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#1『VINSON88』

──かつて世界とは。


 小さな家であり。

 生活の土地であり。

 一つの星であり。


──それは宇宙となった。

 

 宇宙とは無数であり、これは星樹であった。

 星樹に辿り着いた種族は数多い。

 星樹評議会はそうした、【到達者】に創られた。

 宇宙の集合である星樹。

 その星樹の最大思考である星樹評議会。

 隔絶した技術とそれに根付いた文明は、あたかも理想郷のように、下級種族では語られた。


 だがやはり。

 

 完全や完璧というものは存在しないのだろう。




 太陽系人のシマは、サイココンバータから強烈な思考暴風をあびていた。

 サイココンバータは、非実体の精神魂を他者と共有して円滑な通信を……発声器官も思考の海の階層も違いすぎる多種族を一つの心に触れ合うような場……わかりやすく言えば、心で話せる電話のようなものだ。

 シマが接続しているのは、今日の星樹評議会だ。

 答弁は白熱していた。


 ヴィンソン88という艦隊増強計画についてだ。


 ただし。

 シマは拝聴を許可されたというだけの参加であり、議論に加わるだけの資格や権限はなかった。

 議論する評議員の精神は乱れ、波となってその想いが広がった。何が不満で、何が気に食わないのか明け透けだ。

 ただ、シマにはわからないことがあった。


【星樹を貪るもの】


 議論の中で幾度となく飛び交い、そしてその度に何百人もの評議員を震え上がらせる単語。

 だがそれが何を意味しているのかは、シマにはわからなかった。

 太陽系人はまだまだ、出身銀河のことも今だ開拓しきれてないのだ。宇宙について知らないことがあまりにも多すぎるのだ。そしてその知らない情報には、知らないままでいるには重大にすぎるものが多々含まれていることがあるのだ。


 だからシマは訊いてみた。

 ヴィンソン88の議論が終了してのことだ。


「やあ、シマくん。今日はいつもより白熱してしまったよ。サイココンバータがフィルタしてくれているとは言え、太陽系人のキミには辛かっただろう」

「いえ、自分は大丈夫であります、ザラ評議長閣下」


 ザラ評議長。

 星樹評議会最高意志にあたる者だ。

 その見た目はカマキリだ。

 鎌形の腕が一組あって、鋭い肉食昆虫の目、硬い外殻の下には展翅が折りたたまれていた。見ためはほぼ地球のカマキリだ。ただし、驚く程知的であることは大きく違った。

 

 シマは、ザラ評議長の身辺警護の任を拝命されていた。ザラの理念で、星樹評議会に加入して百年未満の種族にも“はく”をつける為だそうだ。


「おぉ! キミの考えが伝わるぞ。随分と心の表返しが上手くなったものだ」

「恐縮です」


 ザラはにこやかに笑ってみせた。


 だが太陽系人の想像するところの笑顔とは違う。というよりも、ザラの顔は複眼と口のみで、それらを強固な外骨格で覆われていた。表情筋がないのだから、笑顔は不可能だ。ザラの種族の笑うとは、右手で左手を擦ることだ。


