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星降る村の小さな英雄  作者: 南木
序章:少年と猟騎士
3/25

危機


「ごめんね、変なところ見せちゃって」

「うん……私こそ、思い切り叫んじゃって……」


 アグニと、幼馴染の女の子ローザは、お互い顔を真っ赤にしながら、テーブルに向かい合ってちょこんとしていた。アグニの妹を膝にのせてあやしている父親グエンは、そんな二人をニヤニヤしながら見守っている。


「だーから言っただろ、もーちっと周り見ろって」

「いいじゃない、男の子なんて見られて減るものなんてないでしょうに。ほら、できたわよ、ローザちゃんも食べていきなさい」


 母親が身も蓋もないことを言いながら、煮込まれたシチューを鍋ごと運んでくると、食卓には空腹を刺激するいいにおいが立ち込めた。突然訪問したのに、ごちそうまで出してもらえたローザ「いいんですか?」と目を丸くしたが、直後に自分がどうしてこの里まで来たのかを思い出した。


「あ、そ……そうだ! 私……急いで知らせなきゃいけないことがあったのに!」

「だったら食べながら話してくれればいいわ。ちょっとの間忘れるくらいなんだから、すぐにいかないと村が滅びるってこともないでしょう?」


 アグニの母親は、父親以上にマイペースな人間のようだった。


「実は……」


 恐る恐るシチューを食べながらローザの口から語られた内容は、確かに火急ではないものの、なかなか深刻なものであった。


「たしかにちょっと聞き捨てならない話ね。アナタ、私が明日アグニと買い物に行くついでに見てくるから、イオナの面倒しっかりと見ててよ」

「マジか……イオナはアグニよりも手はかからんが、山を探検するより疲れるぜ」


 ちなみにイオナは、今ちょうど父親の膝の上にちょこんと座っている、アグニの妹の名前。


「言っとくけど『見てるだけ』は面倒を見るのうちに入らないからね?」

「アッハイ」


 山の男も、妻には頭が上がらないようだった。




 翌日、アグニとアグニの母は、一晩泊まっていたローザと共に里から2時間ほど下ったところにある、やや大きめの村――――メルタ村に足を運んだ。

 村の標高は約3000メートルで、書類上は「大陸で一番高いところにある村」となっているが、これでもアグニの住む里よりかは500メートルほど低い。だが、普通の人間が住む高度としてはほぼ限界に近く、此処よりさらに奥地にあるアグニの住む里は本来人が住める場所ではない。

 アグニの住む里だけでなく、この周囲に点在する無数の里は、メルタ村に生活物資を依存して生活しているため、里の住人は買い出しのためにしょっちゅうこの村を訪れることになる。アグニの一家もまた同様で、山奥でしか取れないものを村で売る代わりに、山では補給できない燃料や穀物を仕入れに10日に一度くらいは村まで下りてくる。

 そしてローザはこの村の生まれ育ちであり、数少ない同世代の子供であるアグニとは幼いころからの顔なじみだった。



「まあ、ずいぶんな人だかりね」

「井戸に誰か落ちたのかな?」

「ううん…………そうじゃないの」


 メルタ村の中央広場にある大きな井戸の周りに、村の大人たちが大勢集まっていた。

 誰もがとても困った顔をして、ため息ばかりついている。


「もし、何かあったのですか皆様?」

「ああフアナ様でしたか…………ごらんのとおり、村民一同大変困っております」


 フアナというのはアグニの母親の名前だ。彼女はこの村では、比較的有名人で通っている。


「数日前から井戸の水が枯れてしまったのです」

「今は非常用の水で何とか暮らしていますが、それもいつまでもつか」

「フアナ様! 何とかなりませんでしょうか」


 村人たちに囲まれ、いささか困惑した表情を浮かべるフアナ。


「井戸の中はだれか見てみたのですか?」

「ええと…………」

「それが……なんと申しましょうか」


 顔を見合わせる村人たちの歯切れの悪さを見て、フアナはすぐに事態を察した。

 まず、村人たちが囲んでいる井戸は特殊な工法で作られたかなり深い井戸で、噂では深さが人を縦に30人分並べた深さがあるといわれている。井戸の中に入るのでさえ命がけなのに、さらに中で作業できる者は限られている。

この村だけでなく、周囲に点在する里を含めても、アグニ一家をはじめとする4,5人くらいだろう。

以前から別の里の人から、井戸くらい自分たちで何とかなるようにしてくれと言われているにもかかわらず、何ら対策をとってなかったらしい。フアナは若干呆れたが、里と村が一心同体である以上、放っておくわけにもいくまい。


