表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

年下彼氏

作者: さくら おさむ
掲載日:2017/08/14

 スマホのアラームが鳴った。

 私はスマホのアラームをOFFにした。


「……朝か」


 私は上半身を起こし、布団の側に置いてあった下着とYシャツを身に着けた。

 頭を掻きながら隣に寝ている男を見た。

 男の名前は瀬田崇(せたたかし)。私、稲枝かなえ(いなえかなえ)の彼氏だ。

 瀬田君の歳は二十三歳、私は二十五歳。いわゆる、年下彼氏だ。

 相変わらずかわいい寝顔だね。昨日の晩、私にあれだけの事をしておいてね。

 私は瀬田君の鼻先を人差し指ではじいた。

 すると、瀬田君は目を覚ました。


「うーん、もう朝ですか、かなえさん」

「もう、七時ですよ。たかくん」

「夜が明けるのが早いな」


 瀬田君は起き上がった。その姿を見て、私はパンツを瀬田君に向かって投げた。


「パンツを履いてから起きなさいよ!」

「いいじゃないですか、昨日の晩はお互い裸で寝ていたじゃないですから」

「それとこれは違うの!」


 瀬田君はパンツを履くと風呂場に向かって行った。

 瀬田君はもう少しデリカシーがあればいいだけどな…。

 本当に何で付き合っているだろう……。

 私は瀬田君との出会いを振り返った。

 私は滋賀県彦根市にある、とある病院の総合事務課に勤めている。

 そこに三年前、瀬田君が私の後輩として入職してきた。

 瀬田君は本当に私の事を先輩として慕ってくれて、私も先輩としてついつい張り切ってしまう。

 ある日、車を買いましたと私に言ってきた。

 そして、守山市にあるショッピングモールに行きましょうと誘われた。

 あそこは滋賀県にしかない店舗があるのでつい誘いに乗ってしまった。

 買い物して食事を終えて、帰る時に車の中でこう言われた。


「い、稲枝先輩は彼氏はいますか?」

「えっ⁈ い、いないけど」


 私は戸惑いながらも答えると瀬田君は続いて質問してきた。


「じゃあ、好きな人はいますか?」


 私は瀬田君の顔を望みこむと真っ赤な顔をしていた。

 この時は告白されると悟った。

 

「好きな人もいないよ」


 それを聞くと瀬田君は喜んだ顔をした後、真顔に戻り一回大きく深呼吸した。

 緊張している瀬田君に対して、告白されると思ってわくわくとドキドキしている私がいた。

 

「稲枝先輩、僕を大人の男にさせてください!」

「えっ⁈」


 今、瀬田君はなんて言っただろう。私は言葉の解釈に間違いなく三十秒は使ったと思う。

 理解をすると今度は私が真っ赤になってしまった。

 大声を出しそうなところを寸前に止めた。いくら車内とはいえ大声を出せば、外に漏れてしまう。


「そ、それって、私とエッチがしたということ?」

「そうです。お願いします!」


 瀬田君は両手を合わせてお願いする。

 私は慌てながらもうまくかわそうと返答をした。


「そういうことは普通好きな人と……」

「僕は稲枝先輩が好きなんです!」


 駄目だ、かわすことができない。それよりも告白が後ってどういうこと⁈

 パニック状態になっている私の手を瀬田君が握った。


「お願いします。僕とお付き合いしてください!」

「ちょっと待て! 一回、頭の中を整理させて!」


 さすがに混乱してきた。本当に整理しないと話が進まないよな気がしてきた。

 えっと、始めはエッチがしたと言って、その後に告白されて、最後はお付き合いしてほしいと……。

 うーん、要するに私のことが好きな事には間違いないよね。

 瀬田君の顔を見るとまだ真っ赤だった。

 いつか私も告白される日が来ると思っていたけど、こんな形の告白になるとは思わなかった。

 受け入れてもいいけど、少し試してみたくなった。


「私のどこが好きなの?」

「い、稲枝先輩は優しくって、頼りになるところです」

「他には?」

「顔は可愛いくって、スタイルも僕好みだからです」


 やっぱりか……。

 私は年齢より若く見られがちで、今年入職した女の子の方が大人っぽく見えてしまう。

 私が落ち込んでいると思ったのか、瀬田君は慌てて話す。


「僕は決してそっちの趣味はありません! 知ってますよ、稲枝先輩のおっぱいが見た目以上に大きい事は!」

 

 私はそれを聞いて両腕で胸を隠した。


「どうして、そんな事を知っているの⁈ まさか、着替えを覗いたわけ⁈」

「そんな事はしません! 一か月前に稲枝先輩が転びそうなって助けた時におっぱいが僕の手に当たったです」


 あの時か……。雨で廊下が濡れていたからな。

 しかし、あの状況でも男は冷静に分析しているだな。

 私は溜めるだけ溜めて一言言った。


「えっち」

「ごめんなさい」

「ねえ、どれぐらいの大きさだったと思う?」

「えっ?」

「おっぱいに触ったでしょ? 何カップかわかる?」


 瀬田君は私の予想外の質問に戸惑いながら考えていた。

 多分、本気に当てに行っていいのか、わざと間違えた方がいいのか、考えているだろう。

 一分ぐらい考えて答えだした。


「Cカップかと思います」

「……正解。瀬田君、本当は経験があるでしょ?」


 ここまで正確に当てられると始めの言葉が嘘くさく感じてきた。

 