「星樹評議会が恐れる【星樹を貪るもの】とは何物か、だな」

「はい。評議長閣下」

「よろしい」


 シマの体から力が抜けた。そのままであったなら尻が床に打ち付けられるが痛みはなかった。柔らかい椅子が受け止めたからだ。

 ザラが創造した椅子だ。

 シマは苦笑を隠せなかった。

 星樹評議会と接して長く経験を積んだといっても、今だにこの歓迎には慣れられそうになかった。


「評議員の中には、キミたちのような汎銀河階層種には伝えるべきではないという者もいるが、私の意見は違う」

「つまりそれは、【星樹を貪るもの】の脅威レベルが、一銀河以上のレベルでなければ対抗不可能、というわけですね」

「よろしい、中々の察し力だ」

「……ありがとうございます」


 ザラは一々相手を褒める性格だ。

 これは決して、シマを馬鹿にしているのではなかった。

 星樹評議長という役職も関係なかった。

 ただの、ザラの老婆心的な性格だ。

 シマも褒められるのは嬉しいが、どこか子供扱いされているようで内心は複雑だ。


「シマ、星樹評議会が動かせる実行部隊の装備について、どこまで知れている?」

「自分の権限では、銀河防衛軍の規模までです」

「わかった。ではシマは、星樹評議会が用意できる『本物の戦争用の軍備』を知らないわけだね」


 ザラは鈎爪の指で顎を撫でた。


「【星樹を貪るもの】は、総力戦が必要な『敵』だ」

「それ程なのですか」


 シマは思わず声が大きくなった。

 ザラはこの声の使い方を注意しなかった。

 普段なら、音響に敏感な種族への配慮として注意されていたところだ。


「残念ながら、それ程なのだ」

「信じられません」

「ならば信じられないキミに、信じられる記憶を授けよう

「評議長閣下、何の記憶ですか」

「【星樹を貪るもの】についてに決まっているであろう」

「た、確かに」


 間抜けな質問をしてしまっていた。


「今から一万年前のことだ」


 正確には、とザラは細かい月日も答えた。

 だが、だいたい一万年で充分な情報だ。

 シマの頭の中に、どこかの時代、とある誰かの記憶が蘇った。




 戦士は虫と呼ばれる種族と似ていた。

 当て嵌めるのならばクモだ。

 強靭な肉体を、長い年月の進化、生命工学の強化によって補強されてきた銀色に輝く外骨格が守る。戦士はそういう種族だ。


 戦士は──そして他の多くの戦士もまた同様に──『我らが女王らの母』たる母星へ祈りを捧げていた。


 巨大な岩山をくり貫いて作った、荘厳極まった神殿。戦士と同族の、過去の英霊たちを模した巨像が、遥か足下の戦士たちを見守っていた。

 祈り。戦士たちは膝を折り祈った。その祈りが、何に対しての祈りかはすぐにわかった。

 爪と顎、牙と毒以上の武器を使うことへの、許しの祈りだ。


 戦士らは、衣服の一つもない原始的な姿だ。

 だが、祈りを終えた戦士に待っていたのは、原始的などから遥かに遠い洗練されたものだ。

 奴隷らが戦士に着せるのは、大戦争のための道具。

 幾千もの祈祷師が呪をもって守りの障壁をもつ鎧。糸紡ぎの同胞が産んだ鋼鉄のように固く猛腐食酸を満たした糸を射出する杖。

 文字通り、先祖代々の魂が封じられた武具の数々。


 乱用は決して許されない聖具。


 神話に等しき危機にのみ使用が許されたものだ。

 戦士たちだけではなかった。

 古の精霊獣らもまた、長い眠りから目覚めを促された。

 神話では、星を幾度となく焼き払った邪神。

 かつて星々をかきわけ、幾十億の戦士を焼いた存在だった。

 戦士らの、杖を持つ手が微かに、そして短く震えた。

 戦士たちはこの邪神を乗りこなさなければならないのだ。


 大丈夫だ。


 戦士は自分自身に言い聞かせた。

 力が必要であった。

 それほどの力をどうして求めた。

 戦士らの母、女王が星樹という彼方からの予言を受け取ったのだ。


【星樹を貪るもの】の襲来だ。


 戦士は空を見上げた。 

 邪神たちが大地から浮上し、空の果てへと飛び上がっていた。




 その夜。


 沢山の流星が空を駆けた。

 日頃であったなら、数多くの願いが祈られた。

 だが今夜、星に祈るものはいなかった。

 戦士は知っていたのだ。

 流星の正体を。

 

 最終防衛システムを死守しようとした邪神──防衛艦隊の成れ果てだ。


 恒星の風の中で艦隊戦があった。

 邪神と恐れられてきた巨大な生体戦艦群が対峙したのは、雑多という他ない統一性をまったく無視した敵だった。


 瞬き。


 星を幾百を焼き尽くしても余りある熱が宇宙に満ちた。

 人工の太陽たちと言うには邪悪すぎる光の群れだ。

 だが敵の群れは止まらなかった。

 外皮を焼かれただれようとも、止まらないのだ。

 そして醜い肉塊状のものをおびただしく放出し、次々と生体戦艦群に取り付いていった。鈎爪のごとき牙が装甲外皮を腐食毒で溶かし噛み付いた。生体戦艦群が生きながらにして、『心から』食い千切られていった。


 流星は一昼夜に渡って流れ落ち続けた。

 そして、別の星が流れたのだ。


 戦士の誇りは全て捨てた。 

 星中に穴を開け、塚を築いた。

 守りの為の備えだった。

 戦いのための腕を土弄りに使うことに不満はあった。

 

