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魔法学園へようこそ!  作者: cymbal
第2章 結界破り
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第三魔術研究会

 結界破りを計画している。

 その言葉にわたしとユウさんは言葉を失いました。いえ、まあ、ユウさんはただボーっとしているだけかもしれないですけど。


 結界破り。それはこの季節のお祭り騒ぎ、その筆頭の大騒ぎ。

 だけど今年は例年以上に効力が強化されていて、天才児の集まるこの学園にあっても未だに攻略されていない、難攻不落とでもいうような結界。


「ユウさんなら、それができるということですか?」

「俺はそう思った。だからこうして頼みに来たんだ」


 わたしはおろおろと二人を見比べます。この状況で、どういう風な立場をとればいいんでしょうか。

 ルカ先輩は才気あふれる有名人ですので、そんな人に認められるなんてすごい、とユウさんを褒めてあげたい気持ちになりましたが、ぐっとこらえます。いけないいけない。たしかに面白そうな話でわたしの学園生の血はたしかに騒ぎますが、これはまず間違いなくこれから始まるであろう大騒動の渦中に身を投げ出す行為になりそうです。

 ユウさんは校長候補生という特殊な身の上。基本的につつましく学園生活を過ごすことが是とされるはず。だからきっぱりとこのお話は断った方がいいのです、が、彼はわたしの言うことをあんまり聞いてくれたためしがないのでどう出るかその動向を注目してみる。

 ユウさんは何を考えているのかよくわからないような表情でしばらくその誘い文句を咀嚼します。


「興味ない」


 そして、出てきた答えがそれでした。わたしは思わずガッツポーズをします。

 はっ、そんな様子をみてルカ先輩に笑われてます。慌てて居住まいを正す。


「すみません、この子もそう言っているので」

「この子とか言うな馬鹿」


 間に入ってお別れモードに持っていく。


「何も今すぐに結論を出してくれなくてもいい。決行するのはすぐじゃないからな。だから、ちょっと付き合ってみないか?」

「……」


 ユウさんは割とどっちでもよさそうな表情でこちらに視線を向けます。

 どう思う? ということでしょう。


「申し出はありがたいんですが、今日はこれから帰るところですので、すみません」

「だそうだ」


 渦中の人物はどうでもよさげです。


「なるほど。だが、無事に帰れるのか?」

「え?」

「寮か屋敷か、下宿がどこかは知らないがそのまま帰れば途中で声をかけられる可能性が高いぜ。なにせ、この時期の報道日報は読者が多いからな。行く先々で騒ぎになるかもしれない」


 たしかに、その通りです。変装用の帽子は失くしてしまったので、そのまま顔を晒すことになります。どこかで帽子などを買うにしてもこの時期の商店はどこも混んでるでしょうからその前に騒ぎになる危険は大きい。

 なんだか、お尋ね者にでもなったような気分です。


「休憩がてら、うちの本部に来てみないか?」


 その言葉は、断ってもいい申し出でした。無理して頑張って帰ることもできるでしょう。

 ですが、わたしの中にくすぶっていた関心がぐっと頭をもたげているのも事実。

 結界破りの計画。その言葉はなんだか甘美で、わたしの興味をひきました。このままだと帰るのが大変、ということが言い訳のように頭に響いて、ついつい頷いてしまいました。


「え? 行くのか?」


 ぼうっと趨勢を見守っていたユウさんが、不思議そうな顔をする。


「あの、その、このままじゃ帰るのも大変そうですし、……ね?」

「おまえ意思弱いな」

「ほ、ほっといてくださいっ」

「仲いいな、あんたら」


 小声でもめるわたしたちの様子を見て笑うルカ先輩。


「傍に転移陣がある。行こうぜ」

「え? 傍にですか?」

「うちの部員が自作した簡単なやつだけどな」


 転移陣は個人で作成できるような魔方陣ではなかったと思うんですが。


 転移陣は、正式には転移魔方陣。

 その名の通り入口の魔法陣から出口の魔法陣へと転移する一方通行の魔法陣です。維持に膨大な魔力を消費するため未だに大きな街にしか設置されておらず、一般的な移動手段ではありません。

