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棋道哀楽  作者: 進藤伐斗
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前編

 大型連休の最後の祝日、将棋部の部室に五人の同じ年の頃の男女がいた。そのうちの四人は学校の制服に、一人はスーツに身を包んでいる。スーツを着ているメガネをかけた童顔で丸顔の小柄な少年は、むしろ五人の中では一番幼くも見えた。そのスーツの少年に向かって

「やあ、鈴森二段。今日もご指導よろしくお願いします」

 長机にゴム製の将棋盤を並べながら部長の勝谷宏和が爽やかな笑顔を見せた。

「あ、よろしくお願いします」

 挨拶を受けて鈴森直人は軽く頭を下げる。彼はプロ棋士養成機関である奨励会に在籍する棋士である。

「お前も来たんだな、丸浦」

「んー。まあ予定もなかったし、何となくね」

 宏和から声をかけられ、髪が左右に跳ねて活発な印象を与える丸浦広恵はそう答えた。

「将棋部員でもないのに暇なんだな」

 ややトゲの含んだ物言いに広恵は唇を少し尖らせた。

「別にいーじゃん。それよりあんた、この間クラスで目つきの悪い男子にすごい剣幕で睨まれてたわよ」

「誰だ?」

「中川と池田」

「あー、あいつらか。あいつらは親衛隊のやつらだな」

「親衛隊って?」

森尾麗亜(もりおれいあ)の親衛隊だよ。森尾と俺は仲があんまり良くないんだ」

「森尾麗亜って学年一ともこの高校一の美少女とも名高いファンクラブまであるっていう彼女のこと?」

「そう。あの容姿端麗、運動神経も抜群でバック転の出来る、毒舌の女王様」

「何で仲悪いの?」

 そんなやり取りを聞き流しながら、やや長めのストレートヘアで清楚な感じのする宏和の妹である佳奈美と、雑な髪型で分厚いメガネをかけた無表情な平綾麻里は黙々と将棋盤に駒を並べていた。

「そう言えば、途中の廊下で女の子の写真が貼り付けてあったのを見たけど、そこに書かれていた名前が森尾麗亜……だったような?」

 駒を並べるのを手伝いながら直人がポツリと呟いた。

「あー、そうですね。熱狂的なファンが貼り付けているみたいですね……」

 さほど興味がなさそうに佳奈美が答えた。そんな二人の声をかき消すかのように宏和の大きな声が聞こえてくる。

「いや、何ヶ月か前だけど、廊下で彼女とぶつかったんだよな――」


「いたたたた……」

「いてえ」

 お互いに額をさすりながら相手を確認する。宏和にはそのぶつかった相手が校内の有名人であることがすぐに分かった。

「あー、あんた森尾か。わりいな、大丈夫か?」

「ええ、大したことはないわ」

 痛みもすっかり薄れ、麗亜は宏和の顔をじっと見詰めた。

「ふーん、なかなか悪くない男ね。あなた、どこのクラスの誰? あなたなら私の親衛隊に入れば副隊長くらいにはなれるわね。頑張ってみる?」

 麗亜はその形の良いあごに手をあて、やや吊り上がってキツめの印象を与えるもののその涼やかで潤んで魅惑的な瞳で宏和の目を覗き込みながら、よく通る綺麗な声で彼にそう告げた。そうしてその見事に均整のとれた肢体の中央で腕を組んだ。彼女から直々にこう言われてその軍門に降らない男子はいない、それが彼女にとっての常識だった。だが当然の返答を待つ彼女に対して返ってきたのは、全く予想だにしない言葉だった。