「ありません、本当にありません」

「ごめんごめん」

「あの、もうそろそろ返事を聞かせてくれませんか?」


 瀬田君は話を逸らされたことに少しご立腹ようだ。それだけ真剣だこと伺える。

 私は瀬田君の顔を見て話した。


「瀬田君、私は年上よ。今はいいかもしれないけど、五年十年先になるとやっぱり同い年の方が良かったと思うかもしれないよ」

「そんなことはありません!」

 

 瀬田君の強い口調に私は驚いた。


「驚かせて、ごめんなさい。確かに初めは経験が無い焦りからか稲枝先輩にエッチなお願いしようと考えていました。でも、稲枝先輩のことを知っていくうちにその考えが消えて純粋に好きになってしまいました」


 瀬田君は右手を出して言った。


「稲枝かなえさん、僕の彼女になってください」

「よろしくお願いします」


そう言いながら、私は瀬田君と握手した。


「じゃあ、帰りましょう」

「あれ、ホテルに行かないの?」


 瀬田君は私の言葉にかなり驚いた。


「ホテルですか⁈」

「あれ、大人の男になりたいじゃないの?」

「覚えていたですか? あの話は無くなったじゃないですか?」

「だって、今日のデートはこれが目的だったでしょ」


 私は少し頬笑みながら瀬田君に言うと、顔を真っ赤にしていた。


「……わかってましたか?」

「まあ、途中からだけどね。確かにここのショッピングモールなら橋の近くにあるホテルに近いからね」

「……その通りです」

 

 瀬田君は私に今日の計画を見破られたことにバツが悪そうにしていた。

 私はちょっとだけ意地悪する。


「そんな事なら、今日は行かずに帰ろうかな?」

「それはちょっと……困ります」

「正直になりなさいよ。今日は瀬田君の計画に乗ってあげるだからね」

「……はい。お願いします」


 そうだった、これが瀬田君と付き合うきっかけになっただな。

 よくエッチしたら男は変わるというけど、瀬田君は変わらずいた。

 二人だけの時は「かなえさん」と言うが病院では変わらず「稲枝先輩」で通している。

 私も二人だけの時は「たかくん」と言うが病院では変わらず「瀬田君」で通している。

 これは二人で決めたわけではないが、自然とそうなっている。

 でも、これが二人だけの秘密の感じがして個人的には嬉しい気分がする。 

 これが瀬田君も同じ気持ちだったら、更に嬉しい気分になる。


「かなえさん、かーなーえーさーん」


 私は瀬田君の呼ばれる声に気付いた。振り向くと服を着ている瀬田君が近くでじっと見ていた。

 あまり近さに私は驚いてしまった。


「たかくん、どうしたの?」

「どうしたのって、朝ご飯ができたから呼んでいるのに全然気付かないから近くまで寄っただよ」

「ごめんね。考え事していたの」

「別にいいですよ。考え事しているかなえさんも知的な感じがしていいなと思っていましたからね」

「ばか。褒めても何もあげませんよ」


 私は人差し指で彼のおでこを弾くと瀬田君は舌を出して笑った。

 私達は朝ご飯を取ることにした。

 メニューはトーストとハムエッグ、シンプルだけどこれがいい。下手に手を込んだものを作られると私が作る時に質素に見えてしまうからだ。

 食べながら瀬田君は私に聞いてきた。


「ところでさっき考え事していたと言っていたけど、何を考えたの?」

「付き合い始めたところを考えていたの」

「何で? もしかして……」

「違うよ、たかくんが考えているような事は一切ないよ」

「良かった。かなえさんに捨てられるのは嫌ですよ」


 捨てるって、今更私だって瀬田君を捨てたくないし瀬田君から捨てられるもの嫌だった。

 食べ終えると風呂場からアラームが鳴った。

 

「お湯が溜まったみたいですね。じゃあ、一緒に入りましょうか?」

「いいけど、風呂に入るだけだからね」


 一応、くぎを差してみるけど多分無駄に終わるだろうな。


「わかってますよ、入るだけですね」


 やっぱり、ダメだ。前のセリフが振りだと思っている。

 私はため息をつきながら風呂場に向かった。

 

 三十分後、風呂から出た。

 やっぱり、エッチなことされた。

 拒めばいいだけのことだけど、どうしても拒めない。

 むしろ、安心感の方が出てくる。

 やっぱり瀬田君のことが好きなんだと思った。


 服に着替え、瀬田君に家まで送ってもらった。

 家に入るとゆきえが居間に居た。少し機嫌が悪そうに見えた。


「ただいま」

「お姉ちゃん、お帰り。今日は普通の服装で良かった」

「どういう意味? 普通の服装で良かったって?」


 私はゆきえに聞くとやれやれとした顔しながら言った。


「何を言っているの、先週彼のYシャツを着て帰ってきたでしょう。お父さん、冷静にしていたけど本当はかなりショックを受けていたよ」

 

