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魔法学園へようこそ!  作者: cymbal
第3章 殲滅魔術師
39/42

作りかけの不死鳥

 各クラブ、魔法発表会の準備で盛り上がる湖沿いの公園を後にします。

 多くのクラブはあの公園で準備をしていますが、第三魔術研究会は違います。いち早く近くに場所を借りています。

 わたしたちは今回の企画を立ち上げる側でしたので、先んじて手をまわしていたようです。コンラートさんの手回しと、生徒会副会長でもあるエステル先輩のコネが効いたそうです。基本的に有能な人たちです、うちのクラブ。

 うちのなどとしたり顔で言うのもなんだか気恥ずかしいくらいです。とはいえそんな役立たずのままではいられないので、今これから何かしらのお手伝いができないかと向かっている所なのですが。


 公園から少し行ったところにある作業場へ。

 借りている場所は高級そうなホテルの半地下スペースです。魔道馬車などが止まっている駐車場で、その片隅にカーテンを吊り下げて準備作業を行っています。結構広めに場所を借りていて、大きな山車の周囲も十分スペースがとられています。天井はちょっとギリギリですけれど。

 こんな所ですと空気もこもっていそうなものですが、ホテルの施設の一部だからでしょうか、きちんと空調が効いているようです。汗ばむ陽気だった外に比べると快適で、なるほど作業場には適しているでしょう。

 時折魔道馬車の入出庫がありますが、ここに長居することはそう多くありません。静かですし、騒いでもあまり問題にはなりません。

 まともな場所とは言えないかもしれませんが、なかなか面白い目の付け所なのかもしれません。


「こんにちは」


 挨拶しながらカーテンをくぐると、中ではクローディア先輩とアイシャ先輩が宙に浮かびながらパレードの山車に魔法陣を施しているところでした。

 中にいるのはおふたりだけのようですね。


 第三魔術研究会の山車は、燃える翼をもつ架空の霊鳥、不死鳥をかたどった像です。見た目は孔雀をベースにさらに豪華絢爛にしたような姿ですね。

 わたし三人分くらいの高さのある像で、先ほど公園で見てきた他のクラブの山車と比べると、平均よりはやや大きいというくらいの規模になるでしょうか。

 中で作業する先輩たちは箒も使わずに飛んでいます。箒なしの滞空は制御が難しいのですが、柄の取り回しの不手際で制作物を傷つけるわけにはいかないので仕方がないかもしれません。

 なにせこの山車、お麩でできています。ぶつかったら、くしゃっと一撃で潰れてしまうでしょう。というかどうやってお麩をここまで見事な造形に仕上げたのか謎ですね。

 本番では魔力を通して光り輝く予定ですが、今の状態は薄い桃色のお麩です。ですが羽の一枚一枚まで造形が入り、このままの状態でも鑑賞に堪えるくらいに思える。顔を近づけると透明の極細の糸のように魔力が敷かれ、魔法陣がびっしりと張り巡らされているのが見えます。すごい完成度ですね。

 とりわけ白眉と言えるのが顔の造形で、頭の上にある飾り羽はかなり薄く作られていて、虫の翅のように透けています。華奢な構造部分にあえて発色、発光、特殊効果をまき散らす様々な魔法がかけられていて、職人技といっても過言ではない出来に仕上がっています。遠目にはこの見事な造形はよく見えないかもしれませんが。

 孔雀に似た尾羽も優美で美しいですし、立ち上がり翼を広げる姿は雄大ですらあります。脚は華奢でどう考えても自立できる構造ではないのですが立ち上がっているのが不思議です。吊るし飾りのように上から持ち上げる構造になっているのでしょうか。


「ユイリちゃん、来てくれたんだ」


 アイシャ先輩がすとんと降りて、出迎えてくれる。緻密な作業をしていたからか、普段はかけていない眼鏡をかけています。先輩はふわっとした雰囲気の美人さんですが、小物ひとつで理知的な感じも出ますね。

