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星降る村の小さな英雄  作者: 南木
第1章:星降る村の小さな英雄
21/25

意外な来訪者

 フアナが竜人ドレークの里に偵察に向かっているころ、二つの人影が、アグニの里に続く坂を懸命に登っていた。


「あの……大丈夫ですかスピカさん? また少し休憩した方が……」

「ぜぇっ……ぜぇっ、里は……もうすぐ、なのだろう? 大丈夫……私は平気。ここで、休んでいては…………」


 竜人ドレークの情報を得るべく、ベルフの案内の元、アグニの里へと向かっているスピカ。顔からは血の気が失われ、声は苦しそうに上ずっている。

 荷物をほぼ持たないベルフですらも、このあたりまで登るとやや苦しいというのに、スピカは普段使いの重装備。これでは、どんな屈強な戦士でもばててしまうだろう。

 距離にして凡そロ3キロメートル強、その間の標高差500メートルという急登は、澄み渡った空気と風光明媚な景色に似合わぬほど、凶悪な敵となって、下界の人間を拒むのだ。朝からすでに5時間近く歩いているスピカの体力は、限界に近い。


「あ、あまり無理はだめです! こんな時に魔獣が出てきたら、戦えませんから」

「む…………そうだな。この状態では、私も君も……ひとたまりもないな」


 結局スピカは、ベルフに従って休憩をとることにした。坂道に突き出た大きな岩に腰掛け、一時的に鎧以外の装備を外すと、そのまま身を屈めて俯いてしまった。


「せっかく……ここまで来たというのに、風景を楽しむ余裕すら…………ないとは」


 山道からは、山々の向こうにそびえる、世界樹のシルエットが大きく見える。

 山の下の世界でも、遠くにかすかに見えはするが、ここで見るとよりその大きさがわかる。けれども、スピカは頭痛と嘔吐間に苛まれ、顔を上げることもままならなかった。


「すまないが、水をくれるか」

「どうぞ…………」


 スピカはベルフから、水の入った革袋を受け取り、ゆっくり口に含む。そろそろ革袋の中の水もなくなりそうだ。彼女は改めて、山を甘く見た自分のうかつさを呪った。


(もう少し装備を軽くしてくるべきだったな……どのみちこの状態では戦えまい)


 焦りが彼女の身を蝕む。

 早く情報を得て、メルタ村に戻らねば、仲間を危険にさらしてしまう可能性がある。


「……あ! スピカさん、岩陰に隠れて!」

「む?」


 ベルフが慌ててスピカの手を引いて、大岩の陰に転がり込んだ。


「なにかあったか……?」

「カーネルヴィーク…………魔獣です!」


 岩陰から前方を指さすベルフの指先に、大空を舞う大きな鳥のような生物がいた。

 剣のように鋭いくちばしと、骸骨のような固く灰色な頭部をもち、焦げ茶色の羽を広げれば、その幅は3メートルにも達する大型猛禽類の魔獣である。

 性格は獰猛で、獲物とみなせば魔獣だろうと人間だろうと平気で襲う。こいつがいるせいで、木々がないところに生物が住めないほど。たとえこの地に住む山の民でも、よほどのことがない限りは隠れてやり過ごす相手である。


「むぅ……私が万全な状態だったら、あの程度の魔獣なら……」


 そう悔しそうにつぶやくスピカ。これは負け惜しみでもなんでもなく、実際彼女の実力なら、本来一人で討伐することのできる相手だ。それだけに、肝心な時に不調に陥っている自分が情けないのだろう。今はただじっと身を潜め、魔獣が去るのを待つほかない。


 と、そのとき――――


「え? カーネルヴィークが攻撃態勢に!? も、もしかして見つかった?」

「なんだと!?」


 魔獣カーネルヴィークが、滑空から態勢を整え、何かを狙うような動きを見せていた。だが、その視線はどうも二人の方を向いていないようだ。


「何か別の獲物を見つけたのか?」


 別の獲物を襲ってくれれば、こちらの方に意識が向かないまま去ってくれそうだ。

 やや安心した二人の前で、さらに驚くべきことが起きた。


 なんと、突如魔獣が、どこからか飛んできた矢に胸部を射抜かれ墜落したのだ!