 そういえば、先週用事があっただけど寝過ごして慌てて瀬田君の家から帰ってきたんだ。

 あの時、私の姿を見てちょっとお父さんの様子がおかしかったけど用事があったからそっちを最優先にしたんだ。

 今考えてみたけど、あれはショック受けてもおかしくない。

 それを見てゆきえが話を続ける。


「昨晩なんかゴルフ番組を見ながら泣いていたよ。今頃、かなえは彼と一緒なんだ……と何度も何度も言っていたよ」

 

 それだけ聞いただけでお父さんの哀愁がわかる気がする。


「彼が好きなのはわかるけど、月に一回でいいから土曜日の夜は家に居てよ。正直、あの姿を見るは身内としてはしんどいものが感じる」

「でも、月三回は見ることになるよ」

「じゃあ変更。毎週土曜日は家に居て」

「それは嫌だ! 妹が姉の幸せの邪魔するってどういうこと⁈」


 私が猛烈に抗議するとまたゆきえがやれやれとした顔した。


「お姉ちゃん、本気にしないで。私だって、そんな事はしたくないよ。でも、少しだけお父さんの気持ちを考えてあげて」

  

 ゆきえはなんやかんやと言っても私のこともお父さんのこと考えているだな。 

 ゆきえには瀬田君と付き合うことになってからいろいろ助けもらっているから、ここは素直に言うことを聞いておこう。


「わかった。第一土曜日は家に居ることがする」

「そう言ってくれると助かります」


 ゆきえは納得させたところで私は部屋に戻った。

 部屋に入るとベットに寝転んだ。

 お父さんに困ったものだな。お母さんにみたいおおらかにだったらいいのに。

 瀬田君を初めて紹介したその日の夕食の時にお父さんに五年後には孫が誕生すると言っているぐらいだから。

 私にとってはそれよりももっと重大な悩みを抱えていた。

 ここ半年ぐらい、正確に言うと一人暮らしを始めてから瀬田君の行動がおかしいのだ。

 初めは管理当直を入る回数を増やそうとしたのだ。

 管理当直、うちの病院は救急指定を受けているので二十四時間患者を受け入れている。その為、患者とのトラブルなどの緊急事態の時に備えて医師や看護師の他に必ず男性事務員が一人待機している。

 その管理当直の入る回数を増やそうとしたら、彦根事務部長に「月四回までだ。それ以上入れるな」と怒られていた。

 次に仕事中にうたた寝をするようになった。

 さすがに一か月以上続くと気になるので悩みでもあるのかなと思って聞いてみたが、大丈夫ですと言って話してくれない。

 まあ、それ以降はうたた寝は無くなったけど休憩時間はほとんどが睡眠に充てている。

 最後にどこか連絡をするようになった。

 仕事中にスマホに連絡が来るとうまいこと言って事務所から離れて連絡をしているようだ。

 私が近く居る時は反応はするが見ることは無い。結構、用心深い。

 聞きたいけど、それだと瀬田君のことを信用していない気がして自分自身が嫌いになりそうで聞けずじまいにいた。

 だけど、さすがに半年以上経つとなんとかして知りたくなってくる。

 始めはうまいこと言って聞き出そうしたがうまくかわされた。

 瀬田君の同僚か友達に聞くという手段があるが職場では私と瀬田君は付き合っているというのは秘密になっているのでこの方法は使えない。

 こうなると最後の手段として同棲をするという荒技に出たが、瀬田君に「かなえさんが一緒に住めるのは嬉しいけど、それだとかなえさんに甘えてしまうと思う。最低一年は自分自身の力でやりたいです。理解してもらえませんか?」

 それを言われたらさすがに同棲は無理。むしろ、応援をしたくなる。

 でも、好きな時に遊びに行ってもいいという約束は取り付けることはできた。

 週末は行ける時は泊まりに行っているけど、それに繫がる情報や手かがりが無い。

 やっぱりスマホを見るしかないかと考えたこともあるけど、それが原因で別れるのは嫌だなので実行できずにいた。

 こうなると瀬田君が打ち明けるのを待つしかない。

 少なくとも彼瀬田君の行動は私に対しては不誠実はところは無い。

 きっと、実家で何かあってそのことで連絡をしているのだろうと信じたい。

 とはいえ、私の心の中はやきもきしていることには違いない。

 早くこの状況から打開したいと心から願った。


 あれから四か月が過ぎた。

 状況は変わらずこのまま変わらないと思っていたが、思わぬ形で進展するとはその時の私は考えても思わなかった。

 私はお母さんに頼まれて買い物をしに湖岸道路沿いにあるホームセンター向かっていた。

 出先だからって用事を押し付けなくてもいいのに……。

 そんなことを思いながら本日限りの詰め替え用洗濯洗剤と消臭スプレーを買った。

 買い物を終えて車に買った物を入れると近くにあるカフェに寄った。

 すると、瀬田君が見知らぬ女性とお茶をしているを見た。

 私は慌てて店を出た。

 なんで瀬田君がここに居るの? 確か、今日は用事があって家に帰ると言っていたのに……。

 再度、店に入って瀬田君から離れたところの席に付いて二人の様子を伺っていた。

 楽しそうに会話をしている二人。

 あの人は誰なの? 私に嘘をついてまで会う相手って誰?

