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終末の大魔法使いと最強の弟子

《いい加減、飽きてきたなァ》


《ここでの作業ってどれくらいになるんだっけ?》


《主観時間で2371時間24分。現地時間だと5500年ぐらいですかね》


《そんなにいるのか。珍しいよなァ、こんなに留まるのって》


《そういえば後輩君が見つけた高次元高密度情報体ってどうなったの?》


《規定通りに保存してありますよ》


《複製でいいからこっちにも入れておいて》


《ついでに俺の飲み物も頼むわァ。コーラな》


《またそれですか……》


《次世代が生まれるまでは後輩君がずっとパシリだからさァ》


《まだ作業はかかりそうだし、ちょっと遊ばないか?》


《いいけど、なにするの?》


《ここの生命体を一つ選んで(しもべ)として、現地時間で十年間鍛えて戦わせる。勝った奴がこれまでの蓄積分を総取りできるゲーム》


《ちょっと待ってください。直接介入は法で禁止されてます》


《後輩君よォ。つまんないこと言うなよなァ》


《バレて辺境に飛ばされたらどうするんですか》


《心配するなって。抜け道はいくらでもある。たとえば未曾有の危機が迫っているため仕方なくとかさ。そこはこっちでやっておくから》


《過度に干渉しなきゃセーフなわけ。こっそりいろんなもんコレクションしてるヤツだっているわけだしさァ》


《ボクのは保護や観察が目的でコレクションってわけじゃ……許可取ってないのは事実だけど》


《でもよォ、先んじて高次元高密度情報体キープとか汚くないかァ?》


《まあまあ。これが絶対的に有利ってわけでもないし》


《ここの生命体なら何を選んでもいいの?》


《いいよ。どういじるのかも自由ってことで》


《後輩君もやるよなァ? 今回、かなりため込んでるんだろ? 全部巻き上げてやるよォ。ヘヘ》


《それはいい話を聞いた。勝ちにいかせてもらうか》


《……わかりました》




 星幽(アストラル)にある情報を集積させ、自己をこの世界の肉体に定着させる。


「お目覚めですか、マスター」


 サポートシステムの声には応えず、深く体を預けていた椅子からゆっくりと立ち上がる。物理的な肉体はやはり重かった。


「クソ!」


 何もない地面を怒りのまま蹴りつける。


「あいつらはいつだってそうだ! 俺に全部押し付けて! 前の世代だからっていつもいつもいつもっ。今回だって俺しか作業してねぇし! なにが飽きただ、なにがちょっと遊ばないかだ! あいつら絶対に許さねぇぇぇぇ!」


 苛立たしげに髪をかきむしり、地団太を踏む。


「あー、やっぱり選択間違えた! なんで開発職になったんだ。こんなことなら妥協しないで探索職に進んでおけばよかった! せめて開発でも別のところにしておけばっ」


 心の中にたまったドロドロしたものを吐き出したら少しだけすっきりした。


「はあ……グチってても仕方ない。俺も(しもべ)候補を探すか。絶対に勝って吠え面かかせてやるっ」


 壁際まで行くと壁が開いて外の様子が見えるようになる。

 どこまでも続く深い色をした木々と青い空があった。


 そのまま前へ足を踏み出す。

 重力に引かれて地面へ向かって落ちることはなく、そのままスタスタと空間を歩いていく。


 振り返ると男が出てきた場所が視界に入る。

 それは陽の光を浴びて輝く壁だった。

 視線を左右に向ければ、その壁が巨大な円柱なのだとわかる。

 遥か下の地面から彼方の宇宙にまで続く一本の巨大な道管(チューブ)だ。


「個人的には希少種より普通種で勝つ方が面白いけど、あいつらに負けるのは業腹だし……」


 男は世界を()(わた)し、赤道上に等間隔で並ぶ道管周辺の動向を確認する。


「最強厨らしく幻想種を選択したのか。こっちは例の高次元高密度情報体を使うつもりと。この世界では破格だけど拡張が乏しいだろうに。あっちはコレクションしてた神獣(ヤツ)ね。どれも希少種で容量はあるけど発展性に乏しいだろうなあ」