 クローディア先輩の方は手が離せないようで、にこりと目線だけよこして作業に戻ります。


「これ、お土産です」

「わっ、ありがとう! 実は私たち、お昼もまだだから助かるな~」


 先ほど公園の出店で買い求めた差し入れの軽食類を渡すと、アイシャ先輩はぴょんと跳んで喜んでくれる。

 公園内でのクラブ生のブースは自分のクラブを紹介するものも多いですが、屋台を出して食品を売るところも結構あります。部費稼ぎと割り切ってイベントに参加するパターンですね。秋の学園祭に照準を定めて活動しているのでしょう。弱小クラブは参加するすべてのイベントに全力投球できるような環境ではないので、コツコツ稼いでどこかで一花咲かせるというのはよくある話です。おかげで、イベント時期のクラブ生の集まりでは食べ物に困りません。

 あとは、各国の学士会なんかは自国の文化を伝えるために屋台向きの郷土料理を出しているところが多い。

 まあ、こういうイベントの屋台は学園の衛生管理をつかさどる保健福祉事務局や保健委員の監督が行き届かないことも多く、たまに事件になったりしますが。

 でもまあ、魔法使いは丈夫ですので大丈夫でしょう。

 アイシャ先輩も衛生概念などまったく気にした風もなく、わたしが手渡したビニール袋を覗き込んでソースの香りに震えています。よっぽどお腹がすいていたのでしょうか。


「私しょっぱいもの食べたいな。あ、この点心にしようかな。クローディアは焼きそばでいい?」

「うん。なんでもいい」


 がさごそと袋の中身を確認しながらぞんざいに尋ねるアイシャ先輩。クローディア先輩の返事も雑ですね。

 おふたりは幼馴染ですので、勝手知ったるという関係性が見えますね。わたしに対してはふたりとも優しく接してくれますが、こういう投げやりな感じは少しだけ羨ましくもあります。いずれ、もっと仲良くなれば口調も変わってくるかもしれませんが。


「終わったらこっち来てね? もう疲れてるでしょ」

「んー、うん、もうすぐ」

「はーい。ユイリちゃん、私たちはご飯食べながらお話しよっか。実は進みが微妙だから、ちょっとお手伝いしてほしいところもあるの」


 片隅にあるテーブルに案内される。テーブルの上は山車の設計図が整然と並べられていましたが、アイシャ先輩はそれらをクリアファイルに入れて端の書類立てに入れて、ごはんを食べるスペースを用意する。

 なんだか、先ほど見た雑然の極みとでもいうようなクラブ連のテントやら会場の雰囲気とは隔絶した空間ですね。管理が行き届いています。


 そもそもここに詰めて作業をしているのは主にクローディア先輩とアイシャ先輩で、ふたりとも几帳面な性格です。

 パレード制作の部隊長を務めるエステル先輩は結構奔放な印象がありますが、生徒会副会長のお仕事で忙しいので、設計図を完了させた後はあまり来れてないそうです。ミスラ先輩は真面目な人なのですが、まぁ……隠しきれぬ雑さのあるタイプです。でもルカ先輩の補佐で渉外の一部を担っていて、しかも研究室でも忙しいらしく、なかなか来れないとこぼしていました。

 汚す人がいなければ、汚れないということでしょう。かなりひっ迫した忙しさの中にあっても、この天幕は整然と保たれています。


 わたしはとことことアイシャ先輩に続きながら、自然に仕事を振られたことに戦々恐々とします。もちろん何かしら仕事をするために来たのですが、数に入れられてしまうと、期待に見合った働きができるものか疑問になります。わたし普通にこの学内では落ちこぼれ側の人間ですよ。


