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魔法学園へようこそ!  作者: cymbal
第2章 結界破り
9/42

作戦

 朝の食堂は忙しない。

 学生みんなそうかもしれませんが、この学園ではより顕著な印象があります。髪もはねたまま慌てて食堂に駆け込んで端の購買でパンを買い、くわえてすぐさま出ていく生徒もいますし、それほどではなくても定食をかきこんで足早に出ていく姿も多くいます。


 今はまだ、春休みです。ですので授業期間というわけでもないのですが、それでもこの忙しなさ。

 この寮はわりと成績優秀者をより集めたというような気風があるので寮生たちは何かしら大きな部活やハイレベルなゼミに所属していることが多く、時期になど関係なく慌ただしいのでしょう。

 それに、今は新歓の時期ですからね。部活に所属していないわたしには想像もできない忙しさがあるのでしょう。

 ……とはいえ、今は、かの有名な第三魔術研究会に臨時部員のような扱いで所属している身ですけど。


 わたしは息をついて、昨日のことを思い返します。

 あの後、彼らの結界破りの計画を聞かされました。そして、この計画はひとつの部という枠を超えた計画でした。

 同じタイミングで賛同するすべての団体が一斉蜂起して、結界破りを行う。第三魔術研究会は、その計画の中心となっています。


 個性豊かな部が多く、ある種個別主義とでも言っていいようなこの学園の雑多な団体。それが一致団結するとは、にわかには信じられません。

 もちろん参加するのはすべての団体ではないでしょうが、軽く話を聞いた限りでも、かなり広い範囲まで根回しが済んでいる様子でした。

 わたしも劣等生ですが学園生の端くれ。その遠大な計画には、ぞくっと震えるような興奮を覚えました。

 時折、寮生たちがそんな噂話をしているたのを思い出します。すべては、この計画の話だったのでしょう。期せずして自分がその台風の目に身を置いているかと思うと、楽しいような、怖いような、くすぐったいような気分になります。


 っていけませんいけません。わたしとユウさんはたしかに計画に随行することは承諾しましたが、ユウさんの力をみだりに濫用することはよくないはずです。

 昨日の時点でも、わたしたちは積極参加はしないという一線は守りました。あくまでも傍観者、随行者としての参加です。ユウさんの直接干渉魔法を使う、という約束はしていません。


「おはよー、ユイリ」


 悶々としているとルドミーラが食堂に入ってきて、前の席に座ります。目の下にはうっすらと隈ができていて、眠そうです。


「おはよう。ルドミーラ、寝れてる?」

「課題が多すぎるんだよね。もー、眠いよ。授業が始まればマシになると思うけど。そう願ってるけど」

「授業が始まったら忙しくなくなるって、なんだかあべこべね」

「ひどい研究室だから」


 そう言って笑う。大変だけれど、充実している様子です。ちょっと羨ましいような気もします。


「なんだか困った顔をしてたけど、ユイリこそ大丈夫?」

「あ、うん」

「またあの子? ほら、見て。さっき報道日報買ったんだけど」


 ルドミーラが小脇に抱えていた新聞を机の上に広げます。

 ええと、一面はユウさん関係ないですね。ヴェネト王国のセレスティン王女殿下のご入国の日取りがまとまった、という話題です。結界破りの決行は王女様の入国に合わせるという話だったからわたしにとっては今や重要な記事ですが。


 そんなことを考えながら新聞をめくり、硬直しました。

 二面記事。まず目に入ってきたのは、わたしとユウさんの写真でした。昨日、通りで騒ぎになって、ユウさんが直接干渉という魔法を使用して人垣の中を突破した時の写真。……わたしをお姫様抱っこして駆けている写真でした。


 どうやら、とんでもない写真を撮られていたようです。

 わたしはそっと目の前の朝定食のお盆をわきにどけて、机に倒れ伏しました。


「うわ。ユイリが死んだ」

「もうお嫁にいけません……」

「いや、お嫁には行けると思うけどさ」


 言いながら、ルドミーラはわたしの頭をなでてくれます。


「よしよし。貰い手なかったら私のお嫁さんにしてあげるよ」

「嬉しくない……」


 わたしは体を起こして、記事を読む。どうやら、ユウさんの名前や所属等はあらかた判明してしまっているようですね。この寮生からのリークはあるでしょうから、それは当然でしょう。