 男の能力があれば相手に感知されないで視ることができた。

 さらにこちらの行動を知覚させないことも可能だ。


「さて、どうするか。なるべく改良できる余地のあるのが……ん、近くに反応があるな」


 男は反応があった地点を視る。


 森の中を複数の生命体が高速で移動している。

 追いかけている方の容量は、追われている集団よりずっと大きい。幻想種や神獣に匹敵するサイズだった。


「確認だけはしておくか」


 次の瞬間、男の姿は森の中にあった。

 地響きを立てて迫ってくる巨大な存在に対して小さな集団が反撃しているところを観察する。


「この程度だと物足りないなあ」


 集団側が全滅するという壮絶な戦いの結果、この広大な森の王と呼ばれ、数千年を生きていた生命体も最期を迎えた。


 周囲に静寂が訪れる。

 紅に染まっている地面で、もぞりと動いたものがあった。


「ん? まだ動けるのがいたのか」


 血だまりの中、人間に似た姿をしているものが蠢いている。

 それは地面から引きはがすように体を起こそうとしているが、右腕の肘から先が千切れており上体を支えることができないでいた。

 足も片方が失われており、腹部からは内臓がこぼれている。

 それでもジリジリとした速度で顔をあげようとする。


『……、ヒュー、ヒュー、…………。……、ガフッ。…………』


 自分の血で溺れているせいか明確な言葉になっていない。


「へえ。この個体はちょっと面白いな」


『ゲホッ、ゲホッ…………、………………?』


「修復したから立ち上がれるだろ」


 男の言葉通り、少女の右腕は再生しており、失われていた足も復元され、はみ出していた内臓も胎内に収まっていた。

 それどころか前合わせの白い衣装も元通りになっている。

 艶やかで豊かな黒髪を背中まで伸ばした少女は自分の体に触れて確かめていた。


『…………! …………、……………………っ』


「なんて情報量の少ない言語なんだ。これでよく会話が成立するな。ちょっといじるぞ」


 男が使っている言語を少女に書き加えた瞬間、目や耳や鼻や口からドロリとした体液を垂れ流して少女の呼吸が停止した。


「これでいいだろ」


「――きれいな世界……みんながいて……わたしも……あれ?」


 失われていた瞳の色が戻ると、少女の口から出る言葉が男にも理解できるものになっていた。


「俺の言っていることがわかるな?」


「は、はい! あのあの、命を助けていただいてありがとうございます!」


 少女は腰を折ってお礼の言葉を述べた。


「今の体に問題はないな?」


「はい、おかげさまで。ええっと……あなたはもしかして神様なんでしょうか?」


「神様?」


「わたしの体を修復して、しかも魂を呼び戻すなんて神様の奇跡しかできないと思うんですけど……」


 男はかすかに肩をすくめる。


「俺はそんな都合のいいモノじゃない。今のは少し介入しすぎかもしれないけどな」


「そうですか。それでしたらやはり――」


 少女は瞳を輝かせながら男に言った。


「――あなたが塔の大魔法使い様なんですね!」


 キラキラと輝くような笑顔で少女は尋ねる。


「…………は?」


 大魔法使いと呼ばれた男は間の抜けた顔をしていた。



        ※        ※        ※



 精緻な彫刻が施された重厚なテーブルを挟んで男と少女が向かい合って座っている。

 テーブルには瀟洒(しょうしゃ)な飾りの入ったカップが置かれており、馥郁(ふくいく)たる香りが立ち上っていた。


「これが塔の中なんだ……」


 口の中でつぶやいた少女の言葉を男は認識している。


「……思ってたより地味かも。もっとすごいのを想像してた分、ちょっとガッカリ」


 男の眉がかすかに痙攣した。


「さて、お前のことだが――」


「あ、はい。この塔に魔法の神秘があると聞き、それを知るために仲間たちと来ました。わたしは彼らの遺志を継ぐためにも、ここにあるという英知を教えていただきたいんです!」


