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魔法学園へようこそ!  作者: cymbal
第3章 殲滅魔術師
42/42

内情

 黒頭巾の謎の人との会合を終えて、わたしたちは来た時と同じように、馬車で帰ります。

 古ぼけた馬車ですが、丈夫な造りで工夫が凝らされています。窓も、外からは中の様子がわからないように加工がされているようです。防音の工夫も凝らされているようで、外の音は全然聞こえない。揺れも少ないです。

 来た時は外など見ていませんでしたが、先ほどよりは自由にしてもいいようで、わたしは御者台の側の窓から顔をのぞかせます。この窓、さっきまでは布がかけられていましたけれど今は開かれています。


「こんないい馬車、よく持っていますね」


 馬車の高さから眺める学園の景色は珍しいですけれど、さすがにもう暗くてあまりよく見えませんね。どうやら、裏通りを選んで通っているようであまり目に付くものはありません。

 すぐに飽きてしまい、わたしは視線を車内に戻して前に座るカダさんに声を掛ける。


「……元々はさるお方が使っていたものだったが、古くなったからな。旧型が回ってきた。装飾を取り払ってしまえば、そう目立つものでもないからな」

「たしかにそうかもしれませんね」


 どうやら、貴族の方か誰かが使っていた中古品なんですね。

 大ぶりな感じがするのは、そのせいなのでしょう。偉い人は使用人とかも一緒に乗せたり中で会議をしたりするので、一般的な馬車よりは若干広くなる傾向があります。


「なんだか、馬車に乗るのってすごく久し振りです。わたし、普段は歩きか箒かたまに電車なんですよね。学内でも馬車の定期便自体はありますけど、特定の場所を結ぶようなのが多くって、あれってどちらかというと先生とか観光客向けなんですよね」


 例えば正門から中央校舎をまっすぐに目指す魔道馬車の路線はあったりします。でもその場合は電車の方が安価ですし、普通はそっちを選びがちですね。

 でも電車がカバーしていないような、中央校舎と転移魔方陣のある転送室というルートや、研究室の地区と中央校舎を結ぶルートなど、乗り合いの馬車はあったりします。わたしの場合は箒が得意なので別に必要ないかな、となってしまいます。箒が苦手な人とか、天気が悪い時などは重宝するんでしょうけど。


「そうか」


 わたしの言葉をどうでもよさそうに聞き流すカダさん。

 死神めいたげっそりした表情は、なんだか疲れているようにも見えます。


「なんか、全然聞いてないですよね?」

「いや、聞いている。実際、ここは別の都市より馬車の数は少ないな」

「そうですよねえ」


 なんだか雑な応対のような気もしますが、気にしないことにします。


 大きな町では四六時中魔道馬車や人力車などが行き交っているものです。この人たちはいったいどこに行くんだろうか? などとかなり真剣に不思議に思ったりもしたものです。でもまあ、人がたくさん住めばそれに見合った消費もあるわけで、物流が盛んになるのは当然ですけれど。

 イヴォケードは物資の大部分は国外から転移魔方陣で送られてきて、つまりは輸入です。物資は基本的に深夜に各地区の拠点に移り、朝方に各寮やお店に納入されます。夜間に動く物流は警邏も兼ねているそうです。この学園内では、朝起きて夜眠る、というまともな生活をしていると実はあんまり物流が目に付かなかったりします。とはいえ、日中もそれなりに物は動いていますけど。


「カダさんもステッツも、この学園に来て長いんですか?」


 ちなみにステッツは、カダさんの横に座るもうひとりの青年です。

 さっきこの馬車に乗り込む際にわたしに叱られてから、なんだか異様なものでも見るような様子でこちらを窺っていますね。なんだか失礼な視線のような気がしますが、まあいいです。


「……」


 カダさんはおっくうそうにわたしを見やると、窓の外に視線を移した。

 聞こえなかったのでしょうか。


「カダさん?」

「……」

「眠っちゃいましたか?」

「起きているだろう、どう見ても」


 どうやら黙殺していただけみたいですね。

 うーん、答えたくないのでしょうか。まあ別に、わたしも無理に聞き出したいわけでもないですけど。

 まったく仕方がないなあ、と呆れた息をついていると、そんな様子をまじまじと観察していたステッツが口を開く。


「隊長、マジで全然、態度が変わりましたねこの娘。ある意味面倒はなくなったけど、別の意味で面倒くさくなったな」

「彼女にとって、今は我々は身内みたいな印象らしいな。こちらもあまり違和感を感じさせないよう、それ相応に応対する必要がある。まあ、卿の魔法で機密に関わることは自然に聞き流すように仕込まれているらしいから、答えたくなければ黙っておけばいい」


