大本営テント
魔法発表会で行われる研究室の発表はほとんどが近隣の講堂や研究室、公会堂などを使用します。
発表会当日はあちこちで学会が行われて、参加者たちはパンフレット片手に研究発表をはしごします。クラブ連の集まりは訪問客の隙間時間を埋める興行というような意味合いもあるのでしょう。
クラブ連が使うのは、湖の傍にある公園です。好き勝手活動してかまわないこの区画と、湖上で巡行させるパレードがわたしたちの出し物になります。
湖に沿って細長い形をしたなかなか広い公園で、遊歩道と並木と広場が組み合わさってよく整備されている所ですね。公園の横には公会堂や研究所、講堂などの建物が並び、さらにその向こうは10階建てを超えるような、この学内にあってはかなりの背の高いホテル群がいくつも見えます。ホテルに泊まる賓客の目が届きやすい立地で、クラブ連にとってはよく目を引く好立地と言えるでしょう。
公園に足を踏み入れると、魔法発表会の準備をするクラブ生の姿があふれていました。行き交う生徒もありますが、多くの生徒は各々陣取り作業に明け暮れています。
運営はプロデュース研究会というイベントに特化したクラブが担っていて、その差配で各クラブに区画が割り振られているようです。地面を見てみると、赤茶色のレンガ敷きの遊歩道の両端には白いチョークで区割りが書き込まれています。
「023:深海クラブ」「024:未来学研究会」「025:藍よりも青い藍色を探す会」「026:突起物ファンクラブ」「027:結社薬草とまじない」「028:バンガロー応援団」「029:てんぷら騎士団」「030:陶芸クラブまるばつさんかく」「031:飼い猿友の会」「032:疾風組合アントロポンセン」……。
各クラブ、はじめはこの区画の中で湖上に浮かべるパレードの山車を作っていたのでしょうが、狭いスペースで足りるはずもありません。遊歩道の中央までせり出して作業をしていて、まっすぐ歩くこともできないくらいの有様です。
「う……」
混雑ぐあいを目の当たりにしてちょっと尻込みしてしまうわたし。クラブ連の準備状況を軽く見てみようというくらいの気持ちできたのですが、そんな軟弱な考えではいけないようですね。
ふんす、と息をついて足を踏み出す。
ごみごみした有様をすり抜けてわたしは歩く歩く歩く。跳ねる駆ける飛ぶ。
木の板を飛び越える。布張りの南瓜の横を通る。虹のオブジェをかいくぐる。口論する二人のクラブ生の間をしゃがんで駆ける。大工仕事をするトントントンという規則的な音。歓声、騒音。こんな場所に持ち込んだピアノで曲を奏でる謎の包帯男。完成間近の潮を噴き上げるクジラのオブジェ。ガラス細工の見上げる大樹。雪の降る海を映したシネマトグラフ。自動で辺りを掃き散らす箒。どう考えても踏んだらよくないことが起きそうな紫に発光している魔法陣を避ける。空中に現れた見えない橋を渡る。陽気に笑う羊の生首の置物を横目に通る。柚子の香りのする林檎を売っている茄子の頭をした集団に追われてちょっと逃げる。
「はぁ……」
ちょっと歩いただけで疲れました。まあ楽しいと言えば楽しいのですが、この後クラブのお手伝いをするので体力は温存しておきたいんですけれど。
「おじょーちゃん」
頭がくらくらするような道のりをなんとかして歩いていると、横合いから声をかけられる。
見ると、白い編み編みの被り物をした見るからに怪しい女子生徒がこちらを手招きしています。怪しい風体です。それだけならばわたしは無視して行き過ぎたでしょうが、彼女はその手に希少な錬金術の材料であるレイシを手に持っていました。わたしはつい、釣られてそちらに寄っていく。
「きのこ、食べるかい?」
「はい?」
「無料で試食ができるんだよ。うちはきのこの魅力を伝える活動をしてるの」