「……なんの話だ?」


「ですから、わたしがここへ来た目的ですけど……」


「いや、そうじゃなくてだな……まず塔っていうのはなんだ?」


「ここがそう……ですよね? 神々が創った天にまで届く巨大な塔には、この世のすべての英知と魔法の神秘を()る大魔法使いが暮らして……」


 男の表情を見て、少女の言葉尻が消えていく。


「仮にそうだとして、お前は……魔法だったか。それの神秘を知ってどうするつもりだ?」


「民を助けます!」


 少女は必死の表情で言い募る。


「神の預言がありました。世界に災いが迫っていると。わたしはそれを食い止めるために仲間たちと旅に出たんです。塔に暮らす大魔法使い様ならば、その危機を回避する方法を知っていると信じて!」


「預言っていうのは?」


「十年後に大地は荒廃し、森は枯れ、海は泡立ち、山が崩れ、生きとし生けるものすべての命が失われると」


 高次元高密度情報体の一部はこの世界の神的な役割を果たしている。それを窓口として彼女に伝えられたのだろう。

 男たちがやろうとしている遊びで、世界が未曾有の危機に陥ることを。


「なるほどね」


 男の性格を知っている誰かが少女を導いたのだ。

 卑怯者らしいやり口だった。

 だが一つだけ大きな見落としをしている。


「お願いします、大魔法使い様! 世界を救っていただけませんかっ」


「悪いが俺は観測者の一人にすぎず、今の状態でも直接干渉するのはかなり制限されている。だから無理だ」


「そうですか……でしたら、わたしに世界を救う方法を教えてください!」


 少女の強く輝く瞳から目をそらしつつ男は答える。


「それならばいいだろう。お前に力を授けよう。十年後の戦いに勝てるようにな」


「……大魔法使い様は十年後の災厄がどんなものかご存じなんですか!?」


「最強をかけた戦いだ。その戦いにお前が勝てなければ世界は崩壊する」


「そんなっ……わたしに戦いなんて無理です……強い人に戦ってもらうわけにはいかないんですか?」


「それもいいだろう。わざわざ辛い目に遭う選択をする必要はない。他の者に世界の命運を託せばいい」


 ギリッと自分の唇を少女は噛みしめる。

 握られた両手は膝の上でブルブルと震えていた。


「一つを選べば一つを失う。戦いを選ぶのなら、お前が元の暮らしに戻ることは不可能になる。それだけ激しい戦いが待っている。戦わないのならお前の記憶を消去しよう。そうすれば残りの十年をお前は心穏やかに暮らすことができる。好きな方を選べ」


「……その戦いに勝ったら、ここにある英知を、魔法の神秘を教えてもらえますか? わたしは無理でも、他の誰かに民を助ける術を教えていただけますか?」


 この時、男には勝ち筋が見えていた。


「人口の増やし方か? 傷を負った時の対処法や病の治し方か? 食料の効率的な生産についてか? 水資源の確保か? 疫病が発生しないようにするための防疫についてか? 効率的で比較的平等な政治体制か? 悪意ある存在から身を守る術か? それらはすべてたやすいことだ。約束しよう」


