それぞれの日常Ⅲ
「な、んだ、これ……………マジかよ…………」
赤黒い空、霧に覆われた町、夏だというのに植込みの桜は満開に咲き誇り、まだ日も高い夕方に満月が浮かび上がっている。俺は言葉を失った。嘘だ、と目をこすったり、頬をつねったり色々して目を覚まそうとしたが、これは夢じゃないらしい。
「大野!」
「鳥海、花桐!大丈夫か?」
自分を呼ぶ声に振り返ると別れたばかりの鳥海と花桐が駆け寄ってきた。どうやら2人もまだショッピングモールにいたらしい。この異常現象の中見知った顔に安心したのは俺たち三人とも同じだと思う。
「大丈夫だけど大丈夫じゃない…どうなってんのこれ…!」
「こっちが聞きてーよ…つーかこれだけ異常現象なのになんで周りは騒いでないんだ?」
「そういえばそうだね………?」
沢山人がいるはずなのに俺達三人以外は誰も騒いでいなかった。可笑しい。普通はパニックになるはずだ。と改めて辺りを見回すと、俺達以外に人影がまるでなかった。なんとか落ち着こうと俺は深呼吸をして考える。桜の花弁と辺りを覆う霧、この世のものとは思えない空の色、些か近過ぎる距離で巨大に光り輝いている月。並べて見てもまるでやっぱり分からない。まるで俺達だけがそこに取り残されているようだった。
「そーいやお前らどうやって俺を見つけたんだ?この霧の中」
「月」
「月?」
「そう、月。なんか月明かりが霧の中一点に集中してて、変だなって思ったけど突っ立ってても仕方ないしそこ目指してきたらアンタがいた」
「人がいるとこの目印なら俺からもお前らの事、分かるはずだよな……?」
「アンタからはなにもみえなかったの?」
「なにも見えなかったって、月が出てるのがわかるくらいだったけど」
首を捻る。考えて見ても分からなかった。それどころか様々な疑問が浮かんでくるだけで、俺たちはどうしようもなくただ目の前に広がる異常現象を眺めていた。俺が不安がったらダメだと思うのに胸騒ぎと謎の焦燥感に駆られる。そんな時だ。不意にスマホが制服のポケットの中で震えで、画面に表示された名前に俺は安心感を覚え、すぐに出る。
「もしもし?」
「空ーーーーー!!!空!空みたか!空!」
「ややこしいな!まぁなんかすごい赤黒いよな。…って、ん?お前にはそうみえてる?」
「は?あったりまえだろーー!!!つーかやばくね?なんつーのこーいうの!異常気象!っていうか超常現象!?よくわかんねーけど俺めっちゃテンション上がってんだよ!なぁ空、お前今どこにいんの?今からそっち行っていい?」
「とりあえず落ち着け、な?俺は今駅前のショッピングモールの正面口にいるからそこに来てくれるか?」
「おっけー!おっけー!あ、雨由も誘ってみるわ!」
「おー。そんじゃあまた後で」
相変わらずのテンションだった陽平に、少しだけ気が楽になった。何も考えていないからこそのあのテンションなんだろう。それに救われたのは今回が始めてじゃない。たまにうるさいなと思う時もあるが、やはり親友だ。あいつは頼りになる。何度も言うけど何も考えてはいないからこそ、普段と変らないからこそ、だ。
「今から佐藤くるわけ…?」
「そんな嫌そうにするなよ、あいつがいるだけでだいぶ気が楽になると思うし」
「…この状況には丁度良いって事ね」
「そういうこと」
「空ーーーー!!!」
「空ぁ!!!」
しばらくすると遠くからバカでかい声で自分の名前が呼ばれる。誰かだなんて、そんなのはあいつらしかない。お騒がせ者の陽平と雨由だ。あいつらあんなんで恥ずかしくないのか、と一瞬思ったがあいつらはそんな事気にしないか。寧ろ大声で名前を呼ばれてる俺の方が恥ずかしい。
「よっ!来たぜ!途中で雨由も拾ったぜ!それより変な面子だな?お前なにこんな危機的状況で?ハーレム楽しんでんだよ?」
「いや楽しんでねーわ。何処をどうみたらそうなるんだよ。それより、お前ら此処にくるまで周りはどんなだった?」
「ったく、これだからちょーっとモテるやつは嫌だよ!まぁいいけどな!俺もモテるから!」
「それは気のせいだと思うけどね」
「んっだと!?後輩から好かれまくりの俺を馬鹿にすんなよ!?」
「え、そうなの!?うっそ!?」
「うそ」