「あんた、将棋をやるのか?」

「え?」

「将棋をやるのか、と聞いたんだ」

「将棋……? そんなものやったことないけど……」

 目の前の少年が何を言っているのか分からない。怪訝な表情を浮かべる彼女に向かって

「話にならねえな。俺の将来は女流棋士と結婚するんだ。あんたなんかに興味はねえよ」

 そう言い捨てて宏和は立ち去ろうとした。

「……あ、あなた、何者なの?」

「俺か。俺は将棋部の勝谷宏和だ」

 宏和は振り返らずに背中越しに己の名を告げて歩いて行く。呆然と立ち尽くす麗亜を残して――


「それ以来、森尾のやつは会えば俺に不機嫌な視線を投げてくるんだよな。それ以上にあいつの親衛隊の連中が恨みを込めたような目つきで俺を見るんだよな」

「あんた、誰にでもそんなことを言ってるのね……」

 過去に似たような台詞を何度も聞いている広恵は頭を押さえた。佳奈美も苦笑いしていた。

「でも、その時の森尾麗亜は機嫌は悪くなかったんでしょうね。ぶつかった相手にそんな勧誘をしてくるなんて」

「俺はその時機嫌が良くなかったんだ。誰にでも突っかかるわけじゃないよ」

 どうだか、と言わんばかりの呆れ顔で広恵は宏和に冷たい視線を浴びせた。

「ま、色男の辛いところだな」

 どうしてそうなるのか、と一同が思った。確かにその言葉通りにイケメンの部類に入る彼だが、その奇行のために女子からは敬遠されがちな存在であった。


 直人はそんな二人のやり取りを聞きながら楽しんでいた。

 直人の師匠である丸浦俊光八段の娘である広恵と今年度から将棋部部長に就任した宏和。将棋のプロになるために単身で上京しての二年目、どちらかというと人付き合いが億劫で表情の変化に乏しい直人だったが、同じ年齢の彼らとの付き合いによって徐々にその顔に笑みが増えて物腰が柔らかくなってきていた。

 家が資産家である宏和の勧めによって将棋部の指導に定期的に訪れることとなり、その謝礼は直人にとっては貴重な収入源にもなった。

「丸浦もこっちに来て一緒に指したらどうだ?」

 離れた所に座ってマンガを読んでいる広恵に部長からの声がかかった。

「んー、あたしはいいよ」

 目線を落としたまま広恵が答える。

「何だよ、せっかく来たんだから一局くらい指してけばいいじゃないか」

 少し考える素振りを見せた後、彼女は立ち上がり椅子を持って皆の列に加わった。直人と4人の学生が机を挟んで向かい合った。それぞれの目の前には将棋盤が一面ずつ。四人を同時に相手にする四面指しである。

 しかもハンディなしの平手では勝負にならないから、上手(うわて)である直人が駒を落とす。宏和には大駒である飛と角を落とす二枚落ち、麻里には飛角に両端の香を落とす四枚落ち、佳奈美には飛角桂香を落とす六枚落ち、広恵には飛角桂香に銀まで落とす八落ちで上手陣には玉と歩と金しかない。

 こんな条件でもプロの世界で修行をする直人にとっては朝飯前にこなせてしまうのだった。

「お前八枚落ちかよ、だっせーな。丸浦八段が泣いてるぞ」

「うるさいわねえ。別にお父さんは泣いてないわよ」

「せめて六枚にくらいはなってくれよ」

 確かに六枚からなら上手の側から見ても多少は楽しめる手合いとなるのだが、実力に不釣り合いな手合いで大差で惨敗ばかりしていたのでは下手(したて)にとってあまり上達のためにはならない。それぞれに合わせたハンディで指すのが一番である。

 数手ずつ、あるいは一手だけ指し、あるいはずっと下手が考えたままで進まなければ直人は隣に移動して次の相手をする。そうして右端に行けば今度は左に向かって移動していき、左端に行けば右へと向かう。

