プロローグ1
気分はいつでも処女作です
目が覚めると、そこは見覚えの無い部屋だった。
大量の本棚に囲まれて、大きなテーブルが一つどんと置いてあるその部屋にはどうやら、私以外の人間は一人だけらしい。
見た目は20代前半のような見た目の青年で、黒髪黒目に肌色の肌であることから日本人であることはわかる。
私はその青年と、大きなテーブルに向かい合わせで座っている。そこに至るまでの記憶は一切無く、最後に覚えているのは昨晩ベッドに入り目を瞑る感覚だ。青年も狼狽えていることから、恐らく私と近しい状況なのだろう。青年は一通り辺りを見回してから私の姿を認めると、驚いたように語り掛けてくる。
「なああんた、ここがどこで今はどんな状況なのか教えてくれないか」
「すまないが、私も恐らく君と同じ状態なんだ」
青年は「そうか...」と惜しそうに会話を切る。そして訪れるのは静寂。
青年はその空気にいたたまれなくなったのか、再度私に声を掛けてくる。
「俺、須川。あんたは?」
「私は竜胆だ」
静寂。青年が気まずそうな顔をしているのを見て、少し悪いことをしたと思った。
だが、この場に於いて名前は然程重要ではない。周辺の状況を把握するためにも早く会話を切り上げて正解だったかもしれない。
私が周囲を見回し始めると、青年...須川も釣られるように辺りを見回し始める。私と須川が周囲には何もないと理解するのはほぼ同時であった。
須川が再度口を開き、声を発しようとする直前のことだった。
「はいはい、ちょいとこっちに注目してね」
「!?」
金髪の若い男が、私と須川の間のテーブルの上に腰を下ろしていた。
おかしい。今の私はこの異常すぎる状況に警戒していたはずだ。だが、この男は、物音一つ立てずに、視界に入ることなくテーブルに陣取ったのだ。人間のできることではない。
「やだなぁ、そんな目で見られたら僕、チビっちゃうぜ?」
男はふざけたように話す。
だが、いつまでも警戒だけしていても、一向に話が進まないというのはわかる。それに、男は注目しろと言った。つまり私達に何か話す事があるのだろう。
私は警戒を解かないまま、話を聞く姿勢に移った。
「お、いいね。人の話を聞くのは大切だからねぇ。それじゃ、一回しか言わないからしっかり聞けよ?」
私と須川は今から話されるであろう事柄を聞き逃すまいと、耳に意識を集中させる。
「まず、僕は神様みたいな存在だ。そのえらーい神様が君たちを現世から選んで掬い上げたんだ。感謝しろよ?」
「その掬い上げた理由だけど、ちょっと実験をしてみたくなってね。まあその実験ってのは後で話すさ。」
「それで次に、君たちが選ばれた、言うなれば選考基準だね。ここはそんなに重要じゃないから別に聞き流しても構わないよ。」
「一つ、家族がいないこと。独身で、なおかつ両親が他界してることだ。」
「二つ、戦闘に関する一定以上の才能を持っていることだ。この理由も後で言うよ。」
「そして三つ。現世での生活に飽きていることだ。やることも無く、ただ惰性で生きていただろう?」
「この三つの条件を満たした人間の中から適当に僕が選んだんだ。」
「それで、ここからが本題だ。さっき言った実験だけど、人間の思考データを取りたいんだよね。」
「それで、君たちには異世界に転生してもらうよ。テンプレ通りの、ファンタジーな世界だ。戦闘の才能を少しでも持ってて欲しかった理由はこれだ。すぐ死なれても面白くない。」
「二人にはそれぞれ別の世界に行ってもらうから。あ、ちなみに僕の所有してる世界だから多少の融通はきくぜ。」
「でも、普通に転生させたんじゃ芸が無いだろ?」
「だから、君たちには魔物となって転生してもらうつもりだ。」
「片方は最強の生物。あらゆる物に対して勝利を約束されていて、ついでに全知だ。だからなんでもできるけど、なにかをするための努力をすることができない。完全に唯一の個体で、裏ボスとかエンドコンテンツみたいな感じだよ。」
