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魔法学園へようこそ!  作者: cymbal
第2章 結界破り
6/42

朝食

 ユウさんとふたりで中央校舎に赴き、彼の生徒手帳と宝玉を受け取った翌朝。


「ユイリ、眠いよ~」


 食堂で一緒にご飯を食べているルドミーラが目をしばたたかせてあくびをする。


「あんまり寝てないの?」

「うん。そろそろ始業式でしょ。うちの研究室、始業式締め切りの課題があるんだよね」


 この学園では、大体二年生くらいから研究室に所属する生徒が多くなります。高名な先生の研究室などは相応に狭き門です。そして、研究室のランクが上がれば上がるほど比例して課題も多くなります。

 ルドミーラの所属する研究室は割とレベルの高いところですので、その分大変なのは必定です。

 ちなみにわたしもこの春から研究室に所属しますが、課題なんてものはありません。

 錬金術科は三年生以上は研究室への所属が必須となりますが、これから自分が入るのはギリギリ落第を免れた生徒の掃き溜めとでもいうような最底辺の研究室ですので、課題などで生徒側に求めることも少ないのです。

 まあ、わたしはコネで学園に残っているような人ですので、ハイレベルな研究室には付いていけないはずです。そもそも魔力が少ないので、その時点で足きり。


 ……いいんですけどね、別に。


 暇人のわたしと違って、ルドミーラは大忙しのようです。とはいえ、睡眠時間を削らなければ終わらない課題というのも、すごく大変そうです。


「今日はずっと課題をやるの?」

「うん。今日のうちに、ある程度レポートまとめなきゃなんだよね。模型も作らなきゃいけないし」

「模型って、建築科ってそんなのもあるんだ」

「私のとこは魔法都市構造学だからね。設計図だけじゃダメで、形にしてナンボって感じ。地味にこもってちまちま作業しているだけだから、もっと派手なところを選べばよかったよ」


 ルドミーラはそう言って苦笑しますが、それでも充実した顔でした。大変なんでしょうけれど、なんだかんだ今やっている専攻が好きなのでしょう。


 ちなみに魔法都市構造学は、都市を建築する際に魔方陣形に魔力の流れを整理したりそれに沿って建物を建てることで周辺の土地の魔力を集めるようにする、という都市計画の魔法学です。

 都市に魔力を集めることで生活に必要な魔力を確保することができるのですが、その分魔物が現れるなど有事の際に危険にさらされるリスクもあります。魔物はこの世界に出現すると、強い魔力に惹かれる傾向がありますからね。

 また、あまりにも大規模に展開すると都市の外側の魔力が吸いすぎで枯渇して植生が変わってしまうので、程度問題も難しいそうです。

 結構新しい学問で、百年前に建てられたこのイヴォケード魔法学園がその発端のひとつと言われています。

 この学園は背後に連峰を控えて眼前に平野が広がっていますが、この平野の魔力を根こそぎ都市部にかき集めることによって成立しています。

 イヴォケード平野はかつて豊かな森林だったそうですが、今は生育に魔力を必要としないような雑草がまばらに生えるだけの荒れ地になってしまっています。それを自然破壊と非難する向きもありますので、斟酌が難しいものでしょう。


「地味っていうなら、錬金術科も同じだよ」


 わたしはそう言って微笑みます。室内にこもってちまちま作業をするという点では完全に同じです。

 錬金術の場合は素材の構成や魔力量や温度などの研究環境をあれこれ変えながら似た作業を繰り返すので、地味さで言えば建築家を圧倒的に上回るような気がします。

 最近は手品のように観客の前で錬金術をおこなってみせて出来上がったものをプレゼントする、などというショービジネスも出てきていると噂は聞きますが、基本的にはそういうのは少数派です。わたしのように個人製造の場合は地味さに一層の磨きもかかりますし。


「でも、ユイリにはそういうの合ってるよ」

「地味なのが?」

「そうじゃなくて、集中して打ち込むようなのが」

「そうかな。ありがとう、ルドミーラ」


 言われてみればそうかもしれません。わたしに戦闘とかは無理ですし、こつこつ研究する方針の方が性には合っているでしょう。


「おはよう」


 そこに、女子寮の寮監のリーズウッド先輩がやってきました。挨拶を返すわたしたちに一言断ってから隣に腰かけます。

 以前先輩に会った時はルドミーラはいませんでしたが、わたしの知らないところで挨拶は済ませていたのでしょう、ぎくしゃくした感じはありません。

 つい先日また彼女の中傷ビラ(というよりは、ちょっとしたいたずらでしょうが)を書いた男子生徒が談話室の壁に磔にされていてその容赦のない仕打ちを我が寮に知らしめたこともあり、わたしのほうの返事はちょっと上ずってしまいがちですが、ヘンなことをしでかさなければ優しい先輩です。


