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ヒロインな姉

 幸か不幸かわたしは転生なるものをした。

 前世では特別なこともなかったけれど、大きな困難もなく過ごしていたように思う。というのも、生まれ変わって十年以上経つので記憶が薄れて色々と忘れている。

 まあ、前世は終わってしまったし、今世を生きるのも大変なのだ。


 転生をして言わなければならないことがあるとすれば、それは姉のことだ。

 わたしにはニコという一つ年上の姉がいる。なかなかユニークな名前だ。

 ちなみにわたしはリコという。姉よりシンプルだねと思ったでしょう。うちの両親もあんたの名前はすぐ決めたとか言っていた。でも、それはいい。ニコが自己紹介で二度は言わないとわかってもらえないのを見てきたから、名前はシンプルでよかったと思っている。


 問題はそこではない。姉は可愛いいのに妹は普通だねとかそういうことでもない。

 ニコが前世に存在した女性向けの恋愛シミレーションゲーム、いわゆる乙女ゲームの主人公(ヒロイン)で、エンディングによってはニコとその家族(つまりわたしと両親)は没落してしまうということだ。


 はいはい、乙女ゲームの世界に転生ね。あるある。とか思わずに、まあ聞いてほしい。でもまさかよ? 自分に起こるとは思わなくない?


 わたしは物心ついたころから『ここではないどこかのだれか』の記憶があった。それは掴めないけれど確かにある雲のようなもので、わたしの成長におかしな影響をはなかったと思う。年の割に落ち着いているくらいなもんだ。


 ニコの話に戻すと、乙女ゲームの主人公・興桃寺(こうとうじ)ニコはかなりハイスペックだ。父親が一代で築いた大企業のお嬢様で容姿端麗、


「ニコちゃん、ちゃんと顔は洗ったの? ヨダレの跡がついてるわよ」

「うそ〜!」


 観音菩薩のように慈悲深く、


「そうだ、お母さん。ニコのプリン食べたでしょう! 楽しみにしてたのに」

「ニコちゃん、あれはリコちゃんとひとつずつと思って買ってきてたの」


 学校での成績も常にトップレベルを保つ、


「そんなことより、ニコちゃん。次の定期テストはしっかり頑張るのよ。また赤点なんて取ってきたら、おやつは当分禁止にしますからね」

「そんなあ。……プリンのことお母さんに言うんじゃなかったあ」

「聞こえてますよ」


 これぞ完璧という人物だ。ゲームでは。


 さっきからチラチラと聞こえているのが、わたしの母と姉のニコだ。


 お聞きの通り、どうしてかニコはゲームでの設定とはかけ離れたニコになってしまった。こういうわけでなかなかニコと乙女ゲームが繋がらずに成長期を過ごしたわたしだけど、ニコが進学するという高校の名前を聞いてようやく気づくことになる。


 その名も天瑞(てんずい)学院。


 ニコが攻略対象たちと恋愛模様を広げる舞台だ。

 残念なことに、気づいたときにはわたしの前世の記憶はかなり薄れていた。思い出せたのは攻略対象たちの容姿や簡単なプロフィール、各エンディングなんかで、前世でプレイしていたのか疑わしいくらいだ。


 まあ、それもいい。さっきも言ったけれど、大事なのはそう、エンディングによってはわたしたち家族は没落してしまうのだ。

 いわゆる没落エンドを迎えると父の会社は倒産し、ニコは高校を中退。そして一家離散。そのあとはゲームでは語られないのか何も思い出せないけれど、どうなるのかは想像に難くない。

 肝心の選択肢やイベントは思い出せないのに、どうしてこんなことは思い出すのか。おかげで当時一ヶ月は毎夜夢に出てきた。


 リコが車に乗り込むと、ニコが珍しく先に乗っていた。白のベントレーが滑らかに走り出す。

「くぉは、お姉しゃんおあしあね」

 リコはひとつため息をついて、ちらりと横のニコを見やる。何かを口いっぱいに頬張りながら、片手には牛乳の入ったグラスを持っている。


「何がお姉ちゃんの勝ちだね、よ。朝ご飯を車で食べてるだけでしょ。しかもわざわざ頼んで用意してもらったの知ってるんだからね。こんな行儀のなってないことして、お母さんが知ったらおやつ禁止が前倒しになるかもねえ」