 魔獣カーネルヴィークは、先程二人が歩いてきていた坂道に、ものすごい音を立てて叩きつけられ、動かなくなった。即死である。



「おーいベルフ、もう大丈夫だよ!」

「その声は…………アグニ!!」


 ベルフが、声が聞こえる方を見れば、弓を片手にこちらの方に駆けてくるアグニの姿があった。


「アグニ、迎えに来てくれたのか?」

「いや……里からカーネルヴィークがいるのが見えたから、狩に来ただけだけど。まさかベルフがいるとは思わなかったよ」


 どうやらアグニは、食糧調達でたまたまこの場まで来たらしかった。あまりにもタイミングが良かったので、ベルフはてっきりアグニが迎えに来たのかと勘違いをしてしまった。


「それより、こっちのお姉さん、かなり具合が悪そうだ! 高山病だけじゃなくて、疲れもたまっているみたい! よくこんなところまで登ってこれたね」

「……この方は猟騎士フライコールのスピカさんだ。ちょうどアグニたちに聞きたいことがあって、僕が案内している最中だったんだ」

「このお姉さんが猟騎士フライコール!! それは大変だ! このままじゃ下手をすると意識を失っちゃう! 僕が里まで背負っていくよ。ベルフは僕がさっき仕留めたカーネルヴィークを、血抜きだけして持ってきて!」

「お、おいちょっと!」


 息も絶え絶えに俯くスピカを見たアグニ。

 彼女があこがれの猟騎士フライコールだと分かると、びっくりして、いそいそと彼女を装備をそのままに自分の背に背負った。鎧、盾、武器、それに彼女の体合わせて総重量80kgを余裕で越えるというのに、アグニはまるで荷物を扱うかのように、軽々と担いで見せた。


「すまん……カーネルヴィークの血抜きの方法は、僕にはわからないし、こんなに重いのは持ち運べないよ」

「そっか! ごめんごめん。ちょっと乱暴だけど、首を切っちゃおうか」


 そう言ってアグニは、平然とカーネルヴィークの首を鉈で叩き切り、強引に血を抜いて頭だけベルフに預けた。頭だけ渡されて困惑するベルフをよそに、血抜きで返り血に染まったアグニは30kg以上ある

カーネルヴィークの胴体を腰にくくった。この時点で総重量はアグニの体重を越えているにもかかわらず、彼は平然と歩きだした。



××××××××××××××××××××××××××××××




 木の実2種類、薬草3種類、それに味を調える蜂蜜を加えた、この地方伝統の高山病に効く薬湯。

これを器に注ぐと、イオナがゆっくりとスピカの口に流し込む。蜂蜜では誤魔化しきれない独特の苦さはあるが、体が暖かくなって血の巡りがよくなるのが感じられる。

 今、スピカはフアナの寝台を借りて横たわらせてもらっていた。薄い空気と、強行軍の疲れで危うく身体機能がマヒする寸前であったが、これでなんとか明日の朝には回復するだろう。


「助けに来たはずの我々が、逆に助けられるとは…………面目ない」

「お礼なら兄さんに言ってよね。あんなに重そうな鎧を着てくるなんて、正気の沙汰じゃないわ」

「まあまあ。僕が槍や弓を手放せないように、この人にも装備のこだわりがあるんだよ」


 重い鎧を脱がすのを手伝わされたイオナは若干不機嫌だったが、それでもスピカの面倒を細々したところまでよく見てくれていた。


「ベルフもありがとう。ここまでくる山道を登るために、脚をきちんと保護してくれたんだね」

「ああ。僕もいつもここに来るときは、足に布を巻いているからな。慣れない人ならなおさらだ」


 アグニはスピカの足裏を念入りにマッサージしている。

 かなり浮腫んでパンパンになってはいたが、事前にベルフが脚に包帯を巻くなどして、負担を減らしたおかげで、歩くのに支障がない範囲で収まっていた。これがもし、何も知らずにいつもの靴で登ったら、ここに来る前に足が腫れあがってしまい、最悪しばらく歩けなくなるところだった。

 山の民に頼りきりで申し訳なさそうにするスピカだったが、世話をするアグニはどこかうれしそうだ。


「情報を得るためだけだっていうけど、憧れの猟騎士フライコールが、こんなところまで来てくれるだけでも、僕はとてもうれしいよ!」

「なるほど……君にとって、私たちは憧れなのか」

「昔ね、僕は猟騎士フライコールの人に命を救われたことがあったんだ! それから僕は、あんな人達みたいに強くなりたいなって思って」

「そうか。ふふ……なら余計にかっこ悪いところは見せられないな」


 薬湯が効いてきたのか、スピカの表情はようやく柔らかくなってきた。

 ここまで軽口を叩ければもう大丈夫だろう。


「そういえば、まだ私は名乗っていなかったな。私は猟騎士フライコール第38パーティー『テルミドール』、リーダーのスピカだ」

「僕はアグニです。こっちは妹のイオナ。もう一人の妹ウリユは今お昼寝中で、グエン父さんが、さっき仕留めたカーネルヴィークを調理してる。フアナ母さんは…………今出かけてる」

