それぞれの日常Ⅳ
相変わらず頭を抑えてなんとか歩いている月岡に肩を貸していた。この霧になにか影響があるのか、それとも不気味なほどデカイ月のせいなのか。道が見えると言った鳥海は平気そうでどうして月岡だけこんなに辛そうなのか分からない。でもとにかく今はあの竜巻の様な渦が見えた白山神社を目指す。目指す、とは少し大袈裟だけど。普段なら歩いて30分掛かるかかからないかくらいの筈なのに、既に1時間が経とうとしていた。そこでふと思う。そういえば携帯は使えるし、腕時計も機能している。つまりここは別世界でもなんでもない、普通に俺達が過ごしてきた場所で間違いない。そう考えると余計にこの町の不気味なほどの静けさが恐怖心を煽った。皆がこの事に気付いているのかいないのか分からない。だけど気付いてないならそれで良い。余計に混乱させるかもしれないと思い俺は黙っている事にする。
「ねぇ空、顔色悪いけどだいじょーぶ?空も具合悪くなっちゃったとか?」
「いや、大丈夫だ。ありがとう」
「空のだいじょーぶって、あんまり信用出来ないなぁ」
「気にしすぎ。平気だよ」
さすがというか、雨由は俺の変化によく気付く。昔からそうだった。雨由が俺を心配して、陽平が俺を元気付ける。そうなってしまったのは俺のせいでもあるけれど、そうやって細かい事に気付いてくれるのは嬉しい。
「辛いなら変わるぜ?」
「いやいや、体格的にお前じゃちょっと厳しいだろ」
「チビじゃねーよ!?」
「そこまで言ってねーよ」
「っ、うっ、せぇ、殺す、ぞ」
「あ、ごめん」
「わ、悪い」
無意識のうちにいつものペースで話してしまった。月岡に睨まれる。さすがに迫力が凄くて普通にビビってしまった。
「あ……ついた…………、けどなんかちょっと雰囲気違くない?」
「言われてみると……あの、なんていうか、ちょっと……重い………?よね………」
「えー?そお?空は?」
「言われてみると確かにちょっと重い気もする、…っ!?」
神社の鳥居をくぐって参道を進んでいく。雨由の問いにそう答えた時、俺は酷い目眩に襲われ、心臓を押し潰される様な感覚に陥った。肩を貸していた月岡も俺が膝を付くと同時に頭を抱え倒れ込む。遠くで陽平や雨由、花桐や鳥海が呼んでいる声が聞こえる。辛うじて、だが。段々意識が遠退いてくる。声が聞こえなくなってくる。心臓の軋む音がする。死を覚悟するには充分だった。
「……誰かいるの?」
聞いたこともない声なのにやたら鮮明に聞こえた。俺はカッ、と目を見開く。誰だ、と声の主を探すけど、分からない。違う、本当は聞いたことがあるのかもしれない。誰だ…! またすぐに目眩が襲ってきて、目を閉じる。
「ん、じゃこりゃああああ!!!」
陽平の絶叫が響く。それと同時にゴゴゴゴ、と地響きともとれるような鈍い音が近づいてきている(ような気がした)。何がどうなってる、と考えるのも辛くなってきた俺は全てを放棄して、痛みにただ蝕まれて行く身体をどうにかしようともがく。が、もういっそこのまま死んでしまった方が楽なんじゃないか、と思った。瞬間、身体中が強風に打ち付けられる。風と言うよりはもはや竜巻に近そうだ。全員無事だろうかと、気力を振り絞って瞼を開け見渡す。そこには信じられない光景が広がっていた。
「んっじゃこりゃああああああ!!?!?!!」
「ど、どういうこと!?どういうことなの!?今あたし達って竜巻の真ん中にいるよね!?ね!?」
「あわわわ、そ、そんなにゆす、った、ら…!」
「…意味が分からない、っていうか理解したくない、って感じ」
俺達を取り囲むようにして竜巻が渦巻いていた。つまり俺達が今いるのは竜巻の真ん中、台風の目の様な部分。一行に良くならない俺と月岡の身体、混乱はしている様だが特に怪我などはしていなさそうな四人。そこまで見えた所で俺の視界は真っ暗になった。
頭に何かが流れ込んでくる。一人の男が少しでも動けば崩落しそうな崖で、今にも泣き出しそうな表情で赤子を抱いている。慈悲む様に抱き締めた後、ゆっくりと目を閉じ、赤子から手を離した。そして男は膝から崩れ落ちると大声をあげて泣き出した。
感情が流れ込んでくる。愛しさ、悔しさ、無念や、憎悪。様々な感情が俺を支配する。気付けば涙が流れていて、あの身体の異変は全てなくなっていた。
「空、空…?」
暗闇に光がさす。その先から聞こえるのは聞き慣れた姦しい雨由の声。うるさいと思いながらもその声に安心感を覚えてすっと目を開けた。視界の先にはやはり想像通り雨由の顔があって、ただ予想外な事と言えば、まるで低反発枕の様な心地よさを感じた事だった。その正体は、雨由の太もも。つまり膝枕をされている。
「…雨由、だな」
「うん…。空、泣いてるの…?」
「あ、あぁ。何でかはわかんないんだ…けど多分、キャパオーバーってやつだから気にすんな」
「…またそうやって無理するの?」
「しないよ。まじでそんな感じなんだって。身体ももう平気だから」
「なら、良いけど…」
「それより他の奴は?」
「あ、それがね…」
雨由は言いにくそうに口を開いた。俺より少し早く目を覚ました月岡は風街の名前を呟きながらフラフラと何処かへ行ってしまった。そんな月岡を追い掛けたのが陽平だった。花桐と鳥海は追い掛けるか迷った結果、鳥海が二人だけにするのは良くないと結論を出し二人を追い掛けたらしい。余り良い状況ではなさそうだという事が分かる。
「俺たちも追い掛けるぞ」
「でも、」
「大丈夫だから」
何か言いたそうな雨由に、なんでもない様な素振りで俺は立ち上がる。目眩がしてよろけて雨由の肩に手をつく。だっせ、と思いながらもこんな所で休んでいても仕方ないと思う。あまりバラバラになるのは良く無さそうだし、月岡と風街の事が気になる。風街、か。名前も顔も出てこない。この妙な気持ち悪さは一体なんなのか。
「行くぞ、」
「………うん」
俺は走り出す。俺の背中を追い掛ける雨由の泣きそうな顔なんて、わかるはずも無かった。