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星降る村の小さな英雄  作者: 南木
第1章:星降る村の小さな英雄
12/25

山の民の夜明け

 朝霧がひんやりと漂う朝の森。ぽつんと開けた窪地に、小さな泉があった。

 そこに、一匹の大きなレインディアが、白く霞む靄の向こうからのっしのっしと姿を現した。

 体長およそ3m弱、顔の何倍もの大きさを誇る立派な角をはやした、雄の個体である。


 レインディアは、神経を尖らせ周囲を警戒するが、自分以外の気配は感じない。

 これほどの体格と、立派な角があれば、並の魔獣では歯が立たないものの、草食動物が本来持つ警戒心は、高みにあってなお健在…………いや、それは少し違う。自然界では、絶対的な強者が勝つのではない。生き残った者が熟練となり、強者として君臨する。ただそれだけのこと。


 しばしあたりを見渡して、漸く安心したのか、レインディアは首を下ろして泉の水に口をつけた―――――――その時である!

 泉の上を覆うように茂る木の枝から、何かが「落ちて」きて、レインディアの上に覆いかぶさった。レインディアは、落ちてきたものの正体がわからぬまま、地面に倒れて意識を失う。その背後の首の根本には、一本の短槍が突き刺さっていた。


「よし」


 落ちてきた影は、首の根本に突き刺さった短槍を引き抜く。目の焦点が定まらず足の一本も動かせないとはいえ、200kg以上あるレインディアをその背に担いで、歩き始めた。

 歩いてしばらくもしないうちに、森の木々は途切れ、開けた崖の上に出た。背後からは今まさに朝日が昇り始め、輝く光が山々の向こうに巨大な木のシルエットを浮かび上がらせた。

 その、巨大な木のシルエットに向かって、両手を合わせ祈りをささげるのは―――――アグニだ。


 魔樹ヤテベオによる、村崩壊の危機が去ってからはや5年。小さかった少年アグニは、16歳になった。

 150に満たなかった身長は180cmを越え、発する声も若干低くなった。朱の混じった金髪は後ろで長く伸ばし、太くがっしりと四つ編みに編み込まれており、トレードマークの刺繍入りの赤い頭巾も、髪が増量したことで大きなものになっている。相変わらず腕は細く見えるが、よく見ると固く引き締まっていて、力を籠めると一気に太く見えるほど、筋肉が盛り上がる。ただ母親似のややかわいらしい顔はまだ健在で、このおかげで体つきに反して、一見さわやかな印象を受ける。


「今日もいい一日でありますように」


 成長して5年たった今も、世界樹に向ける言葉は変わらない。

 いい一日であれば、きっとすべてがうまくいく。何かを願うよりも、ちょっとはお得に違いない。


「朝食にしよう。おなかペコペコだ」


 アグニは手際よく火を起こすと、鞄の中から干し肉と乾燥した玉葱を取り出した。

 干し肉は羊の肉。玉葱は「高地野菜」と呼ばれる特殊な種類の野菜だ。5年前のあの事件があるまでは年々小さくなっていたものの、その過程で逆に甘みが増しており、大きさが戻った今でもその味は格段に良くなった。昔は玉葱が嫌いだったアグニも、今では野営のお供にたくさん携行している。


「僕は~焚火で焼いた玉葱が好き~♪ 美味ければ~玉葱が好き~♪」


 謎の歌を歌いながら、干し肉と玉ねぎを焼くこと10分。香ばしいにおいを漂わせた串焼きを、ほくほくの笑顔で両手に持つアグニ。まずは干し肉にそのままかぶりつき、弾力のある歯ごたえと、塩辛い肉の味で空腹の心を満たす。そしてすかさず玉葱を齧れば、苦みと甘みが組み合わさった大自然の味が、ともすれば濃くてしつこい肉の味を、うまく調和してくれるのである。


「やっぱり最後は…………こうでしょ♪」


 ある程度食べ進んだら、干し肉を焼き玉葱に巻いて、一気に口の中へ。顔に似合わない大きな口で丸ごと頬張り、リスのように口を膨らませる。

 誰も見ていないからこそできる、とてもお行儀の悪い食べ方。だが、実は母親フアナも、誰もいないときは同じような食べ方をしている。知らないはずなのに、自然にやり始めるあたり、良くも悪くも親子だということか。

 食事を終えると、アグニは先程仕留めて動けなくしたレインディアを、茂みの中に置いておいた荷車に積み込んだ。いくらアグニが力があるとはいえ、自分の体重の4倍近い獲物を、10数キロ先のメルタ村まで運ぶのは無理というもの。本当なら、この場で解体して必要な部位だけ持っていくのがいいのだが……レインディアは脊髄を損傷して動けないだけで、まだ生きている。新鮮な状態で村まで運ぶことで、より無駄なく部位を使えるし、なにより一人で解体するより村の人に手伝ってもらった方が効率的だ。このような繊細な技が使えるのも、この5年で母親フアナから、徹底的に鍛えられたおかげなのだろう。


