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星降る村の小さな英雄  作者: 南木
序章:少年と猟騎士
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信仰の陰で

 井戸の横で感動の再会を果たした(?)アグニとフアナの親子だったが、そんなころになってようやくメルタ村の村長が駆け付けてきた。村長の息子で、これまたアグニと同世代の友人の男の子、ベルフも一緒だ。


「おお、フアナさん! それにアグニ君も! 井戸に落ちそうになったと聞いたが無事かね!?」

「……いろいろ間違ってますけど、まあ無事ですわ」


 村長はそろそろ50近くになる中老の男性で、材質がいい黒い絹の服といくつかのアクセサリーを着こなしている村一番の洒落者だ。どこか抜けたところはあるが、村民のみならず周囲の里のことを真摯に考えているみんなのよき相談役だ。


「ローザちゃん! 大丈夫? 怪我はない?」

「え……えっと、私は何ともないよ」

「僕の心配は!? 井戸に潜ったのは僕だよ!? 死ぬかと思ったんだよ!?」

「あっ……その、ごめん」


 もらい泣きしていたローザを心配するベルフだったが、肝心のアグニのことをほっぽらかしてしまう。どうも父親に似て、どこかおちょこちょいな面があるようだ。涙目でズイッと迫るアグニに、ベルフは思わずたじろいてしまい、慌てて謝罪した。


「さて村長、せっかくお越しいただいたのに恐縮ですが、至急報告したいことがありますので、宅の一室をお借りできますでしょうか」

「至急報告したいこと? それだったらこの場でも聞けるけど」

「わざわざ部屋を借りたいと言ってる時点で、察して頂きたいのですが…………」


 要するにフアナは、村人たちに聞かれては困る話をするつもりなのだ。

 ようやく意図を悟った村長は、お付きの使用人に部屋を用意するよう手配する。


「それとローザちゃん。お父さんにフアナさんから大事な話があるから村長さんの家まで来てほしいって言ってくれるかしら」

「はーい」


 ローザは羽織ってるマントを正すと、自分の家の方向に走って行った。

 彼女の父親は『緑宗』と呼ばれる大陸でもっともポピュラーな宗教の神官であり、この村の祭事を一手に担う、村長に匹敵する権力者である。


「フアナさん、もしかして井戸の中で何かよからぬことが…………?」

「聞かないほうがいいですよ。でも大丈夫、すぐに解決しますから」


 村長と神官、両方が集まると聞いて不安を抱く村人たちだったが、フアナははぐらかす様な笑顔で、適当な受け答えに終始した。




 村長宅につくと、アグニ、ローザ、ベルフの子供三人は「部屋の中に入ってこないように」といわれて、応接間から締め出された。そのかわり、村長夫人が三人におやつを作ってくれている。


「ねぇアグニ、ローザちゃん……井戸で何があったの?」

「ごめん私はよく見えなかったからわからない」

「僕は……言っちゃいけないって言われてる」


 ベルフは何度もアグニに教えてほしいとせがむが、母親から「ほかの人に話したらオシオキ」と言われた時の顔がとても怖くて、頑として口を割らない。

 村民たちは今もなお井戸に何があったのか知らない。例え命知らずの知りたがりが井戸の中に入ろうとも、もう井戸の中に張り巡らされた木の根はすべて焼失して、灰になっていることだろう。


「でも、今になってすごく怖かったって思う。井戸の中でいろいろやってた時は何ともなかったのに」

「アグニが怖がるなんて…………よっぽどなんだ」


 野生の魔獣すら怖がることがないアグニが、珍しく体を震わせている。そのことが、さらにローザとベルフにとって恐ろしかった。


「ま、まあまあ! 怖いことはすぐに忘れよっ! それよりもアグニ、久々に手合せしないか?」

「手合せ? ベルフと?」

「こう見えても僕、結構強くなったんだよ! このまえ村に来た冒険者さんに技を教えてもらって、筋がいいって褒められちゃったんだ!」

「冒険者さん?」


 冒険者という単語が出た途端、アグニの頭に浮かぶのは、あの日河原で出会った『猟騎士(フライコール)』と名乗る男女の姿。父グレンが、自分では到底かなわないと言った……


「それってひょっとして、大きな袋を持った男の人と神官さんみたいな女の人のこと?」

「へ? いや、違うけど」

「なんだ違うのか。その冒険者さんってどんな人? いつ来たの?」

「う~ん、一か月くらい前かな。男の人三人だったよ」

「クビにネックレスぶら下げてた?」

「いいや特には。三人のうち二人が具合が悪かったから、宿屋に泊ってたんだ」


 聞いた限りではごく普通の冒険者……といより旅行者のようだった。村に滞在したのも、よくある高山病が原因だろう。


「そんなことより手合せしようぜ! な!」

「前ベルフと手合せしたのいつだっけ?」

「3年前だよ! あの時と同じようにはいかないぞ!」


 そんなわけで張り切って手合せしたアグニとベルフだったが、アグニはあっさりと初撃でベルフの武器を弾き飛ばし、ベルフを落ち込ませてしまった。



 一方、村長の家の応接間では、フアナと村長、それにローザの父親が円形のテーブルを囲んでいた。

 ローザの父親ブライトンは、揉み上げと繋がるあごひげはきれいに整えられており、隠遁した賢者という印象がしっくりきそうな穏やかな男性だ。ローザと同じく白いマントを羽織り、マントには緑色の四つ葉の紋章が刺しゅうされている。