 とはいえこの学園では結構一般的でして、学園内の移動や近隣国の大都市、あるいは衛星都市との接続にばんばん使われているのですが、少なくともわたしが育ったような寒村では噂に聞く程度の代物でした。


 ルカ先輩に案内されると公園の隅の茂みの中に魔法陣が隠されていました。通常の転送魔方陣は部屋ほどの大きさなのですが、ずいぶん小さいです。五人くらい人が立てば、いっぱいいっぱいになりそうです。


「普通はこの規模だとすぐに魔法陣は解けてしまうんだけど、俺の力の応用で維持ができるんだ」


『恩寵』ルカ・フィツジョン。先輩の能力は、魔法の強化・活性化をさせるという話です。多分、それでうまい具合に魔方陣を維持させられるのでしょう。

 とはいえ、わたしは魔法陣学を専攻しているわけでもないのでよくわかりません。というかそもそも、錬金術はいわゆる魔法の行使とは違う魔力の使い方をするので、うまく想像もできません。先輩の説明にムムム……と曖昧に頷くのみです。


 ユウさんの反応をうかがってみると、彼はぼうっとあらぬ方向を見ています。話聞いていませんね。聞き手が二人ともへっぽこです。

 それでもルカさんは気にした素振りもなく、魔方陣のメンテナンスを始めます。地面に描かれた淡く輝く魔力に手を当てているのみで、具体的にどんな操作をしているのかはよくわからないですが。


「あの、なんでこんなところにこんなものを用意しているんですか?」

「結界破りの計画に使う予定なんだ。逃亡用だな。ここだけじゃなくて、学内の中心部には目立たないように配置して回っているんだ」

「使い捨てにする、ということか」

「そういうこと」

「……」


 淡々と会話をしているのですが、使い捨てにするようなものではないような気がします。

 こういう感覚は、この学園で過ごしていると時々感じることがあります。自分とは住む世界が違うくらいに魔法の価値観が違うというか、こちらの小市民性を思い知らされるというか。


「よし、こんなもんだな。待たせたな、ふたりとも。これから、うちの部室に案内するぜ。そこでしばらく休んでいけばいい。帰り道に変装に使えるようなものも部室の中を探せばあるだろ」


 ルカ先輩が用意を終えて転移陣から離れると、魔法陣が明滅して輝きます。うーん、魔法陣魔法ってカッコいいですね。制約が多いそうですがきちっと決まれば効力が高く、門外漢のわたしからすればわりと何でもできる魔法という印象があります。逆に、他の専攻の人からすると錬金術も何でもできるように見えるらしいので、そこはお互い様なのかもしれません。