 その後のルカ先輩との接触までは把握していないようで、最後は彼を勧誘したい部への激励で締められていました。煽るような結びはやめてほしいですが、今更致し方ありません。こういう新聞ですし。

 わたしは気を取り直す。それを見て、ルドミーラはちょっと笑う。


「生き返った」

「気にしても仕方ないから」


 恥ずかしいのはたしかですが、噂話が忘れ去られるのが早いのがこの学園の特徴です。なにせ、毎日のようにわけのわからない事件がそこここで起きているような場所です。このくらいの騒ぎは、些事と言ってもいいでしょう。


「それで、これ、どういう状況でこんなことになってるの?」

「色々あって……」


 わたしはかいつまんで昨日のことを話します。

 とはいえ、さすがに言えないことが多い。ユウさんが直接干渉と呼ばれる特殊な魔法を使用できることは秘密というわけでもなさそうなので口にしてしまいますが、その先の第三魔術研究会との接触は避けておきます。言っても、ルドミーラなら問題ないような気がしますが。


 わたしの話を笑いながら聞いているうち、顔見知りの寮生たちがわいわいと集まってきて、ひとしきりまた報道日報の記事でからかわれて悶絶しそうになりましたが、ともかく、朝の時間は平和に過ぎていきます。

 この場にユウさんがいたら、からかわれて静かに怒りそうだったので、居合わせなかったのは幸運でした。

 代わりにわたしは微妙に寮内でちょっと有名になってしまったような気がしますが、ともかく。











 ユウさんと共に相変わらずの勧誘攻勢をかき分けて、中央部室棟にたどり着きます。中央校舎の横のあたりに位置していて、この学園の最奥部にある建物です。

 今日はローブ型の外套を着てフードをかぶり、宝玉も昨日ルカ先輩に借りたクラブ生を示す赤い宝玉です。この格好のおかげで、声をかけられる頻度は結構減りました。もっとも、読むだけでいいから、と押し付けられたチラシはそれなりの数に上ります。


「こうやってフードをかぶっていると、変装しているみたいで楽しいですね」

「いや、変装してるんだろ」

「あ、そうですね」


 部室棟に入って、わたしとユウさんはフードを取ります。この中は緩衝地帯のような場所になっていて、通りでのような勧誘は自粛している空気になっていると昨日教えられていましたから、顔出ししても注目を浴びこそすれ声をかけてくるというほどはありません。

 それでも、にこやかに手を振ってきたりする人もいて、わたしはついつい頭を下げ返してしまいます。


「さっさと行くぞ」

「はい」


 入ってすぐのロビーを抜けて、迷路のような通路を抜けて。

 わたしたちは、昨日訪れた第三魔術研究会の部室を目指して歩き始めました。


 ……。

 …。


 そして、迷いました。


「ユウさん、ユウさん。ここはどこでしょうか」


 しばらく歩いて、昨日と全然違う場所にいることに気づいて、わたしはユウさんの背中に声をかける。


「知るか馬鹿」

「ええーっ!? わたし、ユウさんの後を付いてきただけなんですが!」

「道が違っているなら、そう言え」

「いえ、覚えてないですよ。一度で覚えられないですよっ」


 どうやらこの人は、何も考えずに歩き始めただけのようです。


 昨日、最初は迷うかもしれないからとコンラートさんに交信魔法石を貰っていたことを思い出して、わたしはローブの内ポケットから取り出します。

 これは離れた距離でも魔力を通せば会話ができる優れものです。ただし、基本的には対になる魔法石を持っている相手でなければ交信できなかったり、魔力的な乱れがあったり魔力の薄い空間をまたぐようなことになると使用できなくなるので限定的な効力と言わざるをえません。入口のロビーからだと、どの部室にも交信できるような建物の構造になっていると言っていましたが、さてここで通じるか……。