「さ、帰ったら浴室でひと汗流そう」


 そういってアグニは、鼻歌交じりに帰り道を進んでいった。

 アグニが村に戻ったのは、その日の夕方ごろだった。



××××××××××××××××××××××××××××××



 半年ほど前から、アグニは普段の生活の拠点を、生まれ育った里ではなく、メルタ村に移していた。

 村とその周囲の里の子供は、アグニくらいの歳になると、ほかの里の子供たちとのつながりを作るために、地域の中心であるメルタ村で、疑似的な集団生活を送る決まりになっている。

 アグニが育った里のように、村から距離があると、どうしても人々の交流が少なくなりがちになる。そこで、代々の山の民たちは、こうして子供たち同士を、ある程度の年齢のころから結びつきを作っておくことにしたのである。


 アグニたちが住む場所は、村のはずれの方にある。

 かなり小ぶりな小屋がいくつも建っていて、子供たちはその中で複数人で寝泊まりしている。ベルフのような、もともとメルタ村に住む子供も、例外ではない。


「おーい、みんな! レインディア狩ってきたから、解体手伝ってよ」


 アグニが荷車を置き、獲物を仕留めてきたことを知らせると、周りの小屋から何人もの男子が一斉に飛び出してきた。


「アグニ! また一人でレインディア狩ってきたのか! スゲェな!」

「肉だ! 肉が食える!」


 彼らの食事は基本的に自給自足。まだ狩猟技術が未熟な彼らが確保できる食料は、もっぱら食べられる野草や果実の収穫、または魚釣り。肉は、狩猟を教える大人と共に集団で向かう必要があるため、めったに食べられない御馳走だ。

 一人で大物を平然と狩ってくるアグニは、集団の中で最年少にもかかわらず、みんなのヒーロー的存在だ。アグニもまた、自分の技術を仲間に惜しみなく伝えている。アグニ一人で、もはや大人が教える必要がないほどに。

 ところが、アグニはあくまでも集団の一員として振る舞い、少年たちのリーダーに立つことはなかった。なぜなら、リーダーはすでに決まっているからだ。


「アグニ……また一人で狩りに行ってきたのか。心配したぞ」

「ごめんごめん、ついレインディアのシチューが食べたくなって」


 久々のごちそうを前にしても、やれやれと溜息をついてアグニをとがめるのは、小さなころから親友だったベルフだ。村長の息子であり、唯一の後継者であるベルフは、否が応でも、今後周囲の里の山の民を束ねる立場となる。そのため、アグニがいくら強かろうと、ベルフの言うことは聞かなければならない。

 もっとも、ベルフもただ親の七光りで少年たちのリーダーを務めているわけではない。アグニには及ばないとはいえ、昔から流れの冒険者らに剣術を指導してもらっていたので、武術を習い始めたほかの少年たちよりは頭一つ抜けた実力を持っている。さらに、彼は字が書ける。字が書ける程度でと思う方もいるかもしれないが、この世界の人々は都会人以外の識字率が極端に低い。この集団の中で、字が書けるのはベルフとアグニだけ。

 で、ベルフが持っていてアグニが持っていない力もある。ベルフはなんと、「術」が使える。世界を見渡しても、この歳で術を使える人間はそう多くない。天才の部類に入るだろう。ヤテベオが倒されてから1年後、ベルフは水の精霊と契約し、精霊術士となった。彼はまさしくインテリゲンツィア。人の集団の上に立つものは、頭がよくなければ務まらないのだ。


「まあ、でもせっかくアグニが狩ってきたんだ、僕も解体を手伝おう」

「助かるよ。あ、お肉はみんなで食べてもいいけど、角だけは僕が貰うから」

「わかったわかった。そこまでもらおうなんて言わないから。内臓がだめにならないうちに早めに捌くぞ」


 こうして、空腹の男子たちの手であっという間に解体されたレインディア。彼らの解体技術は、アグニとベルフが教えたおかげで、すでに大人顔負けだ。傷みやすい内臓はその日のうちに燻製小屋に入れられ、あとはシチューにして煮込んだり、焼いて食べたりした。

 そして、月も高く昇り始めたころに、アグニはようやく浴室に入ることができた。


「やっぱ清め術じゃすっきりしない。浴室最高!」


 今アグニが寛いでいる浴室は、村の共用ではない。アグニが自分で設計して、ほかの仲間に手伝ってもらって作ったものだ。村の共用浴室は、使用時間が厳しく制限されるので、アグニは自分が好きな時間に入れるように、浴室を自分で作ってしまったのだ。