 ニコは目をくわっとむき出しにして、いっぱいの口でわあわあ言っている。『リコちゃんの意地悪! 鬼! ご、ごめんなさい。ね、お母さんには言わないでね。お願い!』みたいなことを言っていると思う。たぶん。ニコのズボラ思考がわかる自分が切ない。

 いつも家を出る時間に間に合わないことを、直すように言ったらこれである。


 そうこう言っているうちに車は目的地に着く。運転手がドアを開け、二人は車から降りると天瑞学院の象徴でもある、立派な赤煉瓦の正門をくぐった。


 天瑞学院。正しくは天瑞学院高等部は国で一番歴史のある私立高校で、学院に通う生徒の半数は初等部からの生粋の天瑞生がほとんどだ。天瑞生というだけである種のブランドだが、初等部からの天瑞生は由緒ある血筋や財閥の子女であることがほとんどを占める。


 そんな特権階級の子どもたちが通う天瑞学院にもヒエラルキーはある。頂点に君臨するのが学院を仕切る生徒会役員会、通称・天瑞会だ。

 彼らは成績、家柄、カリスマ性などすべての資質を問われ、職員や生徒たちの投票、そして最後は学院理事の独断によって選ばれたエリートの中のエリートで、生徒たちに絶対的な人気を誇る。


 とまあ、なんとも乙女ゲームの舞台らしいという一言に尽きるなというのがわたしの感想だ。そしてお気付きの方も多いかと思うが、この天瑞会のメンバーこそがニコとわたしたち家族を没落させるかもしれない攻略対象(バクダン)なのだ。

 さて、ここでわたしの『没落、ダメ、ゼッタイ作戦』を説明したいと思う。全く頼りにならないわたしの残念な記憶は、いつどこで何が起きるなんていうことは覚えていない。もしも、ニコがゲームの設定のようであったなら、攻略対象のひとりと恋愛をしてハッピーエンドもあり得たのかもしれない。だけど、ゲームのニコでさえ選択を間違えれば点火させてしまうバクダンたちだ。ズボラ女子と化したニコには危険すぎる。

 ならばいっそニコと攻略対象たちを関わらせなければいい。なんて素晴らしいアイデアだろう。恋も始まらなければ、嫌われて没落に追い詰められることもないのだ。これぞ、パーフェクト。


「リコちゃん、今日は一緒に帰れるの?」


 それぞれの教室へ別れようとしたところで、ニコが思い出したように振り返る。柔らかなボブヘアがさらりと波打って、首をかしげるその姿はまさに見た目麗しい少女だ。けれど、リコは騙されない。


「放課後に保健委員の集まりがあるの。だからおやつは夕食のあとまでお預けね」


 芝居掛かった笑みを浮かべれば、ニコはプクリと頬を膨らませる。


「そんなあ。二人一緒じゃないと出してもらえないの知ってるのに、リコちゃんのイケズ」

「それもニコの自業自得でしょ。わたしの分まで食べちゃうのがいけないんだからね」


 それでも諦めないニコを放って自分の教室へ向かう。

 ちなみに没落、ダメ、ゼッタイ作戦は今までのところ上手くいっている。わたしの入れ知恵でニコは部活や委員会には入っていないし、帰りもいつも一緒に帰るようにしている。学年が違うと、どうしてもずっと張り付いていることはできないけれど、そこも手は打ってある。第一、学院の特権階級である天瑞会に近づくのは、そうしようと思わない限りできることではない。そこもニコには関わると恐ろしいことになると言ってあるので大丈夫だ。嘘じゃない。


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