 わたしたちがいるのは、どことも知れぬ場所でした。短い階段を上ってきて、広い踊り場、もしくは小さいロビーとでもいうような場所でした。

 さっきは色々な人とすれ違いましたが、今は周りに人がいません。誰かに聞くというわけにもいきません。いつの間にか、わりと僻地まで来てしまったのでしょうか。


 わたしは魔法石に魔力を込めて、会話を試みてみます。

 ですが、ダメですね。通じません。

 この学園内で魔力の足りない場所というのはないでしょうから、恐らく様々な魔力が干渉してうまく交信ができないのでしょう。部室棟ですから、さもありなん。


「ダメでした」

「仕方がないな」

「いや、ユウさんにも責任ありますからね?」


 ユウさんはわたしの言うことを聞いているのかいないのか(いないだろうな)、呆れたような様子で片隅に備え付けられた粗末な木のベンチに腰掛けました。


「進むか戻るか、どうする」

「そうですねぇ」


 わたしはユウさんの隣に座ります。寮を出てから歩き通しだったので、座るとなんだかほっとします。


「昨日ルカ先輩が言っていたお話だと、この部室棟の基本構造は回廊になっているって言っていたじゃないですか」

「そう言っていたな」


 もっとも、そこから増改築を繰り返して地上、地下へと構造は伸び、あちこちに袋小路があるとはいいます。


「ですので、進んでいれば元の場所、ロビーに戻れると思いますよ」

「なら、行くぞ」

「あ、はい」


 腰が落ち着く暇もない。わたしたちは再び歩き出す。


「誰かいれば、道を聞けるんですけどね」


 さっきから、誰ともすれ違いません。おそらく、この部室棟でもかなり端のほうに来てしまっているのでしょう。


「それなら、ちょうどいい。誰か来るぞ」

「え?」


 廊下の先を見る。大小様々な階段を昇降しているうちに地階へ降りてしまったようで、古びた白い漆喰の壁に埋め込まれた明かりが明滅しながらゆらめいています。灯り、切れかかってますね。基本的に補修もしっかりされている建物なのに、この一角は年代相当に古びているような印象があります。点いていない灯りもあり、廊下の先はうすぼんやりと見通すことができなくなっています。

 ユウさんが誰か来ると言ったけれど、その姿はよく見えません。

 ですが、その闇の奥でもぞもぞと何かがうごめくように見えて、やがて姿を現しました。


 それを見た瞬間、ぞくりと体が総毛だつ。


「ひっ」


 わたしは小さく息を漏らし、慌ててユウさんの後ろに隠れてしまう。


「あれは人間だ」

「は、はい」


 落ち着かせようと息を吐くけれど、それすら震えている。


 向こうからやってくる姿。それは、黒いローブを着た人間でした。

 この学園でローブは珍しくないですが、フードを被り、しかも極彩色の鬼の面を被っている姿は異様です。ローブには雑多に赤い羽根が付けられていて、時折、腰に下げた小さな釣鐘を叩いてぽぉーんと不気味な音を立てる。


「見たことがないのか?」


 怯えるわたしを見て、ユウさんは怪訝な顔をする。


「あれは魔神信仰の信者だ」

「知っています」


 魔神信仰。それは長い歴史を持つ宗教です。

 邪神信仰とか邪教などとも言われていますが、いつの時代も一定数存在する信仰。


 わたしたちが通常使う魔法は、この世界に隣接する異世界である魔法界から流れてくる魔力を資源として使用される技術です。その魔法界で絶対的な力を持っている存在がいると定義し、それを魔神と名付けて信仰している人たちです。

 彼らは魔力の多い人間を選ばれた聖人として敬い、逆に乏しい人間を人ではないと蔑む。魔力を多く持つ人間の集うこの学園は、それ故に、魔神信仰者が多く集う聖地のひとつでもあります。