「うそじゃん!」
「はいはいはい!んな事今は置いておく!んで、どうだったんだよ、街中は」
パンパン、と手を叩いて止みそうにない陽平と雨由を止める。陽平がきてイヤホンを耳にさした鳥海にもそれを取るように言って、俺達は丸く円を作った。
「町の様子なぁ…そーいや人一人いなかった。こんな事態なのに警察もいなかったぞ」
「あーそうだね!車も走ってなかったし、ほんとシーンとしてたかも。あーあとさ、あたしの見間違いかも知れないけど、あのB組の月岡郁兎くんっているじゃん?あたし陽平と合流する前古町の方にいたんだけど、見かけたよ。多分」
「………あ、それって、あの、怖い感じの………」
「ヤンキー…では無さそうだけど、近寄るなオーラ凄いあいつ?」
「そそそ!あのウチらの高校で有名な月岡郁兎くん!」
俺たちの通う天ノ道高校にまた陽平や雨由とは違う意味で有名な男子生徒。それが月岡郁兎だ。別に問題児とか、そういう訳ではなさそうだが鋭い目付きと態度で勘違いされてるんだと思う。そういう意味じゃ鳥海と同じ。違うのは月岡はいつも一人であまり学校に来ていない。そのせいでこいつもまた噂が一人歩きしている。だけだと俺は思ってる。というのも正直俺も良くわからない。話した事もないからだ。
「で、それがなんか関係あんの?」
「陽平、お前自分が言ったこと思い出してみろ。警察もいなかったのになんで月岡はそこにいる、ってわかったんだ?」
「………はっ!お前天才か?!」
「あー…うん………そうかもしんないな………」
「あっ、確かに、言われてみれば…」
「大野の言うとおりだね」
「さっすが空ぁ!」
「えぇ…陽平と雨由はともかく花桐と鳥海もかよ…」
バシバシ雨由に背中を叩かれながらも俺はドン引きした。けどこうして落ち着ついたのも二人のおかげだ。それ以上何も言わずに俺達は月岡を探す為古町を目指した。
俺は考える。さっき考えた俺達しかいないんじゃないか、というのは案外間違ってないのかもしれない。そもそも可笑しいのは俺達で、俺達が別の何処かに飛ばされたのだとしたら。俺達以外に人がいないのも納得できる。それにしては町並みはいつも俺達が遊んだり、通学路として使っていたりするのと変わらないけど。それにもし仮に俺達が同じ場所の違う所にいるとして、なんで俺達だったのかという疑問が残る。俺達に共通点があるだろうか、と前を歩く陽平と雨由、花桐と鳥海を見る。同じ高校に通っている、くらいしかない。それ以外はそれぞれ仲が良い同士ではあるけど、それだけだ。月岡に至っては多分誰もあいつと会話をしたことがあるやつなんていないだろうと思う。
「んーつーかさ、この霧じゃよくわかんなくねえ?」
「だよねー。あたしもそう思う。そもそも道もこっちであってるのかなぁって感じ。いっくら地元でもさすがにちょっと自信ないなぁ」
「あってる」
「え?鳥海さんわかる感じ?」
「光ってるから」
「は?どういうこと?意味わかんねー。空わかる?」
「あ?え?なに?聞いてなかった、悪い」
「聞いとけよー。俺ら古町向かってるじゃん?でもこの霧じゃイマイチ良くわかんねーじゃん?でも鳥海ちゃんはわかんだって。意味わかんなくね?」
「あの、小羽ちゃん、は…嘘言ってないと思う……」
「いや別にそー言いてーわけじゃねーよ。俺と雨由はわかんねーから信じらんねーってだけ。つーか花桐ちゃんは?わかんの?」
「ううん……わかんない、けど…」
「なぁ鳥海、お前さっきも同じような事言ってなかったっけ」
「月ね。ていうかさ、逆にアンタ達わかんないの?すごい分かりやすく光が道みたいになってるけど」
「いや、俺には…つーか俺達には濃い霧とでかい月しか見えないな」
「……あっそ」
鳥海はそれだけ言うと迷いなく歩いていく。鳥海には道、というか光が見える。けど俺達は何も分からない。これにも何か理由があるんだろうか。疑問が尽きる事はない。さすがの陽平も只事じゃないと察したのか静かになった。空気が重たい。周りの状況も相成って、どうにかなりそうだった。
「あ、いた」
そんな時、先頭を歩いていた鳥海がそう指をさした先には探していた月岡がいた。建物の路地裏、壁に寄っ掛かりぼーっと胡座をかいている月岡がそこにいた。鳥海にはやはり分かるらしい。その理由が分からなくても今この場で一番頼りになるのは鳥海だ。そこは理解できた。