 だがそのおかげで、大地を変えるほどの、空から落ちてくる物の衝撃を数多くの戦士は生き残れた。

 山よりも大きな、粒子ビーム砲台の迎撃を突破された。

 夜空が眩くほどの対衛星砲台の山のごとき巨獣から射撃があるたびに、軌道上に侵入した敵は焼かれていった。

 だが軌道上の敵は星を覆うほどに数多く、そこから放出された悍ましく穢れたものどもが次々と大気を突き破って降りてきた。

 暫くという程の間もなく、破壊の波が病原菌のように惑星中に広まった。


 戦士たちは塚からの迎撃を徹底した。

 祈りの壁。

 星の外からの攻撃にさえも耐え切るだけの巨壁であり、守りの要だ。

 安全を確保してからの攻撃など、戦士たちが経験してきた戦いであれば恥そのものだ。

 しかしそれを語れるのは、この惑星のどこにもいなかった。


【星樹を貪るもの】であろうものは、戦士たちの種族に酷く似ていた。あるいはそのものなのかもしれなかった。そして聖なる武器を使っていた。戦士らと同じようにだ。


 短くも激しい応酬があった。


 祈りの壁から聖なる光が放たれるたびに、幾千もの敵が蒸発した。

 

 それでも。


 肉の波を押し留めるにはまるで足らない。

 肉の波、第一波が祈りの壁の張るサイコシールドに衝突した。

 サイコシールドは僅かの間、その力を最大限に発揮して見せ──そして崩壊した。


 馬鹿なっ!


 戦士たちは慟哭した。


 あまりにも、あまりにも早すぎるサイコシールドの崩壊だった。間髪の時間もなかった。


【星樹を貪るもの】はサイコシールドが消失するやいなや、異常に膨れあがった個体群が飛び出した。

 それは、水死体以上に、何倍にも皮の内側から圧力がかかり、骨も肉も伸びきっていた。


 戦士たちはこの異常な、膨張した個体群を直感に従い殺そうとした。

 だができなかった。

 あまりにも、分厚すぎる肉の壁に阻まれたからだ。


 体液、血、脂が、壁に砕けた身から花開いた。

 次々と潰れていった。

 祈りの壁が、穢れた血肉に汚染された。

 

 そして瞬間。


 全てが大地から舞上げられた。


 要塞化した筈の塚は崩れ果て、塹壕の数々は土石流によって埋められた。

 祈りの壁の崩壊だ。

 頑丈な戦士たちはなお、それでも戦い続けた。

 だがそれも、肉と爪の波に引き裂かれるまでの短い時間だった。

 

 惑星中が巨大な大火に飲まれた。

 宇宙から見えるほどの大火だ。

【星樹を貪るもの】は、星に存在するあらゆる命を収穫した。

 空気中、水中の微生物にいたるまで全てだ。

 残置した意識が見た最後の光景は、ある種の再生工場だった。

 全ての生命資源はドロドロの液状とされることで、巨大な蛹へと加工された。

 蛹の中身は、げにおぞましい怪物だった。




 シマは、どこかのとある戦士の記憶から離れた。

【星樹を貪るもの】がどういった存在であるのか、当事者の一視点から、入門の触り程度は得られた。

 だからこそ、シマは疑念を強くした。

『この程度』でしかないのなら、星樹評議会が【星樹を貪るもの】を恐れる理由がどこにもないのだ。


「【星樹を貪るもの】とは随分と……大したことがないのだな、と感じました、評議長閣下」

「と考えられるのは、星樹評議会で充分に務めたものであれば、当然の考えだ。悲劇的に悲しいことにも、【星樹を貪るもの】が資源を再加工して戦況に対応しながら増殖することは脅威だ」

「驚きはありません。多くの戦争における種族と同じことです」

「そうだ。だが──」


 シマはサイココンバータから、ザラの知らない感情を受けた。


「──サイコシンクロ二ティを経由して、爆発的に感染が拡大するとすれば、キミも【星樹を貪るもの】の脅威を理解できるのではないか?」


 ザラの言葉は重かった。

 同時にシマの中にあった疑念は跡形もなく吹き飛んだ。

 

