裏切り者な友達
放課後。月に一度の委員会の集まりがある日だ。不本意ながら保健委員であるわたしも行かなければならない。わたしのクラスのもう一人の保健委員、蔦林くんが天瑞会とは関係のない人物であるというのが唯一の救いだ。これは蔦林くんのお家と見た目から判断している。普通の容姿の人は攻略対象ではないからね。
「興桃寺さん、委員会が嫌なのはわかったからさ、そんな顔しないでよ。もう九月だよ? さすがに慣れたでしょ」
委員会が集まる教室への道すがら、蔦林くんがわたしのあからさまに作った不機嫌な顔を見ていう。
「そういう問題じゃないの。もともと委員会に入るつもりなかったし、大体なんでうちの学校は一年間ずっと同じ委員会なの!?」
「ま、委員会を決める日に休んだ自分を恨むしかないね」
なんの害もなさそうな顔をしてしっかり毒を吐くのが蔦林くんだ。と言っても嫌な気はしない。むしろ変に気を使わなくていいので助かっている。委員会に入って一つ良かったことといえば蔦林くんと友達になれたことかな。本人には当然言わないけれど。
学校という敵地でニコをシナリオから守るために、委員会や学校行事には関わらないと決めていた。けれど、保健委員に決まったと聞いたとき、天瑞会とは直接関係もないし委員の中でなんの役割も引き受けなければ大丈夫だろうと楽観していたんだけど……
それも初めての集まりの前までだった。なんと天瑞会の”クールメガネ会計”こと葛城カズマが天瑞会と兼任で委員長を務めるというのだ。
「委員会を決めるって知ってたら意地でも行ったのに。あー、あの人さえいなかったら……」
「それって葛城先輩のこと? そういえば興桃寺さんは葛城先輩のこと避けてるよね。どうして?」
バ、バレてる……!
「え? 何をおっしゃてるんですか、蔦林サン。そんなことあるわけないじゃないですか。天瑞会の葛城様にお近づきになりたいならまだしも、避けてるだなんて。嫌だなァ」
「すごい大根」
わたしに役者は向いていないようだ。将来の夢候補から消しておこう。
「興桃寺さんって発言を恥ずかしがったりするタイプでもないのに、確かに委員会では目立ちたがらないよね。そっか、葛城先輩を避けてるんだ。へー、あの天瑞会を避けたいって人もいるんだねえ」
「ちょっ、声が大きい……!」
蔦林め、わたしの反応を笑ってるんだ。没落エンドになったらどうにかして蔦林くんも巻き込んでやる。
委員会がある教室に着き、いつものように出来るだけ後ろの席に座ると蔦林くんが意味ありげにこちらを見てくる。
「なに」
「なんでも」
表情は隠せても目の奥で笑っているのが見える。
しばらくして席が埋まり件の委員長が前に出てきた。細いフレームのメガネにかかる紺の前髪。その奥の切れ長の目に陶器のように白く滑らかな肌。そして何物をも寄せ付けないカリスマ性を放つのが葛城カズマである。
正直、二次元での完璧な美貌は三次元では恐ろしく感じるほどだ。今までおしゃべりに興じていた生徒たちの口がすっと閉じられ、葛城カズマにじっと注目する。
「知っての通り来月には体育祭がある。保健委員のみんなには競技の他にも委員としての仕事があるので、大変だとは思うがよろしく頼む。というわけで、まずは役割決めからしたいと思う」
委員会に攻略対象がいると知ったときには本気でどうしようと思ったが、保健委員の活動はみんなで一緒にするようなものはなかったので葛城カズマとは話したこともない。たぶん名前さえ覚えられていないと思う。というかわたしは主人公ではないので親しくなったところで関係ないかもしれないけれど、用心に越したことはない。
「体育祭が済めば大きな保健委員の仕事はないらしいから、ここはひとつ大きな役をもらおっか」
横で蔦林が楽しそうにしょうもないことを言っている。
「しつこい」
ぶっきらぼうに返すも、やつの目に光る冷やかしは消えない。
体育祭での主な仕事は救護所の設置や交代での救護当番、給水を促す放送をしたりというものだった。どれも葛城カズマと接することはなさそうでホッとする。
「葛城様は当番されるんですかぁ?」
救護当番を葛城カズマとしたいんだろう。妙に語尾を伸ばしたがる二年の先輩が発言した。
初回の集まりで委員会なんてめんどくさいと不満げな態度を隠そうともしていなかった先輩を、リコは心の中で同志だと思っていたのに、葛城カズマが委員長だとわかった途端に態度をコロッと変えてリコを裏切ったのだ。勝手に同志認定したのはリコな訳だけど。
「いや、当日は天瑞会の方もあるから悪いが当番は外させてもらうよ」
だったら保健委員会の委員長もはじめからそうしろよとは思っても口には出さない。
「天瑞会のお仕事は大変ですもん。仕方ないですよぉ」
ケッ。中途半端にするなんて舐めてるでしょ。もちろん口には出さない。
「興桃寺さん。目は口ほどに物を言う、だよ。葛城先輩を避けたい……んグァ」
他の人に聞かれたらどうしてくれようか。一線を超えたのは蔦林くんだ。実力行使に出たとて抗議はできまい。ムゴムゴと何か言っているが全てわたしの萌え袖に吸収される。
「萌え袖で口を塞がれてどういう気分ですか、蔦林サン。え? なに言ってるかわかりませんけど? ん、降参ですか」
わたしの手を三度タップしたので解放してやる。蔦林くんが恨めしげにこちらを見るが知ったことではない。わたしにちょっかいを出すとそうなると覚えておくがいいわ。
わたしは救護当番と放送を一回という最小限の仕事に決まり一人ほくそ笑む。その救護当番も蔦林くんとでなんの心配もない。すると葛城カズマの「そうだ。給水を喚起するポスターを作らないといけないんだった。その担当も決めないとな」という声がした。
「はい! 葛城先輩、あたしやりたいですぅ」
「積極的な立候補は嬉しいんだが、例年ポスター作成は一年に任せているんだ。二年生とはいえ夏を過ぎれば勉強の方が忙しいだろう。三年生は言わずもがな」
二年の先輩が頬を膨らませて不服の意を表明している。残念ながら葛城カズマは気づいていないようだ。
「そうだなあ。じゃあ、蔦林やってくれるか?」
葛城カズマの視線がこちらの方を向く。それだけでリコの心臓はオーバーヒートしそうなほど速く脈打ち出す。
「確か絵は得意だったよな」
「得意っていうほどでもないですよ。でも、葛城先輩のご指名なら喜んで」
「悪いな、助かるよ」
ていうか、蔦林くんと葛城カズマって知り合いだったの!?
「でも一人だと不安なんで興桃寺さんに手伝ってもらってもいいですか?」
なっ……!
このとき人生で一番大きく目が開いたと思う。
「ああ、そうだな。興桃寺さん、いいか?」
訂正する。人生で一番目が大きく開いたのはこのときです。
喉にあった水分は一瞬で何処かへ飛んでいったようで、わたしはカスカスの声で了承の返事をした。