「どうかしたんですか?」


 仲が悪いというわけでもないですが、一緒に食事をするほどというわけでもありません。リーズウッド先輩の方はさすが寮監、というくらいに顔が広くて割と誰とでも一緒にいますが、それでもある程度は特定のグループでまとまっています。

 食堂を見回すとわたしたちより親しいだろう人の姿もありますので、何か用があって話しかけてきたのでしょう。

 ……なんだか、トラブルな予感。ここ最近ですっかりそういうタイプの嗅覚が鋭くなりました。そして、わたしにとっての問題の種はユウさんを置いて他にありません。


「ちょっと聞きたいことがあるのよ。というか、見てほしいものがあるの」


 好奇心でらんらんと輝いた瞳で食卓の上に乗せるのは、『報道日報』という新聞でした。

 学内で発刊されている新聞にはいくつか種類がありますが、この『報道日報』は生徒主導で作られている新聞で、かたい話題よりは噂話程度のゆるい話題が中心になっている娯楽誌です。日報と言いつつ平均して週に一回程度の発行ですが、新入生あふれるこの春など話題の絶えない時期は毎日発行されています。


 かつてはわたしも特待生入学した当時に話題になった『ユイリ新薬』に関する記事で顔写真が載ったことがあり、今思い出すだけでも顔から火が出そうです。

 あまりいい思い出のない新聞を恐る恐る眺めてみると、目に飛び込んでくるのは一面記事の大きな文字。


『貴族殺しを一撃粉砕! 謎の新入生の正体とは!?』


「……」


 机に倒れ伏すわたし。

 思いっきり、昨日の騒ぎが載っていました。しかも写真付き。二年生の貴族殺しの人を倒した後に、慌てて逃げようとしているところです。わたしとユウさんにばっちり黒い線で目元が隠されていますが、それでも……


「これ、ユイリだ!」

「そうよね。ユイリよね」

「……」


 知り合いに見せれば丸わかりですね。これではまるで有名人です。

 わたしはもう、笑うしかありません。


「ルドミーラから聞いてたんだけど、あなた春から貴族の付き人のバイトを始めたんですって? この新入生が例のユウ君?」


 芋づる式にバレていますよ。さすがにこんな状況になってしまうと、知らぬ存ぜぬでは通りません。

 仕方なく、同意して昨日のことをかいつまんで説明します。

 わたしには詳しい戦いのやり取りはわからないので、あくまでも話の流れを軽くというくらい。


「いけるわ」


 わたしの話を聞きながら、リーズウッド先輩は表情を輝かせます。


「私はそのユウ君って子みたいな武闘派を待っていたの。この寮は戦闘要員が不足がちだったから、今年の寮杯はどうしようかと思っていたんだけど」

「先輩だって、武闘派じゃないですか」

「ほっときなさい。ていうか私は戦闘は専攻してないから」


 先輩は魔法科ですからね。基本的には総合研究職とでもいうような学科です。とはいえ、専攻していなくても戦える生徒というのはこの学園には多いですけれど。

 リーズウッド先輩もおちょくってきた相手を血祭りにあげるくらいは造作もないくらいの人です。


「ねぇユイリ、そのユウ君って子、寮杯には出てくれそう?」


 キラキラした目でそう問われ、わたしは返事に詰まります。どうしよう。全然出てくれそうなタイプじゃないんですが。

 ともかく、全否定するのは先輩にも申し訳ないです。かといって肯定もできなジレンマ。気安く肯定しておいてユウさん当人に引き合わせたら失望が大きそうです。


「ど、どうでしょうか。わたしもまだ会ったばっかりですのでよくわからないですね。彼が興味を示すかどうかはわからないですけど、聞いてみますね」


 そう言うしかありません。ユウさんの性格を知るルドミーラは横で苦笑しています。


「ありがとう、よろしくね。ダメなら私が出るわ」

「え……」


 ユウさんは普通に寮監とも問題を起こしそうで恐ろしい。彼をうまく寮杯に誘い出さなければ、などと悲壮な決意を胸に刻んだわたしの姿を見て、リーズウッド先輩は苦笑します。


