力を合わせて
「みんなよく聞け!」
人と竜人の混合チームの中心で、グエンが覇気のある声で叫んだ。
「俺とブレヌスに3分だけ時間をくれ! このままバラバラに戦っても勝ち目はない! 確実に仕留められる作戦を立てる!」
「どうしても助けが必要だったら遠慮なく叫べ! 態勢はいつでも立て直せる!」
グエンとブレヌスの意見に口をはさむ者はいなかった。
アグニとヴェル、それに生き残った6名のドレークがグエンとブレヌスを守るよう、8方向にわかれて円陣を組んだ。
アグニは、弓矢を背負い直し、右手に短槍を握ると、まっすぐに突き出して、自分たちを狙う木の根たちに狙いを定めた。
「いけるかアグニ」
「もちろんだとも」
ヴェルも、自らの背丈ほどもある鉄製の大剣を片手でブンと一振りし、前に向ける。
「!! 来るぞ!」
ドレークの一人がそう叫んだ瞬間、彼らを取り囲む木の根や枝が一斉に襲い掛かってきた。まるで、槍の雨が降るかのように、無数の鋭くとがった先端が降り注ぐ。
アグニは自分が捌く範囲を一瞬にして見極めると、素早く短い距離を後ろに跳び、父親めがけて突き出てくる3本の木の根を槍で弾く。弾いた木の根のうちの一本の先端部を、足で踏みつけた後、撓った部分を槍で突く。アグニの槍の穂先は恐ろしく鋭く、まるで剣で突き刺したかのように、枝を「切断」する。
一度狙いを外した木の根たちは、アグニたちを貫くための位置エネルギーを得るために、一度もとの位置まで戻らなければならない。アグニはそこを狙い、戻ろうとする一本を槍で突き刺し、捩じるように地面に降ろすと、足で思い切り踏み抜いて先端部を折る。さらに素早くもう一本も同じように、突き刺してから捻り、足で折る。こうしてアグニは瞬く間に3本の木の根を無効化した。
…………が、アグニは若干不満げだった。
「やっぱり細い相手には槍は厳しいね」
長槍ならともかく、短槍は複数の突き攻撃を防ぐのには相性が悪い。
かといって鉈を使えばいいかと言えば、そうでもない。先日井戸で鉈を打ち付けた際に、この木の根は耐衝撃性に優れていることもわかっている。
すなはち、有効な攻撃は「斬攻撃」に限られるのである。
(楽に倒せる手段もなくはないんだけど……)
アグニは、今秘密兵器を使うべきかどうか迷ったが、3分だけ時間を稼げばいい状況で、切り札を使うべきではないと判断した。
その直後、再度木の根の槍衾が迫る。今度は、何本かがほぼ水平に襲ってきた。変な方向に弾いてしまうと、他の味方に被害が出る。だが、アグニに迷っている暇はない。上から襲い来る枝が、幸いにも全部自分の方を向いていると判断したアグニは、今度は前方向に飛び、水平に来る木の根をギリギリ屈んでやり過ごすと、下から上へ跳ね上げた。アグニに向かってきた木の根の一部が、先端を変形させて触手のようになり、アグニをとらえようとするも、同じ手には二度は乗らないとばかりに、細くなった枝を力強く薙ぎ払った。
そして、第3波がどう来るのかと身構えていたところで――――――
「おし! みんなよく聞け! まずは囲んでいる木の根をあらかた斬るぞ! まずは奴の攻撃手段を奪う!」
ブレヌスの指示で、それまで防戦に徹していたドレークたちは、襲い来る木の根に一斉に向かっていった。
「ヴェル、一緒に行こう。僕は一人で攻撃するのはきつい」
「あいよ。その代わり援護頼んだ」
ヴェルは、大剣を片手に無数の木の根に突っ込んでいく。横から襲う木の根をアグニが打ち払い、その間にヴェルが豪快に木の根を根元から叩っきる。二人のコンビネーションは抜群だった。息の合った動きで、四方八方から来る攻撃をものともせず、嵐のように伐採していく。
「次だ! アグニ、四方向になるべく均等になるように「火焔矢」を打ち込め!」
「はーいっ!」
今までサポートに回っていたアグニは、素早く小高い場所に上り、先端が赤く染まった鏃を目にもとまらぬ速さで四連射する。矢は弧を描くように分散して落下地点に突き刺さると、激しく炎上する。この鏃はフアナが井戸で使っていたのと同じもので、特殊な製法によって矢が発火する仕組みになっている。しかも、ただ発火するだけではない。その炎の威力は凄まじく、これ一本あれば木造の家が一棟焼けるのだ。
