辺境民たちの憂鬱 後編
西の里に向かっていた山の民一同がメルタ村に戻ると、村長をはじめ村人たちが、ほっとした笑みで彼らを出迎えた。幸い、途中でドレークの襲撃に会うこともなく、彼らの体や服には一傷も見当たらない。
「村長、我々山の民は全員無事に戻りました」
「ご苦労だったグエン殿。危険な役目を任せてしまって申し訳ない」
「いや、こっちこそ村長への相談もなしに、勝手に動いてしまった。また、残念ながら西の里にはもう生存者は残っていませんでした。詳しい話は、妻や神官様にも一緒にお話ししましょう」
グエンは、山の民たちの代表として、数人の山の民たちと共に村長宅に報告に向かった。その際グエンは、アグニを連れて行かず「お前は子供たち相手に、事の次第を伝えろ」と言って寄宿舎へと向かわせた。
アグニもまた「そうする」一言と応じて、仲間の待つ、村の外れの寄宿舎へと向かっていった。
「しかしアグニ君も、大きくなられましたな」
「うちの息子も、グエンさん家の息子さんぐらい強くなってほしいものだ」
「そうだろうそうだろう! 俺は腕前越されたぜ、羨ましいだろ!」
歩いていくアグニの大きな後姿を見た山の民たちは、少し見ないうちにすっかりたくましく成長したアグニを見て、大いにうらやましがった。
グエンも、まったく謙遜することなく、逆に自慢した。自分の息子が褒められるのは、自分が褒められるよりもうれしいと実感したグエンだったが、すぐに表情を切り替え、村長宅へと向かおうとする。
ところが、そんなところにどこからか女性の叫び声が聞こえた。
「たすけて…………たすけてください!」
山の民たちが何事かと村の門の方を見ると、ボロボロになった服を着て、そのうえ裸足でふらふらと走ってくる女性の姿が見えた。
「誰か! 水を用意し、麦粥を作れ! それと体を拭く布を! 俺はフアナと神官様を連れてくる!」
何事かを察したグエンは、直ちに周りの人々に指示を出した。
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そんな騒ぎがあるとは露知らず、アグニは仲間の待つ村の寄宿舎へと足を運んだ。
入り口では、すでに同年代の子供たちが、アグニの帰りを待ちわびているのが見えた。
「みんな、今帰った」
「無事だったかアグニ!」
「アグニ君、ケガはない?」
よほど心配だったのだろう。ベルフやローザをはじめ、男子女子分け隔てなく集会所に集まっており、アグニの口から語られる内容にしきりに耳を傾けた。
「まず残念だけれど、アーネイ、カッペリ、君たちの父親は……」
「くっ……やっぱり」
「ちくしょう! 親父の仇は、俺が討っ手やる!」
西の里出身のアーネイ、カッペリの二人は、西の里で物言わぬ遺体となっていた、あの濃いひげが特徴の男性の子供たちだ。母親はこの村まで避難できたが、それでも彼ら二人の落胆は激しい。
「村の様子も酷い有様だったよ。建物はひとつ残らず破壊され、焼け落ちていた。飼っていた家畜も、貯蔵した木材も、すべて奪われてしまったようだ。そして、村には多数のドレークの足跡が残っていた」
「アグニ、確か君には、ドレークの知り合いがいると聞いたことがあるけど、そいつはどうなった?」
「わからない。ヴェルじゃないと信じたいんだけれど……実際に会ってみないと、何とも言えない」
ここにいる子供たちは、アグニを除いて全員が実際にドレークと出会ったことはない。いや、子供たちどころか、山の民の中でもドレークを見たことがある者はあまりいない。それほどまでに、人間とドレークの交流は隔絶しているのだから、子供たちのドレークに対する恐怖と怒りは天井知らずだった。
「なぜだ! ドレークは昔の協定で、お互いの土地に入らないと決めたんじゃなかったのか!」
「きっと、私たちが弱いから…………協定破っても反撃できないだろうって、思ってるんじゃ……」
「俺たちだって山の民の一員だ! みてろ、奴らに目にもの見せてやる!」
にわかに、自分たちも戦うと色めき立つ子供たち。だが、その中にあってアグニは努めて冷静だった。
「みんな、いったん落ち着こう。ドレークは強い。それこそ、下手すれば僕たちが束になっても勝てないかもしれない」
「アグニが弱気でどうするんだ!」
「そうだよ! 力を合わせればきっと!」
「いいや、その必要はない」
不意にそう言い切ったのはベルフだった。
「僕たちができる事なんて、たかが知れてるさ。今俺の父親が、郷土兵や即応軍、それにフライコールを手配した。彼らが来れば、ドレークの襲撃を追い払える」
ベルフの言葉に、子供たちは若干首を傾げた。
「ええっと、ベルフ……「きょうどへい」ってなんだ?」