「わ、わたしで力になれますか?」

「魔法陣魔法はあんまり得意じゃないんだっけ? でも、そんな複雑なことじゃないよ~」

「そうですか? ほんとにそれならいいんですが……」


 アイシャ先輩は腰の引けているわたしの様子にも気づかない様子でにこにこしています。

 わたしは知っています。この学園の生徒の要求する単純作業は、往々にして十分複雑だということを。

 でもまあ、本当に忙しいであろうことは知っていますし、できる限り力になりたいとは思います。ぐちぐち言うのはやめておき、とりあえず覚悟だけしておきます。


「あ、お茶は入れますよ。先輩は作業してて疲れているでしょうし、休んでいてください」

「ありがと~」


 言いつつも、いそいそとわたしの持ってきた手土産を机の上に並べてくれるアイシャ先輩。

 わたしはお茶をいれます。とはいえ、もう暑い時期ですので端に備え付けてある冷蔵庫から麦茶を出して注ぐくらいですね。ちゃっちゃと支度をして、少し遅めのお昼ごはんとなります。


「向こうでルカくんには会った?」


 はぐはぐと角煮餅を食べつつさっそく聞いてくるのは旦那さんのルカ先輩のこと。

 アイシャ先輩は基本的にルカ先輩にべた甘です。部員はルカ先輩に当たりが強いことが多いので、バランスをとっているという部分もあるのかもしれませんが。

 でも、一番に聞いてくるのはなんだか可愛いです。一緒に暮らしているとも聞いていますが、夫婦というよりは恋人くらいの距離感で生活している印象です。


「会いましたよ、プロ研のテントで。なんだか、運営に振り回されて忙しそうな感じでした」


 わたしもご相伴にあずかり蓮華ちまきをぱくつきながら答えます。

 ルカ先輩はあんまりぐちぐち言うタイプというわけでもなく、わりと普段から飄々としています。先ほど会った時もプロ研の半分思い付きみたいな難題を吹っ掛けられて奔走している様子でした。でも、不機嫌な空気を出したりすることはない人ですね。立派です。

 えーと、たしかメインの広場になにかランドマークだったかオブジェだったかを建てるというプロジェクトですね。まあ、湖上に浮かべるパレードは各クラブで作るものでしたから、一丸となったプロジェクトというのを欲しているのかもしれません。本番直前に盛り込む話ではないとも思いますけれど。

 先ほど見た姿を説明すると、アイシャ先輩は苦笑する。


「あー、大変だ。でも、やっぱりね~」

「だから本当は、あんまりあそこに顔を出さない方がいいんです」


 作業に切りがついたのでしょう、クローディア先輩が空いている席に腰を下ろしつつ、言う。いつもより声にちょっと張りがなくて、疲れた感じがしますね。今日は早くからずっと作業をしていたのかもしれません。