よく見ると、アミガサタケを模しているであろう被り物をした彼女の手前には鉄板があり、いくつかのきのこが焼かれていました。鉄板の横、木の板にきのこ研究会と書かれていますね。
「ひとつは美味しいきのこ。ひとつは毒きのこ。ふたつにひとつだ。挑戦だ」
「……しません」
どうやら、彼女が手に持つレイシは客寄せのアイテムだったようです。
「大丈夫だよ。間違えてもちょっと涙とか下痢とか汗とか、体からありとあらゆる体液を垂れ流すだけだから。魔法使いなら死なないから。あたりの方はおいしいきのこで、まだ人工栽培がされてないから結構値段が……」
「い、急いでいますのでっ」
謎のきのこチャレンジにいざなおうと語るクラブ生に背を向けて、わたしは急いで逃げ出しました。ここは危険な場所のようですね。
わたしがこの公園に来たのは、軽く湖の様子を見るためです。特に目的はないのですが、興味本位ですね。
運営本部の傍にわたしの納品した中和剤が保管されているので、品質の劣化がないかを軽くチェックしておくくらいはしてもいいかもしれません。まあ、製作して大して時間も経っていないので問題はないでしょう。
今はまだユウさんやチサさんは来ていませんが、フォロンはいるかもしれない時間です。会えたら軽く話をしようかとも思います。
この辺りを見終わった後、公園のすぐそばに借りている作業場に顔を出します。第三魔術研究会で借りている作業場です。そこでは湖上に浮かべる山車が作られています。微力ながら、お手伝いをしますよーと一報を入れていて、ちょっとは部員としてお役に立ちたいところではあります。
今日はこっちが主な目的です。お麩で作った山車の制作。フォロンが進みが厳しいというようなことを言っていましたので、結構心配しているところではあります。
混雑している公園内をひいふう言いながら前に進むと、不意に目の前に背の高さほどの荒波が現れました。右から左へとざぶんざぶんと音を立てて水流が流れて行きます。
「……」
いえ違います。一瞬呆然としてしまいましたが、本物ではないですね。
下を見ると魔法陣が敷いてあります。魔法陣の上に映像を投影しているようです。手を伸ばして見ると、冷たい。濡れたと思って手を引きますが、それは気のせいだったようです。映像ではなく、これは事象を投影しているようですね。
すごい出来の魔法ですが……今はとても邪魔です……。
「君、この先に行きたいのかい?」
頭頂部にマストを立てた男子生徒が声をかけてくる。
「……ええまあ」
怪しい風態ですね。若干後ずさりしつつ、頷きます。
いえまあ、今わたしの周辺にいる生徒たちは基本的に怪しい風体をしているのですが。
「そのまま通り抜けてもいいが、それじゃつまらんだろ。これを使ってくれ」
そう言って座布団を差し出してくる。
「上に座ると魔法が発動して、この波を飛び越えられるんだ」
「そうですか……」
魔法で身体能力を上げて飛び越えれば問題ない話なのですが、スカート姿で大ジャンプはちょっとはばかられるところです。申し出自体はありがたいのですが、どう考えても怪しいですね。
でも今のわたしは、このくらくらするような競演に少し疲れていました。
若干もうなんでもいい、という気持ちになり言われた通り地面に敷かれた座布団に正座する。
「呪文を唱えてくれ。エンヤーコラー!」
「え、えんや?」
「エンヤーコラー!」
最近では珍しい、詠唱によって反応するタイプの魔法のようですね。魔法詠唱って滅多にやらないものですし、恥ずかしいからあんまり好きじゃないんですが。
「……エンヤーコラー!」
もうやけくそです。