 局面が進むにつれて宏和の口数は減っていって殆ど喋らなくなる。広恵だけ声のトーンが変わらない。

「だけど三人しか部員が来ないって、部としてまずいんじゃないの?」

 自陣が火だるま状態となっている広恵の声が一番明るい。

「……まあ、弱小部だからな。まずは鈴森先生の都合を聞いて、この日に来れるメンツだけが集まったんだ」

 盤面を睨んだまま、宏和はポツリと答えた。

「……」

 話しかけても段々と反応が鈍っていき、広恵もやがてはつまらなそうに口を閉じるしかなくなった。


 プラスチック製の将棋の駒の音だけが響く静かな空間の中、将棋の局面について読みを入れながらも宏和は他の事に思考を巡らせていた。

<それにしても丸浦のやつ、将棋に対して興味ないくせに部にはちょくちょく顔を出すよな。しかも鈴森二段の来る時に。まさか彼のことを……>

 チラリと広恵の方を見て、宏和は複雑な表情を浮かべた。

<いや、そういう感じではないんだよな。丸浦八段の弟子である彼のことを気にかけているのと……それと何だろう? 何らかの理由があるんだろうけど……>

 しばらく盤面を見詰めた後、今度は麻里の方を見る。

<こいつだよな。この『歩女子(ふじょし)』め。一見、何を考えてるのか分からない>

 麻里は分厚いメガネの奥にある瞳にぐっと力を入れて己の目の前にある盤面を凝視している。駒のぶつかり合う、気を抜いた途端に形勢を損ねて取り返しがつかなくなる、そんな局面を前にして一生懸命に手を読んでいる。

<自他ともに認めるマニアである俺に次いで将棋に夢中なやつで知識もかなりある。将棋以外のことには無頓着だ。だけど俺には分かる。やつは鈴森二段を狙っている……!>

 そう考えて顎に手をあてる。そして今度はチラリと妹の佳奈美を見た。

<元々将棋のルールを知ってる程度で大して興味がなかった佳奈美だが、俺が頼み込んで部に入ってもらった。根が真面目だから懸命に勉強してくれて、短期間で六枚落ちの手合いまで進んだ。丸浦のやつとはデキが違うぜ>

 佳奈美は真っ直ぐに盤面を捉えている。闘志というものは感じられず、その思考は淡々とした印象である。感情をブレさせずにただひたすらに真っ直ぐに読みに耽っている。

<今の所、あまり鈴森二段に興味は持っていないようだが。まあ無理強いしてもかえって逆効果というものだろう。だが……必ず……>

 宏和は己の拳を握り締めた。

<佳奈美、お前を鈴森二段と結婚させてやるからな!>

 これが最近になって芽生えた勝谷宏和の野望だった。

<俺が先輩を差し置いて部長になろうとしたのも、色々なことを自分で決めたいからだ。平綾のような余計な虫がつかないようにしたりするために>

 そして直人に視線をやった。

<このお方こそは、将来タイトルホルダーとなられる方だ! ちっきしょー、俺が女だったら絶対に放っておかないぜ!>

 将棋マニアの野望と妄想はどこまでも止まらないのだった


 広恵が一番集中力を欠いていた。

<勝谷のやつ……親がプロだからって関係ないってーの。ああ、また駒を取られた>

 父から将棋を教わったが一向に上達しない。

<何か面白いことないかな。鈴森君といると変わったことが起きることが多いんだけど……>

 また直人が広恵の歩をかすめ取る。指すごとに広恵の駒は減っていった。


<鈴森直人様。まるで天から使わされた、将棋の申し子……>

 高校入学まで、麻里にとっては将棋だけが友達と言えた。口数も極端に少なく、人付き合いはほとんどしない。服装や髪型には関心を持たず、ただ将棋だけを見てきた。

 将棋部に入部しても部内の男子には大して興味を持たなかった。だけど――

 宏和の計らいによって将棋部に指導に訪れるようになった直人に、麻里は魅了されるようになった。周りにいる男子とは違う、とにかく強くてまるで別次元の存在だった。同じ年齢でこれだけかけ離れた境地にいる男子を直接この目で見るのは初めてだった。

 この感情が恋であるのか、それとも他のものなのか、それは麻里自身にもよく分かっていなかった。だけど彼女にとって直人が特別な存在であるのは確かだった。直人に自分を認められたい。そのためにも目の前の将棋を頑張るのだった。