 なんだか失礼なことを、本人を目の前にして堂々と言いますね。


「いえいえ、聞き捨てなりませんよ? わたしはいわば一心同体ですから、助け合っていきましょう?」

「……」

「……」


 口を挟むと、ふたりの男性は気落ちしたように息をついた。

 なんだか、面倒な人扱いしていませんかね。ユウさん同様みなさんのこともしっかりお世話しないといけない身ですので、それなりに働く気概はありますよ。


「まぁ、適当に快く応じてやれ。威嚇して恐怖を与えたりするなよ。我々に対する印象が変わると、術の効きにも影響が出かねない」

「はあ? え、じゃあ、仲良くしろって? 友達みたいにか?」

「できるだけな」

「そうですよ、ステッツ。そんな呆然としていませんで、お話しましょ」

「……」


 にっこり笑うと、彼は苦み走った笑顔を浮かべた。


「洗脳、やば……」


 それは心の底から、とでもいうような声音でした。











 さて、しばらく馬車は走りわたしたちの隠れ家にやってきました。


 ここに来るまでに、わたしたちに課せられたミッションは説明を受けています。

 わたしたちの目的は、この学園を取り囲む結界の破壊です。こんな言い方をするとテロリスト的ですが、それをすることによってユウさんの命が守られることになります。だから、わたしたちは何とかしてそれをやり遂げる必要があります。

 そして、それを可能とするのがユウさんの直接干渉魔法。

 学園結界は強力に守られていて、その防御を取り壊すためにユウさんの能力が必要になります。

 だからユウさんの助力を得る必要があるのですが、彼以外の人にこの作戦を知られてしまうと、マズいことになります。

 まずはユウさんをひとり仲間に入れて、作戦決行という流れです。


「単純に、わたしがユウさん呼びますよ?」

「いや、君を動き回らせるつもりはない。手紙などは書いてもらうかもしれないが」

「手紙でいいなら、まあ、書きますけど……直接言った方が早いですよ?」


 ユウさんは性根が曲がっているように思われがちですが、結構素直でいい子です。理に適ったことをきちんと説明すれば、普通に協力してくれるでしょう。

 わたしはそう説明しますが、なかなか同意は得られません。まあ、わたしの知らない何か別要素があるかもしれないので、あんまり強硬に言うわけにもいきません。


「我々で彼に接触を試みる。それまでは……頼むから静かにしていてくれ」

「……」


 なんでそんな実感こもった言い方なんでしょうか。


「そんな普段から騒ぐタイプじゃないですよ?」


 わたしのことをなんだと思っているのでしょうか。


 ともかく、そんな会話を交わしながら隠れ家に到着。

 わたしたちが馬車を降りると、暇なのでしょうか、ここに詰めている一同がぞろぞろと集まってきました。

 カダさんに促され、会議室みたいなところに移動します。

 大きなテーブルと、粗末な丸椅子が雑然と並んでいます。片隅には新聞が床に置きっぱなしになっていたり、カードゲームが広げられていたりしていて、しかもタバコ臭い。

 資料らしき紙の束が乱雑にちらばる、やけにごみごみとした一室です。というかまあ、この家の中基本的に掃除が行き届いていないですけど。片付けしようという概念自体がない感じ。整然と整理したいタイプのわたしはなんだかムズムズしますが、ぐっとこらえて話の流れに従います。


 会議室の中に一同揃い、みんなは思い思いに座を囲みます。椅子に座る人もあれば壁沿いに寄りかかって遠巻きにする人もあり、あんまり統一感のある雰囲気ではありません。

 ざっと人数を数えてみると、わたしも入れて十二人。

 それなりの大きさのある室内ですが、この人数が詰めるとやや手狭な印象があります。


「卿の助力を賜った。彼女には協力者として滞在してもらうことになる。我々のことを同志と思うように暗示がかけられているから、お前らもそのつもりで接しろ。くれぐれも恐怖を与えたり刺激するような言動は控えろ。精神感応魔法に影響があるかもしれないからな」