「行事に出たくないって変わり者も結構いるから、私が言ってもダメならそれで怒ったりしないわ。それにそもそも、そういう人たちを説得して回るのは基本的に代々の寮監の仕事だから」


 穏やかにそう言われて、安心します。よかった、失敗しても厳しい叱責を受けるということはなさそうです。

 とはいえそれは別件としても、ユウさんには色々な行事に参加してほしいという気持ちもあります。きっと、そのほうが楽しいはずです。秋の寮杯はまだ先ですが、それまでにも色々なイベントがあります。


「わかりました。とりあえず、一度聞いてみることにします」

「それじゃ、よろしくね。あと、明日の夜に中庭で新歓パーティあるから、参加してね」


 リーズウッド先輩はそこまで喋ると話は済んだという様子で去っていきました。そんな後姿を見て、つい小さくため息をついてしまいます。憂鬱というよりは、プレッシャーですね。


「ユイリ、大丈夫?」


 ルドミーラが心配そうに尋ねる。


「あの子寮のことに協力しろって言って、素直に聞くかなぁ。生意気なこと言ったら、私がのしてあげるからね」


 ぐっとこぶしを握るルドミーラ。

 気持ちは嬉しいですが荒事は勘弁してください。というか、戦闘能力的にのされるのはルドミーラだと思います。


「ありがと。行事とかに誘うのはもともと必要だと思ってたから、いいの。問題は……」


 わたしは肩を落とす。


「問題はどちらかというと、新聞に載ったことかなぁ」


 そう、先に話題の取っ掛かり的に見せてもらった新聞が心配の種。


「ユイリ、報道日報って、結構有名なほうだっけ?」

「まあまあかな、たしか」


 知名度としては中くらい。あくまであれは娯楽誌です。

 ですが、この時期だけは新入生歓迎特集で話題をさらうことが多いので、普段よりたくさんの生徒が目にすることでしょう。他に大きな事件でもあって忘れ去られるのを待つしかないのでしょうか。


 騒動を避けて今日は寮にこもってじっとしていようかとも思いましたが、新学期が始まるまで間がないのでユウさんを一通り案内してあげたいですし、何より、寮内にユウさんのことはあっという間に広まるでしょうからここが安全というわけでもありません。

 開き直って出かけてしまった方がいいかもしれません。人に紛れたほうがかえって落ち着くでしょう。


 今日の予定を考えていると、不意に周囲の空気がざわつきます。あたりを見回してみると、居合わせた生徒たちは食堂に入ってきたユウさんをじっと見つめていました。

 いきなり注目を浴びたユウさんは顔をしかめて周りを睥睨し、わたしの隣の席に着く。


「ユウさん、おはようございます。ひとりで起きれたんですね」

「おい、お前は俺を何だと思っている」


 たしかに失礼すぎますね。


「すみません。昨日は起こしに行ったので、なんとなく起こしに行くまで寝てるかなって思ってました」


 まあ、起こしに行ったらすでに起きてましたけど。


「えぇ、おねぇちゃんに起こしてもらっちゃってたの? ぷぷぷ」


 ルドミーラがわざとらしく口元に手を当てて笑ってみせると、ユウさんの堪忍袋の緒が切れる。切れるの早すぎですね。


「おまえ喧嘩売ってるのかちっこいの」

「やるっていうの、でっかいの」


 席に着いたばかりなのに、机に両手をついて威嚇するユウさん。ルドミーラもそれに応えて彼同様に立ち上がる。


「いえ、ルドミーラ。ユウさんはそんなでっかくないですよ」


 平均身長よりはちょっと上というくらいでしょうか。


「ユイリ、おまえも喧嘩売っているのか?」

「えええ! 事実ですよねっ」


 火の粉がこっちに!