 少女の震えが止まった。


「お願いします。わたしに戦わせてくださいっ」


「ならば早速始めるとするか。時間は限られているからな」


 立ち上がった男に少女が声をかける。


「あの、大魔法使い様のことはなんとお呼びすればいいでしょうか?」


「そうだな……師匠と呼べ。ああ、お前も別に名乗らなくていい。適当に呼ぶ」


「わかりました……お師匠様」


 それから少女にとって地獄のような日々が始まった。



        ※        ※        ※



「――――――――――ハッ」


 カッを目を見開いて、少女は素早く現状を確認する。


「ガボ、ガボボボボボボ……」


 呼吸ができない。

 一面、水だった。


 魔法を使おうと右手を伸ばしたが、発動体の杖はない。


「ガボボボ、ゴボ、ガボボボボボ……」


 詠唱をしても言葉として意味をなさなければ魔法は発動しない。


 息が続かない。


 苦しい。苦しい、苦しい苦しいくるしい……。


 手足を動かそうとするが、まるで鉛でも詰め込まれたように重かった。


「ゴボボボボボ……」


 最後の空気が泡となり水面へと昇る。

 少女の体はゆっくりと沈んで行った。



        ※        ※        ※



「――――――――ハッ」


 カッを目を見開いて、少女は素早く現状を確認する。


 今いる場所は闘技場のような空間で、目の前には巨大な戦斧を構える牛頭男が立っていた。


「万物の根源たるマナよ。我が眼前にいる敵を――ガッ」


 突き出した右腕が斬り飛ばされていた。

 そのまま牛頭男は距離を詰め、戦斧を振りかざす。


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……」


 呼吸が整わない。歯の根がかみ合わずにガチガチと音がする。


 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!


 痛みのせいで思考がまとまらず、次の選択ができない。

 鈍い輝きの戦斧が少女の頭めがけて振り下ろされた。



        ※        ※        ※



「あの……お師匠様?」


 上目遣いで男を見る。


 少女がここへ来て3日しか経っていないというのに、死んだ回数はすでに100回を超えていた。


 そもそも男が教える力の使い方は少女が知る魔法と違うのだ。


「諦めるというのならば仕方がない。他の――」


「いえ! 諦めてません!」


 男の左眉が驚いたと言いたげに上がる。

 死の体験を繰り返しているにもかかわらず、彼女の瞳には強い意志の力が感じられた。


「そうか。では続けよう」



        ※        ※        ※



「――――――ハッ」


 カッを目を見開いて、少女は素早く現状を確認する。


 そこは壁も天井も見えないほど広い巨大な空間だった。


「く――ぅぅぅぅ」


 右手を伸ばすと、指の示す先へ向けて紫電が走る。

 光は目標に吸い込まれるようにして到達し、次の瞬間には大爆発を起こした。


「できた!」


 少女の知る原理とは異なる現象の発現だった。

 だが、地面から生えた土の槍によって少女の体は貫かれていた。



        ※        ※        ※



 初めて行ったサポートシステムとの模擬戦で、少女は一呼吸が終わるまでに10回以上殺されていた。


「――もっとがんばりますから!」


「俺はその言葉が嫌いだ」


「す、すみません」


「……別に謝ることはない」


 それで話は終わりと言う代わりに男は鼻を鳴らす。


「お前はしっかりやっている。それでいい」


「は、はい!」



        ※        ※        ※



「――――ハッ」


 カッを目を見開いて、少女は素早く現状を確認する。


 光り輝く神々しい存在に魔法攻撃の効果がないのならば物理的に殴るしかない。

 少女の手には男から譲られた黒い刀身の(つるぎ)が握られている。


「タアアァ!」


 襲い掛かってくる光の刃を次々と切り伏せていく。


「これならいける――アッ」


 次の瞬間、全身が硬直していた。


(う、うそ……どこから?)