 ほかの仲間は3日に一度くらいしか利用しないのだが、アグニは村にいる間はほぼ毎日入っている。潔癖症というより、単純にリラックスしたいだけなのだろう。

 部屋の中央の竈で、赤々と燃える炎だけが浴室の明かり。窓が小さいので、外の様子はよく見えない。そんな中で、アグニは床の上に二重に敷いた布の上にゴロンと寝転がって、今回の狩りのことを頭の中で反芻する。今回はどこがよかったか、どこがだめだったか、すべて洗い出して、次回に生かすことにしている。


「そういえば、そろそろ家に帰れる日が近いな。ウリユになにかお土産持っていこうかな」


 集団生活をしている子供たちは、1ヶ月に一度、3日の間だけ家に帰ることが許されている。

 アグニが言ったウリユという名前は、ヤテベオの事件の後にフアナが産んだ女の子の名前だ。アグニにとっては、二人目の妹となる。歳はすでに4歳になっていて、髪の毛は父親譲りの濃い茶色、顔の作りも何となく父親に似ている。ウリユが大きくなると、父親グエンは「ようやく俺の血が勝った」としみじみしていた。アグニもイオナも、完全にフアナの生き写しだっただけに、グエンは若干劣等感を抱いていたらしい…………というより、単純に負けず嫌いなだけかもしれないが。


 と、そんなことをアグニが思っていると、浴室の扉が開いた。

 自分以外がこんなに遅くに入りに来るとは思っていなかったアグニは、誰が入ってきたのか気になり、身を起こして扉の方を向いた。そこには―――――――――一糸まとわぬまま立ち尽くす、女の子がいた。


「ろっ………ローザちゃん!?」

「わあああぁぁぁぁぁ!? アグニくん!? ご、ごめんなさああぁぁぁい!!」


 浴室に入ってきたのは、なんとローザだった!

 アグニの姿を見たローザは、慌てて扉を閉めて、外に逃げた。アグニもこれはまずいと思ったのか、慌てて持っていた布を腰に巻いて、大事なところを隠した。

 すると、また外から、捲し立てるように声が聞こえた。


「あ、あのっ! わたし、わざとじゃないから! その、アグニ君のも、見てないから! 昔より大きくなったとか思ってないから!」

「ああうん……僕は気にしないから、入っていいよ」


 ぐーたらしているところを見られたアグニは、恥ずかしさのあまりのぼせたように赤面してしまったが、再び入ってきたローザも、夜の寒空の下にもかかわらず、浴室から出てきたのかと思うほど、顔を真っ赤にしている。

 なお、山の民の浴室の使用は、基本的に混浴である。なので、すっぽんぽんのまま寝そべっていたアグニは、マナー違反をしていることになる。現代でいえば、プールで水着をつけないのと同じことだろか。


「ごめんなさい、暗かったからまさかアグニ君がいると思わなくて」

「あーうん、こっちこそ…………夜遅いからって油断してた」


 アグニとローザは、お互いぎこちなさそうに謝罪しあった。

 現在ローザは、男子とはまた別のところで、女子同士で集団生活をしている。この地域の女性たちは、外で活動する訓練を行っている男子たちとは異なり、主に村の環境を守るための教育を受けている。


「聞いたよアグニ君。またレインディア仕留めてきたんだって?」

「えっ? 何で知ってるの? 女の子たちにはまだ話して無いのに?」

「…………女の子たちは噂好きなの。これくらいの話なら、あっという間に広がるんだから」


 そういってローザは、少々疲れた顔をした。

 体力勝負の男子たちの集団生活と違い、女子たちの集団生活は精神面の勝負となる。


「今日だって、アグニ君が狩りから戻ってきたって、あの子が言いまわったら――――――」

(あ、これまた長いパターンだ)


 アグニはとっさに竈の炭の数を減らし、温室の気温を徐々に下げた。

 ローザはベルフと同じで、最年少にもかかわらず子供たちを束ねるリーダーとなっている。彼女は親が村の神官長であり、一人っ子であるローザもまた、将来跡を継ぐことになる。ところが、バカで単純な男子集団と違い、女子集団の内部事情は氷山の一角だけ見ても、なかなかえぐいものがあった。ローザにベルフほどの求心力がないのもあるが、それを差し引いても表面と裏の鎬の削り合いは、もともと心優しいローザにとって大きな負担になっている。

 で、そのストレスを解消するために、ローザはアグニに会うたび、無意識に長々と愚痴を募らせてしまう。聞いているアグニはたまったものではないが、女子の内部事情にあまり興味はないので、苦笑いしつつ適当に受け流していく。ただ、浴室でやられるとのぼせてしまいかねないので、アグニは温度を調整しながら、ローザの愚痴が終わるのを待った。

 この後、ローザの愚痴大会は前代未聞の3時間に及び、眠気と熱さでアグニは失神寸前となった。


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