 横ではアイシャ先輩がいそいそと食べ物とお箸を用意してあげている。クローディア先輩は礼を言うでもなくうんと頷き、焼きそばに手を伸ばす。


「プロ研はあまり働かないことで有名ですから。関わると割を食うんです。ユイリ、それおいしそうですね。なんですか?」

「ちまきです。佃煮の入ったかまぼこが入っていて、おいしいですよ。歯ごたえがこしこしして」

「歯ごたえは重要ですね。今度買ってみます」


 言いながら手前に用意された焼きそばを見て、顔をしかめる。


「なんで緑色?」

「そういう焼きそばですよ? 見たことありませんか?」

「茶そばだよ~、それ」


 本当は熱した岩や瓦の上に盛り付けて供するのが作法ですが、出店の食べ物ですのでプラスチックの食品トレーです。

 クローディア先輩はそれでもなお、警戒したように箸をつけない。


「クラブ連の出店で買ってきたんですよね? ワサビとか塗り込まれていませんか?」


 ものすごく警戒していますね。何か嫌な思い出でもあるのでしょうか……。たしかにクラブで出てくる食品は、稀に危険物が含まれることもありますけれど。

 アイシャ先輩が顔を寄せてすんすんと鼻を嗅ぐ。


「そんな感じの匂いもしないよ?」

「ならいいです。まあ、辛いものが苦手というわけでもありませんが? 別に恐れているわけではありませんよ」

「辛いのだめだもんね。クローディアかわい~」

「可愛くない」


 はやし立てるアイシャ先輩に釘を刺しつつ、一口二口食べ始めるクローディア先輩。お腹がすいていたようで、ペースは速い。

 うん、買ってきたものをもりもり食べてくれると、なんだかこちらも気分はいいですね。


「先輩は朝からいたんですか?」

「エンッ!? エヘン! ゴフッ!」

「……」


 黙って食べるのもなんなので適当に話題を振ったら、クローディア先輩はむせていました。

 急いで食べすぎなんですよ。ただでさえ焼きそばは若干むせやすい食べ物なんですから。


「はいお茶」


 心配するでもなく雑に麦茶を補充するアイシャ先輩。


「……わたし、今は話しかけない方がよかったですか?」

「……いえ、かまいません」


 麦茶を飲んだ後、クローディア先輩はちょっと恥ずかしそうに答えました。


「私は泊まりです。アイシャが朝からですね」

「うん、朝から結構進んだよね」

「あ、そうなんですね」


 遅れていると聞いていましたが、進捗はここにきて若干盛り返しているのでしょうか。

 わたしは返事をしつつちらりと傍らにある作りかけの不死鳥を眺めてみる。

 お麩の造形は既に完了しています。今はその周囲に魔法陣を張り巡らして、発光などの特殊効果を組み込んでいる最中です。わたしはあまり魔法陣が読めないのでどの程度の進みかはわかりませんが、見た感じ一通り魔法陣を張り終わっている感じはします。


「いいペースですか?」

「そういうわけではないですね。あとは最後の演出が手つかずで残っています」


 完成に近いのではというわたしの指摘に対して、クローディア先輩は答える。

 パレードの終盤でこの山車は湖に沈めてしまうそうです。他のクラブは基本的に魔法発表会の終わった後に解体作業に入るのですが、わたしたちのクラブは食品で作られていますからね、沈めれば終わりです。

 そして、だからこそ演出として不死鳥の造形が活きるということです。沈める際に炎上するような視覚効果と同時に、空に飛びあがる不死鳥の姿を模した魔力を打ち上げる演出をするそうです。散り際で度肝を抜いて見せようという心意気ですね。たしかに面白いかもしれません。

 以前、結界破りの時期にセレスティン王女への歓迎メッセージを空に打ち上げたたことがありました。鳥の姿を模した魔力を放つのも、その時の応用と言えるかもしれませんね。


「ですが」


 クローディア先輩がわなわなと震えだす。


「明日から雨ですから……防水加工をしないといけません……今でさえぎりぎりのスケジュールですのにこの上更に? 悪い夢としか思えません。なぜお麩にしたんでしょうか? エステルを殴りたいです。そして演出を聞いて賛成してしまった自分も殴りたいです」

「じゃ、殴ってみれば?」

「いえ、殴りませんが」


 漫才みたいなやり取りをするおふたり。


「でも、ここにきて仕事が増えちゃったのはまずいよね。ユイリちゃん、もう雨降ってる?」

「まだです。もう降りそうな空模様でしたけど」

「うんうん、まずいねぇ」


 アイシャ先輩はこんな時ものほほんとしていていいですねぇ……。


 今回のパレードは最後の演出まで込々で設計に入っているものでしょうし、ここまで作り上げて一番の盛り上がりどころを切り捨てるわけにもいきません。かといって部員の労力もあまり残っていません。

 どうやら、なかなか難しい状況に陥っているようです。わたしに何ができるということもないのかもしれませんが、ついつい腕を組んで妙案がないか考えこんでしまう。


 ……ん?