 怒りよりも不安の方が込み上がってくる。

 傍まで行って瀬田君に追究したい。けど、体がこれ以上前に進まない。

 今まで築いてきた関係が崩れるの怖い。

 結局、私は何もできずに店を出た。

 

 次の日、私は休憩時間の時に瀬田君を人が滅多に来ない建物の裏側に呼んだ。

 ここは病院内で数少ない私と瀬田君が二人きりで会える場所だ。


「かなえさん、話って何?」


 瀬田君を見る限り昨日の事には気付いていないようだ。

 私は深呼吸をした後、昨日の事を切り出した。

 正直、あの話題を切り出すのは怖い。しかし、あのまま放置しておくのはもっと怖い。

 私は勇気をだして言った。


「たかくん、昨日湖岸道路沿いにあるカフェに行ったら私の知らない女の人と一緒に居たでしょ、あの人は誰なの?」


 それを聞くと瀬田君はしどろもどろになった。


「そ、それは……」

「ねえ、誰なの?」

「ごめんなさい、それは言えない。でも、決して浮気はしていない」


 瀬田君は始めは申し訳ないそうに言ったが、最後ははっきりした声で私に言った。


「たかくん、一人暮らしを始めてからおかしいよ。当直を増やそうしたり、休憩時間はほとんど寝ているし、どこか連絡しているし、昨日は家に用事があると言って私との誘いを断って他の女の人と会っているなんてどういう事なの⁈」


 ついに言ってしまった。でも、これ以上我慢ができなかった。

 瀬田君は私の問いに答えくれない。


「もしかして、私に飽きたの⁈ だから、あの女の人に会ったの⁈」

「それは無い! 僕はかなえさん一筋です! それは信じてください!」


 瀬田君は怒るような口調で答えた。


「じゃあ、私に内緒で何をしているの⁈ 教えてよ、私ね不安なの。どうしていいのかわからないの。たかくんの口から真実を教えてほしいの」


 私は始めは大声で言ったが、途中から涙を流しながら言った。

 お願い、もう限界なの。あなたの彼女は不安でいっぱいなの。それを救えるのは瀬田君の口から出る真実の言葉だけなの。お願い。

 祈るような思い、まさにこの事だろう。


「ごめんなさい、今は言えない」


 瀬田君は深々と頭を下げた。

 その言葉を聞いて、落胆する。


「わかった……」


 私は顔を俯いてその場から離れようとしたら、瀬田君が左手を掴んだ。


「本当に信じてください! かなえさんに対して不誠実な事はしていません!」


 それじゃないの、瀬田君。私が欲しい言葉は……。

 私は瀬田君の手を振りほどいて、今度こそその場離れた。

 始めはゆっくり歩いていたが、少しずつ早くなって最後は駆け足になっていた。

 なんでなんで、わかってくれないの。

 こんなに心細いに。こんなに不安なのに。こんなに寂しいに。


「稲枝、どこに行くの? 休憩時間はもうすぐ……」


 篠原(しのはら)高田(たかだ)神照(かみてる)とすれ違ったけど、泣き顔は見られたくなかったので無視をしてしまった。

 トイレに駆け込んで個室に入ったと同時に大声で泣いた。


「ちょっと、稲枝! ここに居るでしょ? 開けてよ!」


 篠原がドアの外から呼びかけていた。

 でも、私は開けなかった。

 すると、篠原が大声でいった。


「瀬田だね! 瀬田がなんかしたでしょう⁈ ちょっと待って、今から瀬田を問い詰めてやる!」


 どういう事⁈ どうして、すぐに瀬田君の名前が出たの?

 私は混乱していたがとにかく篠原達を瀬田君のところに行かせてはいけないと思いすぐにドアを開けた。


「待って、行かないで!」


 三人をトイレに出る前になんとか止める事ができた。


「どうして、瀬田君ってわかったの⁈」

「何を言っているの? 稲枝と瀬田が付き合っている事は知っているよ」


 篠原が言うと私は顔が真っ赤になった。

 高田と神照が続いて喋った。


「総合事務課は全員。そして医療事務課の女子は全員知っている」

「彦根事務部長なんか事務室に二人がいなくなると決まって、付き合っている事を公表してほしい。どこまで触れていいのかわからないとぼやいているよ」


 私は瀬田君と付き合っていることは誰にも知られていないと思っていたのに実はほとんど知られていたとは……。

 瀬田君の事をすっかり忘れて恥ずかしがっていた。


「で、話を戻すけど瀬田は何をしたの?」


 それを聞かれて私は三人に一通りの経緯を喋った。

 もし隠せば三人は瀬田君のところに行ってしまう。それでは引き止めたことが無駄になってしまう。


「それは許せない! やっぱり、瀬田のところに行く!」

「それは止めて! これは私と瀬田君の問題だからこれ以上問題を拡大しないで!」


 三人が瀬田君のところに行くのを、私は必死に止めた。

 篠原が私に言った。


「じゃあ、どうするつもりなの?」

「今は冷却期間をおきたい。それがいいのか悪いのかわからないけど、時間が必要だと思う」

「……私はいいとは思わないけど、稲枝がそうするなら私は何もしない。だけど、本当に心が折れそうになった時は言ってよ。力になるから」

「ありがとう。ごめんね、私の為に]