「フアナさん、火急の要件とは? 井戸の水が枯れてしまった原因が判明したのでしょうか」

「確実……とはいえませんが。村長も神官様も、これに見覚えはありますか?」


 そう言ってフアナが取り出したのは、アグニが井戸の底で切り落とした木の根の一部だ。

 二人は交互に手に取ってみてみる。


「木の根ですかな…………いったいどこで?」

「…………井戸の底、土壁から横向きに生えていたのを、息子が切り落としましたの」

「井戸の底まで根を延す樹木、ですと?」


 どうも村長は初めて見るようだったが、緑宗神官であるブライトンは少々心当たりがあるようだった。


「これは広葉樹の根ですね。このような高地に、しかもここまで深く根を張る樹木は…………私の知る限り、一つしかありません」

「……守護の神樹『ヤテベオ』ですね」

「おそらくは。私はここ数十年実物を見ていませんが、このような頑丈な根はそうそうありえません」

「なんということだ……まさかご神木が……!」


 守護の神樹『ヤテベオ』。それは、この周辺地域の緑宗が神木としてあがめている巨大樹の事。

 時折この村や周囲の里から、遥か彼方に見える巨大な樹木の影は「世界樹」と呼ばれ、緑宗の宗徒たちは「世界樹」がこの大陸すべての自然をつかさどり、人々に豊穣をもたらすと信じている。それと同時に、各地にある巨大な樹木を「ご神木」として奉り、地域の発展と平和を祈る象徴とされてきている。

 有名なものでは、緑宗の総本山がある「樹都アエグリン」にある世界で二番目の巨木『豊穣のメルタリリス』や東の平原に一本だけ堂々と立つ『旅人達の願い木のヒタチ』などがある。


「ですが、この根の持ち主が井戸の水を枯らしていたのは紛れもない事実。一度は息子に絡みつき

命を奪おうとしたこの根を「煉獄矢」で焼却しましたが、井戸は当分枯れたままでしょう」

「そんな! なぜご神木がこのようなことを……!」

「わかりません。ですが、まずは水の確保をしなければ。備蓄はあるようですが、いずれは尽きてしまいます。幸い私たちの里は集霧機 (※霧を吸収して水を作る魔術道具)で水が作れますし、谷の方の里では沢から水が汲めます。すぐに手配をした方がよろしいかと」

「なるほど…………解決するまで辛い日々になりそうだな」


 事態はなかなか深刻だった。

 村長としては、他の里まで水を汲みに行き、村まで運ぶ労力がどれほどのものか、想像するだけでも胃が痛い。村の水の備蓄はそろそろ半分を切る…………フアナの言う通り直に手配をしなければ。


「しかし解決となると…………夫に頼んで、ご神木の様子を見てもらいたいのですが、許可を」

「だ、だが……もし仮にご神木が井戸が枯れる原因を作っているとするなら…………我々が今までご神木から与ってきた御恩があるし……」

「確かに緑宗の神官としては、ご神木を害するのは反対せざるを得ないが」

「そう……」


 それでも村長とブライトンは、神木の調査に消極的だった。自分たちさえ我慢すれば……多少の不便は承知の上で……そう考えていることが分かると、フアナは小さくため息をついた。


(私だって生まれながらの緑宗徒だけど、私たちの生活を脅かすようなものを、いつまでも崇めていいことなんてあるのかしら)


 フアナは胸の内でそうつぶやいたが、緑宗としてこのような考えを持つのはよろしくない。それこそ「自然は人間の支配下に置かれるべき」と主張する人間至上主義宗教の宗徒とみなされてしまう。


「ま、とりあえず見るだけは見に行ってみますわ。もしかしたら、別の異変が起きてるかもしれませんし」

「そうか……なら旦那さんによろしく伝えておいてくれたまえ」

「ええ、承りました。この木の根は置いていきますが、念のため取扱に注意してくださいね」


 そのほか一言二言、里の状況などを話した後、フアナはアグニを連れて里へと戻っていった。

 帰り道山登りのため、里から下るより時間がかかる…………昼過ぎに村を出た二人が里についたのは、西の空に夕日が浮かぶ頃であった。



「なるほど、村長も神官様も危機感に欠けるな。最悪村が亡びるかもしれないというのに」

「私ももう少し強く出れたらよかったんですが。その上、アグニを危険にさらしてしまったし……」

「気にしないでよお母さん」

「ははは、俺もお前も無茶するのは昔から変わらないな」

「イオナもむちゃするの~?」

『しなくていいから』


 食卓を囲む家族四人は、今日も笑顔で温かい食事に舌鼓を打つ。

 終わったことはとやかく言わない。明日は明日の風が吹く。それが、アグニ一家の家風だ。


「とりあえず依頼も承知した。明日にでも準備して神木の様子を見に行ってくる」

「お願いするわ。本当は私が行きたいところだけど…………」

「君には俺以上に大事な仕事がある。だから待っていてくれ」

「あなた……!」


 またはじまった……アグニとイオナは、両親が家の中でいちゃつくのを見て、若干呆れかえっていた。


「あー、お父さん。当然僕も一緒に行くよね」

「そうだなぁ……今回はお前にも留守番していてほしいんだが、まあ何事も経験だ。ついてきたければ来てもいいぞ」

「イオナは~?」

「10年早い。一緒に山に入るのは、お兄ちゃんくらい強くなってからな」


 イオナはまだ4歳。剣も持てない子供は危険すぎて山へは連れていけない。

 もっとも、彼女もいつかは親の仕事を見習って、山に入る日が来るのだろう。


「さ、またすぐに山の中だ。元気が尽きないように、ガッツリ腹に入れないとな!」

「うん!」


 こうしてアグニ父子は、再び険しい山を登ることになった。

 しかし、今回の登山は若干危険な予感がする……家族のだれもが、心の中でうすうす感じていたが、それをあえて口に出すことはなかった。





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