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星降る村の小さな英雄  作者: 南木
序章:少年と猟騎士
7/25

それは紛れもない・・・

 巨大な顔のようなものがある。

 メルタ村の村長宅を3つ積み重ねてもまだ足りないくらい、大きな顔のようなものがある。

 それらは大小さまざまな太さの木の根が複雑に絡まり合って形成され、全体的に楕円型の形状であることと、窪みと出っ張りの位置がそれぞれ目と鼻のあたりにあるのが、物体を顔のような物足らしめている。

 顔から下はさらに多くの太い木の根が、編み物のように人間の上半身を象っていて、ところどころから普通の樹と同じほどの太さの蔦が飛び出していた。

 頭のてっぺんには、申し訳程度に黒こげになった箇所がちょこんと乗っていて、あれがもともと巨大な樹木だったことを思い出す者は、誰一人としていないだろう。底からやや下あたり、人間でいう額になっているところでは、あの時穴に落ちたと思われるドレークが、力なく絡め捕られている。サイズで比較すると、まるで人間の頭と蟻のようだ。


「と、父さん…………なにこれ?」

「まさかこいつが、ヤテベオの真の姿か!? 冗談じゃないぞ」


 アグニ父子は、まるで山を見上げるように眼前の敵を見た。

 今まで自分たちが苦労して戦ってきた努力は、すべて無駄になった…………そう確信せざるを得ないほどの存在が、そこにある。


「親父……これ、もしかしてまずいんじゃね?」

「ハハハ…………もしかしなくとも、拙い」


 ふざけるなと悪態をつく気すらも起きないほどの、理不尽の塊。

 その姿はまさに悪夢そのもの。

 いま、残っている者たちに残されている選択肢は一つしかない。



「逃げるぞ!!」


 グエンの叫び声を合図に、彼らはバラバラの方向に逃げだした。

 その直後、背後空凄まじい突風が吹き、あたりが一面暗くなる。見上げてみれば、頭上にかざされるのは巨大な手の形状をした樹木の塊だった。いったいどれほどの大きさがあるのかは見当もつかないが、人間とドレークがまるで虫けらのような大きさにしかならないほど、凄まじい質量がある。

 そんな手の形をした樹木の塊が、自分の一部を燃やした虫けらを叩き潰さんと、凄まじい勢いで地面に叩きつけられた。耳をつんざくような轟音と、体感したことがない強烈な瞬間風速が、アグニたちを襲う。


「―――――――――――――――――っ!!」


 アグニは、何が起こったのかわからぬまま、凄まじい勢いで吹き飛ばされていた。

 息が一瞬つまり、意識が遠くに飛びそうになったが、何とかこらえると、驚異的な柔軟性で着地の受け身に成功した。だが、直後に体に鋭い痛みがいくつも走る。


「ぐっ」


 筋や骨は無事だった。しかし、みればアグニの身体は左足太腿と右脇腹に切り傷ができていて、夥しい量の血が流れている。おそらく、吹き飛ばされた際に、空中に舞った破片が掠ったのだろう。

 傷を確認したアグニは直ちに鞄を漁り、母特製の回復薬を傷口に乱暴に振りかける。焼けるような痛みに、目を回しそうになるアグニだったが、それ以上に父親やヴェル達のことが気がかりになり、すんでのところで気絶を回避した。


「父さん!」

「ここだアグニ! 無事か!? 血が出てるな、やられたのか!?」

「ん……大丈夫、傷薬使ったから。それより、ヴェルたちは?」

「わからんっ! 奴の攻撃でバラバラに吹き飛んで行ったからな……」


 幸い父グエンはすぐ近くにいたが、他のドレークたちがそこの放り出されたか分からない。

 しかも、探そうにも巨大人面樹と化したヤテベオの追撃がすぐさま彼らに襲いかかる。


「下から来るぞ! 気をつけろよ!」


 足元の地面が割れて、根と蔦が絡まったような太い樹木が勢いよく生えてくる。

 直撃したら最後、人間の串刺しの出来上がりだ。

 アグニとグエンは全神経を研ぎ澄まし、湧き出てくる見えない攻撃の回避に専念しながら、ドレークたちとの合流を急いだ。ここでドレークたちを見捨てて逃げるのが一番安全なのだが、二人の戦士としての矜持がそれを許さなかった。