 私達は事務室に戻った。

 業務が始まって一時間ぐらいが経った。

 く、空気が重い。

 確かに三人は瀬田君に対して何もしていないが瀬田君に対して嫌悪感が半端なく出ている。

 多分、事務室に入ってきた人もこの空気は間違いなく伝わているだろう。

 すると、彦根事務部長が口火を切った。


「おい、瀬田。今やっている仕事はいつ終わる?」

「二十分ぐらいで終わります」

「それが終わったら、手伝ってほしい仕事があるから手伝ってくれ」

「わかりました」


 二十分後、二人は事務室から出て行った。

 居なくなった途端に重たかった空気が和らいでいく。


「やっと空気が和らいだ。正直、あれ以上続いたら気分が悪いから診察してもらいに行こうか考えました」


 中山(なかやま)君(瀬田君と同期)が言うと事務室の全員が頷いた。


「一人だけでも嫌悪感出したら事務室がギクシャクするのに三人が出すとここまで空気が悪くなると思わなかった。篠原さん、何があったですか?」


 中山君が篠原に尋ねると篠原は理由を全て喋った。


「それは酷いですね。稲枝さん、これ仕返しした方がいいですよ」

「仕返しって、そこまでしなくても……」

「ダメだよ! ここで厳しくしないとまたやりかねないよ」


 篠原は中山君の意見に同調した。


「やっぱり、瀬田君にはお仕置きが必要」

「浮気は大罪」


 更に高田と神照も同調した。

 私以外の事務室に居る人達全員が瀬田君が浮気者扱いになっている。

 このままでは瀬田君の評判が落ちてしまう。私が挽回しないと。


「でも、浮気はしていないと言っているし……」

「それは浮気する男の常套句よ!」


 篠原は私の台詞を一刀両断した。


「稲枝、目を覚ませ」

「現実を見ないと不幸になるのは稲枝だよ」


 高田と神照が更なる追い打ちをかけた。

 仕方なく、私は篠原に尋ねた。


「仕返しとかお仕置きとか言っているけど、何をする気なの?」

「それは仕事が終わった後のお楽しみ」


 どうやら、これから考えるようだ。

 できればこのままお流れしてほしいと私は切に願った。


 午後八時。

 私と篠原、高田、神照の四人はベルロードにある焼き鳥屋に居た。反対側には男性四人。

 なぜか合コンが開催されようとしている。


「えぇ、急な呼びかけに集まってくれ本当にありがとうございます」


 篠原がこの合コンを仕切り始めた。


「昨日、稲枝の彼氏が浮気しているのが発覚しました」

「それは酷いな!」

「こんな可愛い子が居るのに浮気なんて考えられないな!」


 篠原の言葉に他の男性も声を上げて賛同する。

 一応、他のお客も居るだから言わないでほしい。


「だから、今日は稲枝の傷付いた心を癒す為と瀬田に浮気されたらどんな気分になるかわからせるためにこの合コンを開きました!」

「よっ! しのちゃん友達思い!」

「しのちゃん、優しいね!」


 うん? これって私をだしにして自分の好感度を上げに行っているような感じがする。まあ、いいっか。

 私はちょっとだけ疑問を感じながらもこの合コンを楽しむことした。

 二時間後。

 男性は全員帰宅した。


「なんで、みんな帰るの」


 篠原は半べそをかきながら泣いていた。


「それは篠原の絡み酒が原因」

「始めは稲枝の事だったけど、途中から自分の事になって、最後は男性全員がうんざりしていた」


 高田と神照が冷静に答えた。

 それを聞いて、篠原が更に泣く。


「だって、私も仕事とかで心が傷付いているんだよ。心を癒してよ」


 仕方なく、私がよしよしと篠原の頭を撫でた。


「稲枝、ありがとう。稲枝だけだよ、私の心の癒してくれるのは」


 篠原は私に抱き付く。いつも飲み会になると途中から篠原の絡み酒になり、最後は私が慰めるというのが私達の飲み会のお約束である。

 それにしても高田と神照は篠原と同じ量の酒を飲んでいるのになんで顔色が一つも変わらないだろう……、不思議で仕方がない。


「あれ? 総合事務課の皆さんじゃないですか?」


 声をした方向を振り向くと坂田さんが居た。

 坂田さんは私達が勤めている病院の清掃をしている。但し、最近は病院も経営が厳しいので清掃に関しては外部委託で賄っている。


「坂田さん、こんばんは」

「こんばんは。今日はどうしたの? 週末でもないのにここで飲んでいるなんて珍しい」


 坂田さんの問いに篠原が答えた。


「聞いてくださいよ、瀬田が稲枝という可愛い彼女が居るのに浮気したですよ。だから、稲枝の心を癒す為に合コンしていたけど、途中で男達がみんな帰ったですよ」

「それは酷いな」


 坂田さんが言うと神照が言う。


「男達が帰った原因は篠原の絡み酒のせい」

「私の心も癒してよ!」


 篠原が泣きそうになったので私が篠原の頭を撫でた。この時の篠原は本当に子供みたいに感じてしまう。

 坂田さんが私のところに来て尋ねた。


「瀬田君が浮気したという話は本当なの?」

「あまり言いたくないですけど、昨日湖岸道路沿いにあるカフェで瀬田君と私の知らない女の人と楽しく喋っているところを見たです」