更に、先ほどの彼らの奮戦により、無数の木の根や枝が切り刻まれ、地面に落ちている。本来であれば、これら切り落とした木片はヤテベオによって回収され、回復されてしまうのだろうが…………分解するまでに、時間がかかる。樹木の動きの速さには限界があるのだ。
「おほーっ!! 燃える燃える!」
「ざまぁみやがれ!」
ドレークたちが歓喜の声を上げる。
自分たちを叩きのめさんとした、無数の樹木の槍が瞬く間に燃えていく。こんな愉快なことはない。
「助からなかった仲間には申し訳ないが…………骨は拾って埋めてやるから、許してくれよ」
一方で、残念ながら戦闘で命を落としたドレークたちは、炎に巻かれて荼毘に付されることになる。
まだ息がある重傷者はグエンが必死に応急手当てを施している。その結果、4人ほどが息を吹き返したが、30人以上のドレークは、この丘が墓場になる。それがブレヌスにとって、とても悲しかった。
だが、今は手段を選んでいる場合ではない。自分たちがこうならないためにも、仲間の骨を故郷に持って帰るためにも、生きて勝たなければならない。
ブレヌスは、必死に炎を消そうと太い木の根で火元を狂ったように叩きまくるヤテベオを見据えた。
「グエンとアグニ以外の奴はけが人を背負え! これから奴の身体に風穴を開ける! 俺たちが炎に巻かれる前に、突撃だ!」
『応っ!』
ブレヌスの合図で、4人のドレークが、重傷者を背負い、残る者がヤテベオに向けて武器を構えた。
「アグニ……『黒死矢』を一本くれ。それと……「火焔矢」を一本だけ残して、他は全てすぐに打てるように準備しろ。チャンスは一度きり……絶対にはずすな」
「うん」
今や弓の腕はグエンよりもアグニの方が上だ。そのためグエンは、アグニに重要な役目を担わせた。
(「火焔矢」を一本…………うん、なんとなく父さんがやりたいことが分かってきた気がする)
アグニは、火焔矢一本を撃ってしまわないように口にくわえ、残りの特殊矢をすべて矢筒に入れた。
「よし! 突撃っ!」
ブレヌスが、仲間から集めた水筒をふたを開けて前方に全部放り投げた。すると、炎が一部だけ鎮火する。一か所だけぽっかりと炎が開いたところから、彼らは一気に駆け抜け、ヤテベオに迫る。
「アグニ! 黒死の瓶をくれ!」
「うん」
アグニは、どす黒い液体が入った丸い瓶をグエンに投げてよこすと、グエンはその瓶をやや離れた地面に投げて、手持ちの槍で突き刺して割る。割った場所の地面はたちまち黒く染まり、二度と草木の生えない場所となった。
「俺たちはドレークたちを攻撃から守る! いいな!」
「わはっは(わかった)!」
かなりあいまいな指示だが、アグニにはこれだけで十分意図が伝わったようだ。
矢を咥えながら返事をしたアグニは、近づくドレークを叩き潰さんとするヤテベオの木の枝に、火焔矢と黒死矢を景気よく打ち込んでいく。
アグニの放つ矢は百発百中! ヤテベオは逆に、攻撃しようにも自分の手足が腐り炎上していくため、どうにもならない。さらに、グエンも自らの槍に毒をぬったことで、掠っただけでも当たった場所を腐らせる凶悪な攻撃を繰り出す。
人間親子の援護を受けたドレークたちは、ついに守護の神樹ヤテベオの足元へと到達。必死に枝を振って抵抗しようにも、ドレークたちの大剣にことごとく打ち払われる。
「くらいやがれっ!!」
まずはヴェルが、大剣を木の幹に深々と突き刺す。ドンッという音とともに幹に大きな穴が開くが、ヤテベオの幹の直径は驚異の18メートル―――――――傷口はまだ表面でしかない。だが、間髪入れずに二人のドレークが同じ場所に剣を力いっぱい突き刺していくと、穴が徐々に広がっていく。
「やらいでかぁっ!!」
そこにブレヌスが最後の一撃を加える。ブレヌスの突きは非常に激しく、まるで爆発したかのように、固い樹皮が四散し、巨大な穴が開いた。
ヤテベオは驚いたのか、慌てて穴をふさぐように枝を集中させ、その間に自己再生で空いた穴を直そうとしたが…………
「させるかよ」
グエンの放った黒死矢が、穴を覆っていた無数の枝を直撃し、守りを崩す。
ドレークたちが決死の勢いで開けた穴が、再び眼前に現れる。
「これで! とどめっ!」
アグニの放った正確無比な火焔矢が、吸い込まれるように木の幹の中に放たれた。
勝負は、決したのだ!