「まあまあまあまあ。ひとまず喧嘩は、注文を決めてからにしてくれないか?」


 暴力事件が起きそうな現場に割って入ったのは、食堂でウェイターをしているヘラルドさんでした。苛々した雰囲気を出しているユウさんに対しても、恐れた素振りもありません。なんだか風格があります。

 ユウさんは突如割り込んできたヘラルドさんを睨み付けますが、何か言うということもなく、むっつりと黙って腕を組みました。


「食べるのは何にしますか? ご飯系なら、この『焼き魚と新鮮野菜の特別朝定食・彩』というのがおいしいですよ」


 慌てて間に入ります。彼は米を常食にしていたといいますから、小麦や芋類のものよりはこっちでしょう。


「朝飯に大層な名前だな」


 ユウさんは失笑します。


「それでいい」

「かしこまりました。ユイリちゃん、お茶でも持ってこようか?」


 わたしは既に朝食を食べ終わっています。


「あ、はい。それじゃ、お願いします」


 ヘラルドさんはいい人です。彼が去っていくと、さっきまで喧嘩していた二人も水を差されたように気が抜けた表情になりました。

 ルドミーラはユウさんから顔をそむけてこちらを向く。


「ユイリ、あの店員さんと仲いいの?」

「うん。よく顔合わせるし」


 朝と晩、わたしが食事する時は大抵ヘラルドさんがいる印象です。


「そうなんだ。私はあんまり見ないけどな」


 ルドミーラはわたしと生活習慣が違いますからね。わたしは差し迫った予定も抱えていないのでわりと規則正しい生活ですが、彼女は研究室が忙しいので食堂に来る時間はまちまちです。わたしが起きてきて朝ご飯を食べる時に、寝る前の食事をしていることもあります。それはそれで、ちょっと心配になるくらいですね。


「学園の卒業生で、結界破りをしたこともあるんだって」

「そうなんだ、それはすごいねっ」

「あ、ユウさんは結界破りのこと知っていますか?」


 話を振ると、肩をすくめて見せました。知らないようです。わたしが説明をするのを、興味なさそうに聞いています。そんな様子にルドミーラは不満そうですが、口を挟むほどではないようです。


「暇なんだな、ここの生徒は」


 結界破りの概要を聞いて、感想はそれだけでした。


「お祭りですから」

「だが、何の目的もないんだろう?」

「まぁそうなんでしょうけど、楽しいから……とかでしょうか」


 わたしの返事に、間抜けを見るような目を向けるユウさん。


「ちょっと、入学してきたばかりで何も知らないのに、その反応はないよ。よく知らないのに否定するなんてもったいないよ」


 ルドミーラが不満げに言います。正論です。

 まあ、実際結界破り自体は校則違反ではあるのですが、罰則が規定されていない校則違反です。つまりやってもお咎めなし。つまり学園側は黙認。だったら破っちゃおうぜ! というノリのようですけれど。

 ユウさんは諫言に肩をすくめてみせて、まったく心に響かない様子でした。ああもう、もうちょっとうまく人付き合いをしてくれればいいんですけれど。


「ユウさん、新聞に昨日の騒ぎが載っていましたよ」


 話題を変えるように、先ほどリーズウッド先輩から聞いた報道日報の話をすると、ユウさんは気だるげに「へぇ」と相槌をうちます。


「結構小さいことも、記事になるんだな」

「まあ、たしかにちょっとしたいざこざという感じでもありますけれど、人ひとりやっつけてるんですから、記事にもなりますよ。決闘騒ぎって、よくこういうネタにされるんです」


 しかも今回は新入生が実力確かな『貴族殺し』の一員を一撃粉砕した、ということでいつも以上に面白おかしく話題にされていたような印象がありました。

 食堂の入口の新聞や雑誌が置いてある所から報道日報を持ってきます。高級寮はこういうのが備え付けられているから便利です。問題の記事をユウさんに見せると、「俺とお前だな」と淡々とした答えが返ってきました。わたしはその朴訥とした返事に肩を落とす。


「君、今のところそこまで顔を知られていないはずだから、ユイリを困らせないように大人しく過ごしなよ。身元がばれると、決闘の申し込みとかされるかもね。ああいうのに載ると力試しの相手にされること多いらしいし」

「そうですよ。静かに過ごしましょうね」

「言われるまでもなく、そのつもりだ」


 どの口がそう言うのでしょうか。

 わたしとルドミーラは思わず顔を見合わせて、呆れたように息をつきます。


 そこにユウさんの朝食がやってきて、彼は食事を始めます。食堂の朝定食は、とにかく提供が早い。それなのにおいしいというのがすごいです。この寮に暮らすような生徒は校内でもかなり高いレベルの生徒ばかりですので、その胃袋を満たすサービスも高品質です。

