それらには繋がりがあると、我が娘は考えたのか」
「ラザロフ事件や、タイプ=オークの一連のことは?」
「我が娘は何を言っているんだ。【第三の瞳の民】は、見た世界しか知らないものだ」
「……? それで、一連の騒動を繋いでいるものは、何だ?」
「知らないし、わからないね」
「期待はずれだな。真相を理解していると思っていた」
「我が娘、忘れてはいけない。魔女の魔法とは『可能である結果を、過程なく結果を呼び込むこと』を言うのだ」
「つまり、これの真相は──」
「──知る道にない、ということだな」
天空の魔女の言葉を聞き、マキビシは黙した。
たどり着くべき道がない。
まったく知るよしもない何か、ということだ。
「シャッターストーム作戦」と天空の魔女がこぼす。
「それの意味は?」
「ゼノ残党の不穏勢力を一掃するために、軍が営業以外で作戦を実行するようだね。幾つかのメガコープも協力するみたい。マキビシ、我が娘──求めているものかはともかく、行ってみなさい」
「未来か」
「三十時間後だよ」
「情報は、未来予測演算器へのリンクからか」
「いーや。娘の心をのぞくなんて悪趣味だ」
「……」
「いっひっひっ」
──。
マキビシはチームメイトと夢から引きずり起こした。
寝ぼけた顔も一瞬だ。
次の命令を、マキビシはチームに伝えた。
「軍病院から男を連れて行く。カネダにまた会いにいくぞ。全員、重装備で準備しておけ。木星旅行だ」




