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星降る村の小さな英雄  作者: 南木
序章:少年と猟騎士
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守護の神樹『ヤテベオ』


 10日分の食料と飲料水、着替えの衣類、医薬品や回復道具、火起こし機一式、洗面用具、調理器具、簡易式テント……それに大弓と短槍と鉈と、弓矢のストックを30本。それらを大きな背嚢に詰めて背負子で担げば、その重量は30kgに達する。これはアグニの体重よりちょっとだけ軽い程度だ。

 そんな重装備をアグニは易々と背負うと、見送る母親と妹に一杯の笑顔で手を振った。


「いってきまーす!」

「いってらっしゃいお兄ちゃん!」

「ちゃんと無事に帰ってくるのよ!」


 それに今日は、もう一人見送りがいた。


「アグニ君……気を付けてね!」

「無茶するなよっ!」

「大丈夫、お土産もって帰ってくるよ!」


 朝も早いのに、わざわざローザとベルフが村から駆けつけてきたのだ。

 普段はそこまでする二人ではないが、今回はなんだか胸騒ぎがするので、少しでも無事を祈るために見送りに来たのだとか。


「アグニ君、何ともなければいいね」

「ああ、僕がもっと強かったら、一緒に行ってあげられたのに」


 重そうな荷物を背負って山へ入っていくアグニを、二人は不安半分と羨望半分で見ていた。

 アグニと自分たちでは、何もかも決定的な差がある……同年代の友人同士ゆえに、複雑な気分だ。


「アグニのお母さん」

「どうしたのベルフ君?」

「なんでアグニは……あんなに強くなれたの?」

「そうね……」


 ベルフの質問にどう答えようか、一瞬逡巡したフアナだったが


「あの子には勇気がある……何事にも恐れず立ち向かう強さが、アグニの強さの源なのかもね」

「勇気……勇気かぁ」

「そう、ただし……それがアグニを危険に晒すことにもなるの。強すぎる勇気はいずれ過信を生む……」

「?」


 二人はフアナの言葉に、いまいちピンと来ていないようだが、フアナは再度心の底から最愛の夫と息子の無事を祈った。


(グエン……アグニ……あなたたちに、大自然の加護あらんことを……)



 そんな待ち人たちの心配をよそに、グエンとアグニの親子はハイキング気分で山を登っていく。


「アグニには一度、ご神木を見せたことがあったよな」

「覚えてるよ。初めて父さんと山を巡回した時に、奥地で見せてくれたすごく大きな木。村の人たちでもめったに見ることができない、丘の上に立つ立派な一本の大木だ」


 その時の記憶は、今のアグニの中にも鮮明に焼き付いている。

 まるで燃えるような赤い葉っぱが沢山茂る巨大な樹は、太陽と霧が反射する光を浴びて、神々しく輝いていた。ご神木と呼ばれるのにふさわしい、圧倒的な光景だった。


「フアナからも聞いたが、根の色や形からしてまさしく守護の神樹『ヤテベオ』そのものだ。それがなんだってメルタ村まで根を延してきたのか……これがわからない」

「でもさ、最近村や里でとれる野菜が小さいし、川にあんまり魚がいなくなったよね。それってもしかして、ご神木さまの力が弱まってるのかな?」


 疑問は尽きないが、実物を見ないことには何もわからない。

 二人は徐々に山の中へと分け入ってゆく。

 3日目には、つい先日ドレークのヴェルとその父親、さらに猟騎士フライコールと名乗る、謎の二人組にも出会ったなだらかな河原まで来た。


 ……そういえば、あの猟騎士二人は山の中に入っていったまんま戻ってきた様子はない。どこへ消えたのだろうかとアグニは疑問に思っていたが、その思考はすぐに別の発見で中断された。