「なるほど、5人家族か。しかし驚いたぞ。それだけ身長があるとはいえ、私より一回りも下の少年が重装備の私を担いで山を登るとは。そのうえ、君たち一家で、小規模な竜人ドレークの襲撃を君たちだけで返り討ちにしたそうじゃないか」

「あいつらは、ヴェル……えっと僕の親友の竜人ドレークがいるんだけど、そのヴェルよりかは格段に弱かったから」

「謙遜することはない。私がここを訪ねたのは……君たちが竜人ドレークと親しくしていると、この子から聞いてな」


 そう言ってスピカはベルフの方を見た。ベルフもまたこくんと頷いた。


「僕も今まで、竜人ドレークのことを全く知らなかった。もしよければ僕にも竜人ドレークのこと聞かせてもらえないかな?」

「そっかぁ。確かに僕たち家族にとっては見慣れているけれど、この里の人たちですら、竜人ドレークのことをあまりよく知らないからね」


 とはいえ、どこから話せばいいだろうかと思案するアグニであったが、直後に思わぬ人物が家に入ってきた。


「ただいま……あら、お客さん?」

「母さん! お帰り!」

「おかえり! ってもう帰ってきたの!?」


 一昨日から、解放した竜人ドレークの後を追って偵察に出ていたフアナがもう帰ってきたのだ。予想以上に速い帰宅にアグニとイオナは若干驚いていたが「まあ母さんなら」とすぐに考え直した。それよりも、お客さんの紹介をしなければ。


「ああ、アグニのお母さん。ベルフです、お邪魔してます」

「まあ久しぶり! 見ないうちにまた背が伸びたでしょ! 男の子は3日会わないだけで随分違ってるっていうけれど、あながち間違いじゃなさそうね。で、私の寝台に見慣れない子がいるわね。派遣された猟騎士フライコールの方かしら」

「よく私が猟騎士フライコールだとわかったな」


 出会った直後で、フアナに猟騎士フライコールだと見抜かれて、スピカは若干目を見開いた。もっとも、フアナにしてみれば状況が状況なので、この女性が猟騎士フライコールであることは疑いようがないのであるが。


「私は猟騎士フライコール第38パーティー『テルミドール』、リーダーのスピカ。訳あって別行動でこの里を訪れたのだが……見ての通り体調を崩してしまってな。ここの寝台は貴女のだったのか…………使ってしまって申し訳ない。早めに治す故――」

「無理しないでゆっくり休んでなさい。せっかくこんな辺鄙なところに来たんだから、私たちにもたっぷりおもてなしさせてよね。さっき台所を見たら、旦那がカーネルヴィークを捌いてたわね。今夜はご馳走よ」


 フアナの寝台を使って申し訳なさそうにしているスピカに対し、フアナは「気にすることない」と屈託のない笑顔で答えた。それどころか、滅多にない来客があったのが心から嬉しそうだ。


「さて、テルミドールのスピカさん。あなたがこの里に来た理由はズバリ、竜人ドレークのことについて知りたいんでしょう」

「……貴女はすごいな、そんなことまでわかるのか」

「わざわざこの里に、リーダー自ら足を運ぶほど重要なことはそれくらいしか思いつかないわ。まあ、私から語ってあげてもいいんだけれど、ちょうどいいタイミングでもっと詳しく話せる人がいるから、そっちに話してもらうとしましょうか」

「もっと詳しい人……?」


 この界隈で竜人ドレークに一番詳しいのは、自分か父親グエンだと思っていたアグニ。フアナに、自分たち以上に竜人ドレークの事情に通じている人物を連れてきたと言われても、いまいちピンとこなかったのだが―――――


「俺だ」

『!!??』


 その場にいたフアナ以外の者は、皆目玉が飛び出しそうになった。

 なにしろ、部屋に入ってきたのは――――筋骨隆々の黒鱗の竜人ドレーク、ヴェルキンゲトリクス……アグニの親友にして、ライバルであるヴェルその人だったのだから。

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