サポートキャラな妹
解散となった途端に廊下へ出て一目散に自分の教室へ帰ってきた。まだドキドキしている。
あの後、当日の動きを担当に別れて確認をした。その頃にはなんとか気を取り直していたのに、山場はまだ残っていた。
そろそろ解散といったところで葛城カズマに蔦林くんと共に呼ばれ、ポスター作成についての説明を受ける。葛城カズマに名前を呼ばれるたびに『違う! わたしは何もやってない!』と冤罪で捕まったかのような気持ちになった。何を説明されたかはひとつも覚えていない。
少し遅れて蔦林くんが入ってくる。蔦林くんは何事も起きていないような顔をして「どうしたの?」などとぬかす。
それを見て、わたしは切れた。
「蔦林! 自分がどれだけ余計なことをしたかわかってる? これでうちが没落したらどうしてくれるの? 蔦林の裏切り者っ、アホ!」
わたしの大きな声とたぶん真っ赤な顔に、蔦林くんは驚くそぶりも見せない。
「没落ってどういうこと?」
「葛城カズマに嫌われたらうちの家は没落するの!」
「興桃寺さんが嫌われたら?」
「ニコが!」
「ええ?」
蔦林くんは戸惑った様子で、「待って、やっぱり意味がわからないんだけど」なんて言っている。
「葛城カズマとか天瑞会とは関わったら終わりなの。わかる? ゲームオーバーなの。蔦林のおかげでお父さんの会社は倒産、家族は離れ離れ! わたしなんてどうなるかも語られないんだから」
記憶のある中で一番怒ったかもしれない。大声を出して酸素が頭まで十分に回っていないのか、少しクラクラする。
「よくわかんないけど、少なくともカズマくんは誰かのことが嫌いだからってそんなことするような人じゃないよ?」
わたしの怒りに反して、いたって冷静に答える。それでもう一つのことが思い出される。
「カズマくんって……。知り合いなの?」
わたしの知っている限りでは蔦林くんはゲームの登場人物ではない。非の打ちどころがない容姿というわけでもないから安心していたのに……。
「うん。母方の遠い親戚で小さいときからお世話になってるんだ」
「そんなこと今まで一言も聞いてないけど?」
「だって聞かれてないし」
「ていうかさっきまで”葛城先輩”って呼んでたよね?」
「カズマくんと知り合いってバレると面倒なこともあるから」
次の言葉のために大きく息を吸う。そのときちょうど教室の扉がガラガラと音を立てて開いた。
「あー! リコちゃんこんなところにいた。もう、何してたの? 早く帰ろ」
緊張感のカケラもないニコがやってきた。なせがブカブカの体操着を着ている。その陽気さに感じていた怒りは大きなため息になって出て行った。
「今日は委員会があるから先に帰っておいてって言わなかった?」
「聞いたよ。でも、一緒に帰ったら先におやつの時間になるかもしれないでしょ? だから待ってたの」
何が恥ずかしいのか、ニコはリコとは目を合わせずに体を少し揺らす。
この小一時間に体験したジェットコースターにニコも乗ってほしい。でも一周回って帰ってこられないと知らなかったら楽しんでしまうかもしれない。
「あ、そうだ。リコちゃん、松平って人知ってる?」
「は?」
「背が高くてキリッとしたかんじの人でね、松平っていうみたい。」
このジェットコースターはまだ終わっていなかったらしい。
「その松平さんがどうしたのかな?」
「さっきリコちゃんのこと中庭で待ってたときにね、松平って人と噴水に落ちちゃって、風邪引くといけないからって体操着を貸してくれたの。名前を聞くの忘れたんだけど、ほら体操着に松平って刺繍があるでしょ。たぶん先輩だと思うんだけど、体操着返さないといけないから、リコちゃんは知らないかなあって思って」
「松平って人と?」
「うん。一緒にびしょ濡れになったの」
確かによく見るとニコの髪から水が滴っている。噴水に落ちちゃってってどういう状況なんだと思わなくもない。隣で蔦林くんは「どうやったら松平さんと噴水に落ちるんだろう」って呟いているし。でも一番の問題はそこじゃない。
「松平って言ったら天瑞会会長の松平キヨオミしかいないでしょ! 天瑞会とは関わらないようにってあれだけ言ってきたよね? 関わったら悪いことが起きるって」
「え! あの人、天瑞会の人だったんだ」
「月に一度は全校集会で見てるでしょ!」
「だってリコちゃんが色々言うから見るのも怖かったんだもん」
もう何も言うまい。というか言えなかった。
魂の抜けた元人間と化したわたしは、蔦林くんに慰められ、なんとか迎えの車に回収された。
できることなら今日起こった全てを忘れて寝てしまいたかったがそうはいかない。ニコが松平の坊ちゃんと噴水に落ちたなんて両親に知れれば心配をかけてしまう。家のお手伝いさんには松平キヨオミのことは伏せて、ニコが噴水に落ちたので制服を頼むとだけ言って、ニコをわたしの部屋に連れてくる。
「おやつ食べないの?」
「他に心配することがあるでしょ! とりあえず着替えて。それから松平キヨオミのことは誰にも言っちゃダメだからね」
あれだけ天瑞会は関われば悪いことが起きると言ってきたのに、こてんと小首をかしげる様子からは何の不安も感じられない。そして無駄にかわいい。
「はぁい。だけどそんなに悪そうな人じゃなかったよ」
「そう見えるかもしれないけど本当は違うの」
体操着から首が抜けずに手こずっているニコを手伝ってやる。すぽんと抜けたそれの胸元に刺繍された”松平”の文字が目に入る。
「ねえ。そもそもどうやったら松平キヨオミと噴水に落ちることになったの?」
「えっとね、リコちゃんを中庭で待ってたって言ったでしょ。それで噴水のところにいたんだけど、持ってたチョコを噴水に落としちゃったの。それを取ろうとしたら今度はわたしが噴水に落ちちゃって。で、そこに松平キヨオミって人が来て手を貸してくれて立ち上がったんだけど、どうしてかまたこけそうになったの。たぶん助けようとしてくれてね、一緒にバッシャーンって。おかしくって笑っちゃったぁ」
今更ニコについては突っ込むまい。話をまとめると、つまり助けの手を取ってその手の持ち主を自分と同じ目に合わせたということか。それを世の中の人は恩を仇で返すとも言う。
「べつに怒ってなかったよ? その体操着も自分はいいからって貸してくれたし」
ニコの話が本当なら中庭噴水事件だけで没落まで追い込まれる、ということはなさそうではあった。
その夜、興桃寺邸の一室からは何やらおどろおどろしい女の声が聞こえてきたという。
「没落、ダメ、ゼッタイ作戦(改)、葛城カズマ並びに松平キヨオミ対策……。ふふふ、没落してたまるもんですか……」