「もう片方は最弱の種族。ハムスターのような魔物で、戦闘力は蟻に噛まれて泣く程度だ。ただポテンシャルは高くて器用だから、努力を重ねれば意外となんでもできたりする。愛玩動物としても愛されていて、人間から攻撃されることはまずないと思っていい。」
「この二種の魔物のどちらかを選んで、君たちは転生する。ちなみに重複は無しだから、二人で同じ魔物になることはできないぜ。」
「君たちには選ぶ権利がある。だけど義務じゃあない。迷ったら僕に選ばせるのも一つの選択だ。」
「そして少なくとも、どちらを選んでも君たちに後悔させることはないと誓おう。」
「...ふぅ、久々にこんな長ったらしく喋ったぜ。さて、質問意見その他諸々はあるかい?」
私は、私たちは、しばらく口を開く事ができなかった。だが、それも致し方ないと思う。唐突にこのような事実を話されてすぐさま順応する人間がどこにいるだろうか。
どれくらいの時間が経っただろうか。私には永遠のように感じられたが、もしかしたら5分も経っていないかもしれない。須川が大きく息を吸い込み、たっぷり3秒数えてから、言った。
「......なぁ」
「ほいほい、なんだい?」
「あんたは今、後悔はさせないと言った。それは......」
男は目を細め、自分は楽しいという感情を隠そうともしない表情で。
須川は、額から汗を流しながらも、迷いを感じさせない瞳で。
言った。
「────信じても、良いんだな?」
「────あぁ、もちろんだ」
須川は満足したように頷くと、
「それなら俺からはなにも言うことはないな。はは、自分で思ってた以上に前の生活に飽きてたみたいだ。今すっげぇわくわくしてる」
「そうかいそうかい、それは重畳。それで、君はどうなんだい?」
その言葉が私に向けられていると気付き、それと同時に、私の心がこの上なく高揚していることにも気付いた。どうやら私も須川と同じだったようだ。
「いや、私も何も。私も案外、退屈していたようだ」
すると男は「そう言ってくれると信じてたぜ」と笑って言い、立ち上がった。そして、両手を私たちの方に突きだした。
「右手を取れば、最強。左手を取れば、最弱だ。好きなだけ悩んで、決めてくれ」
私は須川と目を合わせる。彼の瞳は、生き甲斐を求めていた。それは私も同じなのかもしれない。だが、決めた。
「須川、お前はどちらを選ぶ?」
「そうだな、実はもう決まってるんだ」
「そうか、奇遇だな。私もだ。」
「はは、それじゃあ同時に手を取ろうか。被ったらまた相談しよう」
「よしわかった。ではいくぞ」
私は、彼と被ることは間違いなく無いだろうと確信していた。
須川が掛け声を上げる。それと同時に、私と須川は、手を取る。
......
私は右手を、須川は左手を、取っていた。私の思った通りだった。
「......一応、どうしてそちらを選んだんだ?」
「はは、もうわかってんだろ」
私は彼に尋ねたが、彼は答えなかった。だが、わかる。
須川は、努力がしたかったのだと思う。彼が私と同じなら、なんの生き甲斐も無く、努力することもなく生きてきたのだろう。だからこそ、新たなチャンスを掴みたかった。逃したくなかったのだろう。
私は、男に話を切り出す。
「さて、その転生とやらは今すぐにできるのか?」
「やる気になってくれてうれしいぜ、須川くんは少し残ってもらうから、別れの挨拶とかするなら今のうちだぜ?」
「いや、いい。心の準備ができたんだ。送ってくれ」
「あい了解。それじゃ動かないでね」
男が私の足元に手を翳すと、私の足元にまばゆい光を放つ円が現れた。
須川の方を見ると、彼は希望に満ち溢れていた。きっと今後も、あの瞳が折れることは無いのだろう。
私は男に向き直る。
「それじゃ、いってらっしゃい。楽しんでくれよ」
そして、私の視界は真っ白に染まり、心地よい感覚が広がり、私の意識は呑まれていった。
不定期更新となりますが、どうか最後までお付き合い頂けたら幸いです。
ちなみに主人公達の名前はもう出る予定はないので忘れて大丈夫です