 信仰者たちは魔物を魔神の使い魔として聖獣と呼んでいます。そして、わたしはそんな魔物を殺すための特効薬、『ユイリ新薬』をひっさげてこの学園へと入学しました。

 入学当初、彼らはわたしの薬を冒涜的と呼び、日常生活レベルで様々な嫌がらせをされました。わたしがこの新薬を生成できたのは半分まぐれだと確認したのちは、忘れたように目の前には現れなくなりましたが、それで嫌悪感が消えるものでもありません。

 彼らの特徴は、魔物を模したローブと仮面。そして懐に収めた種々の聖具など、一目でそれとわかるものです。その外見で、もっともわたしに嫌悪感を呼び覚ますのは、仮面です。異世界から現れるという魔物はその性質上強い魔力を持っていて、体に自然と線上の紋を帯びます。仮面はそれに似せた文様が描かれています。装身具らしく独特の彩色されているとはいえ、数年前に家族を襲った魔物の面影を思い出させます。


 わたしは思わず、ユウさんのマントを握りしめる。ユウさんにもそれは伝わったようで、彼はわたしを相手から隠すようにして通路の脇にどきました。


 不吉に響く釣鐘の音が近付き、すぐ前を通り、そしてなぜか、遠ざからずに止まる。


 ユウさんの体が緊張に固まる。彼の手は懐の木刀に添えられている。

 わたしがユウさんの肩越しに見てみると、邪教信者が足を止めてこちらを振り返っていた。

 目深に被ったフード。線状に極彩色の模様が入った面越しに、こちらに視線を向けられている。わたしの体は総毛だつ。


「あ、あ、あ」


 体をこちらに向けて、今度ははっきりとわたしたちを凝視する。それは若い男性の声でした。ぜいぜいと喘ぐような調子の声で、それはひどく聞きづらい。


「あなたたち、からは、聖なる獣の匂いがします」

「は?」


 ユウさんが問答無用に木刀を構えて、相手を牽制する。

 一歩こちらに足を踏み出そうとしていた相手は、慌てたように距離を取り、腰に下げた釣鐘で何度も音を立てる。地下の廊下に音が反響する。仲間を呼ぶ合図なのかとあたりを見回すけれど、相変わらず誰かが通る様子はない。


「に、匂いがするんです。あなたたちは、どこかで、その聖痕を受けた。それは、あ、証です」

「なんのことなのかわからない」


 滑舌も悪く、話し振りは要領を得ない。ですが、ユウさんと相手が問答するうち、大体の事情が呑み込めてきます。

 匂い、というのは実際の香りのことではなく、ある種の魔力の波長を指しているようです。魔物と極々至近距離で対峙した人間は、その魔力の波長に独特のものを取り込むことが多いそうです。彼らはその現象を、匂いがつくとか、聖痕を受けるなどという呼び方をしているようです。


 実際、わたしはこの学園に入る前、当時第二守備隊隊士として魔物の討伐を仕事としていたウサコさんとイスナインさんに付いて、一緒に父の仇である魔物を討伐したことがありました。おそらく、その時に『匂いがついた』のでしょう。

 ユウさんがどのように魔物に相対していたのかは、わかりませんが。


「わ、我々は、あなたたちのような選ばれた人間を歓迎します。ぜ、ぜひ、我々のクラブに……」

「断る」


 相手が言い切らないうちに、ユウさんはぴしゃりとそれをはねつけました。


「行くぞ」

「はい」


 ユウさんは木刀を懐にしまい、相手から顔を背けて踵を返す。わたしはマントをつまんだままに、彼の後ろに従います。

 小気味いいほどにべもなく、それを見てわたしは少し溜飲をさげた気分になりました。ユウさんもわたしと同じように魔物に対してはいい印象を持っていないようでした。その共通点が少しうれしい。


「あ、あ、あ」


 ローブの男が、わたしたちの背中に声をかける。


「あなたたちは、偉大な存在の価値を分かっていない。だ、だが、いつまでもそんな考え方でいることはできないぞ。その、聖痕は、いずれあなたたちに運命を告げるぞ。に、逃げることはできないんだ。絶対、絶対に」