 揃って魔法陣の上に乗ります。すると、周囲の景色がぱっと白く輝き、気が付くと別の場所に瞬間移動していました。


「へぇ」


 ユウさんが感心したようにあたりを見回します。わたしと同様、転送魔方陣を使用したのは初めてなのでしょう。

 そこは何の家具も置いていない部屋でした。わたしの暮らしている寮の部屋くらいの広さでしょうか。結構広いです。でも、壁には扉がひとつあるくらいで窓もありません。

 見ると、室内にはそこここに幾つか転送魔方陣が用意されていました。どうやら、一度に目的の場所へと飛ぶわけではなく、駅の乗り換えのように中継点を経由するようです。


「いざという場合に後をつけられた時に、一気に目的地に飛ぶと本丸まで攻め込まれるからな。小部屋を途中に用意して敵をまけるようにしてある」

「使い捨てなら、そもそも後を追えないんじゃないのか?」

「普通はそうなんだが、この学園には規格外がいてな。壊した魔方陣をあっという間に復元する化物みたいな奴もいる。しかも、割といる」

「なるほどな。結構考えているんだな」

「ああ。どうだ、興味が出てきたなら一緒に結界破りをやらないか? きっと、楽しいぜっ」

「別に、そういうわけじゃない。俺の場合はこいつが……、おい、ユイリ」

「は、はい」

「顔色悪いぞ」


 いぶかしげな表情のユウさん。彼が言う通り、なんだか視界がぐらぐらします。お酒を飲みすぎた感覚に近い。というか、気持ち悪い。

 この感じは、もしかして……


「魔力欠乏だな」


 ルカ先輩の言う通り。

 どうも、この転送陣は使用者の魔力も消費するようなタイプのもののようです。ふたりが大丈夫そうでわたしだけが辛いのは、要するに魔力の量の多寡ということでしょう。なんだか、情けない。


「す、すみません」

「いや、説明が足りなかった。すまん」


 ついうずくまってしまうわたしに、ルカ先輩がしゃがみ込んで肩に手を置く。するといきなり、けだるい感覚が一気に消えていきます。

 はっと顔を上げると、ルカ先輩がわたしに笑いかけます。


「こういう時に、俺の能力は便利だな」

「あ、ありがとうございます」


 『恩寵』の力。他人に魔力を分け与える、ということもできるようです。

 魔力を回復させるポーションも商品として存在しますが、それも服用して効果が表れるまでは少し時間がかかりますので、この即効性はすさまじいです。あっという間に回復します。


「すみません、お待たせしてしまいした」

「あと一回転移陣に乗ることになるが、大丈夫か?」

「はは、ダメそうだったらまた回復してください」

「ああ、任せろ」

「いいから、行くぞ」


 ユウさんに促され、また別の魔法陣の上に乗ります。

 そして今度は、どこかの校舎の裏庭らしき場所に出ました。周囲を見回すと、塀の向こうから歓声がかすかに聞こえてきます。そして、すぐ傍には中央校舎が見えました。学園の中央部のようです。


「ここは中央部室棟だ。ユイリちゃん、気分はどうだ?」

「あ、さっきより大丈夫です」

「そうか。飛ぶ距離が短かったからな」


 言いながらも、回復してくれます。ルカ先輩のような有名人に甲斐甲斐しく世話をされてしまうと、なんだか自分まで偉くなったような、むしろ申し訳ないような微妙な気分になります。


 見上げてみると、部室棟の窓のいくつかが開けられて歓談している様子の学園生の姿がぽつぽつと見えました。勧誘に出払っている部員も多いのでしょうが、部室に案内してきた生徒の対応をする人もいるでしょうし、活気のある様子がここからでもわかります。

 藪をかき分けて部室棟の前面に回り込む途中、部室のひとつから爆音がして、黒い煙が吹き出します。


「あそこは爆裂魔法研究会だな。魔法が成功するにせよ失敗するにせよ、大体いつも爆発してる」

「あぁ、そうなんですか……」


 死人が出てもおかしくないような感じでしたが、動揺する素振りもありません。いつものことなのでしょう。まあ、うちの学園の生徒はそう簡単に死ぬような人はいないでしょうけど。


 正面に回り込む。

 中央部室棟。中央校舎に隣接するようにあり、歴史を感じさせるレンガ造りの建物です。

 この学園では一般的に中央校舎や大通りに近づくほど部や校舎などは由緒正しいものとなり、その分歴史ある団体や勢力の強い団体が集まる傾向にあります。だから、ここは部活の総本山といっても過言ではありません。

 これまでの生活では縁のない建物なので、見上げるだけで少しわくわくしてきます。


「こんな爆発ばっかしてる部に入ったら、命がいくつあっても足りないぞーーーっ!!」

「待ってくれ、今の爆発はちょっとしたアレだから! ちょっとしたアレだから!!」


 そんなわたしたちの目の前を半泣きの新入生と後を追う上級生が駆けていきました。


「……」


 なんだか不安になってきました。ここは人外魔境ですか。


 躊躇するわたしを他所に、ルカ先輩とユウさんはさっさと中に入って行ってしまいます。慌てて後を追って中央部室棟に足を踏み入れます。

 中に入るとそこはロビーのように少し広い空間になっていて、備え付けのベンチのあたりにたむろしている人もいます。中央には学園の設立者である初代校長の彫像が建てられていますが、なぜかその脇には笹枝が括り付けられています。