「どこだ! ブレヌス! ヴェル!」

「生きてたら返事してっ!」


「アグニーーーっ!! こっちだ! 助けてくれっ!」


 ヴェルの声が聞こえた。彼にしては珍しく、助けを求める切羽詰まった声だった。

 声がした方に行ってみると、そこには地面に横たわるブレヌスと、それを守るように樹木の猛攻を剣で押しとどめているヴェルの姿があった。

 二人は慌ててブレヌスの下に駆けつける。息はしっかりあるが、体のあちらこちらに木片が刺さって流血し、打ち所が悪かったのか意識がもうろうとしている。


「親父が……回避が下手な俺をかばって地面に打ち付けられちまった! 俺のせいで……くそっ!」


 樹木を薙ぎ払うヴェルは怒りに満ちていた。それは敵に対してだけではなく、父親にかばわせてしまった自分の弱さにも向けられている。

 一方でボロボロになっていたブレヌスだったが、ようやっと意識を取り戻し、グエンたちを認識した。


「グエンか…………」

「しっかりしろブレヌス、今手当てする」

「わりぃ、さすがにこの怪我は、唾つけてもなおらねぇ」


 人間だったら間違いなく死んでいるほどのダメージを受けていたブレヌス。ドレークの体力は人間の5倍近くと言われており、さらには驚異の自然治癒力を持つのでこれしき程度では死なない。けれども、さすがにダメージが大きすぎたのか、今はまだ起き上がるのがやっとのようだ。

 グエンは、自分が持っていた傷薬をブレヌスに塗り、傷を治療する。


 父親が疵の回復をしている間、アグニはヴェルと共に自分たちへ向かってくる攻撃を防ぎ続けた。

 アグニは一時的に父親の槍を借りて、まだ先端に残っている毒で、四方八方から襲い来る木の根を打ち払う。


「はあっ……はぁっ……」


 連戦で息が上がるアグニ。喉が張り付くような渇きを覚え、塞がりきっていない傷が痛む。

 彼の体力もそろそろ限界が近い。だがその時思わぬ出来事が起きた。


「ぐぉっ! し、しまった…………っ! やべぇっ!」

「ヴェル!?」


 なんと、ヴェルの足にいつのまにか太い蔦が絡まっているではないか!

 動き回るアグニと違い、ヴェルは普段から回避よりも受け流す戦い方をするため、ほとんど位置を変えずにいたのがまずかった。それを見ていた父親二人は、慌ててヴェルを助けようとするも、無数の木の根の攻撃に阻まれ、うまくいかない。


「ヴェルっ!! 今助けに行くぞっ! しっかりしろ!」

「いかんブレヌス! 迂闊に近づくと危ない!」

「バカヤロウ! 息子の命がかかってんだ! 今無茶しないでどうするってんだ!」

「なるほど……確かにな」


 ヴェルの父親であるブレヌスもまた、機動戦は得意ではない。そのため、無茶しようにも足が追いつかなかった。ふと、それを見てグエンが、何か思うところがあったようだが、その間に事態はさらに悪化していく。

 動けなくなり回避不能となったヴェルを叩き潰さんと、太い木の根がゆっくりとヴェル狙いを定めて、勢いよく振り下ろされる。


「このぉっ! させるかっ!」


 アグニはとっさに、父親から借りた槍をブン投げる。投げた槍は一直線にヴェルを叩き潰そうとした木の根に突き刺さり、切断こそできなかったが一部を腐らせたことにより、ヴェルに叩きつけられた衝撃は大幅に軽減された。


「くっそ、あっぶねっ!」

「ヴェル! その槍で足元の蔦を切って!」


 毒の効果がそろそろ薄れつつあるが、蔦くらいなら一瞬で腐らせるくらいの力はある。

 アグニの機転で何とかいったん助かったヴェルだったが、ヤテベオの攻撃はそれだけでは終わらなかった。なんと、ヴェルを叩き潰そうとした木の根は攻撃がきいていないと見るや否や、腐り落ちた部分から無数の蔦をはやして、ヴェルの身体を絡め取ろうとしたのだ!

