初白星
メルタ村からアグニの里に戻るための山道……アグニはここ数日で、この道をいったい何度往復しただろうか。
しかしこの日は、アグニだけでなくグエン、フアナ、イオナ、ウリユの一家5人で山道を進んでいる。奇しくもこの日が、初めてアグニ一家全員で一緒に外を歩く日となってしまったのだ。
「こんな時じゃなかったら、お弁当でも持ってのんびり歩きたかったのにね」
「まったくだよ。ウリユが山に入れるようになったら、みんなで山を巡ろうって思ってたのに」
「私だって、とっても楽しみにしてたのに! さっさとならずドレークをかたずけちゃいましょ!」
さて、なぜアグニ一家が避難したメルタ村を離れ、わざわざ危険な里に戻り始めたのか。
最西端の里がドレークに襲われてたと思えば、なんと3日後にはその里に程近い谷間の里が襲撃を受けた。ドレークたちの襲撃の頻度が、予想よりも早いことを踏まえて、山の民たちが話し合った結果、次に襲われる可能性が高い2つの里を、二手に分かれて防衛することにしたのだ。
早いうちに止めなければ、助けが来る前にメルタ村にまで襲撃を許してしまいかねない。なので、襲撃予想地点で時間稼ぎを行い、村への被害を遠ざけることで意見は一致した。
そこで、先ほどの次に襲撃が予想される場所として真っ先に上がったのが、アグニの住む里であった。何しろアグニの里は、本来の人間とドレークの生活圏の境界に一番近い場所にある。真っ先に襲われなかったのは、単純にドレークの里とは直線距離では最短でないことと、かなり最果てにあるせいで目立った資源がないと思われたからだろう。
一方でメルタ村は今のところほぼ無防備に近いが、明日には郷土兵が来ることになっているし、3日待てば即応軍も来ることになっている。今は心配はいらないはずだ。
「でも、よかったのかな? みんなに何も言わないで、僕たちだけで里に戻っちゃって」
「仕方あるまい。アグニはもう立派な戦力だ、お前がいないと困る」
「本当はイオナとウリユは村に残ってほしかったのだけど……」
「私だって戦うもん!」
「ウリユは……」
「大丈夫だって。今更村に戻ってなんて言わないよ。むしろ、二人が近くにいてくれた方が安心するから」
ほかの子供たちが仇討に赴きたい気持ちを堪えているというのに、アグニ一人だけが戦いに出るのは、なんだか申し訳ない気持がしていた。
まともに戦えない者を連れて行っても、戦う人の負担が増すだけだ。ただ、イオナとウリユを連れているのは、彼女たちを置いていくと、勝手にアグニたちのところまでついてくる可能性があったからだ。ならばいっそのこと、手元に置いていた方が逆に安心できる。特にウリユは、フアナの目をかいくぐって、アグニに会うために里から村まで下った前科がある。同じことをしない保証は、どこにもない。
その代わり、アグニたちは少しでも不利になったら、すぐに撤退する方針を固めた。
「いいかみんな、俺たちの目的はドレークを倒すことじゃない。あくまで時間稼ぎだ、無茶はするな。特にフアナとアグニ以外は、絶対に接近戦を仕掛けるんじゃないぞ」
グエンの言葉に、一家全員力強く頷いた。
彼らがその日里に戻ったのは、夕方になる少し前の時間帯だった。
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翌日の朝早くから、アグニ一家はあわただしく活動し始めた。
昨夜寝ずの番をしたグエン以外の4人は、アグニとイオナ、フアナとウリユの二組に分かれ、里が襲撃された時への備えを構築していった。
「兄さん、これは?」
「鳴子さ。侵入者を知らせるための罠だよ。誰かがこの紐に足を引っかければ、紐にぶら下がってる鐘が鳴って、誰か来たことを教えてくれるって寸法なんだ」
鳴子はもともと、畑の鳥よけに使われていたものだが、今では警戒線に使うのが主流になりつつある。野営の際にもたまに使うことがあるが、設置が若干面倒な為、一泊で移動する場合は使われないことが多い。それに、鳴子にはある欠点があり……
「まあ、風が吹いても音が鳴るし、そもそも敵の方も自分たちの存在がばれたって、すぐに分かるのが欠点だけど」
「じゃああまり意味ないんじゃない?」
「そうでもないよ。今回の目的は、あくまで時間稼ぎ。だから、敵を警戒させて、動きを鈍らせるのさ敵に気が付かれないように察知する方法は、ほかにもいっぱいあるしね」
襲撃は今日か明日にもあるかもしれない。ならば、あまり凝ったものは作る余裕はないだろう。そう考えたアグニたちは、とにかく相手の足止めをすることを重点的に考え、仕掛けを作った。本当なら落とし穴の一つでも掘りたいところだが、そんな悠長なことをしている暇はない。
「ある程度できたか。今のうちに腹ごなししておこう」