 笹の葉には色とりどりの紙が垂れ下がっていて、つい通りすがりにそれを手に取ってみてみると、そこには魔法陣が描かれていました。なんだろう、と思ったその瞬間、手に取った紙がポンと弾けて軽快なファンファーレが鳴り響きました。

 周囲で歓談していた人たちが、一斉にこちらを向く。こ、これは短冊ではなくて呪符ですか。注目を浴びて顔が熱くなる。わたしは顔を俯かせてユウさんたちの後を追います。


「なにをしているんだ、おまえは。子供か」

「ほ、ほっといてくださいね……」


 ユウさんの呆れた眼差しを直視できません。


「元々は誰かが持ち込んできて、願い事が書かれていたんだよ、あれ」


 ルカ先輩が説明してくれます。


「でも、いつの間にかああなってた」

「……」


 全然説明になってませんね。まあ、遊び半分でドッキリを仕掛けたら意外に面白かった、とかそういうことなんでしょうか。なんてはた迷惑な。

 いまいち納得いかないわたしの様子にからからと笑って、先輩は建物の奥を示して案内してくれます。

 この建物はやけに構造が複雑で、階段が各階全然別の所にあって、しかもいくつかの中庭を擁するわかりづらい構造をしているようです。途中、数段の階段を上ったり下ったりして今自分が何階にいるのか、というかそもそもこの寮に階層という概念があるのかさえもよくわからなくなってしまいます。


「増改築を繰り返したせいだと思うけどな。慣れれば、大丈夫だ」


 ルカ先輩は気軽に言いますが、今歩いているのが何階かすらもよくわからなくて、なんだかおぼつかなさを覚えます。


 途中に行き過ぎる部室の扉は新入生歓迎の意味合いもあるのか開け放たれている所も多く、通り過ぎながらぱっぱっと多種多様な部室が目に入ります。

 壁に極彩色の絨毯がかけられてお香の匂いが漂う部室もあれば、『身体部位&内臓アクセサリー工房☆』などというファンシーなのぼりが入口に立てかけられている部室もあり(中は誠実な工房風でした)、ぶくぶくと紫色の泡が部屋からあふれ出していて部室の中が見通せないところもあり(いったい何部なんでしょうか)、簡素な会議用テーブルしかない部室内で何人かの生徒が聞いたこともない言語で激論を交わしているところもあるし、気功術の修行のようにゆったりした動作で型の練習をしている部活(何故か鬼みたいなお面を被っている)もあり、わかりやすいところではテーブルに酒瓶を並べて昼から宴会をしている部もあったり(わかりやすいですが、それはどうなんでしょうか)、かすかに開いた扉の先に培養液が詰まった瓶の並んでいる部室では人間の胎児らしきものが漬けられているのが見えたような気がして気が気でなりませんし、どんよりと薄暗い部室の中でテーブルに向って書き物をしている部員たちも不気味でなりません、そんな中単純に陽気に笑い合うような平和な部室があったりするとなんだかほっとさせられたります。


 ……なんだか、変な部室の方が圧倒的に多いような気がします。そう思うにつけ、どこに連れていかれるのかものすごく不安になってくるのですが。


「ここだ」


 そして、とある扉の前で立ち止まる。

 掲げられている部名のプレートを見てみる。『第三魔術研究会』という名前は聞き覚えがあるような気がします。

 いよいよたどり着いた目的地。ごくりとつばを飲み込みます。ユウさんの様子をうかがってみると、特に感懐もないような表情でした。まあそうですよね。


 中に案内されると、そこは思いのほか広い空間でした。わたしの寮の部屋よりも少し広いかもしれません。中央に大きな机があり、雑多な書き込みのある学園の大地図が広げられている。周囲は全て棚。中には本や薬品がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。窓は鎧戸が掛けられているけれど中央に浮かぶ光球が部屋をうす黄色く照らしていて、明るさはそれなり。隅の床にはわけのわからない置物。巨大な丸めた紙が雑多に入った大きな壷も壁棚沿いに並べられ、閉じた窓側は使い古しの木の杖が絶妙なバランスで立てかけられている。隅には魔法掲示板まで備えられていて、通信設備まであるようです。