 魔法的な干渉――なし。

 物理的な拘束――なし。


(やられた……星幽(アストラル)からの攻撃まであったなんて……)


 少女は光となって散った。



        ※        ※        ※



 コツコツコツと指先が机の上を叩いている。

 それが男の苛立ちの表し方なのを少女は知っていた。


「お前がここにきて六年になる。それでこの程度とは、俺のやり方が間違っているのか」


「そんなことは……もっとがんば――しっかりやりますから!」


「せっかくの容量が活かされていない。この世界の法則に縛られている。いっそ俺と同じ存在にしてしまうか。いや、さすがにそれは……」


 男は独り言つ。


「わたしは世界を救いたいんですっ。そのためならなんでもします!」


「外側だけを残して中身を入れ替えるようなものだぞ。後戻りはきかない。それでもいいのか?」


「はいっ」


「……馬鹿な奴だ。選択は慎重にしろといつも言っているだろう。一つを選べばもう一つは選べないんだぞ」


「大丈夫です。だってお師匠様がすることですから」


 男は少女から目をそらし、右手を伸ばした。



        ※        ※        ※



「――ハッ」


 カッを目を見開いて、少女は素早く現状を確認する。


 自身が師匠と呼ぶ男を追い詰めていく。

 魔力を弾き、星幽へ干渉し、相手の打つ手を徐々に奪っていく。

 無数のバックアップで並行演算し、予知ともいえる先読みが反撃をことごとく封じた。


「ここまでやるとはなっ」


 男は驚きとともに満足していた。

 これならば誰にも負けることはない。


 今や少女は最強の存在だった。

 師匠である男すら超えようとしていた。



        ※        ※        ※



「何をしているのですか?」


 サポートシステムの問いかけに少女が振り返る。


「人形を作成しテいましタ」


 少女に似た疑似生命体がベッドに横たわっていた。


 長く美しい黒髪。

 透き通るような白い肌。

 凹凸は控えめながら女性らしい体つき。

 そして、胸の真ん中には艶のある純黒の石が埋め込まれている。


「少しでも休んだ方がいいのでは?」


「いエ。ワたしガわたしであるうちにヤっておかなければいけないコとなのデ。オ師匠様のためにモ」



        ※        ※        ※



 カッを目を見開いて、少女は素早く現状を確認する。


 指差した先に赤熱球が生じて虹色をした毛皮が爆散する。

 高次元高密度情報体による星幽からの拘束も髪を一振りすることで脱する。

 最大限に強化された古龍のブレスも視線を向けるだけで遮る。


「まさに最強の弟子だ。必ず戦いで勝利し、世界を救うだろう。お前の選択は正しかったぞ」


 男は勝利を確信して笑った。

 少女に微笑みはなかった。



        ※        ※        ※



 精緻な彫刻が施された重厚なテーブルを挟んで男と少女が向かい合って座っている。

 テーブルには瀟洒な飾りの入ったカップが置かれており、馥郁たる香りが立ち上っていた。


「それはお前がつくったのか」


 男から与えられた様々な装備を身に着けて戦いの準備を終えた少女の背後に、少女そっくりの人形が立っている。


「ふむ、胸部に埋め込まれた石で制御をしているのか。表情などもよくできている。石以外はまさに本物の人間だな。そうしていると初めてここへお前が来た日を思い出すくらいだ」