 食事をしているユウさんに、わたしはこの学園での行事のことを説明します。その流れの中で先ほどリーズウッド先輩から依頼された寮杯の話をすると、案の定あまり興味のなさそうな様子で聞き流しています。とはいえ、彼の場合そう見えるだけで意外にしっかり聞いているというのがここ数日で分かっているので、気にするほどではありません。


「どうですか、いかがですか」

「さしあたって、興味ない」

「……」


 沈黙するわたしを他所に、彼は食事を続けます。

 まあ、この返事、わかっていましたけどね。周囲に視線をめぐらすと、何人かの生徒がこちらをうかがっているのがわかります。その中にリーズウッド先輩の姿もありました。わたしが首を振ってみせると、意図は伝わったようで苦笑していました。ひとまず義務は果たしたので、あとは先輩に交渉してもらうしかないですね。


 暇になったので、わたしとルドミーラは手元にある報道日報を開いて時間をつぶすことにします。

 まず目に付くのは、結界破りに関する記事。どうやら、昨日までの時点で成功した例はないようです。

 他には、新入生向けの大規模で有名なクラブに関する記事。この学園には、数百人という規模になるクラブもけっこうありますし、規模は小さくとも破天荒な行動で有名なクラブもあり、ある分野に関しては世界的権威になるようなところもあります。大体は数十人規模の集団です。紙面の都合で詳しい紹介などはありませんが、クラブ名を眺めているだけで楽しい気分になってきます。新入生がこれを見ると、きっと眼前に無数の可能性が広がっているような気分になることでしょう。


 えぇと、あとは……


「今年の注目株?」


 ぺらりとめくったその先に、そんな題目の特集記事がありました。


「新入生の紹介記事ですね」

「あ~、ユイリが昔載ってた記事だ」

「……」


 懐かしくも恥ずかしい。

 近隣国の有力貴族の子弟や、新入生の中でも際立って有名な生徒、入学試験の成績優秀者などが載っている記事です。

 わたしがこの学園に入学した経緯は少し特殊で、通常の入学試験はそもそも受けてはいませんでした。ですが、ウサコさんとイスナインさんの推薦があって、予備試験を受けることになりました。

 今やウサコさんは第三守備隊の隊長、イスナインさんは第一守備隊の副隊長ですが、当時はまだ第二守備隊の平隊士でした。本来ならば一介の隊士に市井の人間を推薦する権限はないはずなのですが、そこは上に掛け合ってくれたようです。

 そして結果的に、わたしはその後『ユイリ新薬』と呼ばれることになる特殊中和剤を提出して、予備試験を通ったのでした。

 この予備試験というのは一芸入試とでもいうべきもので、該当する生徒はほとんどありません。よほど特殊な才のある生徒がこの予備試験で入学してきて、その後特定分野の開拓者になる例が多い。まあわたしは、その後の研究が全然進んでいないダメな方の人ですが。


 記事に目を走らせてみると、やはり今年の有名人といえばヴェネト王国の王女様のようです。まあそうですよね。直系の王族ですし、これぞ王女様という清楚可憐な容姿ですし、欠損した肉体を受肉させるほどの回復魔法の使い手ですし、そして彼女の祖国は侵略され存亡の危機にさらされている。

 出生、容貌、才能、そして揺れる政情。どれを取っても注目されそうです。まあわたしとは関わりもないようなお方ですね。


 他に大きく取り上げられている生徒は、などと眺めていると不吉な名前が目に留まる。チサ・ツヴァイク……『殲滅魔術師』。

 あだ名をつけられる生徒は時折いますが、入学前からそんなものがある生徒なんて聞いたことがありません。そして、あまりに不穏なそのあだ名。わたしは彼女のプロフィールを確認しようとして……


「おい」

「え?」


 ユウさんに声をかけられて、顔を上げる。


「もう食べ終わった。支度をしたら、出かけるんだろ」

「あ、そうですね。まだ買い足すものもありますもんね。ルドミーラももう戻る?」

「ユイリがもう行くなら、私も帰るよ。課題の続き、面倒だなぁ」

「頑張ってね」

「ユイリも、この子のお守り頑張って」

「あん?」

「君のこと」

「は……?」

「まあまあまあまあっ」


 読みかけの報道日報を書架に戻して、食堂を出る。

 さて、今日もこれから、ばたばたした一日が始まりそうです。

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