陽毬ちゃんとぐががちゃん
それからしばらくは、陽毬ちゃんの危惧するような事は起きず、むしろ平穏な日々が続いていた。だからといって、やっぱり陽毬ちゃんの考えすぎなのかなとは思わず、首に手をかけられようとすれば振り払い、陽毬ちゃんが探してくるお祓いだとか、そういう類のものにもきちんと参加してみた。でも何処に行っても返ってくるのはこの一言、
「これは貴女自身が解決しないといけないものです」だけだった。
これには陽毬ちゃんもほとほと困り果て、勿論私も困り果てちゃって、結局私達はどうすればいいのか作戦会議の毎日であった。
「……うーん、ぐががちゃんはどーして私を恨むの?」
「ぐががっ!」
「ううー、それじゃ分かんないよおー」
「……私思うんだけどさ、ホノちゃんの昔の知り合いとかなんじゃないの、その子。で、恨み買っててみたいな、何か心当たり無い?」
「んー、恨みは買ってるかもしれないけど、ぐががちゃんみたいな綺麗な黒髪の子なんて、陽毬ちゃん以外にいたかなあ」
「あ、何、私と似てるの? ぐががちゃんは」
陽毬ちゃんは、朝から晩まで、時には私の家にお泊りしてまででも、私を守ろうと、そして原因を究明しようと躍起になっていた。陽毬ちゃんと一緒にいるときは、何故かぐががちゃんは大人しくて、それを伝えてから私から離れないようにしてくれている。本当に感謝してもしきれなくて、何度もありがとう、大好き、という事を口頭で伝えると、照れ屋さんなんだろうね、凄く真っ赤な顔をする。だからなるべく控えた方が良いのかなー、でもあんな陽毬ちゃんはちょっと貴重かもしれないなーなんて、そんな割とどうでもいい事を考えていた日曜の昼下がり、状況は突如として一変した。
「ぐ、ぐががちゃ!? やめてええっ!!」
「うぅ…………」
相変わらず何の答えも思い浮かばないまま、お昼ご飯も終えてまったりと二人、軽い眠気にも襲われていた頃の事だ。私の方が先に意識が遠のいていたみたいで、うつらうつら、舟をこぎつつあった。その眠気も吹き飛ばすほどの、陽毬ちゃんの異常な雰囲気のうめき声が隣から聞こえて、ハッと目を覚ました時には、ぐががちゃんが陽毬ちゃんの首を絞めていた。
それは一瞬言葉に詰まる程衝撃的な光景だった。今までは何があっても、ぐががちゃんは陽毬ちゃんに触れることすら無かったのに、突如ぐががちゃんのその真っ白な手は、陽毬ちゃんの首を確実に捉えていた。ぐががちゃんの顔はくしゃくしゃに歪んでいて、私にはそんな顔を向けられていた覚えが無い。私はあわてて二人を引き離しにかかった。ぐががちゃんの力は今まで私に向けられていたものとは段違いで、私は思わず、ぐががちゃんに勢いよく体当たりを食らわせて、もみくちゃになりながら、ぐががちゃんと二人部屋の端まで転がった。
「っ……けほっけほっ……ホノ……ちゃ……っ!」
「ぐ……ががっ……がっ」
ぐががちゃんは私と壁の間に挟まり、クッションになってしまった。おかげで私は無傷だったのだけれど、ぐががちゃんは少しの間、手足をじたばたさせた後、ばたりと動かなくなってしまった。
「ホ、ホノちゃん、大丈夫!?」
「あ、うん……、平気だけど……ぐががちゃんが」
ぐががちゃんはまるで糸が切れたようにごろんと仰向けで倒れていた。その目はいよいよ、何の輝きも持たず、焦点も合わないまま、どろりとしていた。
「ぐががちゃん……ご、ごめんなさい……ごめんなさい」
「いや、ホノちゃんが謝ることじゃな……ん?」
その時、ばったりと倒れて動かなくなったぐががちゃんの顔を見て、陽毬ちゃんが目を見開いた。その眼は明らかにぐががちゃんを捉えていて、見えているんだろうか。私は思わず息を飲みながらも、声を振り絞って、陽毬ちゃんに問いかけた。
「陽毬ちゃん、ぐががちゃんが見えるの……?」
「見えるし……ねえ、ホノちゃん」
「ど、どうかした?」
「この子って、この子って、私じゃないの?」
「え……?」
陽毬ちゃんは何も言わず、慌ててスマホを取り出し、何やら画像データを漁りだした。私はそれを見ながら、頭の中が急激に回りだすのを感じていた。陽毬ちゃんの言った「私じゃないの?」という言葉の意味が、急激に、過去のある一つの光景とマッチし始める。恐らくそれを、私はほんの二か月前まで毎日のように目にしていた。そしてそれは陽毬ちゃんが「ほらこれ」と見せてきた画面に目をやった瞬間、確信に変わった。
「そうだ……、ぐががちゃんは、陽毬ちゃんだ……」
どうして気付かなかったのだろう。陽毬ちゃんのスマホの画面には「死体の役を演じる陽毬ちゃん」の姿が映し出されていた。