「とりあえずここで一旦野営だ。……しかし、妙だな」

「竈の跡がいっぱいあるよお父さん」

「とはいえ河原じゃ足跡がつかんから、何が来たかわからんぞ」


 二人が見たのは、竈として石をくみ上げられた跡……それも見ただけで10以上ある。

 だが、竈を確認しているとグエンは何となく状況を把握できた。


「この竈の組み方は……ドレークだな。それも大勢だ。奴ら……俺たち人間との協定で、川よりこちらにはヴェル親子以外立ち入り禁止のはずだってのに……何を考えてんだ? アグニ、お前は周りに足跡がないか探してこい」

「はーい」


 父に命じられたアグニは、早速河原から離れた草地を探索してみる。はたして、やや上流の谷から少し急な坂を上った場所に、多数の細長い足跡を発見した。二足歩行をしたトカゲのような、ドレーク族特有の足跡に間違いない。だが、足跡を発見しただけで戻るほど、アグニは抜けていない。


「人数は…………かなり多い。足跡の上に重なるように足跡があるから、正確な数が分かんないなぁ。でも、少なくとも40人以上はいるかな。形はまだ残ってるけど、少しずつ葉っぱとかが乗っかってるところを見ると、半日前にはここを通った……と思う」


 一方のグエンは、竈の跡に残っている灰の温度と残量と調べていた。


「すでに冷めてる……少なくとも今朝には出発したな。この形だと、竈一つにつきドレーク3人と言ったところか。竈の数は全部で14あった……となると、人数は40から50の間とみるべきか」


 この親子、追跡術はそこらの狩人とは比べ物にならない実力の持ち主だ。

 この山に住む魔獣の種類と、その生態系は完全に把握しており、足跡やマーキングした後を見つけただけで、相手の位置がだいたいわかるほど。ましてや、大人数の移動なんかがあれば、発見はたやすい。


「父さん、足跡見つけたよ」

「ご苦労。俺の方もいろいろ調べてみた」


 お互いの情報を確認した結果、どうやら40人以上のドレークの集団が、ご神木のある場所へと向かっていることを突き止めた。しかも、彼らは少なくとも今日の朝には山奥へ向かったと考えられる。

 いったいなぜドレーク達が守護の神樹を目指すのか……その理由は定かではないが、あまりいい予感はしない。


「どうやら、悠長なことはしていられないようだな。アグニ、臨戦態勢だ。余分な荷物は全部おいていくぞ」

「うんっ」


 アグニ親子は、背負ってきた荷物の大半を河原から少し離れた草地に放棄 (とはいっても、このあたりに泥棒する人間は存在しないが)し、武器と携行食料、飲料水のみを装備した身軽な状態になる。

 追う相手はドレークの集団だ。人間とは違って、群れでも相当早く、長時間移動できる。その上時間にして半日以上離されている現状、無理をしなければ追いつけない。


 二人は足跡を追った。

 霧が深く視界の悪い山と谷を、足早に駆け抜ける。

 空気の薄い高山帯を、数時間早足で登り続ける、尋常でない脚力とスタミナ…………わずか11歳のアグニは、すでに身体能力が人知を超えているようだった。


 夜になると火を起こして交互に眠り、朝になればまたすぐに駆け出す。

 そうして二人は、とうとうご神木のある場所までやってきた。


 ご神木は切り立った山々のちょうど真ん中、ぽっかりと開けた丘陵地帯に立っている。

 入口となる谷を抜け、霧の向こうにシルエットをのぞかせる、守護の神樹『ヤテベオ』…………以前アグニが来たときは、痛くなるような静寂が空間を支配していた。


 しかしこの日は―――――――霧の向こうから、怒号や何か打ち合うような音が聞こえる。


「いくぞ」


 父の力強い言葉にアグニは無言で頷くと、親子そろって深い霧の中へと駆け出した。

 まずアグニが違和感を感じたのは地面…………足元はボコボコして不安定だ。そして自分が地面だと思っていたのが、太い木の根っこだということにすぐに気が付いた。

 やがて前方の霧が濃くなるにつれ、ちらほらと赤い霧が混じり始めた。


「ちっ、一体何が起きている!? 仕方がない、これを使うか」


 グエンが道具袋から取り出したのは、白い香炉の形をした道具だ。それにグエンが術力を込めると、香炉のようなものは煙を吹き出すのではなく、逆に周囲の霧を取り込み始めた。