 みなさんを前にしてなんか説明しているカダさんに、わたしはうんうんと頷きます。


「カダさんの言う通りです。わたしのことはお姉ちゃんとして、ちゃんと敬ってくださいね?」


 冗談めかしてそう言うと、集まってきていた男の人たちは戸惑うようにざわついていました。

 なんか反応鈍いですね。まあいいですけれど。


「あ、まずは自己紹介をしましょうか? せっかく一緒に頑張る仲間なんですから、名前も知らないなんて悲しいじゃないですか。ね、カダさん、いいですよね?」

「……好きにしろ」


 カダさんの了解を取って、わたしは彼らに自己紹介をします。

 名前と、所属と、目的と。


「……今回は、ユウさんの身の安全のためにこの学園の結界を破る必要があると聞いて、わたしも一肌脱ぐことになりました。まあ、あんまり力になれることはないかもしれないですけど、できることはがんばりたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします」


 一通り挨拶をして頭を下げます。

 ですが……、ん?

 特に拍手とかありませんね。いえまあ、ことさらに求めるわけでもありませんが。

 不思議に思って彼らの様子をうかがうと、あいも変わらず不思議そうな様子でわたしの顔を凝視していました。なんでしょう、わたしの顔になにかついているのでしょうか。


 でもまあ気にせず、わたしは彼らの端の人にびしっと指をさしてみせます。


「自己紹介!」

「う……」


 男性は迷ったようにわたしの方を見ていましたが、その視線をカダさんに転じて、カダさんが頷き返すのを見ると肩を落としました。


「名前はアッシュ」

「うん」

「……」

「……他になにかないんですか?」

「いや、ねえよ。なんでそんなこと話さなきゃいけないんだよ」

「それじゃ、好きな色!」

「えぇ……? オレンジだけど……」


 わたしの圧に押されて、もごもごと困ったようにそんなことを言います。

 うん、ちゃんと言えて偉いですね。アッシュはオレンジが好き。

 見ると、アッシュは好きな色を答えたからか周りの人にからかわれている様子です。少しだけ、室内の雰囲気が和らいだ気がします。


「それじゃ次!」

「ひっ」


 その横の人に視線を向ける。


「お名前は?」

「アラン……」


 ……大体そんな感じで、わたしはそこにいるメンバーと自己紹介を交わしました。

 人の顔と名前を覚えるのは結構得意ですけれど、さすがにこの人数ですときちんと集中しないと頭に入れるのに難儀しますね。

 わたしは自己流の暗記法として、生まれ育った故郷の脳内風景に記憶したい事を関連付けて刻み込むようにしています。頭の中のふるさと、ピッテントの町に彼らを配置して、忘れないように注意します。アッシュはオレンジが好きだからオレンジのチョッキを着せてみましょう。アランは好きな食べ物が筑前煮なので、青空キッチンの下でお芋を煮させます。こうやって記憶されると、きちんと頭の中に叩き込むことができます。

 ともかくなんとか、顔と名前を一致させていく。


「……うん。それではみなさん、よろしくお願いします」


 むんむんと頭を押さえる。うん、多分これでうまく覚えられたでしょう。度忘れした時は、もう一度脳内風景を散歩すれば思い出せるはずです。


「まぁ……こんな娘だ。邪魔にはならんだろうが、ゆめゆめこの家の外には出さないように、お前らも注意しておけ」

「子供じゃあるまいし、そんなふらふらしませんよ?」

「……」


 カダさんは疑わしげな眼差しでわたしを一瞥して、アッシュと何やら話し合いを始めてしまう。ユウさんを呼び出すための動向がどんな進捗か、というようなお話みたいですね。なんだか難しいお話みたいで、わたしは関係ないですかね。


 「あいつ、全然単独行動をとらなくて接触できません……」「そうか……」みたいなお話をしている姿をボーっと見ていると、わたしの視線に気付いたカダさんがひとりの男性に声を掛ける。