 ヴェルは慌てて本能的に回避しようとしたが、左足に絡まっていた蔦が完全に切れておらず、その場で思い切り転んでしまう。


「やべっ!?」


 あわやヴェルが捕まってしまうかと思われたその時、ヴェルの身体が空高く放り投げられた。そしてヴェルをとらえようとした木の根は、別の物をつかんだ。


「父さんっ!!」

「アグニ、俺のことは気にするな、逃げろ!」


 ヴェルの身代わりになって捉えられたのは、グエンだった。

 避ける間もなくとらわれたグエンは、絡め取られたまま地面に何度もたたきつけられ、抵抗する力が弱ると、一気に本体の方に引っ張られていった。


「ぐあっ! ごおっ!」

「父さんっ! とうさあぁんっ!」

「アグニ…………母さんを、イオナを……そして『新しい弟妹』を…………頼んだっ!」


 どさくさに紛れてとんでもないことを言ったグエンだったが、父親の生命の危機を前に、アグニはほとんど聞く耳を持っていなかった。


「グエン……すまん、逃げるぞ! アグニ、グエンの死を無駄にするわけには――――――!?」


 ブレヌスはアグニとヴェルを連れて逃走を試みた。しかし、アグニの襟首をつかもうとしたとき、ブレヌスの手は空を切った。


(やってやる…………大自然の加護あれっ!)


 心の中で一瞬念じたアグニは、力強く大地を蹴った。


「お、おい! 待てっ! 死ぬ気か!?」


 ブレヌスも慌てて後を追おうとするも、地面から生えてきた太い木の根に行く手を阻まれた。


「父さんは僕が助ける!」


 いつものような天真爛漫な可愛らしい少年顔はどこへやら、アグニの目は鋭く、憎しみに満ちていた。

 前方から先端が鋭くとがった無数の木の根が、自暴自棄になった憐れな少年に襲いかかる。アグニは、逃げるどころか自分から突っ込んでいくと、自分が抜けられる僅かな隙間を瞬時に見据え、前方に飛んだ。そして、まるで軽業のように、突き出される木の根の槍を踏み台にしてゆく。

 喉の渇きも、傷の痛みも、何も感じない。駆け巡る脳内物質が、アグニをひたすら突き動かす。


「離せっ! 父さんをはなせぇっ!」

「アグニっ! 逃げろと言ったはずだろ! お前まで来たら、誰が里に帰るんだ!」

「家に帰るのは父さんと二人一緒だ! 一人で帰るのなんて嫌だっ!」


 アグニにどうにかできるという確証は全くない。

 ただ、感情が奔るまま、襲い来る樹木の雨の中を突っ走る。

 それを見ているグエンにとっては、自分の命が危ういにもかかわらず、心臓が飛び出さないよう胸を押さえたい衝動に駆られている。自分の子供の無謀すぎる突撃……いつ目の前で串刺しになるかわからない。


 しかし、アグニは踏み越えてきた。わずか30秒ほどで、グエンをとらえている木の根を左手に掴むと、右手でバックから赤い液体の入った瓶を取り出して、自分の前方やや上に放り投げる。投げた瓶は、アグニを貫こうとする木の根の一つに貫かれ、中身の赤い液体を空中にぶちまけた。


 ズドンッ!