 少女は返事をしない。

 黙って男を見つめるだけだった。


「わかった。この人形に世界を救う方法を教えよう。お前はなにも心配せず戦うといい」


 少女は言葉を発することなく、ただじっと師匠であった男を見つめていた。



        ※        ※        ※



 この星の北の極点。

 そこが約束の場所だった。


 しかし、男と同位の存在はこの場にいない。四体の僕がいるだけだった。

 結局、この世界で十年を過ごしたのは男だけだったのだ。

 また騙されていたのかと己の下した選択に苦笑が漏れる。


 一つは幻想種。この世界でドラゴンと呼ばれる存在だ。

 千年を超える時を生きる生命体。その爪は星幽界にも影響を及ぼし、竜語による独自の魔法を操り、ブレスによってどんなものすら消し去る最強の存在。


 一つは神獣。この世界では神によって生み出され、その神すらも殺しうる。

 四足獣の姿をしており、全身を覆う毛は虹色に輝く。咆哮は聞くものの魂を砕き、長く鋭い爪は空間を切り裂き、視線によって対象の精神を破壊する。


 一つは高次元高密度情報体――この世界では神と呼ばれている。

 他の生命体とは一線を画す圧倒的な情報量を有し、存在するだけで様々な現象を起こすモノ。もちろん戦いにその力を使えば相手は必ず滅びる。


 そして最後の一つは少女の姿をしていた。

 男が現地時間で十年をかけて作り上げた最強の弟子だ。


 男は宣言する。


「俺の勝ちだ!」


 戦いは始まる前に終わっていた。


 幻想種と神獣と高次元高密度情報体はこの世界から抹消された。



        ▼        ▼        ▼



《あいつ、この星の生命体なのにボクたちと同じ力を持ってる!?》


《あれは駄目だ……星ごと破棄するしかないっ。すぐ始めろ!》


《わかってるッ、今やってるからッ!》



        △        △        △



 赤道面に並んでいた道管から膨大なエネルギーが星へ注ぎ込まれていく。


 大地が隆起や陥没を繰り返し、森が無秩序に増殖し、海がグラグラと煮立つ。


 世界が崩壊していく。


 この星は内側から弾けようとしていた。



        ▼        ▼        ▼



《後輩の全権限を奪った! あいつがため込んでた分も突っ込むぞ!》


《これでなんとかなる……なってくれッ》


《ウソでしょ……あいつ、なんでボクたちを認識できてるんだ……?》



        △        △        △



 少女が宙を見上げる。


 ここにはない場所にいる男と同位の存在を、いつの頃からか把握していた。

 そしてそれらに介入するだけの力を少女は持っていた。


 男はいつも「一つを選べばもう一つは選べない」と言っていた。


 でも少女はずっと思っていたのだ。

 一つを選んだら、誰かにもう一つを選んでもらえばいい。


 だから死地(ここ)へ来る前から少女の行動は決まっていた。

 男と約束をしたのだから、少女は安心してそれを選ぶことができた。


 この世界の赤道上に等間隔で並んでいた四つの塔のうち、少女がこの十年を過ごした場所以外の三つの塔が根本から引き抜かれる。


 大地に巨大な穴を残した三本の道管(チューブ)は、様々なものをこの世界へばらまきながらスルスルと宙へ昇っていく。

 そこにつながっていた存在にとって致命的な事態だった。


 これにより少女は、この世界に直接干渉できない存在となった。



         ※        ※        ※



「だから選択するときはよく考えろと言っておいたのに……」


 道管(チューブ)の権限が男の手に戻っていた。


 これがあれば世界を救うことができる。

 だがそれをすれば、遠からず道管(チューブ)は崩壊する。


「……約束したからな」


 男は道管(とう)に残っていた力を使い、星に満ちあふれたエネルギーを適切な形で処理した。


 大地の揺れが収まり、森の拡張が落ち着き、海は凪いだ。


 世界は崩壊を免れた。











 それから男は、男のすべてを教えた少女の忘れ形見を終末の世界へ送り出す。


 これからのことは任せるしかない。

 男に未来は許されないのだから。


 約束を果たした男は、この世界の辺境に残された(とう)でもう覚めることはない長い眠りについた。









 記録を残しておくように言われたので書きます。


 大魔法使い様は思っていたよりもずっと若くて、なんかちょっといい人そうだった。

 年老いた気難しい人かと思っていたからうれしい。




 うれしいって思ったのなし。

 あの人って人の皮をかぶった悪魔だと思う。

 死ぬの怖いよ!




 わたしが知っている魔法は魔法じゃなかった件について。

 なにあれ。信じられないんですけど。

 触媒なし、発動体なし、呪文なしで魔法よりはるかに強い力が発現してるんですけど!

 ねえ、常識ってどこにあるんですか?