 少し秘密基地めいた埃っぽさに満ちた空間です。少なくとも、やばげな怪しさではありません。内装に少し胸をなでおろします。


 部屋の中には三人の生徒がいました。大きな机に向かい合って座り、地図に書き込みをしながら話し合っていた様子の男女。そして、片隅にぽつんと置かれた椅子の上に三角座りをして魔導書を読みふけっている女の子。


「あ、部長」


 机を囲んでいた男子生徒が顔を上げ、わたしたちの姿を見ると驚いたように目を開きました。

 彼と同様に机上の地図を覗き込んでいた女子生徒はゆるりとこちらを一瞥すると、あからさまに顔をしかめました。


「この大変な時期に、どうして部外者を連れてくるんですか。馬鹿なんですか」

「そ、そんな言う必要はないんじゃないですかね」


 男子生徒の方は、あんまりな言い草に苦笑しています。


「まあそう言うな、クローディア。俺だって今が大切な時期というのは分かっているつもりだ」


 弁明しつつ、ルカ先輩はわたしたちを部室内に案内して、手近な席を勧めてくれました。


「だと信じたいですが、望み薄ですね。コンラート、おふたりにお茶を用意してあげてください。部長の分はいりませんよ?」

「あ、はいっ。……え、いいんですか?」

「いいんです」


 コンラートと呼ばれた男子生徒は苦笑して隅の台所でお湯を沸かし始めます。仲がいいのか悪いのかよくわからないやり取りに苦笑していると、そんな様子を見ている視線に気づきます。


「……」


 魔導書を読んでいた女の子が顔を上げてこちらをうかがっています。彼女に笑顔を返すと、不思議そうに首をかしげてまた本に視線を戻しました。

 魔法使いには変わり者が多いので、それくらいの態度では特に腹立たしいということもありません。というか、片隅で自分の世界にこもっている小柄な女の子は、どこかで見たことがあるような気がします。この部は有名な部ですから、なにか新聞や雑誌でその姿を見たことがあるのかもしれない。


「他にも部員がいるんだが、出払っているみたいだな。紹介しよう」


 ルカ先輩に促され、女子生徒が立ち上がります。


「クローディア・プレシオン。ここの副部長です。魔法科の五年生」


 クローディア先輩はふわふわっとしたたっぷりの金髪の美人さんです。

 淡々とした話し方。彼女が小さく一礼をして、顔を上げた時の視線がかち合う。わたしはその瞳を見て、目を離せなくなる。吸い込まれるような奇妙な目をしている人です。瞳の色が安定せずに移り変わっていて、その妖しげな眼差しにどぎまぎしてつい目をそらしてしまいます。

 そんなわたしの様子を見て、口の端をかすかに緩めました。見ようによっては酷薄そうな印象を与えかねませんが、あんまり悪い人ではないような気がします。


「コンラート・イルザ・レイルウェイです。クローディア先輩と同じく、副部長をやってます。僕も魔法科で、三年生ですね」


 コンラートさんは気弱な印象もある中性的な顔立ちをしています。胸元の宝玉の色からわたしと同じ学年とわかったのでしょう。親しげな微笑みを向けてまたお茶の用意に戻ります。


 流れ的に先方のみんなが挨拶するかと最後のひとり……本を読んでいる少女の様子をうかがいますが、彼女はこちらを気にする様子はありません。どうやら、慣れ合うつもりはないようです。


