それぞれの日常Ⅱ
「………暇だし大野に付き合ってあげる?華緒?」
「う、うん…そうだね…!時間、今日はまだあるし………」
「よし。っていうわけでミサンガが売ってるお店、案内してあげる」
「随分上からだな!まぁでも俺一人じゃわかんねーし宜しくお願いします」
流れで二人と行動することになった。前を歩く二人を眺める。見てるこっちまで自然と笑顔になってしまうくらい楽しそうな花桐と鳥海。特別変わった光景な訳じゃないはずなのに、それに覚える違和感はなんなんだ、と首を捻る。ここは何処にでもある大型ショッピングモール。遊園地とか、そういう特別な施設じゃないはずなのに。まるで遠足にきた子供みたいに見えてしまう。
「そーいえばさ、」
「ん?」
「アンタ、ミサンガが何か知ってる?」
「詳しくは知らないけど、まぁお守りみたいな感じだろ、確か」
「あ、それくらいは知ってたか」
「馬鹿にしすぎだろ!」
「あーごめん。まぁで、そのミサンガにも色々あるんだよね。付けてたミサンガが切れると願うが叶うとか、後は自分の運気をあげるとか色々」
「へー。じゃああいつらにぴったりだな!」
「あいつら…?」
「あーまぁ俺の幼馴染っていうか腐れ縁っていうか…心の友と書いてしんゆうと読む!みたいな!」
「いや、全然わかんないし…それよりまじで彼女じゃなかったんだ」
「まだ疑ってたのかよ!」
俺は覚えた違和感を一度手離し、店を探して歩き回りながら会話に花を咲かせた。普段クラスメイトと余り会話をしないにも関わらず、買い物に付き合って貰っているというのは変な感じがする。これこそまさにそう、違和感を感じる、だ。別に俺がクラスメイトと仲良くやれてないとか、重度の人見知りとか、決してそういう訳じゃない。人の輪の中にいるのが好きじゃないだけなんだ。昔はそんな事無かったんだけど。
「それにしても意外だったわ。大野ってサッカーとかやってそうだしミサンガの売ってるお店くらい知ってると思ってた」
「っ、…。あー、まぁ、良く言われるな、それ」
鳥海の口から出た単語に俺は思わず息をのむ。無意識なのは分かっているけどどうにも苦手だった。サッカーは俺の人生を大きく変えたもので、それから、それから…
「………大野くん?」
「…っ、何だ?」
「あの、大丈夫…?汗、凄いよ…?」
「………そうか?気のせいだ気のせい。なんかちょっと暑いしな、うんうん」
「…………冷房効きすぎて寒いくらいなんだけど…まぁいいや。あ、ほら、ここだよ、お店」
ナイスタイミング。鳥海がファンシーショップの前で足を止め、指をさす。これは二人がいてくれて良かった。男一人じゃ相当厳しい外観だ。慣れた様子の鳥海と、まるで始めてきたとばかりに目を輝かせる花桐がいた。一瞬戸惑ったが深く考えず俺は二人に続いて店内に足を踏み入れた。アクセサリーコーナーで足を止める鳥海に習って右に俺、左に花桐で隣に並ぶ。
「その親友たちはどんな感じなの」
「あー……………佐藤陽平と浅賀雨由って言えば分かるだろ、まぁ」
「えっ、あの二人?」
「………B組の、だよね?」
そう、俺の親友達は校内じゃちょっとした有名人だった。多分、悪い方向で。
「あんな奴らが何人もいたらそれこそ……なぁ………」
「想像しただけでうるさいわそれ」
「で、でも、私はあーいう風に騒げないからちょっと羨ましいなー、なんて…」
「微妙なフォローだな、それ…」
「す、すみません…」
「まぁでもあの有り余った元気というか、そういうのはいっそ尊敬する」
「悪い奴らじゃないんだよ、そこだけは信じてくれ!」
佐藤陽平と浅賀雨由。小2の時からの付き合いだ。昔、俺が通ってた球蹴りクラブのチームメイト。人よりうまかった俺をライバル視してた陽平と、教えてとせがんできた雨由。それからまぁなんやかんやあって俺達は三人仲良く同じ高校に入学するくらいの仲にまでなった。仲間思いで優しくて、俺を支えてきてくれたのは間違いない。それには感謝をしてもしきれないくらいだけど、如何せんうるさい。騒がしい。落ち着きがない。しかも馬鹿ときた。イベント事は必ずはりきり、周りを巻き込み大騒ぎしては教師達に怒られている。日常でも、か。そんなんだから人に好かれやすく、嫌われやすい。こればっかりは仕方ない事で本人達も嫌われる事については何も思っていない。よくも悪くもな。
「………アンタも普段はあんな感じなわけ?」
「いやいや、俺は普通。このテンション」