「コフ」

「はい、なんですか」

「彼女を送ってやれ。奥に使っていない部屋があっただろう、あそこでいい」

「わかりました。ユイリさん、お部屋にご案内しますよ」

「あ、はい。わかりました。それじゃよろしくお願いします」


 コフは強面の面々の多い集団の中では珍しい、線が細いタイプです。物腰柔らかなその対応はどことなくコンラートさんを思わせるものもありますね。

 わたしが会議室を出る間際にちらりと後ろを振り返ると、彼らはよっこいしていた資料を机に広げてなにやら話し合いを始めている様子でした。

 うん、みんな頑張っているみたいですね。ゆっくり休もうかとも思っていましたが、わたしも何か頑張ろうかなという気分になってきます。

 とはいえ、動き出すのは自室を確認してからでも構わないでしょう。


 コフに案内されて、建物の中を奥の方に移動します。ごく小規模なホテル、というようなつくりの建物です。

 上の階もあるようですが、わたしが案内されたのは一階の奥の方にある部屋でした。


「来客用として使用していない部屋です。そうはいっても、来客を想定していなかったので掃除したことはないんですけど」

「それはもはやただの空き部屋では?」


 そんな説明を聞きつつ、中に案内される。

 室内はこれまた廊下と同じようにそっけない作りで、壁沿いに鏡台と机が並び、棚とベッドがひとつ。ホテルのように見えるのは外見だけで、洗面所などの水回りは備え付けられてはいないようです。狭い室内に家具がみっちりと詰まり、床はあまり見えません。窓もなし。狭い室内は埃っぽく、ベッドのマットレスを叩くと天井の照明に埃が光る。


「はぁ……」


 呆れるほかない粗雑な造り。いえまあ、狭いとか設備が不十分とかそういうのはあんまり気にしません。わたしが2年生の頃に住んでいた寮は設備で言えばもっと下でした。とりあえず鏡台はありませんでしたから。

 ですがいただけないのは、管理が行き届いていない感じですね。とにかく埃っぽい。まあ男の人はあんまりマメに掃除するタイプの人は少数派かもしれませんが。


「どこの部屋もこんな感じなの?」

「いえ、他の部屋は家具なにもないところが多いですね。ベッドや鏡があるだけこの部屋はきちんとしてます」


 なるほど、一応、ここはいい部屋な方なのでしょう。

 そうは言いますが、鏡は曇ってしまっています。鏡面に指を滑らせると埃が削れて、やっと自分の顔が見えます。

 あんまりな様相に、わたしはため息をつく。こんな部屋のベッドに横になるのは気が進みませんね。


「それでは、この部屋でお過ごしください。なにもないところですから、必要なものがあれば隊長に相談してみますよ」

「いえ、直談判します」

「……は?」


 わたしの言葉に、コフが怪訝そうな顔をする。


「行きますよ、コフ」


 部屋に入って視線をめぐらし、腰も落ち着けずに踵を返したわたしを、コフが慌てて追ってくる。

 行きは案内されたので、戻る道はわかります。

 ずんずん進んで、すぐさま、やってきた大部屋に戻ってきます。

 暗い表情で話し合いをしていた雰囲気だった皆さんが顔を上げる。


「……どうかしたか?」


 カダさんが聞く。この部屋の中にはほんのりと絶望したような雰囲気が流れていてわたしは一瞬たじろぎますが、まあいいやと思い直します。彼らに遠慮するのもなんですし、思ったことをそのまま伝えます。


「部屋汚いので、掃除します。まずはこの部屋からやりますよ。道具とかありますか? あと、何人かお手伝いにもらえると嬉しいんですけど」

「掃除か……」


 カダさんはそう言うと、呆れたように目を細めてわたしを見た。


「必要ない」

「いえ、こんなすさんだ環境ですと、考え方も暗くなりますよ? 気が付く部分を簡単に、というくらいです。すぐ終わります」

「じきにここは引き払う。時間の無駄だ」

「それでも無駄ということもないと思いますが。箒とかはたきはありますか?」

「ないな」

「それじゃ、買ってきてもらうとか」

「今不用意に外に出るのは危険だ」

「……」


 打てば響くようにわたしの要望が却下されていく。

 うーん。わたしに掃除をさせまいという意志は固いようです。掃除用具を買いに行く余裕がないとか、どういう状況なんでしょうか。

 なんだか呆れるしかないですね。わたしはため息をつく。

 じきに引き払うといっても、一体いつになるのか心配です。自分の中和剤の研究もありますし、授業やクラブなど、いつまでも欠席するわけにもいきません。


「それで、ユウさんはいつ来るんですか?」


 一旦、別の話をすることにします。

 なんとなく、続報待ちっていう雰囲気は感じていますが。

 その質問にカダさんは肩をすくめて黙殺しようとして、思い直したようにこちらに向き直りました。


「使いをやっているが、うまく接触できていないようだな。一人になる瞬間がないらしい」

「あ、そうなんですね」


 ユウさんをこっそり呼び出したいけれど、なかなかうまくはいかないということなのでしょう。そろそろ湖での準備作業は終わっているでしょう。たぶん、チサさんか第三魔術研究会の部員が一緒なのでしょう。フォロンやクローディア先輩、アイシャ先輩とか。

