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星降る村の小さな英雄  作者: 南木
第1章:星降る村の小さな英雄
18/25

反撃の狼煙

 瞬く間にドレークの襲撃を返り討ちにしたアグニ一家は、互いの健闘を称えながら昼食を摂り始めていた。メニューは黒パンに炙った干し肉と玉葱という簡素なものだったが、やはり運動した後の空腹だと、どんなものでもおいしく感じるようだ。


「みんな、よくやった! 特にアグニ、あの難しい位置からよく狙ってくれた」

「えへへ、褒められちゃった」


 グエンに褒められてご満悦のアグニ。

 直後にはイオナとウリユもグエンからほめてもらい、頭をなでてもらっていた。

 この日は快晴で、太陽の下で丸太に腰掛けながら食べるのが最高なのだが、結局アグニ一家はある事情で家にこもって食事をしている。


「でもやっぱり、死体は片づけてからの方がよかったかしら?」

「う~ん……まあ、そうかもね」


 そう、倒したドレークたちの亡骸をまだ片づけていないのだ。

 柵の外で倒した分はまだしも、うち二つは里の中で倒してしまったので、後片付けが必要だった。


「ウリユは死体を見ても平気なのかい?」

「鹿さんや鳥さんのを何回も見たから、もう平気」


 そしてこのやり取りである。アグニもイオナも、そしてグエンも……幼いころから生物の死を目の当たりにしてきた。普通ならトラウマ物だろうが、どうもこの一家の神経はとてつもなく図太いらしい。まだ4歳のウリユも、死体を見慣れてしまっているのだから恐ろしい。


「さて、とりあえず今回はほぼ完ぺきに捌けたが、奴らにとってはあいさつ程度だろうな」

「そうね。でも、得るものは多かったわ。どうもこのドレークたちは、余所者の様ね」

「もともと住んでたヴェル達は、住処を追われたのかな?」


 襲撃者の遺体を調べて分かったことは、彼らは土着のドレークではないということだ。

 そもそも、ブレヌスをはじめとするドレークの戦士たちは、何かの一つ覚えのように剣での戦いにこだわっている。おそらく武器の製造方法が伝統的に剣だけなのかもしれないが、それでも彼らは「ドレークの武器といえば剣! それもデカいの!」と臆面もなく言い放っていた。

 ヴェルすらも、最近は昔よりも二回り以上大きな……もはや鉄塊と呼べる程の大剣を使い始めているほどだ。だというのに、彼らが使っていた武器は「斧」。それも、取り回しがききやすい、比較的軽いものばかり。そして、装備している皮鎧の意匠が従来と大きく異なるのも決め手だった。


「お昼食べ終わったら、私とアグニで『聞いてみる』としましょうか。あなたは、罠の修復お願いね」

「あまりやりすぎるなよ?」


 そんなわけで、アグニたちは昼ご飯を食べ終えると、二手に分かれて仕事を始めた。グエンはイオナとウリユを連れて、死骸の処理と里の要塞化作業を始め、アグニとフアナは「浴室」に足を運んだ。


「さあ「蒸し具合」はどんなかんじかしら?」

「お母さん、よくこんなことを思いつくよね…………」

「こんなのはまだ序の口よ。本物はずっとずっと凄まじいんだから」


 アグニが浴室の扉を開ければ、室内からはいつも以上に熱い――――吸っただけで肺がやけどしそうなくらいの蒸気が噴出した。アグニは、たまらず頭巾を頭から外して口元に巻き、マスクの代わりとする。

 外の空気が入ったことで、室内の熱霧が晴れると、中で1人のドレークが柱に括り付けられてがっくり項垂れている。彼は、襲撃で最後に網にかかって捕らえられ、訳あって浴室に監禁されている。遠目で見れば死んでいると思いそうだが、彼は微かに息をしているようだ。瀕死であることには変わりなさそうだが。


「気分はどうかしら、余所者のドレークさん。私たち山の民の浴室での「おもてなし」気に入っていただけたかしら」


 わざとらしい笑顔で煽るフアナに対し、ドレークはうんともすんとも言わない。意識は混濁しており、目はどこを見ているかわからない。

 ドレークという種族は、地域によって多少の体質の違いがあるが、このあたりに住むドレークは、実は爬虫類と違い寒さに強く暑さに弱い。そうでなければ、一年中寒冷なこの地域で、人間以上の軽装で過ごせるはずがない。

 そんな、暑さに弱いドレークを、アグニですら入るのをためらうほどの高温の密室で、放置していればどうなるか…………むしろ、ここまでしてまだ息があるのが、ドレークの生命力の高さを物語っている。