「ふーん…で佐藤と浅賀さんに渡すミサンガかぁ………サッカー部だし青とかは?仕事とか運動って意味もあるし、サッカーの日本代表ってユニホーム青だったでしょ、確か」
「すげー詳しいな」
「…ニュースよく見るし」
「ギャップ!」
退屈そうに言ってのけた鳥海の方に顔を向けると想像以上につまらなさそうにしていた。さっきまでの笑顔はどうした、と花桐にも目を向けると何故か心配そうにしていた。おい、なんだこの空気。俺は察して鳥海が提案してくれた青色のミサンガを二つ手に取る。
「あーなんだ、そうだな、これにするわ」
「そう。ま、決まって良かった。手作りすればって言おうと思ったけど」
「………いや、男子高校生の手作りはキツイだろ」
「そ、そんなこと「あるんだ」…そ、そっか………」
「それ、利き足首につけてもらいなよ。友情って意味、あるらしいし」
「へー!良く知ってるな」
「まぁね。んじゃ、あたし達はここで。じゃあね」
「あ、待って小羽ちゃん…!あ、大野くん…!喜んで貰えると良いね…!それじゃあまた学校で…!」
相変わらずつまらなそうな鳥海はそれだけ教えてくれると俺に背を向けた。そんな鳥海を花桐は追い掛ける。よろよろしていて少しだけ心配になった。とは言え、良かった。無事に良さそうなプレゼントが見つかって。俺はレジに持っていき会計を済ませる。一応綺麗に包装して貰った。陽平が青、雨由がオレンジ。早く二人の誕生日が来て欲しい。何しろあいつらの誕生日は終業式と、夏休み1日目だからな!!
俺はプレゼントを買った後もフラフラして、欲しかった漫画や渇いた喉を潤す為に大好きな炭酸ソーダを買ってからショッピングモールを出た。
「なっ、はあっ?!」
そこで見た目の前に広がる光景に目を疑った。
30分前、白山神社。涼々はただ無心で石をどかしていた。彼女がこうしてから一時間が経とうとしている。指先から血が流れているのも気にせず、飽きもせず。やっと見えてきた古井戸に嬉しくなったのか最初は丁寧だった崩し方も雑になっていった。そして涼々は気付いた。自分が触った石が粉々になり、やがて砂の様になり消えていく事を。どうして、なんで。そう思うより先にこれなら早く石を退かせる。と思ってしまった。涼々は石に両手を翳す。思った通り、先程みたいに石は砂になり消える。それを何回か繰り返すとあっという間に古井戸が姿を現した。その刹那、何かが頭に流れ込んでくる。
「…だれ………貴女はだれなの………!!!!」
涼々は物心ついた頃から不思議な夢を見るようになった。それはそれは美しい女性が自分に何かを訴えている夢。昔はそれが怖くて仕方なかったが、成長していくうちに何か意味があるのではないかと思い始めた。あの夢の中の女性は何かを伝えたいのではないか、そう思ってある日涼々は問いかけた。可笑しな話だが、その時はその女性と話が出来るはずだと思った。実際は余りにも美しく動く事も出来なかったのだけれど。だがその女性は涼々を見ると優しく微笑み、消えて行った。驚きで目を覚ますと何故か頬が濡れていた。それが中2の時の事。その日以来、ずっとその女性が気になって片時もその女性を忘れる事が出来なかった。この懐かしい気持ちはなんだろう、胸を締めるこの寂しさはなんだろう。涼々はまたあの女性に会いたい、今度こそ話がしたい、と強く思い、眠りにつく。そうすると現れた。あの美しい女性。次こそは、と意を決して話かける。
「あの、貴女はだあれ?」
「……うーん、巫女、っていえばわかりやすいですかね?」
意外にも話しやすい。それに安心した。
「貴女はどうして私の夢に出てくるの?」
「それはね、涼々、貴女にお願いがあるからです」
「お願い…?」
「そう、お願い。貴女にしか出来ない事なのです…聞いて頂けますね?」
「………うん」
「ありがとう…。それで、お願い、なのですが」
「うん、なぁに?」
「これから貴女は越後の神社にある古井戸を探してください…」
「越後………新潟………?あ、待って!」
それだけ言い残すとすっと消えてしまった。その表情が酷く悲しそうで印象に残っていた。それが高1の冬の話。それから涼々は探し続けた。神社の古井戸。その言葉だけを頼りに県内に数ある神社を調べてやっと見つけ、今に至る。あの美しい女性はまた酷く悲しそうに涼々を見つめて、何かを言った。声は聞こえなかった。
「っ、なに、これ…」
視界の端で捉えた桜の花弁に涼々は辺りの異変に気付き、周りを見渡す。空は赤黒く変色していて、周りは濃い霧で覆われている。そんな中、月明かりだけが何に遮られる訳もなく辺りを照らし続けていた。