数秒後、守護の神樹ヤテベオは激しく炎上した。
炎は瞬く間に幹から枝へ這い上がり、紅く茂る葉を焦がす。
敵を叩き潰さんとする根も活動を停止し、鋭くとがった無数の枝も熱さにのた打ち回る。
バチバチと樹皮が爆ぜる音が大樹のあちらこちらから響く様は、まるでヤテベオが最後に叫ぶ断末魔のようだった。
「やったか?」
「ああ、いくら再生力の強い樹木だろうと、本体ごと燃やされりゃひとたまりもないだろうよ」
「やったよヴェル! 僕たち、あんな強そうなやつに勝ったんだ!」
「おうよ! これで俺たちの沼が元に戻るぜ!」
かつてない強敵を倒せたことで、大人たちは一安心し、アグニとヴェルはハイタッチでお互いの健闘をたたえた。
「しかしグエン…………その、すまなかったな。お前に何の相談もなく盟約を破った上に、お前たちが信仰していた守護の神樹まで倒しちまって」
「そうだな。言いたいことは山ほどあるが、ヤテベオが俺たちに害をなそうとしたのは事実だ」
そう言ってグエンは、先程の戦闘で切り落とされたヤテベオの根の一部を拾い上げる。アグニが井戸の底で見たそれとは比べ物にならないほど太く、おそらくアグニの太ももと同じくらいの直径があるように見える。しかし、その根っこの色といい形といい、まさしく先日アグニをとらえようとしたモノそのものであり、今まで自分たちが信仰の対象にしてきた神樹が、村を滅ぼそうとした原因であるという何よりの証拠だろう。
「正直俺も半信半疑だったさ。この不毛な山々の恵みは、すべて守護の神樹が齎すものと、幼いころからずっと言われていたからな。この樹が、元からこんな凶暴だったのか、あるいは突如変貌したのか、今となっちゃもうわからんが、少なくとも最後は敵だったということは疑いの余地はない」
「グエン…………」
今のグエンの心境は複雑だろう。
親友のドレークたちに攻撃を加えていたとはいえ、相手は昨日まで字瓶たちの守護者と崇めていた存在を、自分の手で葬ってしまったのだから。正気に戻す手段もあったかもしれないし、ヤテベオを倒してしまったことで、今以上の災厄が起きる可能性だってある。
それに、これはグエンとアグニだけの問題ではなく、メルタ村と周囲の大小数十の里の生活にも影響を与える一大事だ。自分たちが崇めていたものを、ドレークと協力して破壊したと素直に伝えるとなれば、樹眠一同から総スカンを食らうことは確定的だ。村長も、緑宗の神官様だけに話しても、理解してくれる保証もない。
「まあいいさ。どうせここまで来るのは俺たちか、緑宗神官しかいない。その緑宗神官も、最近はめったに山に入らないから、何とか誤魔化してみせる。ブレヌス達もだいぶ戦士を失っただろう。こんなこと言っちゃなんだが、盟約反故の代償は十分すぎるほど支払われた」
「すまんな。切羽詰まってたとはいえ、下手したらお前と戦うことになりかねなかった。相談したら確実に止められると思ったからな…………これから育つドレークの戦士たちには、生き残った俺たちから十分すぎるくらい、言い聞かせとくぜ」
かつては全面的に争っていた時代もあった人間とドレーク。互いのテリトリーを冒さないという盟約を立てて以来、アグニの一族とブレヌスの一族は平和を維持できるよう親睦を深めてきたのだ。
双方が築いてきた努力が、まさかこのような形で報われるとはだれが思っただろうか。