「そらよっと」


 アグニは、水を汲んだ桶を手にもって、ドレークの頭に乱暴にぶっかける。

 だが、一回では何の反応もなかったので、続けて二杯目を顔の正面へドバーっとぶちまける。ここまでやって、ようやくドレークは意識を取り戻し、ゲホゲホと咽せる。


「あ……あが…………」

「ねえ、今どんな気分? 山の民の名物「浴室」堪能してくれたかな」

「ふ………ふざけるなよ、くたばれ人間」

「母さん、この人浴室気に入ったってさ」

「あらそう、ならずっと入っていてもらいましょうか」

「ま、まて……!」


 意識を取り戻したドレークは、一度は強がるものの、これ以上は自分の命にかかわると判断し、慌てて下手に出始めた。


「悪かった……俺が悪かったから、どうか命だけは…………!」

「あーら、案外覚悟ないのね。まあいいわ、その方が面倒じゃ無くて助かるわ」

「よし、じゃあどうしてドレークたちが突然人里を襲い始めたのか、話してもらおうか」


 アグニとフアナの要求に、ドレークは一瞬嫌な顔をしたが、今はおとなしく従うほかないと、すぐにあきらめた。


「はぁ……そんなことなら、いいぜ…………いくらでも話してやるよ…………」


 ドレークは、まだ朦朧とする頭でぽつぽつと話し始めたが、要約するとこうだ。

 ――彼らの一族は元々もっと西の方に住んでいた。しかし、近年土地が急速に枯れてしまい、別の場所に移住しようと計画していたのだが、一族を率いる長がこの地に弱体化したドレークの集団が、比較的豊かに暮らしていると聞いて、一族を率いて里を乗っ取ったというのだ。

 元の集落に住んでいたドレークたちは、多くの戦士を失っていた上に、族長の強さもあってあっという間に駆逐したらしい。

 ただ、元の土地よりは豊かとはいえ、もともと少人数で住んでいたところに、大人数で乗り込んだせいか、食料の備蓄が若干心もとないし、家も狭い。ならば、近くの人間の集落を攻め落として、そこも乗っ取ってしまおうという計画らしい。


「お……俺に勝ったくらいで、いい気になるなよ? 俺たちは…………ただの偵察に過ぎない。いずれは大人の戦士たちが…………おまえらを……」

「あーはいはい、ありがとう。何となく事情はよくわかった」

「話してくれてありがとう、とても助かったわ。約束通り「命だけは」助けてあげる」


 命が助かる! その言葉を聞いたドレークは、ようやく瞳に希望を取り戻した。彼は戦士としてはまだ年浅く、竜人生まだまだこれからなのだから、命あっての物種なのだろう。


 ――――が、彼を待ち受ける運命が、この後さらに過酷なものになろうとは、誰が思ったであろうか。



「アグニ、こいつの口をこじ開けなさい」

「あいさ!」

『!!??』


××××××××××××××××××××××××××××××




 アグニ一家がドレークを撃退したおかげか、以降5日に渡ってドレークの襲撃はなかった。

 しかしその間に、メルタ村はまた別の問題を抱えていた。


「郷土兵が来ない!?」

「ああ。来るはずだった部隊は、村の過酷な環境と、ドレーク相手の恐怖にかられて、率いていた部隊長を殺して逃散したそうだ」

「そんな……」


 この日アグニは、近況報告のために一人でメルタ村まで下りてきた。

 村長の家で、村長とベルフから話を聞いたアグニは、事態がより悪化している状況に頭を抱える。なにしろ、今この村はほとんど無防備なのだ。現在住民たちが必死で村の全周に堀を掘ろうとしているが、あまり効果はなさそうだ。


「次に即応軍だが、これも到着まであと2週間かかると連絡があった」

「…………そんなに遅いの?」

「普通2週間もあれば、方面軍の先遣隊くらいは来れる日程なんだけどね」


 ベルフはため息をつきながら、諦めたようにそうつぶやく。

 なんでも、近くの即応軍は、別の事態の収拾に駆り出されていて、すぐに動ける部隊がいないらしい。何とも間の悪いタイミングだろう。この報告を聞いた当初、村長はもはやメルタ村住民の一斉避難も考えたという。


「来ないものは仕方ないか……。僕たち家族も里を放棄して、村の防衛に回るしかなさそうだ。生まれ故郷が破壊されるのは仕方ないけど、メルタ村を守らないことにはどうにもならない」


 アグニ一家が自分たちの里で抗戦すると言ったのは、当然メルタ村への攻撃がいくまえに時間稼する目的もあったが、結局は自分たちの里を破壊されたくないという思いも強かった。

 しかしながら、郷土兵も即応軍も頼りにならないと分かった今、もはや自分たちの里に固執している場合ではない。


 が、落ち込むアグニに、まだ希望は残されていた――――


「アグニ君、悪い知らせばかりではない。実はな……明日にはフライコールの集団が、村に到着する予定だ」

「フライコールが!?」

「ああ、それも聞いて驚くなよ。アグニのかあさんや神官さんが、報酬を上乗せしてくれたおかげで、かなり実力のあるチームが2組来ることになったらしい!」


 フライコールが来る! それも、もう明日には村に到着する!

