規格外の戦い
気が付けば、アグニ父子とヴェル父子は、術で浮いた地面の上に集まっていた。生き残っていたほかのドレークたちも、奇跡的に生き残っている。
「お前たちはあの時の……!」
「うまい飯を食わせてくれた礼といっちゃなんだが、ここは俺たちに任せとけ」
目を丸くして驚くブレヌスに対し、かつて「フライコール」と名乗った旅人は、不敵な笑みを浮かべた。
右手には、彼の身長の倍はあろうかという巨大な剣が握られている。剣には様々な機構がくっついている。アグニたち田舎者から見れば、単なる飾りとしか見えていないのだが、分かる人が見れば、剣と何かの兵器が一体となった機械のように思えるだろう。当然重量も相当なものだが、フライコールの男性は、まるで棒切れのように軽々と扱っている。
一方で、邪魔者が入って気に食わないのが、巨大化した守護の神樹ヤテベオ。
獲物を奪われた腹いせに、まだ残っているほうの拳で、浮島ごと人間たちを粉砕せんと殴り掛かってきた。
「やべぇ! くるぞ!」
「ご安心を、皆様には指一本触れさせませんわ」
迫りくる拳を見たグエンやドレークたちはかなり慌てたが、女性のフライコールが子供を諭す母のように、ゆっくりと手で制した。
巨大な拳は浮島にぶつかる直前で、見えない壁に阻まれた。押しつぶそうにも、バチバチと火花が散るような音がするだけで、1㎜も先に進まない。
「結界か! しかし、この規模の攻撃を難なく受け止めるとは!」
結界といえば、緑宗の術士『ドルイド』が扱う、不可視の防壁であるが、よほど大掛かりな仕掛けをしない限り、即席では魔獣の攻撃一撃を耐えるのが精いっぱいだ。ましてや、下手をすれば地形が変わりかねないほどの威力を受け止める結界など、出鱈目もいいところだ。
「さぁて、そんだけ殴りゃスッキリしただろ! もう思い残すことはないよな!」
そう言って男性のフライコールは、巨大剣を肩に担ぎ、挑発するような目で敵を見据えた。
「メリア、打って出るぜ、一瞬だけ結界を解除してくれ」
「はいご主人様」
メリアと呼ばれた女性フライコールは、男性に命ぜられるまま、本当に一瞬だけ結界を解除し、再び張りなおす。結界にめり込んだ拳が、結界が解かれた瞬間にちょっとだけ前に進んだように見えたが、次の瞬間には、少し前まで男性がいた場所から竜巻が襲い掛かり、樹木でできた拳と腕は、かつら剥きされた大根のようにスライスされてしまった。
「むぅんっ!!」
男性は、空中で巨大剣をグルングルン振り回す。
剣の唸りはやがて突風となり、空気の流れが渦を作り、竜巻となる。
地上から天まで届く暴風の柱が、地面の土を細かな木の根ごと空高く舞い上げ、
遠くから見れば火山が噴火したのではないかと見まごうほどだった。アグニたちは、男性が巻き起こす、信じられない技を呆然と眺めていただけだった。やがて、結界の外の竜巻が止んで、視界がクリアになると、彼らはさらに信じられないものを見た。
「あれが…………守護の神樹の正体……!」
「俺たちは、こんなのを相手していたのか!」
かつてヤテベオが生えていた、山々に囲まれた盆地は大きく抉れ、残ったのは四つん這いになっているように見える、樹木の巨人の姿。体高はもはやどれだけあるか想像がつかず、体から延びる根は、四方八方に幾重にも伸びている。アグニたちがさっきまで見た相手は…………まさに氷山の一角に過ぎなかったのである。もはや、人間がどうにかできる相手ではない。
「あれ、でも……あのおじさんは?」
いくら超人的な人間といえども、羽が生えるか、術で浮くかしない限り、飛ぶことはできないはずだ。男性が一体どこに行ったのか、アグニがよく目を凝らしてみると…………見つけた。
彼はヤテベオの頭のような部分の頂上に堂々と立っている。ヤテベオと比較すれば、その大きさは、顔にくっついたコメ粒ほどでしかない。だが、その存在感とプレッシャーはヤテベオを凌駕している!
巨大剣に付随する機構が、ウオォン! ウオォン! と、狼の咆哮の如き唸りをあげる! 刀身は熱を帯びているのか、瞬く間に朱色に染まり、まばゆい光を放つ。
「さあ! 俺のとっておきを、その身に刻め!!」
男性が剣を振り下ろした瞬間、世界が爆発した。
「わああぁっ!」
「ぬおぉぉっ!」
結界を張ってなお、アグニたちがいる浮島がすさまじい勢いで揺れる。
アグニとヴェルは、弾き飛ばされないよう、お互いがお互いを支えあうほかなかった。
(なんていう威力だ! 同じ人間が出せる力なの!?)