グエンたちがいたからこそ、ドレークは全滅せずに済み、ブレヌス達が討伐を決意したからこそ、ヤテベオによる被害が広がるのを抑えられた。
火の粉を天高く舞い散らせ、空を割るかのように黒煙を上げる、守護の神樹ヤテベオ…………その姿はもう原形をほぼとどめておらず、崩れ落ちていく。おそらくあと数時間後には、消し炭しか残らないだろう。
グエンとブレヌスが今後のことについて話している横で、アグニは燃え盛る大樹を見ながら、少々考え事をしていた。
(確かに神樹は前見たときよりも格段に大きかったけれど…………それにしても僕たちの里を通り越して、村まで根を延す樹が、これだけの大きさしかないんだろうか?)
父親たちは完全に勝った気でいるが、村の井戸に生えていた根っこまで死んでいるかはまだわからない。父親の言うとおり、本来であれば樹木本体を倒せば、いくら根っこが長く伸びても無意味だ。人間が頭なしでは生きられないように…………
「どうしたアグニ? なんか難しそうな顔してんぞ」
「あーうん、ヴェル…………もしさ、ヤテベオが根っこだけで生きることができる樹だったら、面倒だろうなって思って」
「よせやい。幹も葉っぱもない、根っこだけの樹があってたまるかよ」
「それもそうだよね」
その後、ヤテベオの幹がすべて焼き尽くされて、黒焦げの何かだけが残ったのを確認すると、十分休憩を取った彼らは帰還の途に就くことにした。
「じゃあな」
「おう、落ち着いたらまたいつもの場所で飯食おうぜ」
と、双方別の道を帰ろうとしたとき――――――――
「わあっ!?」
「お、どうした?」
一人のドレークが、いきなり落とし穴に嵌ったかのように、突然地面に開いた穴に落ちてしまった。
ドレークが嵌った地面は、そこだけ黒く変色している。
「ああ、そこはさっき黒死薬の瓶をぶちまけたとこだな…………………………?」
グエンの言うとおり、地面が黒く変色しているのは、彼が毒薬を撒いたせいなのだが……グエンはふと、本能的に「何かおかしい」と気付いた。
何がおかしいか? 思い出してほしい、黒死薬の正体は「カビの一種」だ。ゆえに、生物には一定の効果があり、特に樹木相手によく効く。しかし、無機物には一切効果がない。ではなぜ地面が腐り落ちたのか?
それは―――――――
「おい! みんなにげ――――――――があああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
穴に落ちたドレークの苦しげな悲鳴を聞いた瞬間、ブレヌスを含む全員が、彼を見捨てて一斉にその場から離れていった。誰も一言も発することなく、完全に無意識に躊躇なく「逃げる」という選択肢を選んだ。
果たして、悲鳴が聞こえてしばらくもしないうちに大地が揺れ、先程まで守護の神樹があった場所から、地面がものすごい勢いで隆起し始めた。
「走れ! 走れ!」
「ちくしょう! なんだこいつは!?」
足元は一瞬にして傾斜し、やがて崖のようにほぼ垂直になる。
そして周囲から湧き出るように、太い「蔦」や「根」が地面を切り裂いて生えてくるではないか。
当たりはどんどん暗くなり、背後からは時折岩屋硬い岩盤が降り注ぐ。
ようやく安定した場所に降り立った人間とドレークたち。
命からがら逃げ切った彼らが背後を見たとき……………彼らの瞳は、一様に絶望の色に染まった。