 赤い液体は轟音と共に爆発し、強力な炎を当たりにまき散らした。アグニを包囲していた無数の木の根は、強力な炎に怯み、また一部は引火して激しく燃え始めた。アグニにとっては危険な賭けだったが、彼の正確なコントロールでうまい位置に炸裂したようだ。

 炎はグエンをとらえていた木の根にも燃え移る。このままではグエンまで燃えてしまうが、アグニにはきちんと考えがある。残った道具はもうほとんどなく、カバンの中身はすっからかんに近い。だが、まだ使っていない数少ない道具が残っている。アグニが取り出したのは―――――――集霧機だ。

 集霧機は霧を取り込むだけでなく、取り込んだ水を噴射することもできる。アグニは、戦闘開始時に吸い込んだ霧を集霧機の中で圧縮し、グエンのところまで延焼しないうちに木の根に水を噴射し、鎮火した。鎮火したと言えども、炎が燃えた後の樹木は炭化しており脆い。それこそアグニのねらい目だ!


「はあああああぁぁぁぁぁっ!!」


 少年の甲高い叫び声とともに、愛用の鉈が丸太のような太さの木の根を一撃で両断した。

 アグニは成し遂げたのだ。勝つことすら能わない敵から、父親を取り返した。

 一部始終を間近で見た父親は、自分の息子の驚異の身体能力と桁外れの勇気に助けられた。そんな、息子の雄姿からグエンは愛する妻の姿を見た。


(アグニ…………お前にはこれほどまでにフアナの血が……)


 嬉しさと同時に、なぜか少しさみしくなる。

 と、グエンの身体に柔らかい衝撃が走ると、見る見るうちに彼をとらえていた黒焦げの木の根はぐんぐん遠ざかり、やがて背中に地面の肩さを感じた。


「父さんっ! よかった!」

「アグニ………すごいなお前は」

「えっへへ、褒められた!」


 グエンはアグニの頭を撫でてやりながら立ち上がろうとするが、足腰に力が入らない。それと同時に、胸のあたりに激痛が走る。


「ぬっ……」

「と、父さん!?」


(肋骨をやったか……? それに腱も……)


 早く立ち上がらなければ、アグニの頑張りはすべて無駄になる。そう思ったグエンは、力を振り絞って立ち上がる。息をするのもやっとの状態だが、今は一歩でも遠くに逃げなければならない。


 が、この時二人の足元でさらなる異変が起こる。


「わ、わ、わ! 揺れるっ!」

「地震か!?」


 足元が大きく揺れたと思ったその時、二人の身体が地面ごと凄まじい速さでせり上がる。

 いったい何事だとあたりを見回す二人だったが、その答えはすぐに判明した。


「まさかこれ…………手?」

「ははは、こいつは一本取られたな。もはや笑うしかないぜ、こんなの」


 二人は…………地面の岩盤ごと、樹木で出来た大きな掌で持ち上げられていたのだ。

 どこかの地方の昔話に、いたずら好きの霊獣が世界樹をつかさどる守護神の巨大な掌で踊っているに過ぎなかったというものがあったが、今まさにそのような状況になっているというのは、恐怖を通り越して、愉快にすら思える。


「いったいこんなの、誰が止められるんだろう? 村は? 里は、どうなるの?」


 アグニの脳裏には、樹木の巨人に蹂躙され、跡形もない瓦礫の山と化した故郷の姿が浮かんだ。

 そのようなことは絶対阻止しなければならない。しなければならないが、自分たちにはその力はない。

 母が、妹が、里の人々が、幼馴染が――――――



「その様子だと、どうやら助けが必要みたいだな」

「え?」「あ?」

 

 どこからか、聞き覚えがある声が聞こえた。

 その直後、猛烈な風が吹き荒れたかと思うと、真空刃がアグニたちの周りを踊り狂い、樹木で出来た巨大な手をみじん切りにしてしまった。

 地面がなくなり落下しそうになったアグニ父子だったが、一瞬体が浮いたと思ったときには体が地面の上にあった。何が何だか訳が分からない二人だったが、少なくとも誰かが助けてくれたということだけは分かる。


「ここは!? 僕たちを助けてくれたのは?」

「当ててみな。南国のリゾートへご招待するぜ」


 アグニが振り向けば、そこには巨大な剣を担いだ中年の男性と、神官風の女性が立っていた。



ヒューッ!!

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