 呪いのような言葉。

 ユウさんが足を止め、荒々しく振り返る。射殺すような眼差しで、ローブの男を見据えた。


「そうだろうな」


 口の端が、嘲弄するように歪んでいる。


「運命はいずれ俺に追いつくだろう。そんなことは知っている。だから俺はここにいるんだ」


 折れんばかりに歯をかみしめて、彼は笑った。


「俺は、運命のことなど、もう知っている」


 その目は、その顔は、わたしの知らない表情でした。











 言葉もなく通路を歩き、やがて地階から抜け出し、明るい通りに出る。


 生徒たちが賑やかに行き交い、部室の扉は大体が歓迎するように開け放たれている。窓からは昼前の明るい日差しが降り注ぎます。わたしたちが通ったことを感知した壁掛け魔方陣がクラブの勧誘の言葉を投げかけてくる。どこかの部室からはぽんとはじける爆発音。遠い部屋からは笑い声。


 でも、わたしたちの心は冷えていました。

 魔神信仰の信者の言葉は、呪詛のようにわたしたちを蝕みました。その言葉に実際の呪詛がかけられていたというわけではない。ただ単純に、それは心に響きました。


 わたしにとって、魔物は忌むべき存在です。それはわたしの父を殺し、妹の足を食いちぎった。

 新薬の研究を続けているのは、相手を根絶やしにするための復讐という意味合いがあります。でも、それだけではない。

 統計的に、一度魔物に襲われた人間は再度襲われる可能性が高い。その原因については諸説あるのですが、先ほどの言葉はひとつの回答を示していました。

 一度魔物に近づくと、その魔力が付着し、固着し、浸透する。その身に魔力を擦り付けられる。魔物はその匂いをたどって再び姿を現すのだ。あの人が言っていた、聖痕はいずれ運命を告げる、というのはそういう意味でしょう。


 そう、相手の魔力を宿したわたしはいつか、再び魔物に襲われるかもしれない。


 それは、恐怖だった。わたしが魔物殺しの妙薬を未だ諦めず研究しているのは、復讐のためだけではない。わたしと家族の身を守るためでもあります。

 いえ、わたしはこの学園の結界に守られていて、妹は今は外出が難しい状態ですので、まだいい。ですが、故郷の人々がまた襲われる可能性は否定できません。わたしがこの学園に入るための資金を一部工面してくれたのは、故郷の人々でした。


 心の片隅に秘めていた思いが、さっきの言葉で肥大化してしまっている。気負いすぎるのは、よくありません。

 錬金術の研究は日進月歩。すぐにすべてが完成することはない。それは父の教えです。焦らず遊び、それが近道になることもあるという教訓もあります。


 わたしたちは部室棟の入口ロビーにつきましたが、すぐにコンラートさんに交信する気分にはなりませんでした。ユウさんも同様のようで、一度外に出て近くで飲み物を買って一服することにします。


 この時期の中央校舎付近はどこも混み合っていて、喫茶店も順番待ち、とても席など取れそうにありません。露店で飲み物を買って、近場の公園の芝に座り込みます。

 少し離れたところには小劇場があり、そこではどこかのクラブが演劇をしているようでした。椅子などもない簡単な劇場で、その周囲に生徒たちが思い思いに座り込んで観劇しています。

 内容はラブロマンスのようです。貴族の令嬢と結ばれるために、若い騎士が領内に現れた魔物の討伐に赴く、というような筋のようです。とはいえきちんとした公演などというものでもないようで、遠目に見ているこの距離ですと演者のセリフや効果音も周囲のざわめきに紛れて、あまりはっきりとは聞こえてきません。ひっきりなしに人が行きかうため、舞台もしっかりとは見えません。