「……ヴィクトール先輩は何してるんですか?」

「あの人はもう忘れてください」

「あ……」


 眉間にしわを寄せて言い切るクローディア先輩の様子にわたしは察する。アイシャ先輩も苦笑していますね。

 きっと、逃げ出したんでしょうねえ。あの人好きなようにやるタイプですから。まあ、既に中和剤の準備で頑張った後ですので、十分役割は果たしているんですけど。


「大丈夫です。時間がないなら睡眠時間を削ればいいんですよ。簡単です」


 クローディア先輩の目はうつろです。


「私の研究室の方は一区切りついたから、今日からこっちに常駐するつもり。ミスラちゃんも早ければ今日来れるかもしれないし、大丈夫だよ。エステルは……うん、来るのはちょっと無理だと思うけど」

「そうですね、ミスラが来ればなんとか……」

「まだ今日が半分と、明日があるよ。本番当日の正午が納品だよね。ならまだ丸二日くらい残ってる計算だし」

「丸二日……。うん、それだけあればなんとか……」

「どれくらい寝れるかな……?」

「さあ……」


 悲壮な表情になってぼそぼそと言葉をかわすふたりは、なんだか可哀想で可愛いです。

 うーん、わたしにも力になれる才能があればよかったのですが……魔法陣魔法はちょっと。


「えーと、そういえば、向こうでお二人の幼馴染の方? に会いましたよ。ピリカさんっていう」


 重くなった雰囲気を振り払うように、別の話を振る。

 ぴょこんと顔を上げてすぐさま答えたのはアイシャ先輩でした。


「あ、ルカくんが呼ぶって言ってた。向こうでピリカに会ったんだ。初対面だよね?」

「はい。たまたま話の流れでうちと繋がりのある人だと知りまして、少しだけお話をしました」


 わたしの言葉に、ふたりは苦笑交じりに噂話をする。


「あの子もまた部長に振り回されて、大変ですね。まあ、ここの部員全員、大体いつも振り回されていますが」

「いやいや、ルカくんぱっかり悪者じゃないよ? むしろ私たちはみんなで振り回し合ってるから大丈夫だよ。ピリカは他の部員が卒業しちゃってクラブは解散しちゃったし、何かやって忙しくしているのはいいと思う」

「うん、それは私も気にはなってる」

「うーん、パレードのルート作成、フォロンはふたりでうまくやってるかなー。無理だろうなー。コンラートくんは今日は向こう行くんだっけ?」

「たしか遅れていく予定。あの二人あまり相性は良くないけど、喧嘩にはならないでしょう。冷戦くらい」

「だよね~。コンラートくん、うまく間に入ってくれればいいな~」

「コンラートならうまくやるでしょう。うちのクラブで最も板挟みの似合う男ですよ、あの子は」

「そうだけど、ちょっと可哀想だねぇ。なむなむ」

「もう慣れているでしょ」

「ならいいけど……ねぇクローディア、ピリカもうちに入部させるっていうのはどうかな?」

「今さらうちに来ることはないでしょ。内心は、多分来たいと思ってるでしょうけど」

「素直じゃないからな~、あの子」


 同い年の方について話しているのに、なんとなく妹の将来を心配しているような語り口ですね。なんとなく、ルカ先輩、アイシャ先輩、クローディア先輩、ピリカ先輩の関係がわかってきたような気がします。

 話が切れると、アイシャ先輩がこちらに話を向ける。


「ごめんね、ユイリちゃん。あの子不愛想だったでしょう?」

「えぇと、まあ。ですが、魔法使いは変わった方多いですし」


魔法使いの中には「これで魔法の才能なければただの狂人だよな」と言われるような人さえいて、当たりが強いくらいならばまだマシでしょう。ピリカ先輩は十分社交性は残っている方と言えるかもしれません。