「あ?…お前ら、天高の…」
「こうやって話すのは始めて、だよな?俺大野空って言うんだけど」
「…知ってる。お前だけじゃねえ、他のやつも知ってるよ。タメだし校内の浮き者だもんな」
「いや俺はそんな事ないけど…まぁいいや、で、さ。月岡はこんなとこでなにやってたんだ?こんな状況になってて俺達も良くわかってないんだけど、とりあえず人探してたんだよ」
そう言うと月岡はダルそうに立ち上がる。相変わらず壁に寄っ掛かったままだけど。それでも話をしてくれる気はあるらしい。
「めんどくせぇのに絡まれて、そいつらの相手し終わってそこの古本屋で漫画読んで外出たら訳わかんねぇ事になってた。あんだけいた人が急にいねぇからなんか可笑しいと思って色々見たけどやっぱいねぇし、霧も濃くてなんも見えねぇし動き周んのもめんどくせぇしでここにいた」
「そうか…やっぱお前もそうなのか…実は俺達も同じなんだよ」
「………で、お前らはこの霧の中なんで俺の居場所がわかった?つーかどうやってここまで来た」
「鳥海がここまで連れてきてくれた。俺達もまだわかんない事だらけなんだけど、とりあえず鳥海がいれば道は開けるっぽいんだよ」
「………信じらんねぇな。まぁでもこんなになってんだし何が起きてもおかしくねぇか」
月岡はふぁ、と欠伸をするとあの鋭い目付きで俺達を見る。全員が俺の後ろに隠れるのを横目にみて思わず苦笑いになる。言葉を交わしてみてわかった。月岡は別に怖いやつでも何でもない、ただ目付きが悪いだけなんだと。
「あ……?」
「どうした?」
「おい、そこのポニーテール」
「鳥海小羽って名前があるんだけど」
「お前が見えるのって月明かりか?」
「シカト………そうだけど」
「今、俺も見えた」
「まじ?」
「あぁ。どうなってんのかしらねぇが、ポニーテールの言ってる事は間違ってねぇ」
「だからさぁ…いや、いいや。でもなんで急にアンタまで見えるようになってんの?一人の時は見えなかったんだよね?」
「お前、霧は見えてんの?」
「まぁ。ぼやーっとしてる……けどあれ?今はまるで霧、見えない。アンタもそう?」
「あぁ…わけわかわねぇ」
鳥海と月岡、二人の間で勝手に話が進んで行く。それに俺達はついていけなくて、頭にクエスチョンマークを浮かばせた。相変わらず俺達には濃い霧しか見えないのだ。でもまぁ道が見えるやつが二人になるならそれはプラスだ。
「、いってぇ…」
「おい、大丈夫か?」
「どうしたよ急に」
「っう、はっ、涼々………?」
それまでダルそうにしていた月岡が急に頭を抱え苦しみ出す。なんとか壁に手をついているが、随分辛そうだ。俺達はどうにもできなくてしゃがみ込む月岡にあわせて俺と陽平もそうする。苦しみ呻くさなか聞こえた名前。何処かで聞いた事があった。
「風待さん…?」
「誰だっけ、聞いたことあるけど」
「えっと………あれ…?同じ学校のはずだよね?やばい、ぜんっぜん出てこない…」
風待、と花桐が言った。そうだ、同じ学校で同じ二年で、そこまでは出てくるのに分からない。まるで靄がかかったかの様に。あとちょっとで分かるのに、そのちょっとが出てこない。
「はっ、うっ…っ、んだ………?白山、神社…………?」
「白山神社…………」
呟いた瞬間、ぶわっと風が吹き付ける。急な強風に目をつむる。今度はなんなんだ、となんとか周りを見ようと目を開けると高いビルの間から大きな渦が見えた。この強風はあの渦のせいだと瞬時に理解する。あの渦が見える方向は白山神社の方だ。
「白山神社だ」
「聞こえない!!!」
「白山神社!!!!!向かうぞ!!!!!!」
「神社ぁ!?!?」
強風にあおられて何も聞こえないらしい。俺は出来る限り大声でそう言った。すると一瞬にして風が止む。まるで誰かが操っているようだった。
「なんなんだよさっきから…わけわかんねーよほんと…」
「だよな…でもとりあえず白山神社行こう」
「う、うん…それが良いと思う…」
こうして次は白山神社を目指すことにした。それが俺達の運命を大きく変える事になるとも知らずに。