 それを聞いて坂田さんが首を傾げた。


「それは何時ぐらいの話?」

「二時ぐらいだったと思います」

「ふむ」


 坂田さんがそれだけ言うと考え込んだ。


「稲枝さん、ちょっと一緒に来てくれるかな?」

「なんかありましたか?」

「一つだけ思い当たるところがあるだよね。だから、一緒に来てくれる?」


 そう言われて私は坂田さんに付いて行った。なぜか、三人も付いて来た。

 店の奥の方に行くと女の人が坂田さんに向かって手を振っていた。

 坂田さんが女の人に向かって話しかける。


山階(やましな)さん、遅れ申し訳ない」

「坂田さん、こちらこそ急に呼び出して申し訳ありません。あさみ、おじいさんが迎えに来たよ」


 山階さんがあさみさんを起こそうとしたら、坂田さんが止めた。


「わしが起こすからいいですよ。それより会計は済みましたか?」

「払いました。取りあえずは私が全額支払いました」

「いくらかかりましたか?」

「六千円です」


 それを聞くと坂田さんは四千円を山階さんに渡した。


「多すぎます。半額でいいですよ」

「これはあさみが起こした迷惑料も込みの金額です。どうせ、山階さんに散々迷惑を掛けたのは目に見えていることですから、受け取ってください」


 坂田さんは深々と頭を下げた。山階さんは年上の人にここまでさせてはいけないと思ったのか「わかりました」と言って受け取った。

 そして、山階さんは坂田さんと私達に頭を下げてこの場を去った。


「ごめんなさいね、待たせて。稲枝さん、あさみの顔を見てくれるかい?」


 坂田さんに言われて私は頷いた。

 それを確認するとあさみさんを起こした。


「あさみ、迎えに来たから起きなさい」

「おじいちゃん、ごめんね。迎えに来てくれてありがとう」


 あさみさんが目を覚まして顔を上げた。


「えっ!」


 その顔を見て私は声を出して驚いた。あのカフェに居た女性だったからだ。

 あさみさんは私の顔を見て言う。


「あの、どちら様でしょうか?」

「こちらは私が清掃に勤めに行っている病院のスタッフだよ」


 私の代わりに坂田さんが答えた。


「あ、いつもおじいちゃんがお世話になっています」と、あさみさんは言いながらテーブルに頭を付けた。

 それからピクリとも動かない。


「こら、寝るじゃない!」

「おじいちゃん、ごめんね。迎えに来てくれてありがとう」

「それはさっき聞いた」


 なんだなんだ、この不毛なやりとりは……。

 結局、あさみさんは坂田さんにおんぶされて店を出た。

 私達も会計を済ませて店を出た。

 駐車場に着いて、あさみさんは坂田さんの車の助手席に座らせてドアを閉めた。


「じゃあ、話を始めよう。稲枝さん、あさみの顔に見覚えたでしょう?」

「はい。あのカフェで瀬田君と一緒に居た女性でした」


 その言葉に篠原が驚く。


「本当なの? 稲枝、それなら一言言ってやらないと! 私の彼氏に手を出すなって!」

「それはわしの話を聞いてからでも遅くはないだろう。それまで待てほしい」


 坂田さんにそれを言われると篠原も黙るしかない。

 一回、咳をして坂田さんが喋り出した。


「これは瀬田君から稲枝さんには黙っていてほしいと言われていた事だから、瀬田君にはわしから聞いたとは言わないでくれるかね?」


 これに賛同すれば喋ってくれるみたいだ。

「わかりました」と私は頷いた。三人も頷く。


「実は瀬田君は稲枝さんに三年目の記念品をプレゼントするために深夜のスーパーの掃除のアルバイトをしているだよ」

「そうなの、稲枝知っていた?」

「知らない。初めて聞いた」

「本当は当直勤務を増やそうと考えていたけど、思惑が外れてしまったからね。既にアパートの契約した後だから、余計に痛かったと思う。それでわしのところに来て『なんかいい清掃のバイトはありませんか?』と尋ねてきた」

「それですぐに紹介したですか?」

「いや、初めは断わったよ。清掃業は意外と体力を使うからね。若い奴が来てもすぐに辞めるからね。けど、瀬田君は違った。あいつはしっかりした目的があったからな」

「目的って?」

「さっき言った稲枝さんのプレゼントをするためにだよ」

「プレゼントならバイトまでしなくてもいいのに……」

「瀬田君は稲枝さんの事を真剣に考えている。だから、わしは清掃会社に勤めている孫娘に頼んだ」

「孫娘って、あさみさんですか?」

「そう、あさみだよ。あさみは清掃会社の人事課に勤務しているからな」


 坂田さんは車からお茶を取り出して飲んだ後、更に喋った。


「瀬田君は本当に頑張り屋だよ。昼間働いて夜も働くなんてどんな頑張っても半年が限界。なのに、会社が頼んだ一年間という期間を一度も休まずに働いたからね」

「会社が一年間という期間を決めて頼んだですか?」

「ここだけ聞くとおかしいと思うけど、奥さんの看病したいから一年間休職したいという人が現れてその代理で働いてくれたという訳だよ。そして、約束の一年が経ったので、あさみが瀬田君に退職に必要な書類を書いてもらう為に昨日二人はカフェで会っていたんだよ」