──何故ならば。


 サイコシンクロ二ティからの感染爆発ということはつまり、『全宇宙がまったく同時に壊滅』してもおかしくないということだからだ。


 シマの心がその事実に辿り着き、大きく乱れた。


 動揺した。

 恐怖した。

 そして──希望した。


「評議長閣下。しかし星樹評議会は、【星樹を貪るもの】と戦い、勝ち続けているのですよね?」

「そうだな。だからこそ今まで、星樹評議会は存続してきた」

「安心しました。少なくとも勝率は良さそうです」

「馬鹿者」


 シマはザラから呆れを感じた。

 そこに不快感はなかった。

 シマは、ザラの前だと一人の生徒、学生に戻った気がした。太陽系人と星樹評議会の議長を輩出したザラの種族の関係を考えれば、それ以上の開きがあるわけだが。


 シマも心得ていた。

 ゆえにザラ評議長に訊いた。


「申し訳ありません。勝ち続けたのであれば、勝率が高いと言えるのではないでしょうか?」

「前提が間違っているのだよ、シマくん。我々が勝ったことなど一度もないのだ。でなければ星樹は、何十億年もの間、【星樹を貪るもの】に生命を収穫され続けはしなかっただろう。勝ち続けたから星樹が折れなかったのではない。……決定的な敗北を避けられたからこそ、星樹は今もあるのだ」

「……」


 シマは、訊いたことを後悔した。

 つまりそれは、星樹という宇宙よりも遥かに巨大な存在が、いつ滅びてもおかしくないのだと知ってしまった。


「【星樹を貪るもの】について、もっと詳しく知りたいかね?」

「遠慮しておきます。自分は希望を抱いたまま死にたいので」

「キミの悪い癖だな。一個人の感情を捨て、キミのいる天の川銀河、太陽系人類のことを考えれば、情報収集しておくべきだぞ。星樹評議会の言葉は貴重だぞ」

「では自分個人への言伝ではなく、後で記憶結晶を送ってください」

「ふむ……なるほど、その手のがキミたちには有力なのか」

「自分の記憶容量は少ないのであります。それに第三者以上が介入しての保障があるほうが説得しやすくあります」

「文化の違いだな」


 文化。

 有知生命の作りあげる文明の中で育まれるのが、文化だ。

 星が違えば文化が違った。

 それどころか、同じ星を起源としていても、幾多の文明が生まれるのだ。

 文化とは、違うということだ。

 星樹とは文化で溢れている。

 星樹評議会に連ねる者らで、文化の違いを気にしていられるものはいないほどだ。

 だが、であるからこそ尊重という言葉が重視された。

 つまりは他文明の嫌悪を出来うる限り買わないよう努めるということだ。


「しかしシマくんという太陽系人は何と薄情なんだ、まったく」

「申し訳ありません、評議長閣下」

「キミという男は、これが『最後』なんだぞ。だというのに、【星樹を貪るもの】なんぞの話しかまだしてない」

「では評議長閣下のお話をお聞かせください」

「それでは私がまるでお話好きみたいではないか」


 まるで、ではなかった。

 シマの中でザラ評議長が話好きそのものだ。

 だが、そのことを口に出すつもりはなかった。


 ザラ評議長は沢山のことを話してくれた。

 

 笑えた話。

 楽しかった話。

 嬉しかった話。


 ザラの感情、気持ちがサイココンバータ越しに伝わった。

 しかし楽しい時間は短く終わるものだ。

 宇宙の果てにおいても、心の時間に変わりはなかった。

 時間切れだ。


「ザラ評議長閣下、もうお別れの時間が迫っているようです」

「うむ、もうそんな時が来てしまったのか。残念だ、そう、とても残念だ」

「さよならです、閣下」

「あぁ、さようならだな」


 シマに心残りはなかった。

 例え、もう会うことのない友との最後だとしてもだ。

 別れに際しての心のケジメは、学んでいた。




「提督。もうじきベールへ接触します」


 見覚えのある天井。

 見覚えのある床下。

 すっかり体に馴染んだ高耐加速座席の背もたれ。

 太陽系人の技術で作られたファンタズマゴリア級航宙艦の中央統合管理区画だ。


 シマは軽く頭を振った。


 サイココンバータとの接続を切ると、適正の低い生物は酔ってしまうのだ。シマの場合は軽い目眩程度だった。


「気分がすぐれないようなら、炭酸水をお持ちしますが」

「いや大丈夫だ」


 炭酸水といっても、化学合成飲料だ。

 刺激と味だけを再現した飲みものだが、気が乗らなかった。


「星樹評議会に行っている間、艦隊に異常は?」

「特には。他種族艦隊と口論があったそうですが、その程度くらいですね。変わりありませんでした」

「何よりだな」

「はい。ところで提督──」


 何だ?