 とりあえず、自分の自己紹介をします。


「わたしは、ユイリ・アマリアスです。錬金術科の三年生です。よろしくお願いします。……ほら、ユウさん」


 隣のユウさんをつついて、挨拶を促します。


「ユウ・フタバ」

「……魔法科の一年生です。よろしくお願いします。だそうです」


 この人はどうしようもない人なので、そう補足しておきます。ユウさんが迷惑そうに顔をしかめてわたしを横目に眺めてきますが、無視です無視無視。


「向こうのちっこいのが二年生のフォロン。さっき使った転移陣は、フォロンが作ったんだ」


 ルカ先輩がそう紹介してくれます。小柄でかわいい印象ですが、あんなものをいくつも作るとなると恐るべき天才といわねばなりません。

 彼女は名前を呼ばれたからかちらりとこちらに目を向けます。わたしは笑顔を向けてみますが、特に感銘を受けた様子もなく視線を再び本へと戻しました。


「他の奴らは、今度会った時にでも紹介しよう」


 今度、というのがあるのかどうかは疑問です。

 わたしとしては、有名な第三魔術研究会に足を運ぶことができて感無量ではありますが、場違いな感じもあります。少しここで過ごして、帽子などの変装用具でも借りて帰ればいいかな、などとも思っていましたが、よくよく考えてみるとここにきてしまった時点で結界破りへの協力を約束してしまったと考えられても不思議ではありません。まあ、それらすべてはわたしというよりはユウさん次第の話ですけど。

 わたしたちは、促されて大きな机を囲む席にかける。


「それで、部長はどういった用件でお二人をここへ案内したんですか?」


 クローディア先輩が手に持った羽ペンで机をこつこつと叩いてルカ先輩に剣呑な視線を向けます。


「あー……」


 ルカ先輩はその質問に答えようとして、言葉を濁します。そっとこちらに耳打ちしてくる。


「なあ、こいつが直接干渉魔法を使えるのって、人に話していいものなのか? うちの部員は外部に漏らしたりはしないだろうが、そっちにも事情がありそうだし」


 直接干渉魔法。ユウさんやルカ先輩の使える、魔力を直接操作する、という特殊な魔法の才能です。

 先輩はどうやらわたしを窓口というか代弁者的な立場で彼のそばにいると思っているようですが(というか実際そうなのですが)、答えていいのかダメなのか、全然わかりません。なにせ校長候補生というよくわからないけれどすごそうな肩書きを持っていることくらいしか知らないんです。


 わたしは慌てて愛想笑いをし、ユウさんの耳に口を寄せます。


「ユウさんユウさん、ユウさんの魔法のことって機密に入るんですか」

「名前を連呼するな、鬱陶しい」

「……」


 えー……。

 この人ひどいです。


「言っても言わなくても、どっちでもいいだろ。少なくとも俺は、隠すつもりはない」

「ええー……」


 結局、それ、どっちなんですか。

 わたしが困った顔をしていると、ユウさんは呆れたように息をついて耳打ちします。


「別に構わない」

「あ、そうですか」


 ともかくお墨付きをもらい、わたしは安心してそれをルカ先輩に伝えます。


「おう、実はこの一年は俺やコンラートと同じで直接干渉が使えるんだ」

「……なんなんですか、その伝言ゲーム」


 クローディア先輩はそんな様子を、呆れた目をして眺めていました。


「なるほど。直接干渉ができるとなれば、結界破りには大きな戦力ですね」


 コンラートさんはそう言って、用意してきた紅茶を目の前に置いてくれる。今の季節のハーブが入っていて、春っぽさを感じます。

 ではなくて、ユウさんが特殊な魔法を使えると聞いても全然驚いた様子がありませんね。


「というか、あの、コンラートさんもそういう魔法を使えるんですか?」

「あ、そうなんですよ。僕の場合は、部長ほどのものではないんですけど」


 すごく気軽に言いますが、直接干渉魔法は使用できるというだけでどの国に行っても重用されるような能力のはずです。そんな人間がここに三人も。

 いえもしかして、実はクローディア先輩はフォロンさんもそんな能力者という可能性はあるんでしょうか?