 遠目にぼおっとそれを眺めていると、やがて少しは心も凪ぎます。


 うーん、魔物のことを深く考えると頭がカーッとなってしまうのが、わたしの悪い癖ですね。

 自分にとって大問題であるからこそ、冷静にそれを眺めることができるようにならねばならないのですが、どうも道は遠そうです。


「ユウさん?」


 そこで、ずっと放置していたユウさんのことを思い出します。劇場の舞台から視線をそらすと、ユウさんはぼおおっと舞台のほうに視線を向けていました。

 さっきまでのわたしも、きっとこんな感じだったのでしょうね。彼も彼で、自分を落ち着けている途中なのでしょう。


 それにしても、彼もわたしと同じように魔物に相対したことがあるようです。

 実際にその目で魔物を見たことがある人、というのは少数派です。思いがけない共通点に、親近感を感じます。

 校長候補生であることと関係があるのでしょうか。


 とりあえず、彼も落ち着くのを待つしかないでしょう。


 わたしは足を伸ばして芝に手を付け、空を仰ぐ。

 春風は優しく、今日もいい天気です。芝の手前の小さな道を、生徒たちがひっきりなしに行きかっています。中央校舎などのある一角と、最寄り駅の中間点にこの公園はあります。生徒や教師や、その他事務員たちの通り道になっているのでしょう。

 こうしてよく見てみると時折わたしとユウさんの顔を見て有名人だと気付く様子を見せる人もいますが、幸い声をかけてくるというほどではありません。今はクラブ生を示す赤い宝玉を付けているので勧誘はある程度自重してくれるでしょうか。

 まあ、それでも関係なく声をかけてくる人もいるでしょうが、幸い今の静かな時間を壊すような闖入者は現れません。


 やがて、ユウさんも気持ちが落ち着いたようです。手に持った飲み物の氷がすっかり溶けるまで時間を過ごし、わたしたちは公園を後にしました。











 今度は、部室棟に入ってすぐのロビーでコンラートさんに連絡を取ります。

 ほどなくして、ぱたぱたと急ぎ足にわたしたちを迎えに来てくれました。


「お待たせしました」

「いえ、こちらこそ、迎えに来てもらってすみません。場所がなかなか覚えられなくて」

「あはは、僕も最初は迷いましたから。行きましょうか」


 学内でも有数の有名な部で副部長を務めていて、彼自身ほとんど使用者がいない特殊技能、魔力の直接干渉が使用できるといいますのに、尊大なところがかけらほどもない人です。


「ほら、ユウさん、行きますよ」


 コンラートさんに続いて歩き出しユウさんを振り返ると、彼は面倒そうな表情で後に続いてやってくる。

 こっちは尊大で問題ですね。


「今日は、もうしばらくすると昨日はいなかった部員が来る予定ですので、来たら紹介しますね」

「はい、わかりました」

「その人もユイリさんと同じ錬金術科なので、話が合うかもしれません」

「あ、そうですか……」


 むしろそれは、プレッシャーです。同じ科ということは、もし話が専門的なことに及んだ際、わたしのできない子さが露呈する危険が大いにあります。さすがにダメっ子がばれて放逐されることもないでしょうが、それでも期待されて失望されて白い目で見られるというのは、何度繰り返してもいい思いはしません。


「そういえば、第三魔術研究会って、部員は何人くらいいるんですか?」


 話を別の話題に変えます。


 クラブの規模は千差万別であり、特に営利目的の商会、企業という体になっているクラブは最大千人くらいの規模のものもありますし、研究室の他スポーツや文芸、非公式ファンクラブなどは数十人から三ケタという程度のことが多い。逆に、秘密結社めいた団体やごく個人的な集団は数人ということもあります。


 第三魔術研究会は、特定の目的をもって活動しているというよりは、学園行事の際に他団体の計画に一緒に乗ったりして名前を売っている印象が強い。そんな柔軟な活動をしているとなると、あまり人数が多い印象はありません。


 わたしの質問に、コンラートさんはしばらく考え込みます。


「基本的には八人ですね。部長が色々なところから一時的に人を引っ張ってくることも多いので、時期によって違ったりもしますけど」

「今のわたしたちみたいに増えるということですね」

「そうですね。おふたりともまだ部活を決めていないなら、そのままうちの部に入ってくれても構わないですよ。しばらく一緒に活動してみて気に入ればというくらいで判断してくれていいですし」