グエンが休憩から戻ったころには、里の西側を中心として、ある程度の仕掛けが完成していた。ここまで早く用意できたのは、アグニ一家があらかじめ何かあった時に備えておいたからだ。もっとも、その備えの相手は本来ドレークではなく、野生の獣相手だったのだが。
そして翌早朝のことであった。
アグニが仕掛けた鳴子の鐘が、ガラガラと激しく鳴り響いたのだ。
「ついに来たわね」
「まさか本当に来るとはね……」
「よし、打ち合わせ通り各自配置につけ」
『応』
風で鳴るような音ではないとすぐに気が付いたアグニたちは、物音一つ立てずに、あらかじめ決められていた配置についた。
グエンはイオナとフアナと共に、アグニの家の隣家――――高山ラマを飼育している一家の家に入り、フアナは一人で自宅の窓辺に伏せる。そしてアグニは、さらに離れた別の家の陰に身を潜めた。
果たして、鳴子が鳴ってから5分ほどして、森の方で低木が不自然に揺れるのが、アグニの家の窓から単眼鏡で外をうかがうフアナの目に映った。
アグニの里は、魔獣除けの柵に囲まれているが、柵は人間ならば飛び越えようと思えば飛び越えられる高さしかない。里の入口は南北にあり、両方とも開けているため遠くから誰かが来てもすぐにわかるが、西の方だけは雑木林が広がっていて、しかもここ数年で木々が大きく成長し、森林と化した。よって、襲撃してくるなら西からの可能性が非常に高いと見越し、アグニたちはあらかじめ仕掛けを施しておいた。襲撃者は、まんまとアグニ一家の思惑通りに動いているようだった。
アグニの家から里を囲う柵まで、約40メートル。さらにそこから森まで約50メートル。合計でおよそ90メートルは、一見近そうな距離に思えるが、この距離を弓で狙うのはかなり難しい。というよりも、これだけ距離があると、並の弓ではあたっても大した傷を負わせられない。
だが、フアナは迷うことなく長弓を引き絞り、弓を番えた。
そして、木々の中から出てきた影めがけて、躊躇うことなく矢を放った。
フアナの手を離れた弓矢は、矢とは思えない速度で一直線に飛んでいき――――標的となった相手の顔を吹っ飛ばしてしまった!
『うおおおぉぉぉぉぉっ!!』
直後、地の底から発されたような重い雄叫びと共に、4体のドレークが林から姿をあらわした。
(若いドレークだ。ヴェルはいない。持ってる武器も斧だ。なんだあいつら?)
一方で、離れた場所から様子をうかがっていたアグニは、襲撃してきたドレークの姿を見て首を傾げた。ヴェルの集落に彼より年下は1人しかいないと、アグニは以前ヴェルから聞いたことがある。ところが、襲撃してきた連中は4人中3人が、ヴェルよりも若い個体だ。人間でいえば、イオナよりやや年上といったところか。そしてなぜか1人だけ、やや大人のドレークが混ざっている。
(まあいいや、ヴェルがいないなら少しはやりやすい)
ドレークの集団は、その強脚を生かしてあっという間に柵までたどり着き、ジャンプで柵を越えようと試みた。だが、柵を越えようと跳ねた瞬間、先頭の若いドレークの胸にまるで生えたかのように矢が2本突き刺さる。先程とは違い、体が破裂するほどの威力はなかったが、それでも無防備な態勢で撃ち抜かれたせいで、彼は柵を越えることなく項垂れたようにひかかってしまう。
さらに、最後尾にいた大人のドレークが、目の前で柵を越えようとした同胞が矢で撃たれたのを見て警戒したのか、一瞬速度を落とした――――その時、別の方から狙っていたアグニの矢が、3本連続で太ももを貫通した。彼は突然の激痛に、たまらず大量の血を流しながらその場を転げまわった。
残る2人は、何とか柵を越えたが、うち1人は草で偽装してあったトラバサミを踏んでしまい転倒。最後の1人が、周囲からあっという間に仲間がいなくなったと気が付くが、それでも止まらず、仲間を倒した狙撃手がいるであろう民家へ突撃していく。
フアナほどの腕があれば、この時点で彼を射殺すことは造作もないが、あえて避けやすいように顔の左頬ぎりぎりに矢を放つ。慌てたドレークは、おもわず右前転で回避したが……………
「かかったな! アホが!」
グエンの声と共に、最後のドレークは何かに雁字搦めに絡み取られた。
訳も分からずもがき苦しむがドレークは、少ししてようやく自分が狩猟用の網にとらわれていることに気が付いた。
そう、グエンはせめて一人は生け捕りにするため、アグニの家の手前の地面に狩猟用の網を張り、土に埋めてカモフラージュしていたのだ。魔獣すらからめとる強靭な網は、ドレークがいくら暴れてもとれるものではない。その後はあっという間だった。
網に絡み取られたドレークは網の上から頑丈なロープでぐるぐる巻きにされ、トラバサミにかかったドレークはフアナが、膝に矢を受けたドレークはアグニが、それぞれ槍で止めを刺した。
こうして、襲撃を仕掛けてきたドレークの一団は、一瞬で壊滅。アグニ一家はやられっぱなしだった山の民たちの中で初白星を挙げたのだった。