 アグニは、思わず飛び跳ねて喜びたい衝動にかられた。


(正規兵が来ないっていうのに! やっぱりフライコールってすごい!)


 フライコールに依頼してから、まだ1週間ほどしかたっていない。にもかかわらず、このようなところまで来れるフットワークの軽さに、アグニは舌を巻いた。それと同時に、彼らならきっとやってくれるという思いが、俄かに強くなった。


「そ、それじゃあ……村は! 僕たちの里は、守られるんだ!」

「よかったなアグニ君。フアナさんとグエンさんにも知らせておくれ。村はもう心配いらない、無理のない程度に里を守ってくれと」

「よかった…………よかった……!」


 さっきまでは絶望するしかなかったというのに、すっかり安心したアグニ。その表情は、いつもの晴れ晴れとしたものに戻っていた。



 その後、いくつかの連絡を交わしあったアグニが村長の村を出ると、アグニが出てくるのを待っていたのか、ローザが駆け足で寄ってきた。


「アグニ君」

「あ、ローザちゃん」

「何も言わないで里に帰っちゃって。心配したんだよ?」

「ごめんよ。僕もまさか、あの後すぐに帰ることになるなんて思わなかったんだ」


 子供たちは、自分たちのできることを一致団結して頑張ろうといった矢先に、父親の命令とはいえ黙って里に帰ってしまったことに、ローザをはじめとする子供たちは怒ってるようだった。ベルフだけは、アグニの事情を分かっているのか、何も言ってこなかったが。


「里に帰る前に、今度こそ謝っておかなきゃ」

「アグニ君…………また里に戻るの?」

「うん。今里で戦えるのは父さんと母さんしかいない。村が安全だってわかったから、急いで知らせなきゃ」

「そう…………」


 ローザの表情はとても暗い。

 何か大切なものをなくしてしまったような……悲しそうな顔をしている。

 以前までのアグニだったら「どうかしたの?」と無遠慮に尋ねたかもしれない。だが、アグニは何となくローザが言いたいことを察したようだ。


(里に戻ってほしくないって思っているんだろうな。きっとあの時の僕と同じだ)


 アグニの脳裏に浮かぶのは、母フアナがウリユを身籠っているにもかかわらず、獲物を追って断崖絶壁を駆け下りていく姿。いくら大丈夫と諭しても、待つ側にそんなことは関係ない。危険を冒すなんてもってのほか。万が一のことも、あっては困るから。


「僕が……里に戻るのは、そんなに嫌?」

「そんなこと…………」


 言いかけて俯いたローザだったが、すぐに顔を上げ、その蒼い瞳に涙をためてアグニの顔に向かって叫ぶ。


「嫌に決まってるよ!! どうして……! どうしてアグニ君は危ないところに行っちゃうの!?

アグニ君にもしものことがあったら、私……わたしっ!」


 そして、ローザは自らの細い体を、大木のようなアグニの体にぶつけ、その「お腹」に顔をうずめた。両社の身長差がありすぎて、ローザの顔がアグニの胸まで届かないのはご愛敬。


「ローザちゃんの気持ちは痛いほどわかるよ……。山の民の男は山を守り、山の民の女は家を守る。周りの男子たちは、女の子は楽でいいよなって言ってるけど、僕はそうは思わない。待つことのつらさ、心配することのつらさほど、苦しいものはないよ」


 アグニは、ローザが自分のお腹で泣くのを止めなかった。撫でたりもしないし、引き離したりもしない。ただ、されるがままに立っている。

 ローザはしばらくして泣き止んだものの、アグニの体から離れることはなかった。何も言わず、逃がさないとばかりに腰に両腕を回し、ひたすら顔をうずめている。その執念深さに、アグニはとうとう折れた。


「わかったよ。村の東、今は使われてない樵小屋で待ってる」


 その言葉を聞いたからか、腰に回されたローザの腕がわずかに緩む。この時になってようやく、アグニはローザの肩をつかんで、引きはがした。


 その後、二人は一言も交わすことなく、その場を離れた。

 アグニは村の外に、ローザは女子の集会所に、何事もなかったように戻っていく。



 アグニが里に戻ったのは、次の日の朝早くだった。

 

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