<んー、角を切るのは勇気がいるんだよね。そう教わってはいるんだけど>

 佳奈美が一番将棋に集中していた。真面目に勉強して手順は頭に入っていても、その手の本当の意味を体で理解出来ていない。

 相手の目線の先を見るのも戦術の一つだ、と兄の宏和が言っていたのを思い出す。将棋盤ばかりを見詰める以外にも色んなやり方があるのかも知れない、そう思って少し自分の目線を上げてみた。

<あ、鈴森先生の寝癖を発見。なんか、かわいい>

 そんな風に思った後、また将棋盤に意識を戻した。


 最初に終局したのは広恵の将棋だった。

「ここでこうしていれば飛車が成り込めましたね」

「ふーん、そうなの?」

 直人が効果的な手を教えているが、広恵の頭にはあまり入っていない様子だ。少しの時間だけ『感想戦』と呼ばれる局後の検討をしてから他の将棋を再開した。次の終局は佳奈美戦だった。

「ここはうっかりしましたね。この手を警戒してこう指していれば上手としては困っていました」

 直人の声は大きくはない。ボソリと話すが、とにかく丁寧で的確なアドバイスをする。

「……そうですね。両取りに角を打たれて……」

「それでもまだ上手にとっては大変でしたが、少しずつ挽回されて。最後は力の差が出ました。六枚落ちは定跡通りに指せば端は必ず破れるので、後は勝ち方に慣れることですね」

「はい、ありがとうございました」

 お互いに頭を下げて佳奈美は駒を並べ直す。並べ直しながらも佳奈美は先程の将棋を頭の中で思い出しながら真面目に反省していた。直人は残りの2局に向かう。

 次に麻里戦が終局した。

「端の攻め方で失敗しましたね。四枚落ちは確かに端にも弱点はありますが、中央への意識も必要です」

「はい……」

 中盤の局面に駒を戻すために駒台に乗っていた駒を盤上にせわしなく置いていく。あちらの銀をこちらに向け直し、こちらの金をあちらに向けて敵陣に動かし。そうしているうちに2人の手が盤の中央でぶつかった。

「あ……」

 麻里は慌てたようにおどおどと手を引っ込めて少しの時間固まっていた。直人はそのまま駒を動かし続ける。ほとんど表情を変えない麻里だがその時はうっすらと頬を赤くさせていた。

 その瞬間を宏和は目撃した。

「……恐らくそうだろうな」

 小さく呟いて、それからまた自分の目の前の将棋に視線を戻した。


「結局みんな負けたの? 鈴森君、強いねえ」

 あっけらかんとした広恵の言葉の通り四局とも直人の勝利だった。

「駒落ちっていうのはあくまでも指導なんだよ。勝負じゃなくて。どれだけ勉強になるかが大事なんだ」

 そう言いながら宏和は自分の将棋を頭の中で振り返っていた。その表情は険しい。

「負け惜しみじゃないの?」

「違う」

 宏和の言うことは間違ってはいなかった。

 下手がいかにして上手の弱点を突くか、そのための手順を勉強してもらって、中盤での優位の確立の仕方を身に付けてもらう。そしてその後の終局に至るまでの勝ち切るための力を付けてもらう。

 一つの駒落ちにおいて下手の定跡(じょうせき)の理解度を計って、定跡を身に付けた下手に対しては定跡を外しても対応出来るかどうかを試す。上手がどう変化しようとも下手が勝てるようになればその駒落ちは卒業となって次のステップへと進む、これが正しい指導法だ。ただの勝ち負けについてだけを揶揄するのは間違っている。

それはともかく実力に見合ったギリギリの手合いを上手としてことごとく制して、その全ての将棋を初手から最終手まで並べ直すことが出来る。丁寧に的確な指摘をして指導をして、そして全く疲れた様子を見せない直人と将棋部員たちとの力の差は歴然としている。まさにプロの芸だった。