 かつてはわたしと一緒にいる時以外は単独行動することの多かったユウさんですが、ここ最近はクラブの仲間と一緒にいることが多いですからね。

 そろそろ寮に帰る時間でしょうから、その時には一人になるでしょうけど。


 わたしが思ったことを言うと、カダさんは頭を振る。


「まだ帰る様子はないようだ。あなたを探しているのだろう」

「わたしを?」


 言われて考えて、思い当たります。

 そういえば、わたしは山車を制作している作業場にカバンを置いてきました。ユウさんとチサさんを湖まで送って、その後すぐに帰って先輩方のお手伝いをする予定だったのです。なんやかんやあって今こうしてここにいて、先輩方には失踪したように見えるのかもしれません。なるほど、どうやら現在進行形で心配をかけてしまっているようですね。

 わたしの胸の内から、ざわざわとした不安が頭をもたげる。


「……だが、君が心配することではない。今やるべきは時が来るのを待つことだ。そうだろう?」

「えーと、そうですね」


 うん?

 うん、そうですね。

 今一番大事なことは、それです。大願のために頑張ることが重要です。


 そう言われると、わたしの頭も切り替わります。やきもきしながら待っているのも無意味ですし、できることをしていようと思い直す。ぼうっとしているのは、なんだか落ち着かない気持ちになってしまいます。


 掃除はダメと言われてしまったので、他には……。


「それじゃ、お料理でもしましょうか? ご飯づくりくらいならいいですよね?」


 時計がないのでよくわかりませんが、そろそろ夕ご飯時じゃないでしょうか。先ほど外出は危険と言っていたので自炊でしょう。お料理だったら、まあ人並み程度くらいにはできると思います。家庭料理限定ですけど。


「好きにしろ……」


 わたしの質問に、カダさんは疲れたように手を振った。











 幸いにして、食材はそれなり程度には揃っていました。わりと広めのキッチンには、数日程度は持ちそうな食材がありました。冷凍のお肉とお魚。野菜は日持ちするような根菜類が中心。乳製品はないですし、パンなどの炭水化物もなし。調味料はあるので、何とかはなりそうです。


「いつも、どんなもの食べてるの?」


 キッチンに案内されたわたしは、カダさんに言いつけられて付いてきたコフとステッツに聞いてみる。


「基本的には外食ですね。ここを使うのは、気が向いた時に料理できる人が使うくらいのものですから、あまり食材は置いていないんです。もっとも、最近は外出を控えているので、インスタント食品ばかりですね」

「あんたとあのクソガキを連れて行けば俺たちの仕事は終わりだからな。ここで何食ったって、どうもいいだろ」


 コフはきちんと答えてくれますが、ステッツの方は反抗的ですね。


「わたしも時々食べますけど、あんまりこういうのばかりじゃダメですよ?」


 キッチンの片隅に転がっているインスタント食品をつまみつつ、言う。お湯をかけると膨らんで甘いパンみたいになるおやつですね。最近のは結構おいしいですけれど、毎日これを食べると思うとげんなりします。


「うーん……」


 わたしはキッチンをごそごそあさる。やっぱり、選択肢としては野菜のスープにするくらいですかね。野菜がしなび始めているのでちょっと心配ですが、まあ許容範囲内でしょう。スープの素もありますし、お肉を入れれば食べれるようになるでしょう。