 これは、アグニが住む里でも使われている「集霧機」という術道具。グエンが使ったのは、小さくて持ち運びができるタイプだ。一度に吸い込める量はオリジナルよりも少ないが、それでもこの一帯の霧くらいなら十分に吸収できる。


 集霧機によって張り付くような霧が晴れていく―――――――そして、二人はとんでもない光景を目にした。


「これは…………っ!」

「ドレーク達が!」


 40人以上いるかと思われるドレークが…………大勢倒れていた。

 ある者は貫かれたような孔が体中に開き、またある者は体中の水分を失ったように干からびている。

 そして…………その先には、以前アグニが見たときよりもはるかに巨大な神木―――――――


 守護の神樹『ヤテベオ』は、今なお生き残っている数少ないドレーク達に、枝や根を鞭のように(しな)らせながら打ち据えようとしている。

 そして、その数少ない生き残りのドレークの中に、なんとヴェルとその父親ブレヌスの姿もあった。


「ヴェルーーーーーーーーーーっ!!」


 アグニは、ヴェルに声が届くよう、精いっぱい叫んだ。


「その声、アグニかっ!!」


 ヴェルがアグニの方を振り向く。すると、ブレヌスがヴェルをヤテベオの攻撃から守る。


「バカヤロウ! ぼさっとしてると死んじまうぞ!」

「わりい親父っ! でもアグニが!」

「ちっ、いったん退くぞ!」


「ごめんヴェル、今援護するよ!」

「俺もいるぞブレヌス! 今助けに入る!」


 アグニは助走をつけて、一段高く盛り上がっている根っこを足場にジャンプすると、空中で弓を引き絞り、矢を放つ。アグニが放った矢の鏃は黒一色に塗られていて、ヴェル親子を叩き潰そうとする木の根に突き刺さると、木の根がその場からボロボロと腐りおちた。


「すごい効き目だ。母さんからもらっておいてよかった」


 アグニが放ったのは、特殊な猛毒が塗られた弓矢だ。その毒の正体はカビの一種で、樹木に触れるとあっという間に組織を腐らせる。人間が触れても壊死はしないが、死ぬほど激痛が走るため決して素手で扱ってはいけない危険な武器だ。


「グエン!」

「無事かブレヌス!」

「ああ、なんとかな」

「ヴェル! 無事だったんだね!」

「あたりめぇよ! 俺がこんなところでくたばるかよ!」


 ヴェル親子のみならず、生き残っていたドレークたちも、アグニ親子の下に集合した。


「守護の神樹『ヤテベオ』…………いったいどうしたというのだ? 在りし日の神々しい姿が、このような悪魔のような存在に…………」

「俺たちにもわからん。だが一つだけ言えることは…………こいつは、俺たちの里を破壊した。今やわれらの安息の地であった湿地帯は水が枯れ、育てていた稲はすべて枯れた」


 ドレークたちは、湿地帯に住居を築き、沼で取れる魚とその周辺で育つ稲を主食とする。

 その二つが失われた原因が、ほかならぬ目の前の神樹そのもだというのだ。


「しかしまさか、人間のお前らが俺たちに助太刀するとはな。この木を神様として崇めてるなんて言うから、俺たちから守りに来たんじゃねぇかと思っちまったぜ」

「場合によってはそうしたかもしれんな。だが、これを見て守ってやろうなんて考える奴はいねぇよ」


 人々に豊かさをもたらすはずの守護の神樹『ヤテベオ』は―――――――無数の枝や木の根を、アグニ親子たちに向けている。まるで「お前たちにもう用はない」と言いたそうに…………


「!! お前ら、来るぞ! 気を抜くな!」


 彼らの周囲の地面から、包囲するように木の根が何本も突き出てきた。

 

 ふとヤテベオの姿を見たアグニ…………表情のない巨大樹が、なぜか不気味に笑っているように思えた。


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