 そんな直人に対して宏和は神々しいものを見るかのようにして目を細めて呟いた。

「一体どれだけの訓練をすれば、こんな風になれるんだろうな……」

「……」

 麻里も何も言わずに直人を見詰めたが、その思いは宏和とほぼ同じだった。


「今日は五月五日だし、ちょっと趣向を変えてみないか?」

 部長の宏和が妙な提案をした。

「『5五将棋』っていうのがあるんだ。5かける5の升目しか使わなくて、駒は玉・飛・角・金・銀・歩をそれぞれ一枚ずつしか持ち合わない。駒が成れるのは一段目だけ」

「そんなのがあるの?」

 佳奈美が初耳とばかりに聞き返した。

「私、知ってます。やったことはないけど……」

 ボソリと麻里が発言した。

「将棋の実戦には役に立たないとは思いますが……」

「まあ役に立つことばかりが人生に大切とは限らないぞ。こうした雑学的なことだって何かを自分に与えてくれるかも知れない」

 部員たちが怪訝な顔をし、部室内に少し奇妙な空気が流れた。

 直人は静観していた。宏和の言った考え方は直人としても決して嫌いなものではない。宏和は本当に将棋が好きなのだと直人は感じていた。そして直人は仕事としてここに来ているのであって雇い主の言うことには従うべきであると弁えていた。それに元々彼ら相手の将棋はプロ二段の彼にとっては全くの役に立たないもので、ある意味どちらでも似たようなものだった。

 そんな考えの直人であったが、やがて思い出したかのように口を開いた。

「『京都将棋』っていうのもありますね。同じ5かける5で、お互いの駒は五枚ずつだけど、一手指すごとに駒が裏返っていくんです。香の裏がと、銀の裏が角、金の裏が桂、飛の裏が歩。玉には裏はなくて将棋の玉と同じ扱い。一手ごと交互に指す、どの駒を動かしてもいいっていうのは同じだけど、とにかく動かした駒が裏返っていくというルールで……」

「鈴森君も変わったこと言い出したよ」

 広恵が反応した。

「とにかく誰もやったことないルールだからさ。丸浦が鈴森さんに勝つことだって不可能じゃないぞ」

「んー、そうかもね」

「それから『ごろごろどうぶつしょうぎ』っていうのもあってだな。これは5かける6なんだが……」

「いーよもう。順番にやっていきましょう」


 大は小を兼ねるで同じ将棋盤を使い、駒箱を盤上に置いて駒の動ける範囲を分かり易く仕切った。そうしてしばらくは変則将棋で遊んだ。これについては鈴森二段が四面指しをしてもあまり意味がないということで、対戦相手は入れ替わり立ち代りで適当にやっていった。

 ここでも直人は強かった。他の四人は勝ったり負けたりだったが、直人は全勝だった。直人も定跡を知っているわけではなく序盤は適当に指していたのだが、駒がぶつかり合ってからの読みのスピードが違う。何が勝敗を分けるか、その急所を嗅ぎ分けるための嗅覚が四人とは桁違いだった。一人だけ違うエンジンを積んでモータースポーツをしているようなものである。

「あーもう、鈴森君強過ぎ」

 広恵が呆れた顔でバンザイをした。

「そろそろ通常の将棋に戻すか……」

 部長が口を開いた。

「そうだな。五枚落ちを取り入れてみるか。佳奈美と平綾は五枚落ちでやってみよう」

「五枚……ですか?」

 麻里がメガネに手を当てた。

「五枚でも結構な確率で平綾も負けるんじゃないのか?」

 笑いながら宏和が言うと

「そうですね。普通は六枚の次は四枚、と上手陣に桂が二枚加わるところを片方の桂だけを加えることになりますが」

 直人が言葉を継いだ。

「どちらかの桂を加えるわけですが、右でも左でも置かれた方の上手の端が強化されます。六枚落には左の9筋と右の1筋を破る二通りの定跡がありますが、片方だけしか知らなければキチンと卒業したとは言えません。上手に桂が加わった時に左右どちらにでも対応出来るように、両方の定跡をマスターしておく必要があります」

 だから駒落ちの本には五枚落ちの定跡は書かれていないけど六枚落ちで勝てたからと言って自動的に四枚落ちで指す実力が身に付いているわけではない、と直人の講義は続いた。

 それからまた直人の四面指しが始まった。

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