「はぁ、考えてみます」


 勧誘されてしまいました。いえ、本命がユウさんであることは重々承知ですが、ちょっと嬉しいですやっぱり。

 それにしても、あんまりガツガツ勧誘してこないのは、そもそも少数精鋭で運営していこうというポリシーがあるのでしょう。そんな団体にわたしがいると、なんだかすごく浮きそうですね。


 コンラートさんと世間話をしながら時折話をユウさんにも向ける。その度、特に興味もなさそうな返答が返ってきます。

 彼の方でもユウさんがマトモに返事をしないことは既に承知済みのようで、失礼な返答を特に気にした様子はありませんでした。


 しばらく歩き、部室に到着。

 昨日の行き帰り、今日と来ましたがやっぱりなかなかうまく覚える自信がありません。大体、というくらいの印象です。


 部室に入ると中にいるのはクローディア先輩だけでした。新聞を読みながらスナック菓子を食べていて、くつろいだ様子です。こちらをちらりと見る口の端にかすかに笑顔を見せました。

 昨日の感じでだいたい仏頂面しているような印象がありますが、意外にそうでもないのかもしれません。

 今日も今日とて、彼女の瞳は色が刻々と移り変わっています。魔眼。いまだに慣れずにドギマギしてしまう。人形のように冷たく整った容貌もその一因かもしれません。


「コンラート、おふたりにお茶を用意してあげてくださいね。あと、私のお茶ももうありません」

「あぁ、はい。どうぞ、座ってください」


 促されて、昨日と同じ席に座ります。

 そういえばコンラートさんは、昨日もお茶をいれていました。どうやらクローディア先輩にこき使われているようです。たしかにちょっと従者っぽい雰囲気ありますから。


 ……まあ、そんなこと思うわたしの方こそ、これぞ紛れもないユウさんの従者なんですけど。


 今日はコンラートさんとクローディア先輩しかいないようです。昨日片隅でずっと本を読んでいたフォロンさんの姿はありません。

 わりと広い部室ですが、こうも人口密度が少ないと寂しいような感じもします。先ほど部員は九人と言ってもいましたが、それくらい揃えば間は持つかな、というくらいの広さですね。