 死ぬほど痛いっていうのと、死ぬことの違いがわかる女って、世界広しといえどもわたしぐらいだと思う。




 お師匠様は魔法学院のことを知らないみたいだった。

 っていうか、この世界のことをほとんど知らないみたい。

 だからわたしが見たことや聞いたことを話すと意外に食いついてくれる。

 こんな塔で生活しているから世事に疎くなるんじゃないかなあ。

 もう少し外に出たらいいのに。




 今日もいっぱい死んだ。

 きっと、わたし以上にいろんな死に方を経験している人っていないと思う。

 死んだ回数だけ生き返ってるからなんだけどね!

 お師匠様の鬼! 悪魔!




 やっとお師匠様のような魔法の使い方ができるようになってきた。

 たしかに強い力だし、発動は早いし、とっても便利。

 これを魔法学院で教えたら……無理だよね、きっと。

 誰も信じてくれないよ。




 お師匠様って意外に抜けてるところがあるとわたしは喝破した。

 だってローブを後ろ前反対に着てるのが今日で四回目なんだもん。

 意外にお茶目さんなのかなあ。

 訓練のときは相変わらず悪魔だけど。




 休みのときは戦いと関係のないことを教えてもらえる。それがすごく楽しい。

 わたしもかつては賢者なんて呼ばれていたけど、全然だったんだなって思い知らされた。

 やっぱりお師匠様ってすごい。




 お師匠様が設定した目標をクリアできない日が続いてる。

 申し訳なくて、ちょっと胃が痛い。

 お師匠様ってなんでもすぐ自分が悪いのではないかって考えるから、それが余計にこっちへのプレッシャーになるんだよねー。




 自分が変わったのがわかる。

 そっか、お師匠様ってこういう存在だったんだ。

 なんていうか……寂しいよね。




 今日もあっさりと目標をクリアしてしまった。

 たぶん、今のわたしはかなり強いと思う。

 もしかしたらお師匠様にも勝てちゃうかも。




 勝てませんでした。

 お師匠様ってすごいなあっていうのを再認識。

 わたしの知る限り、お師匠様は世界で一番強い人だと思う。

 あれはもう悪魔を超えたなにかだよね。




 ドラゴンを瞬殺する女の子ってどうなんだろう。

 あだ名で「ドラシュン」とか呼ばれちゃったりするのかなあ。




 時間を見つけながら作っているものがある。

 お師匠様に教えてもらったことすべてをこの子に注ぎ込むつもり。

 この子が少しでもお師匠様のお役に立ってくれたらいいな。




 神様の殺し方って知ってる?

 星幽から攻めると簡単だから、一度お試しあれ。




 お師匠様に「最強の弟子」って言ってもらえて、うれしいって思えないのはどうしてなんだろう。

 そうなるために訓練を続けてきたのに。

 わたしがやらないといけないことってなんだっけ?




 お師匠様に完成した子を見せしたらほめてもらえた。すっごくうれしい!

 もしかしたら、わたしがこの塔へ来たのって、この子を生み出すためだったのかなあ。

 お師匠様に大事にしてもらってね。

 わたしのかわりに。




 ここに記録を残すのはこれで最後。

 サポートシステムに言われて書き始めたんだけど、思ったより書いてたんだね。そりゃそうだよね。だって十年だもん。

 言われたとおりに記録を残したんだから、サポートシステムにはお願いを一つしておいた。

 善処するって返事だったけど、きっとやってくれると思う。


 明日は最後の戦いに行く。世界を救うために。

 どうなるかわかんないけど、やれることはやろうと思う。


 ばいばい、お師匠様。

 あの子のこと、わたしだと思って可愛がってくださいね。


 ……無理かな。

 お師匠様ってすごーく鈍感だし。


 あの子は同じ色の星幽体を持っている人のためにならなんでもしてくれます。

 お師匠様と同じ色の石にしておいたから。

 だからきっと、お師匠様だってあの子を気に入ってくれると思うんだ。


 けっこう、寂しがり屋だもんね、お師匠様って。

 わたしはそんなお師匠様のことが、とっても好きでした。


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