 つい場違い感を感じて挙動不審に陥るわたし。


「そんな心配しなくても、直接干渉魔法は私もあの子も使えません」


 そんな様子を生暖かい視線で眺めるクローディア先輩。


「あ、そ、そうですか」


 恥ずかしい。


「でも、クローディアも結構有名なんだよ。魔眼持ちも珍しいからな」

「魔眼、ですか」


 聞いたことがありますが、見たことはありませんでした。


 通常魔力は全身に万遍なく広がり安定しますが、時々身体の一部に魔力が集中して奇形成長をすることがあります。

 魔眼もその一種で、目に魔力が集中して成長すると魔眼持ちとなるそうです。特に精神感応系の魔法に能力を発揮すると言われていて、何世紀も前に小国の王族を洗脳して政治を牛耳った魔眼持ちの妖女がいたせいで未だに魔眼は『魔女の眼』とも呼ばれて悪いイメージを持たれています。

 とはいえクローディア先輩は魔眼持ちと言われてもそこまで嫌そうな様子もないので、そこまで気にしていないのでしょうか。まあ、この学園で暮らしているとそういう魔法的な異端児はかなりたくさんいるので、そのくらいだと珍しいという程度の話になってしまうというのもあるのですが。


 この学園での有名人でぱっと思いつくだけでも、魔法の胃袋を持つ第七守備隊の隊士、ヴァン・ボウモワという人は魔力を多く含む物を食べた直後なら口から魔法を出せることで有名です(威力は大したことがないそうなので、大道芸みたいな能力らしいですが)。

 あるいは左の中指が特殊成長した魔法科六年のミルゾーザ・ラティナという女生徒は一本だけ通常の倍の長さの指を持ち、そこから放たれる魔法の威力は桁外れのものという話を聞いたことがあります(ちなみにこの人ははっとするような美少女で、オサシミガールズという名の学内アイドルグループに所属しています)。

 まあ、有用でない場合も多く、特殊成長した身体部位によっては『ひざ裏燕返し』『へそ茶』『耳魔法』など、褒められているのか貶されているのかよくわからない呼称で呼ばれている生徒も多くいます。


 そういう意味では、目に力の宿っている魔眼というのはむしろマシなのかもしれません。なんだかちょっと、カッコいいですし。クローディア先輩の瞳の色が安定せずに変わっているのは魔眼のせいなのでしょう。


「別に有名でも無名でもいいですが」


 クローディア先輩は話を振られて、クールにそう言うのみです。


「話はわかりました。たしかに、そういう話なら今回の結界破り、大きな戦力になりますね」

「そうですね。僕だけだとあれを破るのは厳しいと思っていたところですし」


 納得した風のおふたり。

 ですが!


「あ、あのっ」


 話の雲行きが怪しい。わたしは慌てて口を挟みます。


「あのですね、わたしたちは協力するというお約束できたわけじゃなくて、ちょっと見学といいますか……」


 その言葉におふたりはきょとんとして、それからちらりと目配せをしました。


「なるほど、そういうわけでしたか。ともかく、ゆっくりしていってください。あ、このお菓子どうぞ」

「はい、私たちはいつまでいてくれても気にしませんから。あ、お茶がもうないですね。コンラート」

「はい。おかわり用意しますね。同じお茶がいいですか?」

「そうだ、ふたりとも、せっかくだから今回の結界破りの作戦を聞いてかないか? なぁに、聞いたからって絶対に手伝えってわけじゃないし、心配いらないぞ」


 ま、まずいです……!


 途端に甲斐甲斐しく世話を焼き始めたお三方を見て、わたしは逃げるタイミングを失ったことを悟りました。このままでは、ずぶずぶと手伝いをすることになりそうな予感がかなりひしひしとしてきました。

 とはいえわたしが結界破りをできるということはなく、傍観者であることには変わりはないですが。


 どうしようかとユウさんに助けを求めます。

 その眼差しに、冷めた視線を返される。


「もうダメだろ」

「ですよねー」


 ……結局、こうして、わたしたちは第三魔術研究会の皆さんと共に、未だ誰もなしえていない今年の結界破りの計画に加わることになったのでした。

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