 わたしははいともいいえとも答えず、とりあえず一般論で返事をしておく。先輩方もわたしの内心はなんとなくわかったようで、困ったように笑います。


 第三魔術研究会、第二魔術研究会。幼馴染の彼らがふたつのクラブに別れてしまったのは、何か理由でもあるのでしょうか。

 わたしが思いをはせてる内に、先輩の会話はピリカ先輩からパレードの魔法陣へ、そして再びそこに運航させる山車の話へと戻ってきます。


「食べたら少しだけ休んで、また続きをやりましょう」

「そうだねー。ユイリちゃん、ちょっとだけ手伝ってね?」

「それはいいんですけど、わたし、できることしかできませんよ?」

「うん、動作確認とかだから大丈夫だよ。魔力を通して、ちゃんと動くか確認していくの。魔力が足りなくなりそうだったら切り上げていいからね」

「魔力を通して確認作業、ですか」


 ちなみにわたしの魔力量は、この学内にあっては最下級です。天才的な魔法使いたちと比べるのはおこがましいくらいですが、世間一般の魔法使いと比べても少なめというくらいの感じでしょう。

 見るからに規模が大きく緻密な山車に対して、どの程度力になれるかは疑問ですけど。


「わたしの魔力じゃ、そもそも動かないと思うんですが」

「小さなパーツみたいになってるから、順番にやっていけばいいよ」

「あ、そうなんですね。それならなんとか……」


 大きなひとつの魔法ではなくて、小さな魔法の組み合わせということですか。

 というかまあ、大規模な魔法というのは往往にしてそうですね。例えばこの学園を囲む結界も、ひとつの結界ではなくてたくさんの結界の組み合わせで出てきていると聞いたこともあります。


「どれくらい小分けにされているんですか?」

「どうだろ、クローディア?」

「二千くらいじゃないでしょうか」

「……かなりすごいですね」


 動作確認をした後、これらの魔法陣を繋いでいく作業があるんですよね? そう思うと、どう考えても果てしのない作業ですね。先輩方の悲壮な顔つきもむべなるかな、という感じです。


「とにかくひとつずつ進めることだけ考えて、あとは無心です」


 言いながらぱくぱくぱくと焼きそばをかきこんで、すっくと立ち上がるクローディア先輩。ご飯を食べてやる気が出てきたのでしょう、刻々と瞳の色が変わる魔眼もきらきらと輝いているようです。

 最近気がついたのですが、先輩の魔眼の色は結構感情に左右されるようで、元気な時は暖色系、落ち込んでいる時は寒色系の色が回って来る率が高くなっていて、目を見ているだけでその日の機嫌がわかります。

 部員がいっぱいいる日なんかは機嫌がよくて、ひとりでぽつーんとしていた時などは機嫌も悪く、実は結構寂しがりやさんなんだなあ、ということが瞳を見ているだけでわかります。あんまり感情を表に出す方の人ではありませんが、実はかなりわかりやすいです。

 魔眼持ちの人は百万人に一人とか、かなり希少な存在ですのでみんなそうなのかはわかりませんが。

 わたしは先輩が元気になってくれたことがわかって、ちょっとだけほっとします。気分転換くらいになれたならそれに越したことはありません。


「それじゃわたしはお片づけくらいはしますから、頑張ってくださいね。終わったらお手伝いをします」

「私も片付けするよ?」

「いえ、山車の方を頑張ってください」

「うん、ユイリちゃんありがとう。行ってくるねっ!」


 アイシャ先輩は気合十分に徒歩三歩の作業場に舞い戻っていく。先輩も若干ハイになっていますね。たぶん、疲れているからでしょう。


 もう間もなくの、お祭りの気配。

 わたしは作り途中のハリボテを見上げます。お麩でできた、美しい造形の不死鳥。

 湖上に輝くその時に思いを馳せれば、これからの作業をなんとか終わらせなければならないなという意気は湧いてきますね。

 とにかく、できることをこなしていくしかないでしょう。


 そう思い、わたしはまずは目の前のお仕事。

 トレーのゴミ捨てとコップの洗い物をすることにしました。

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