言われるがままに叫ぶと、ふわっと座布団が浮かび、目の前の荒波を投影した魔法を飛び越える。空中、一瞬周囲の様子がよく見えます。葉脈のように伸びた遊歩道に沿って生徒たちがつどって作業をしているさま。あちこちに見られる製作中の魔法のパレード。仮装、出し物、練り歩く姿。広場になっているところには舞台が作られていて、沢山の生徒が壇上に集まって何かしている。混雑で見えなかった湖が見える。光を弾く水面が、わたしの視界を白くする。
次の瞬間。
「ぶ、ぶえっ!?」
荒々しい着地で座布団から放り出されたわたしは、顔面から着陸していました。
「おっ、座布団旅行はどうだったかい? やっぱり着地に難があるんだよな、これ」
荒波の先に待っていた、頭からマストを立てた別の男子生徒がわたしのそばに寄ってくる。
他に言うことはないのでしょうか。
「うぅ……鼻すりむいた……」
「待ってろ、治してやる」
鼻頭を押さえて涙目のわたしに、人差し指を向けてくる。次の瞬間、わたしの怪我があっという間に治っていました。
「か、回復魔法……!」
しかも、超絶クオリティです。頭に帆を立てている場合ではないと思うのですが、この人。
「すまなかったな、まだ調整不足なんだ、この座布団。もっと安定させておくから、また使ってくれよな!」
「……」
帰り道は別の道を通ろうと心に決める。わたしは足早にその場を離れることにしました。
来し方は大変でしたが、何とか湖沿いの遊歩道にたどり着きます。
多くの生徒で賑わっているのは変わりませんが、このあたりはクラブ生の準備や狂乱はまだマシです。湖に面した道沿いにずらっと制作中のオブジェが立ち並び、その周囲に生徒たちが取り付いて一心不乱に作業をしています。すでに明後日に本番は迫っているので、クラブによっては鉄火場のような雰囲気だったりもします。
立ち並ぶオブジェの間から湖を覗いてみると、いつもは遊覧船が航行していたり箒で飛ぶ生徒の姿も目立つところですが、人気もなくしんとしています。一隻だけ、船が浮かんでいる。遠目にはよくわかりませんが、どうやら何か作業はしているようです。
少し歩くと、クラブ連の総合本部が見えてくる。ここに来るまでも所々に屋根付きのテントはありましたが、それとは比べ物にならないくらい大きな規模のテントです。これぞ本部、という迫力があります。
仮設テントの下ではたくさんの人が右往左往している様子が見られます。今の時期、忙しいのでしょう。
フォロンか部長か、見知った顔はないかと覗き込んでみると、奥の方で数人の生徒に囲まれた男子生徒とばっちり目が合ってしまう。
あっと思った瞬間、その人はひらりと身をひるがえし、あっという間に傍にやってくる。わたしの両手をぎゅっと握って、にやりと笑った。
「やあ、よく来てくれたね。ユイリちゃん。ルカでも探しているのか?」
「あ、え、ええと……?」
知り合いでしょうか。いえ、たぶん初対面です。なのですが、無邪気というのか馴れ馴れしいというのか、しょっぱなからずいぶんと距離感の近い男性です。宝玉は赤色、クラブ生です。
「ちょうどよかった、あいつもじきに来るところだ。さっきまでいたんだけど、ランドマークに広場に塔を建てる話になってさ、いくつかのクラブから人を見繕ってくる話になっているんだ。悪いな、君のところも今忙しいのにな」
喋る隙すら与えられず、わたしの目はなんだかくらくらしてきました。自然な調子でテントの中にいざなわれます。
さすがにクラブ連の中枢のテントなだけあり、中も広いですね。ポールがにょきにょきといくつも伸びていて、どうやらたくさんのテントをいくつも隣り合わせて大本営みたいにしているようです。雨でも降ろうものなら、そこここから雨漏りしそうな構造ですね。明日から雨になりそうな空模様ですので、先行きは不安になります。
テントの中はむわっと暑く、一歩踏み入れた瞬間にわっと喧噪のやかましさが一目盛り上がったような気がしました。作業に没頭する生徒、駆け足で行き来する姿、会議をしている様子がついたて一つなく見渡せるようになっています。