 それを聞いて私は黙ってしまった。

 瀬田君は浮気はしていなかった。それどころか、私のプレゼントの為に働いていたなんて知らなかった。

 疑っていた自分が恥ずかしい。

 それを見ていた坂田さんがあることを提案した。


「なんなら、今から瀬田君の働いているところを見に行くかい?」

「いいんですか?」

「今日の仕事場はここから遠くないから行ってもいいよ。だけど、見つからないようにね」

「お願いします」


 私は坂田さんの車に乗ろうとしたら、篠原達も乗ってきた。


「坂田さん、私達もいいですか?」

「三人ぐらいなら乗れるけど、付いて来ても意味が無いと思うが」

「まあまあ、そう言わずに」


 完全に野次馬だな。でも、今回の件はいろいろ助けてもらったから何も言わないでおこう。

 私はそう思いながら坂田さんの車に乗った。 


 約三十分後、とあるスーパーの駐車場に着いた。


「夜遅いし人里離れた場所に立っているとはいえ、普通の声の大きさでも結構響くから喋る時は小声でお願いね」

 

 坂田さんが注意事項を言うと私達は小声で「はい」と言った。

 ちなみにあさみさんは爆睡しているので車でお留守番している。

 入り口に着いて、瀬田君を探した。

 少し離れたところに瀬田君がモップを持って床を拭いていた。

 床のタイルを一マス一マス丁寧に拭いている。


「やっぱり、瀬田君は綺麗好きだな」

「机の上も整理整頓がきちんとしているからね」

「この前、赤ボールペン借りて返したら、置き場所が違うと言われた」     

 

 三人はそんな事を喋っていたが私は黙って瀬田君の仕事を見ていた。

 すると、瀬田君はリーダーらしき人に呼ばれた。


「今からガラス拭きが始まるから離れよう」


 坂田さんが言うと私達は車に戻った。

 

 さっきの店に戻る途中、私は呟いた。


「なんで三年目の記念品のプレゼントの為にバイトをするのだろう?」

「それは簡単なことだよ。それだけ稲枝さんが大事な人なんだよ」


 坂田さんが言うと私は顔を真っ赤になる。


「な、何を言っているですか⁈」

「これは瀬田君自身が言っていた事だけど、付き合って三年、男してはけじめをつけないと時期。だけど、自立も同時にしなければならない。本来なら当直を増やしてプレゼントを買う金を増やす予定だったけど、計画が狂って清掃のバイトでプレゼントを買う金を増やす事になってしまったって」


 坂田さんが瀬田君のバイトの始めた頃の事を話した。

 私は黙って聞いていると続いて語る。


「半年が経った時にバイトの事を聞いたら、仕事自体はしんどくないけど働く時間帯が時間帯だけに翌日の本業に影響する。本当は辛い。けど、ここで挫折したら計画が頓挫するから何が何でも頑張らないと言っていた」


 一通り喋ったら、篠原が言った。


「稲枝、いいな。ここまで一人の男性から愛されているなんて。正直、羨ましい」

「愛されているって……、そんな大げさな……」

「大げさじゃないよ。愛する女性を喜ばせる為に自分の身を粉にしてでも働く。あぁ、私にもそんな男性が現れないかな」

「数時間前まで、瀬田を浮気者扱いにしていたくせに」

「それを理由に合コンを開いたくせに」

「高田、神照、それは言わないで!」


 瀬田君の株が暴落したと思っていたら、急上昇した。

 それを聞いて高田と神照がチクリと刺した、篠原はいたたまれない気分になる。

 高田と神照は言葉少な目だけど、いいタイミングで的確な言葉を発言する。

 篠原は一つ咳をして坂田さんに話しかける。

 

「坂田さん、男性として聞きたい事があるけどいいですか?」

「何だ? 君たちとは歳が離れすぎているから、わしの言う事が正しいとは限らないがそれでもいいかね?」

「男性として聞くので、多分正解すると思います」

「随分、買うね。いいよ、何だね?」

「男は彼女に対していい事をしているのになぜ隠したがるのかな? 浮気とかなら話はわかるけど、喜ばせる事しているだから公表すればいいのに」


 そう言われると確かにそうだ。男の人は彼女に隠しながら行動する事が多い。


「それは簡単だよ。彼女を驚かせたいからだよ。最近はサプライズという言葉があるからね。それで今の若者はそれに苦労しているだよ。昔はそんな事しなくても良かっただけどね。まあ、それが時代と言われたらそこまでだけどな」

「それは女性に問題があるってことですか?」

「違うよ。そういうのが流行りというのを作ったメディアというのか風潮というのかよくわからないがそれが悪いわけで、男とか女とか関係無く自分の好きな人を喜ばせたい気持ちはどの時代でも同じだからね」


 なるほど、それは言える。伊達に歳は取っていない。

 坂田さんは話を続ける。


「まあ、わしに言わせたら今回の件に関しては瀬田君に問題があるね。説教まではいかないまでにしてもアドバイスぐらいはしておこう」


 アドバイスって聞こうとしたら、店に到着したので聞く事ができなかった。

 坂田さんの事だから悪い方向には行かないだろう。

 そう思いながら、家に帰った。


 次の日、昨日と同じ場所に瀬田君を呼んだ。

 瀬田君は眠たそうな顔をしていた。正直、昨晩の事が知っているので申し訳ないと思うがここで躊躇してしまうとこの先それが理由で何もできなくなるので、敢えて強気に出た。

 