アグニは、先日浴室で父から聞かされた話を思い出した。彼らフライコールの精鋭にかかれば、自分たちやドレークたちが、束になってもかなわないと。実際に実力を目の当たりにしてみると、そんな言葉すら生温い、隔絶した差があるのを思い知らされる。
(僕は…………この山のことしか知らない。いくらちっぽけな世界で強くなっても、この世の中にはきっともっともっと上がいるんだろうな)
アグニは、自分が急にちっぽけな存在になったように思えた。
もっと強くなれば誰にも負けないと思い込んでいた―――――――だが、同じ人間でもここまで実力差のある相手がいるのだ。生半可な覚悟では、到底比べる気にすらなれないだろう。
揺れが収まり、黒一色の視界がようやく晴れてきた。
「みなさん、もう大丈夫ですよ」
メリアがそう言って、張っていた結界を解除し、浮島になっていた地面を、ゆっくり大地に降ろした。
恐ろしい姿をした樹木の巨人の姿はなく、代わりに真っ黒の巨大な一枚岩がそこにある。
「どうだい、中々のもんだろ! 久々にちょっと張り切っちまったがな!」
あれだけの大技を振るっていながら、余裕そうに笑うフライコールの男性。
グエンは、改めて、彼の正体について尋ねた。
「失礼ながら……依然会ったときには聞かなかったが、相当な手練れとお見受けした。あなたは一体……」
「あんまり名乗るのは好きじゃないんだがな。俺はグスタフっつーんだ。んで、こっちは古くからの相棒で、俺のかみさんのメリア」
「名乗りが遅くなって申し訳ありません。私たちは、フライコール第3パーティ『女王の古時計』と申します。わずか二人の小規模パーティーですが、以後お見知りおきを」
パーティー名を聞いたグエンは、より一層驚き、手をわなわな震わせた。
「『女王の古時計』…………まさかあなた方が」
「知っているのかグエン?」
「噂で聞いたことがある。世界樹に到達する可能性がある、ルートの一つを切り開いたことで有名だ」
「大したことないさ。あの後結局、子供ができちまったから、一時的に家業から引退してたんだがな。子供も大きくなったことだし、腕が落ちてないか確認しに来ただけのことさ」
それよりも、と言いながら、男性フライコールのグスタフは、黒い岩の塊をポンポンと叩く。
「お宅らの村、ここ数年、農作物が小さくなって、苦労してただろう。すべて、このヤテベオが大地から養分を吸い取っていたせいだ。こいつ、途方もなく深く広く根を張っていやがった。あと半年遅ければ、この山は死の山になっていただろう」
「でも、僕たちはご先祖様のころから、言われてきたよ。ここまで高い山に木や草が生えるのは、守護の神樹様のおかげだって。それは、間違っていたの?」
アグニの質問に、メリアがやさしく答える。
「実はね、この山は、世界樹の根が盛り上がって、その上に地面がかぶさってできているの。ヤテベオは、その栄養を横取りしていたの」
「そうだったのか…………! そんな木を、僕たちは知らずに崇めていたなんて!」
「こりゃあ、緑宗の神官さんに言ったら、大変なことになりそうだ」
自然と樹木を崇める緑宗たちにとって、今回の事件は大きな衝撃となるに違いない。
世界樹以外に、各地に生える巨大な神樹も、ひょっとしたら害のある存在なのかもしれない……そうなってしまったら緑宗のアイデンティティの崩壊につながりかねない。
だが、それでも村や里が滅亡するのは避けられた。
ヤテベオが人間に害をなす存在であり、むしろ人間たちは利用されていたことが分かったことで、以降はこのような心配をすることもなくなるだろう。
「ま、俺たちは緑宗じゃなくてメシュエル教だから、そっちの事情は知ったこっちゃないがね」
「神官さんの服装からして、そうじゃないかとは思っていたが……よくもまあ堂々と緑宗の縄張りに入ってきたものだ」
「人間の心に『宗境』あれども、大地に境目はありませんわ」
メシュエル教とは、緑宗と並ぶ世界三大宗教の一つで、聖女メシュエルを崇拝する人間至上主義教徒たちである。自然を敬う緑宗と、自然を支配下に置こうとするメシュエル教は、古くから対立関係にある。もっとも、グエンやアグニは緑宗を崇拝してはいるが、他の宗教と対立するほど敬虔ではない。
「おっと話がそれたな。ヤテベオのせいで、人間の村もドレークの里も、土地が枯れたままだ。だから、ヤテベオがいままで横取りしていた栄養を、大地に返そうと思う」
「そんなことできるの?」
「できるとも。この黒い岩の中に…………奴がため込んだ大地の栄養がたっぷり入っているんだ。見せてあげよう」
そう言ってグスタフは、先ほどの巨大剣で、黒い塊に、撫でるようにゆっくり刃を入れた。すると、黒い塊が灰のようにさらさら崩れ、中から巨大な飴色の鉱石が出てきた。
『琥珀だ』
グエンとブレヌスが同時に叫んだ。
ヤテベオの樹液が圧縮されて、琥珀となって出てきたのだ。
大きさはだいたい、地面から生えていた分のヤテベオの木と同じくらいだろうか。樹木の巨人と比べると大きさは100分の1程度にしかならないが、琥珀としてみれば、まさに規格外の大きさだ。
「10分の1は俺たちが報酬として貰っていくけれど、残りの半分は人間とドレークで半分こだ。琥珀を砕いて毎年少しずつ畑や沼に撒けば、5年以内には今まで以上に草木が実るようになるはずだ」
「ほ、ほんとうか! これで、また俺たちの豊かな沼が戻ってくるのか!」
ヴェルやドレークたちにとって、かつての豊かな沼地が戻ってくるのは夢のまた夢だった。
大勢の仲間が失われたが、彼らの努力は無駄にはならなかった…………そう思うと、ドレークたちの目に熱いものが浮かぶ。
「あの、その! ありがとうございます! おかげで、村は救われました! それに、僕たちを助けてくれて、とてもかっこよかった!」
「かっこよかった、か…………久々に聞いたな、その言葉」
アグニが改めてグスタフに礼を言うと、グスタフは少し照れ臭そうに笑った。
「困っている人がいたら手を差し伸べるのが、俺たちフライコールの役目さ」