「どうぞ、おいしいですよ」


 すす、とお菓子の入った皿をこちらに寄せてくれるクローディア先輩。


「ありがとうございます。いただきますね。はい、これユウさんの分」

「ああ」


 個包装されたおせんべいをユウさんに渡す。

 ユウさんはしげしげとおせんべいを眺めています。


「どうしました? あ、包みの取り方わからないですか? このギザギザの部分をぴいっと取るんですよ」

「そんなことわかってる。わからないわけないだろ」


 そうでしょうね。

 冗談ですから。

 私はすました顔でぽりぽりおせんべいを食べます。


「おまえ、バカにしてるのか?」

「あ、早く食べてみてください。おいしいですよっ」

「……ああ、そうだな」


 ふたりでぽりぽりお菓子を食べる。

 きつめの冗談を言っても、こちらが流すと向こうも流してくれるのがユウさんのいいところです。

 そんな様子を、クローディア先輩が微笑ましげな様子で眺めていました。


「あなたたち、いいコンビね」

「そうでしょうか」


 たしかに、だんだんふたりでいるのも慣れてきた印象があります。そう見えているならいいことでしょう。

 ユウさんは納得できない表情でわたしを一瞥しましたが、特にはなにも言いません。


「はい、お茶をどうぞ」


 そこに、コンラートさんがお茶を用意して回る。

 わたしとユウさんの分は揃いの客用カップのようですが、よく見てみるとクローディア先輩とコンラートさんのカップは私物のようです。持ち込んでいるのでしょう。

 わたしは自分のカップを持ち込んでこの部室で時間を過ごすことを考えてみようとしましたが、それはうまくはいきませんでした。


「何か面白い記事でもありましたか?」


 席につき、コンラートさんはクローディア先輩の前に広げられている新聞を示して話を振ります。


「ええ、キンキンにクールな記事がありましたよ」


 ばさり、と紙の束を手に持って、先輩は記事を読み上げます。


「中央校舎前駅に新しく串揚げ屋がオープンしたそうです。現在は生徒手帳の提示で学年の年数分の割引が適用されるそうです。私の場合は五年生ですから半額、超お得ですね」

「全然クールじゃない!?」


 コンラートさんが驚愕しています。


「えーと、先輩、串揚げお好きなんですか?」

「いえ、とりたてては」

「……それじゃ、なんでその記事読んだんですか」

「コンラートが話題を振ってきたので、場を沸かせようと思いまして」

「いえ、そういう気遣いはいらないですから」


 苦笑するコンラートさん。

 部室の空気が冷えました。

 ここにきてクローディア先輩意外にお茶目説が浮上。


「ある意味、キンキンにクールな空気になったな」


 そう言って失笑するユウさん。

 え、この人、うまいこと言ったつもりでしょうか。

 そんな楽しい会話をしていると、ぱたぱたと駆け足の足音。


「おっ、揃ってるな」


 冷めた空気をものともせずに、第三魔術研究会の部長、ルカ先輩がやってきました。わたしたちの後ろを通り、奥側の席に腰かけます。


「部長、どうでした?」


 クローディア先輩が尋ねる。


「ああ、決行時間は決まった。本決定だ」


 どうやら、ルカ先輩は会合か何かに出かけていたようです。


「俺たちは予定通り、姫様狙いで動くぞ」


 ニヤッと笑って、楽しそうに言います。対して、第三魔術研究会の残りふたりは神妙に頷いてみせます。


 姫様狙い?


 いえ、今話題のお姫様など、ただひとりしかいませんね。

 イヴォケード魔法学園の隣国、ヴェネト王国のセレスティン王女。

 彼女の入学姿を一目見ようと中央通りは人でごった返すでしょうから、その機に乗じて今回の結界破りの計画を実行に移す。

 のですが。


「狙うって、どういうことなんですか?」


 わたしの質問に、コンラートさんが説明してくれます。


 セレスティン王女の入学にあわせての決行ですが、どうせならと結界内を馬車で進む王女様に対して、それを破って中に入り込んでプレゼントを渡そうという計画のようです。

 これは第三魔術研究会が勝手にやるようです。各クラブは同時決行で守備隊の攪乱をするという点では合意しているようですが、タイミング以外は明確に役割分担を立てているというわけでもないそう。

 各団体の裁量というわけですね。この学園の生徒が一丸になるというのはあまり聞いたこともないですし、それくらいざっくりでなければまとめることができないのでしょう。

 部室にあまり他の部員の方がいないのも、それぞれ結界破りに向けて活動しているせいだそうで、地上で結界破りを実行するのをフォローする空中襲撃部隊や攪乱部隊の組織や決行合図の花火の準備など、外でやる仕事がたくさんあるようです。

 うーん、なんだか大々的なお話です。そして、今わたしのいるこの部室がその震源地。そう思うと、わくわくしてきてしまいます。


「あの、ちなみに、王女様へのプレゼントって、なにを渡すんですか?」

「ああ、よく聞いてくれた」


 わたしの問いに、ルカさんが笑う。


「花束だ」

「花束?」

「ああ。セレスティン王女に花束を渡して、『入学おめでとう!』って言ってやるんだ。きっと、王女様も喜ぶぞ」

「……」


 いや、戸惑うだけだと思いますが。

 というか、花束受け取ってくれないような気がするんですけど。


 先行きの不安をひしひしと感じてしまう計画ですが、ルカさんは楽しげに笑っています。


「作戦名は『愛の花束大作戦』だ」

「……」


 ……。


 愛の花束大作戦……。


「おい、なんなんだ、こいつは。馬鹿なのか?」


 静まり返った部室の中に、ユウさんの戸惑った声だけが響いていました。

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