「ねえ、昨日の話だけど、やっぱり本当の事を教えてほしい」

 

 それを聞くと眠たそうな顔が一瞬で消えた。

 瀬田君は暫く考えた上に答えた。


「かなえさん、ごめんなさい。やっぱりこれだけは言えません」


 瀬田君は深々と頭を下げた。

 やっぱり、ダメか。一日経てば考えも変わると思ったけどな……。

 私は少し残念な顔したら、瀬田君は言った。


「でも、本当に裏切る事や浮気はしていません! これは信じてください!」

 

 私は暫く考えた。正確には考えたふりをしていた。

 一分ぐらい黙って、私は言った。


「本当に本当ですか?」

「本当に本当です」

「わかりました。その言葉を信じます」

「ありがとうございます」

 

 瀬田君は私の両手を握って言った。

 

「でも、本当に浮気や裏切った時は別れますからね」

「それ絶対にありませんから大丈夫です」


 私の言葉に瀬田君は即答した。

 ごめんね、本当は全部知っている上で聞いて。だけど、瀬田君も私に黙っているだからおあいこだよ。

 私は心の中で謝った。

 

 それから一か月が過ぎた。

 私は瀬田君の家に居た。

 瀬田君が真剣な顔して「大事な話があるから家に来てほしい」と言ってきたからだ。

 私はいつも通りしていたが内心なドキドキしていた。

 食事を終えて後片付けしたら、瀬田君は正座した。

 私もつられて正座する。

 瀬田君が大きく深呼吸すると喋り始めた。


「僕たち、付き合い始めて今日で丸三年経ちました。僕は三年目の贈り物を考えた時にかなえさんの事を真剣に考えました。いつまでも彼女というのは良くないときちんとしないとけじめをつけないと思いました」

 

 それだけ言うと黙ってしました。

 そして、瀬田君は頭を抱えて言う。


「かなえさん待って! 今の無し! もう一回やらしてください!」

「う、うん。わかった」


 勢いに押されて私は承諾してしまった。

 瀬田君は再度正座した。


「かなえさんに隠していたことがありました。実は深夜に清掃のバイトをやっていました。本当なら一か月前のあの時に言えば良かっただけど、どうしても隠しておきたい事がありまして言うことができませんでした。今思えばかなえさんを不安にさせてしまいました。これからはかなえさんの気持ちを考えて行動したいと思います」


 それだけ言うとまた黙ってしまった。

 これって、坂田さんに言われたかな? きちんと謝罪をした方がいいって。


「それが大事な話なのかな?」

「いえ、違います! これも大事な話ですが、もっと重要な事です!」


 私が話が終わったと思って聞いたら、どうやら違ったらしい。 

 瀬田君は後ろに振り向いて小声言う。


「違う。かなえさんにそんな事を言う為に家に呼んだじゃない。でも、あれを言う前に一か月前の事は謝った方がいいかもしれないし……」


 瀬田君、心の声がもれまくっていますよ。

 でも、瀬田君本人は気付いていないようだ。


「崇、落ち着け。今日は伝えると決めただから。準備は全てしたのだから、後は自分が頑張るだけだ」


 瀬田君は自分に言い聞かせて、三度正座した。

 それから三分沈黙が続いた。

 さすがに私はこの沈黙に耐え切れず喋ろうとしたら、瀬田君がポケットから小さい箱を出した。

 蓋を開けると指輪が出てきた。


「稲枝かなえさん、これからは瀬田かなえとして僕と一緒に人生を歩んでください! お願いします!」

「これって……、婚約指輪?」

「はい、付き合って三年目のプレゼントです。この日の為に深夜バイトして買った物です。四年目に入る前にかなえさんに結婚の意思を伝えたかったからです。どうか、僕と結婚してください」


 ……プロポーズされた。

 いつかされると思っていたけど、瀬田君の事だからもう少し先かなと思っていたばかりいた。

 でも、正直このまま惰性で付き合っていいのかと心配もあった。

 私の存在は何? 彼女? 友達? それとも都合のいい女?

 それを瀬田君に聞きたい。でも、聞いて関係が崩れるのも怖い。

 けど、瀬田君は私のことを考えていてくれた。

 私の存在を考えてくれた。

 私の気持ちを考えてくれた。

 私の将来を考えてくれた。

 こんなに嬉しい事は無い。

 

「かなえさん、これ」


 瀬田君はハンカチを私に差し出していた。

 私は知らないうちに涙を流していた。

 ハンカチを受け取り涙を拭く。


「かなえさん、返事は今じゃなくてもいいですよ。ゆっくり、考えてください」


 瀬田君は私に気を使ってくれる。

 私は首を振った後、言った。


「今、伝えるね」


 きっと、今の私の顔は涙で顔がぐしゃぐしゃなんだろうな。

 でも、この顔で言ってはいけない。

 自分にそう言い聞かせて返事をした。


「謹んで、お受けします」


 私は涙を流しがらも最高の笑顔で答えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