陽毬ちゃん
「あんたが見えない何かと会話し始めてから、数日経ったわけだけど、とりあえず私精神科のパンフレット集めてくればいいんだよね?」
衝撃の事実を陽毬ちゃんから教えてもらった。みんなはぐががちゃんが見えていたわけではなかったんだ。それじゃぐががちゃんは、名前を私以外に覚えてもらってない事になる。それはあまりにも可哀想すぎる。必死に、名前を覚えてもらいたくて、現世にとどまっているというのに、せめて陽毬ちゃんだけにでもご紹介しないといけない。
「というわけで陽毬ちゃん、ここに、ぐががちゃんって子がいます」
「何がというわけでなの? というか知ってるよ。あんたがその妄想のぐががちゃんって子とひっきりなしに話してるの、私となりの席でずっと聞いてるわけだし」
「ぐががちゃんは妄想じゃないよ! 幽霊さんなのです!」
「幽霊って……ああ、そういえば何日か前に言ってたあれ……、ちなみにその幽霊は、何が未練で残ってるの? 私の手でその子成仏させていい?」
「名前を覚えてほしいんだって! ぐががって名前を」
「ぐがが……?」
じじょーを説明すると、陽毬ちゃんの眉間の皺が物凄い数になった。
「あんたそれ、多分名前じゃないよ?」
「え、えーっ!?」
「ただのうめき声的なもんでしょ。それに、時折首を絞めてくるって、きっとそれさ、悪霊の類でしょ。あんたに恨みがあってそれを晴らしたいんだよ。凄く力が弱いのか、結局あんたの妄想だからなのか、あんたには何の危害も加えられてないみたいだけど」
「ええええええっ!? そうだったの!?」
てっきりスキンシップの類だと思っていた私は、陽毬ちゃんの話を素直には受け入れられなかった。ぐががちゃんがそんな、そんな、でも私に恨みを持ってるのだとしたら、それは誤解していちゃいけない部分だし、きちんと話し合わないといけない。
「……ねえ、ホノちゃん、真面目に聞いてね?」
「あ、うん」
どうしても聞いてほしい事があるとき、陽毬ちゃんは私をホノちゃんと呼ぶ。それ以外の時は基本「あんた」って呼ぶ。おかげでいつも私は、襟を正して陽毬ちゃんの大切な話を聞く事が出来ていた。
「もう一度確認するんだけど、ホノちゃんは今悪霊に取り憑かれてるわけだよね?」
「えー、そこまで怖い話じゃないよー」
「そういう話でしょう、どう考えたって。いや、そもそも幽霊の話を信じるのも馬鹿馬鹿しいけどさ、なんか全然ホノちゃんが嘘をついてる雰囲気じゃないからノッてあげる。今すぐお祓いを受けた方が良い。何なら私、そういう人達に掛け合ってみるから」
陽毬ちゃんは相変わらず心配性だなあ、と言おうとしたところで私は、自分が如何に楽観的な人間で、如何にそれで痛い目を見てきたかを思い出した。
「今の状況って……やばいかな?」
「首絞められててやばいかなも何もある?」
「た、確かに! よく考えたら殺されそうになってるって事だよね!」
「よく考えなくても殺されそうになってるんだよ! ねえホノちゃん、そういう所! いつか本当にあの世まで連れていかれて、それで気づいて後悔して、じゃ遅いんだよ!?」
「そ、それは考えす……ぎじゃないんだよね、きっと」
「逆に私が一度でも、ホノちゃんの首を絞めたことがある!?」
「ない……ね」
「でしょ!? そんなのおかしいもん! ホノちゃんの話も聞かないで、ただひたすらにそんな事をしてくる子が、殺意以外の何を抱えてホノちゃんに接してるっていうの!? お願いだから少しは考えて! 絶対ヤバいんだって今のホノちゃんは!」
陽毬ちゃんの言葉は段々と熱を帯びてきていて、私、初めて陽毬ちゃんのここまで興奮している姿を見たかもしれない。もしかして今までも随分と我慢させていたのかな、と思うと、とたんに自分の楽観的な性格がどれだけよろしくなかったか実感させられる。
「……ねえ陽毬ちゃん、私ってやっぱり楽観的すぎるのかな?」
「すぎるなんてもんじゃないよっ! ねえホノちゃん、ホノちゃんは一人しかいないんだからね!? ホノちゃんがもし死んじゃったら、辛いのは残された人達なんだからね!? わかってんの!? 私……ホノちゃんが死んだら……っ」
「ひ、ひまりちゃん……」
陽毬ちゃんの目には、いつの間にやら涙の粒が溜まっていて、私はようやく事の重大さに気づく事が出来た。やっぱり私は楽観的すぎて、それが陽毬ちゃんを傷つけてしまう。もっと陽毬ちゃんの言う事に耳を傾けないといけない。言葉に詰まって、体を震わせる陽毬ちゃんをゆっくりと抱きしめながら、私はひたすら謝罪の言葉を口にしていた。
「ごめん、ごめんね……私、陽毬ちゃんの気持ちを理解してなかった」
「ほんっと、だよ! 今回だけじゃないよ! いつもいつも…いつもぉっ」
「うん、ごめん……」
「ホノちゃんが大丈夫って言ったら、全然ダメなんだからぁ……っ。そんな薄着してたら風邪ひくよって言っても大丈夫大丈夫って、それでインフルにかかったり、もう一度確認しようって言ったのに大丈夫大丈夫って言って、ウィッグだけ無くしてみんなから怒鳴られたり……」
「ああ、ウィッグは本当に……色々とごめんなさい……」
二か月前の学校祭で、私達のクラスはお芝居をやる事になった。練習も順調に進んでいたのだけど、本番の日、衣装担当だった私が大失態を犯してしまった。衣装は全てスーツケースに入れていたのだけど、金色のウィッグだけは仕舞い忘れてしまい、それでも事前に確認さえすれば気づけたはずのものを「誰もこんなの盗まないし大丈夫でしょ」なんて、的外れな楽観視をして、陽毬ちゃんに地毛でお芝居をさせる羽目になってしまったんだ。
とにかく陽毬ちゃんの言う通り、私が大丈夫と思えばそれはきっと大丈夫じゃなくて、私はもっと危機意識を高く持たないとダメな人間なんだ。
「ごめんね、私もっと陽毬ちゃんの言う通り、危機感持つ。楽観的にならないようにする」
「約束だよっ、約束だからねっ!」
黒髪を振り乱し、涙目で私をキッと睨み付ける陽毬ちゃんが、不謹慎ながら凄く可愛くて物凄く愛おしかった。私はなるべく大きく首を縦に振り、陽毬ちゃんの背中をぽんぽんとあやしてあげる。泣かせちゃってごめんなさい。いつも支えてくれてありがとう。
「陽毬ちゃん、心配してくれて、本当にありがとう。私、そんな優しい陽毬ちゃんの事ほんとにほんとにほんっとーに大好きだよっ! 愛してます!」
「あいっ!? …………っ、そ、そう……う、うん……っ、まあ、私も……好き」
「ほんとに!? ありがとう! 私、陽毬ちゃんと一緒にいれて幸せだよ!」
「あ、あ……うん……」
何故か陽毬ちゃんは顔を真っ赤にしてそれ以上話さなくなってしまった。風邪でも引いたのかな? 気を付けてね、最近寒いからね。倒れたりしたら本当に泣いちゃうからね。
……さて、ぐががちゃんをどうしたものだろうか。