#6『生体反応ゼロ』
寒いな。
エネルギ節約の為に、暖房機器は限界まで引き下げられていた。呼吸するだけで肺も凍る風だ。強化された血液と臓器をもっているゆえに、生きていられた。
かつて惑星だった星、冥王星。太陽の光遠いこの地には、戦士たち数多く眠っていた。
「……」
バスケスは、隣で凍りついた戦友の同力甲冑からバッテリーを外した。戦友にはもはや不要なものだ。戦友の動力甲冑の胸は、プラズマ弾の直撃で溶融していた。
オートキャノンの残弾が不安だ。だが『狂信者』に降伏するなど論外だった。
(プルートベース最後の生き残りかな)
バスケスがへたりこんでいるのは、プルートベースの最深部であり、軌道爆撃にも耐えられるシャッターシェルターの中だ。それは、凍結艦隊が封印されている区画だった。
疲れた。
少し、少しだけ休憩が欲しかった。
できることならば、バスケスの今が全て、夢でしかなかったということを願った。夢であってほしい過去の話だ。突然だった。前ぶりは、何一つなかった。少なくともバスケスの周囲ではそうだった。
反乱だ。
プルートベースに駐留していた、軍民を問わず、全ての頭数の四分の三が、いきなり味方に対して銃口を向けた。
警告はなかった。
躊躇もなかった。
隣に突きつけた引き金は、軽かった。
プルートベースの全機能を奪われるまで、七日とかからなかった。いや、七日も持ち堪えることに成功したというべきか。しかしそれも限界を超えた。
バスケスは残酸素量を確認した。循環式酸素供給システムの濾過フィルタの劣化により、徐々に酸素量が減っていた。そもそも、バスケスの着込む動力甲冑は、生命維持装置が必要な環境で、ましてや何日もの活動を想定していないのだ。
(くそったれ。頭痛がしてきたぞ)
バスケスのいる封印特区の空気は、完全に吸い出され、真空状態だ。裏切り者どものせいだった。
凍えるほど寒く。
空気もなく。
生きている人間も他になく。
太陽から遠い冥王星で、しかもプルートベースの最深部で。
(こんな形で死ぬとは、考えてなかった)
バスケスは、助かるとは思っていない。
救われるには、ここは些か遠すぎた。
(畜生……)
頭の中に、故郷の町風景が広がった。バスケスの故郷は、都会と呼べるほど発展した土地ではなかった。機械AIに抵抗的で、人が人であることを大切にする、そんな土地だ。海と山に挟まれた小さな町だ。
父と祖父の乗るカジキ漁船をいつも見送っていたのを覚えていた。女らしい優しさには無縁の生活だ。男よりも女にモテるというのは、笑うに笑えない話だ。バスケスが軍にはいると決めたのは、自分の力を必要とするのが、軍だと考えたからだ。父と祖父は反対したが、家族暗黙の掟である、我を通すなら倒していけ、喧嘩で殴り倒して、飛び出した。
だからといって、故郷の味まで忘れたわけではなかった。食事はいつも、魚の鍋か雑炊だ。漁でいない日の多い、家族に教えてもらったのではない。近所の家庭料理を見て覚えたのだ。土地のいろんな家で作られる、土地の、故郷の味だ。
バスケスはいつも一人だった。
家族がいるはずなのに、ひとりぼっち。
(いや、違う……?)
思い出す。
いつも一人、とは違う、気がした。
(そうだ、姉さんがいたはずだ。そんな気がする)
バスケスには、親しくしていた、年上の友人がいたはずだと、思い込んだ。誰にも愛されていないわけではなかった? と思い出す。
どんな──人だった?
「バスケス!」
「……姉さん?」
姉さん、と呼んでいた気がする人が、目の前に立った。
枯れ枝のようというには、若々しくしかし硬すぎる茶髪。アーモンド型の緑の瞳。前から見てもわかる、魅力的な太腿と尻。トリニティ、という女だった、はずだ。
「バスケス!」
「さっきから何度も呼ばないでよ、姉さん」
「あら! だって貴方、い……つも、わたしの話を聞き流すじゃない! だから、貴方が反応するまで呼んでるの!」
「あー、はいはい」
バスケスは、トリニティとあたり前のように話した。そこに、抱くはずの違和感はなかった。 トリニティは手を伸ばす。バスケスはその手の意味がわからず、小首を傾げた。
ぶんっ、ぶんっ、とトリニティは何を振った。
バスケスはどうするべきかわからない。
やがてトリニティは痺れを切らして、
「手! バスケス、行くわよ!」
「姉さん、行くって……どこに?」
「ここじゃない遠くよ。潮の香りがする、花の沢山ある場所。温かくて優しい、幸せで楽しいところ」
「そりゃあいい。まるで楽園だ。ここは寒すぎる」
バスケスは、トリニティの『手をとった』のを確かに感じた。重い動力甲冑なんて、始めから着ていなかった。兵士のバスケスは、どこにもいなかった。
──ここにいるのは。
どこにでもいる、少しだけ貧しい、港の女の子。
自慢の麦藁帽子を目深にかぶった女の子は、トリニティお姉さんに手を引かれた。
プルートベースの監視管理AI、その数少ない、生きている部位が、状況を更新する。
──プルート・ベース、生存者ゼロ。