「スープにします」


 一言、そう宣言してまな板や包丁を用意。

 わたしたちは三人肩を並べて食材の皮むきを始めます。さすがに十人以上の大所帯ですので、準備も大変です。

 コフはそれなりに手慣れている様子ですが、ステッツの方はてんでだめですね。教えてあげながら下ごしらえを進めます。


「なんで俺がこんなことを……」

「夜ごはんの為ですよ?」


 こうして何人かで食事の準備をしていると、なんだか実家にいた頃を思い出します。

 実家でもお母さんとわたしが料理番でしたけど、親とわたしと弟妹あわせて四人。合計七人分を作るのは大変でした。弟がいくらでも食べるから大変なんですよね。父が亡くなってからは母は神経衰弱になってしまい、上の妹も料理を手伝える体ではなく、わたしと下の妹で六人分を作らないといけなかったので更に大変でした。まあ、近所のおばさんとかが時々手伝いに来てくれましたけど。


「早くユウさんも合流できるといいですね」


 手を動かしながら話を振るとステッツが低く笑う。


「本当にな。学園国家に来れると聞いた時は期待したが、結局やってることは人探しだからな。しょうもねえ」


 ステッツは鬱屈しているようで、吐き捨てるような調子で不満を並べる。ここでのお仕事の愚痴です。

 どうやら、偉い人の密命を帯びてこの学園にやってきたものの、その実、小間使いのようなことを延々とさせられていたようです。学園の結界を破るための方法を探すもののこれといった方策は見当たらず、潜入していた一団は微妙な立場に立たされていたらしいですね。

 そんな折、結界をあっさりと破壊してみせたユウさんを知り、彼を仲間にできないかという方針に舵を切ったようです。が、ユウさんにはけんもほろろに断られ続け、そうこうしているうちに雇い主にはせっつかれ、ついには魔法発表会までに結果を示す必要があるところまで追い込まれてしまったようです。しかも学園側には彼ら侵入者の存在が露見しつつあって、じわりじわりと追い詰められているようです。まあ、この学園の守備隊は世界最高峰のクオリティーですからねえ。

 それにしても、なんだか話し始めたら延々と愚痴が続いていきます。ため込んでいたものがあったのでしょう。


「大変ですね。そういう、板挟みというんでしょうか」

「だからあんたもあのガキもぶん殴って使うつもりだったんだがな、また別の横やりが入ってわけわかんねぇことになってきやがった」

「そんなことしても、うまくいきっこないですよ?」

「うるせ」

「愚痴を言っても仕方がないですよ。時間があれば、もう少し穏当な方法で協力してもらった方がよかったんでしょうけど」


 コフがなだめる。


 うーん、わたしには話の全容はわかりませんが、現状は本意ではないようですね。守備隊や学園に警戒されている状況で行動を起こしたくはないですよね。


「でも、やらなきゃいけないんですよね?」

「俺らの雇い主よりも偉いお方が魔法発表会の賓客で来ているからな。ここで一発結界を破って、存在感をアピールしたいんだろうな。本人は城から離れる様子もないのに、勝手なこと言いやがる」

「姫君も同じことを考えていると知れたから、焦りもあるんでしょうね。目立った功績のないお方ですから、ここで競争に負けてはいられないといったところでしょうね」

「クソしょうもねぇ。守備隊と殴り合いになったら普通に負けるぜ。死ねっていうのか俺たちに?」

「場合によっては、そうなんでしょうね」

「まあまあ、大丈夫ですよ。暗いことばかり考えていたら、できることもできませんよ。お腹すいているから、考え方が暗くなるんじゃないですか?」


 冗談めかしてそう言うと、延々顔をしかめて愚痴を言っていたステッツが少しだけ表情を和らげる。


「……あんた、能天気だな」

「深刻に考えて状況が良くなるならそうしますけど、そういうわけじゃないじゃないじゃないですか」

「たしかに、ユイリさんの言う通りですよ。今はユウ・フタバにうまく接触できることを祈りましょう。彼を単独で呼び出すことができれば、我々の手中にはこの子がいます。なんとかなりますよ、きっと」

「だといいけどな」


 ため息をつくステッツ。コフも苦笑しています。

 うーん、やっぱりなんだか大変そうですね。


 密命を帯びて水面下で活動している人たち、という風に聞くとそれだけでカッコいい感じがしますが、こうして話を聞いていると世知辛い身の上を感じます。誰しもが、大小さまざまな苦労を抱えて生きているのでしょう。

 わたしたちは料理の準備をしながら、ぽつぽつと言葉を交わす。こうして肩を並べてお話をしていると、それだけで、わたしたちの距離は縮まったような気がしました。

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