 シマは訝しんだ。

 彼と彼は長い付き合いだが、ときたま突拍子もないことを強制されて痛い目を見てきたのだ。

 最近は落ち着きを感じられるようにはなった。

 だが、だからと油断できないのだ。


「──天の川銀河へ帰る前に、別の宇宙へ寄り道しませんか?」

「却下だ。私用で艦隊は動かせない」

「残念です」


 星樹評議会は、どこかの惑星でおこなわれるわけではない。

 恐るべきことに、星樹評議会というものは、物理的な存在としてはどこにも存在していないのだ。


 どういうことか?


 これは、無数の精神合併によって生み出される、心の領域であるのだ。勿論、全宇宙生命をその一つの精神で飲み込むわけではなかった。

 ベールと呼ばれるもので特定の宙域に型を作り、ベールの中でのみ、その強大な統一精神でもって半物質化するのだ。星樹評議会とはその都度生まれ、消えるものなのだ。

 特定の宙域だが、これさえも複雑な多層宇宙の底という、並の文明では辿り着けない宙域だ。

 宇宙の底は、全宇宙の母であり、全宇宙に続く道で門だ。

 星樹の起源であり星の根源だ。


「一言、言っておくぞ。太陽系人は、どういうわけか戦闘用自己改造種だと思われている。あまり他種族を刺激する行為は慎め」

「カラスどもに、前の戦争の礼をと思っていたのですが」

「個人では不要だ。そうでなくても我々の艦隊は、発足当時から国を介さなかったせいでデリケートな問題になっている。俺も、お前も、書類上はメガコーポの一社員でしかないからな」

「社用車を私用で乗り転がせば怒られる世の中でしたね。艦隊なら尚更ですか」

「そういうことだ。まったく、うちの兄貴みたいなことを言うんじゃない」


 シマは、唯一残った兄の姿を思い返した。

 溜め息が出た。

 地球に帰れば、シマの好みの料理を用意しているであろうことくらい、簡単に想像がつく兄だからだ。


「お兄様は、冒険心が強かったですからね」

「兄貴はあー見えても待つことのできる人間なんだがな。……兄貴に提督を変えてもらうか?」

「ご冗談を。魅力的ではありますけれどね」

「反乱はしてくれるなよ。最近は妙に増えているらしいからな」


 オペレータの一人が報告をあげた。

 

 ベール抜けます。


(宇宙も小さくなったものだ)


 シマの目には、母星である地球が存在する太陽系、の属する天の川銀河が浮かんでいた。




「! サイコ干渉を検知! 提督、何者かに観測されています!」

「来たか! ベールを抜けた直後とはな、やる気のある宇宙海賊だ」

「違います。宇宙海賊ではありません! 戦術戦略データベースにデータなし!」


 未来予測演算器が空転していた。

 過去の装備に比べれば、現行兵器は魔法にも等しい。

 だがそれらをもってしても、『知りえないもの』が迫っていた。


「未来予測に頼るな。強化された感覚と知性を信じるんだ。精神感応官は直接観測に切り替えろ。身代わり人形を忘れるな。精神汚染を狙われるぞ」


 シマは決断した。

 理解不能など、人類の宇宙進出時代から溢れていたことだ。

 数々の異星起源種と果てのない闘争を強いられてきた。

 今回もその一つだ。

 

「全火力を即応準備で待機。ショートワープで割り込みもありえるぞ。妨害装置を展開しつつ、戦闘要員を重要区画に配備だ」

「第一種戦闘状態を発令します」

「よろしい。諸君、──」

「高出力反応! 空間反転のきざしあります、大質量体実体化します」

「いきなりか。小手調べもなしのようだ。量子魚雷の直撃は許すなよ。超光速砲弾の飽和攻撃を警戒するんだ」

「緊急! 艦内に──」




 地球から遠い彼方。

 天の川銀河の辺境で一つの艦隊が消息を絶った。

 それは遠い、遠い離れた地球にも伝わった。


 情報はその過程で捻じ曲げられた。

 艦隊は、『脱走』ということになり、太陽系人に艦隊という巨大な戦力を、国家から切り離して自由にしている危険性へとすり替えられたのだ。

 不安が、人々の間に広められていた。

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