「「そくおうぐん」……? 冒険者さんたちとは違うの?」
「……………」
彼らのあんまりな反応に、ベルフは目頭を押さえてため息をつくと、子供たちに対してその二つの役目について一から説明し始める。
ちなみにだが、この村からやや下ったところにある小さな交易町の郷土兵は、書類上はメルタ村の巡回も任務とされているはずである。だが、こんな標高の高い村まで巡回するのは、安月給の郷土兵には酷であり、メルタ村に郷土兵が来ることは滅多にない。
そんなわけだから村人の中にも、郷土兵の存在を知らないものは多い。
郷土兵でこれなのだから、即応軍の存在など知るはずもない。
それどころか、この村とその周辺の里の住人は、国への帰属意識が全くない。地の果てまで徴税を行うと豪語する徴税官すらも、メルタ村には足を運ばないのだから、その辺の事情はお察しである。
「ベルフ! フライコールが来るって……本当!?」
「ああ、そうとも。父さんが全財産はたいてフライコールに依頼を出したらしい」
ほかの子供がいまいちピンと来ていない中で、アグニだけが「フライコール」という単語にものすごい勢いで食いついた。
「すごい……またあの人たちみたいなのに会えるんだ!」
「そういえばアグニは、昔フライコールに会ったことがあったんだっけ?」
「もう、何度も話したじゃないか! 僕はあの人たちに命を救われたんだから!」
「う~ん……いや、何回も聞いたけど、現実味がないなと思って」
5年前のあの日―――――圧倒的な強さで、魔樹ヤテベオを倒したフライコール「女王の古時計」。彼らの勇姿は、アグニの心に今でも強く焼き付いている。
(今度はどんな人が来るかな! グスタフさんたちはあの後どこかに行っちゃったけれど、依頼が終わったらその人たちに鍛えてもらおうかな!)
どうやらアグニは、何か盛大な勘違いをしているようである。
「子供たち、ここに揃ってるか」
と、突然――――集会所の扉が開いたかと思うと、グエンが姿を現した。
その表情はとても深刻で、一目見て何か良からぬことがあったとわかる。
「落ち着いて聞くように…………先程、谷の里から一人の女性が、ボロボロの状態で逃げてきた。今、神殿で保護しているが、その女性の話によると――――谷の里がドレークの集団に襲撃されたそうだ」
『!!』
グエンの言葉に、子供たちはまるでこの世の終わりが迫っているかのような衝撃を受けた。特に、谷の里出身の三人の男子は、たちまち顔を真っ赤にし、拳を震わせた。
「報復だ! 父さんの、母さんの……そして爺さんの仇を討ってやる!」
「そうだそうだ! やっぱりこのままやられっぱなしじゃ、山の民の名が廃る!」
「ドレークたち……よくも、僕の家族を…………許さんっ!」
「落ち着けと言っている! 今のお前たちにどうこうできる相手じゃない!」
ざわついていた子供たちが、グエンの一喝でぴたりと静かになる。
「いいか……お前たち、特に家族を殺された奴。今一番大切なのは、生き残ることだ。お前たちまで死んだら、俺たち親はとても悲惨だ。だが、生きてさえいれば、祖先から受け継がれた山の民の地は絶えることなく続く。だから、戦いは俺たち大人に任せておけ。勝手な真似は許さん!」
グエンの言葉は気迫に満ちていた。淡々としているが、泣き叫ぶような思いが込められている。かつてグエンは、ヤテベオとの死闘で自身の命を……そしてアグニの命を落としそうになった。その経験が、悲痛な言霊となって、彼の口から飛び出すのだ。
「アグニの父さんの言うとおりだ」
グエンの言葉に気押され、全員が押し黙る中――――ぽつりと、ベルフが言葉を発した。
「僕たちが戦っても、どうにもならない。けれども、僕たちには僕たちでできることがきっとあるはずだ」
「そうだよ! 私たちだってけがの手当てはできるし、食事を作ることもできるもの!」
ベルフに続き、ローザも声を上げた。そしてアグニも……
「父さん! 僕もまだ未熟だけれど、できる事なら何でもするよ!」
「そうかそうか。じゃあ早速アグニにはやってもらいたいことがある、ついてこい。残ってる子供たちも、神官様からの指示があるだろう。それまでおとなしくな」
こうしてアグニは、一人だけグエンに連れられて、集会所を後にした。
早速自分が役に立てると思っているアグニは、ニコニコ上機嫌だった。
「ねえ父さん、僕は何をすればいい?」
「…………」
グエンは何も言わず、寄宿舎のアグニが住むスペースへ足を運んだ。
狭い小屋の中で男子5人が共同生活……相部屋の子供の荷物が散乱する中、アグニのスペースは物が少ない代わりに、槍や弓、斧や鉈が整然と並んでいてやや物騒に見える。
「今からすぐに里に戻る。必要な荷物と武器をすぐに選べ」
「!?」