「見てきなさい、アグニ」

「はーい」


 母親に言われて、アグニは何のためらいもなくロープを伝って井戸の底に降りて行った。


「アグニ……気を付けてね」


 心配するローザをよそに、アグニはひょいひょいラペリングしながら井戸の底に到達する。両手を広げたほどの直径しかない暗い穴の底でアグニが見たのは、泥しか残っていない地面と、横の壁から突き出た何本もの木の根っこだった。


「なんだこれ?」


 こんな深い井戸の底に木の根が張っているのは初めて見る……というよりも、常識的に考えてあり得ない。さらに山の木に詳しいはずのアグニにも、根っこの見た目から木の種類を判別することができなかった。少なくとも村に生えている種類ではなさそうだが、樹皮や根っこの形はどこかで見たことがあるような気がする。


「もしかして……この根っこが井戸の水を全部吸い取っちゃった……とか?」


 どうやら事態はアグニが思っていた以上に深刻なようだ。

 とりあえず母親に判断を仰ぐべく、根の一部の伐採を試みる。腰に吊るした愛用の鉈を右手に持ち、振り下ろすこと10回、思いのほか頑丈な根の一部をなんとか切り落とすことに成功した。


「本当になんなんだろうこの木? オノオレかんばも一撃で切っちゃう鉈でもなかなか切れないなんて」


 アグニが訝しがりながら、切り取った根の切断面をしげしげと眺めている――――――その時であった! 



 先端を切られた根の一部が一瞬で再生したかと思うと、切り口から無数の根が伸びてあっという間にアグニの体をからめとった。


「わ、わ、わ! ちょっと、なにこれ!」


 慌てて手に持つ鉈で切ろうにも、力がうまく入らない。


「くそぅっ! なにするんだよ! はなせよこらっ!」


 悪態をついたところで植物が聞くわけもなく、逆に根っこに身体が締め付けられていく。

 このままじゃまずい――――アグニがそう感じた直後、風を切るような音とともに一本の矢が真上から降ってきた。

矢はアグニを締め付けている根っこに寸分違わず突き刺ささると同時に、突き刺さったところから根がボロボロに崩れていく。


「アグニ! 今ロープを引っ張るからしっかり身体に結びなさい!

「お母さん…………!」


 母親の力強い声が頭の上から聞こえた。

 さっきの矢を放ったのも、愛するわが子を守ろうとしたフアナによるものだったようだ。


 ロープを腰にしっかりと結び、ロープを2回くいっくいっと引っ張り合図を出す。

 するとすぐに、若干乱暴ながらもかなりの速さでアグニの体が宙に浮き、井戸の入口へと巻き上げられていく。

 ふとアグニが上を見ると、出口の光に覆いかぶさるように人の影が見えた。その影が自身の母親のものだとわかるのに、そう時間はかからなかったが、

フアナの姿が近づくにつれて、彼女が妙な態勢をとっていることに気が付いた。


「お、お母さん…………なんでそんなところにぶら下がってんの?」


 なんとフアナは、井戸の口に丸太を引っ掛けて、それを足だけで挟んで


「アグニ…………もうちょっと我慢して、あまり動かないでね」

「なにそれ? ………え?」


 母親の視線がどうも自分のほうに向いていない気がする。そう感じたアグニがふと井戸の底のほうを見ると――――――


「うわあああああぁぁぁぁぁぁっ!!」


 見よ! 無数の木の根がアグニの足元まで迫っているではないか!

 十年間生きてきて、植物が生き物のように動くのをはじめて目の当たりにしたアグニは、思わず吐き気を覚えるほどの不気味さを感じた。

 このままではすぐにアグニが再び謎の植物に捕らわれてしまう。だが……そのようなことは彼の母親が許すはずもない。


「私の息子に…………手を出すなぁっ!」


 母親の必死の叫びは4本の矢となって、一斉に弓から放たれた。アグニを捕えようとする木の根に次々と突き刺さった矢は瞬く間に炎上。息子の命を奪おうとした敵への怒りが、そのまま勢いになったかのように、炎は消えることなく木の根を焼き尽くした。


 ようやくアグニが井戸からの脱出を果たすと、母親フアナは持っていた弓矢を投げ捨ててアグニを思いきり抱き締めた。


「アグニ…………ごめんね、怖かったでしょう? 無事でよかった!」

「お母さんっ!」


 たった数分間の出来事だったはずなのに、まるで長い間生き別れになっていたかのように、抱きしめあって涙を流す親子。


「わ、私も心配してたーっ!」


 そしてそれを見たローザもアグニの背中に抱き着いて、わんわん泣いた。周囲の村人たちは、あまりにも異質な光景に立ち尽くすばかりだった。


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