公園の地図を乗せたテーブルが中央にあり、びっしりと色々描きこまれています。クラブへの割り振りでしょうか。タイムテーブルや各所の連絡先名簿、申請書類などの資料が散らばっています。
わたしの手を握っている男子生徒が先ほど座っていた席には『総指揮者』と書かれた三角錐形の置き物が乗っています。彼は今回のクラブ連の発表のリーダー、すなわちプロディース研究会の部長のようです。有名な生徒だった気がします。なるほど、自己紹介なんてしなくてもどうせ自分のことは知っているだろ、というスタンスの人のようですね。
中央のテーブルの周囲には小さな机を囲んだ集団もいくつも連なっていて、細々とした話し合いをしたり、駆け込む生徒の窓口があったり、資材の貸し出しや管理をしているクラブ生もいます。暇そうにぽけーっとしている人もいますし、忙しそうで顔面が完全に般若になっている人もいますね。
端の方には魔法掲示板や通話魔法陣が取り付けられた立壁があり、みっしりと生徒が群がっていてわあわあと叫ぶように通話している姿も見られます。ここがあらゆる情報の集まる中枢なのだと思わせられます。いくつかの色で輝く手紙がひらひらと乱れ飛んだりしていて、このテント内の近距離通信はもっぱら空飛ぶメモ紙のようです。
情報と熱狂が集積したような濃密空間です。人口密度もなかなか高く、ずっとここにいると頭がくらくらしてきそうです。
「どうだ、盛り上がってるだろ」
「そうですね」
きょろきょろと辺りを見回すわたしの様子に、気を良くした風に笑うプロ研の部長。
「君の顔は前から知ってたが、現物の方がいいな。うん、可愛いな。よければうちの部に入らないか? いつもこんな風にイベント事を運営してるんだ。絶対楽しいぜ」
「いえ、わたしはなかなか、うまく時間も取れないですし。あの……お仕事、忙しいのでは?」
先ほどまで彼を囲んでいた生徒たちは、こちらを気にした様子で話し合いを継続しています。見た感じ、早く戻った方がよさそうですけど。仕事、滞っていそうですけど。
ですが彼はわたしの心配も他所に、楽しそうな様子でテントの中で行われている話題を説明してくる。先ほど軽く話した、広場にランドマークを建てる話の続き。
「今日思いついてさ、魔法のパレードもいいけど公園の中にも目立つものがあった方がいいってなったんだよ。ほら、明後日の夜はダンスパーティもあるだろ? ユイリちゃんも来るだろ? この公園の中央広場でやるんだけど、遠目にもどこかわかるようにしたいし、音響とか照明も付けたかったからさ。魔神みたいにわけわかんなくてすげぇ感じにしたいしな」
「はぁ……」
ランドマークのデザインに魔神の姿……。
100年前に猛威を振るい、今はどこかに封印されている魔神は天を突く威容で、その姿は生物というよりは建造物に近い印象のものだったと言われています。魔神を持ってこなくてもいいとは思うんですけれど。
「とにかく色々やってやろうって話になってさ、この話を外国のお偉いさんとかにするとみんな喜んでさ、きっと学園生だけじゃなくてお客さんとかでも盛り上がるだろうな。さっきまでヴェネト王国の王女の子が来てたんだよ。俺、あの子がうちのクラブに入ってくれたら最強だなって狙ってるんだよね。あ、もちろんユイリちゃんも大歓迎。女の子なら、かわいい子なら全員歓迎してるから」
「……」
ルカ先輩は、いつ帰ってくるのでしょうか。
延々と横で続くお喋りに口を挟む隙間はあまりなくて、なんで今自分はここにいるのだろうかと疑問に思えてきました。わたしはつい遠い目をしてしまいます。
「うざいわよ、オース」
プロ研の部長ののべつ幕なしに続く喋りに辟易としていると、横合いから彼をずげしー、とひとりの女子生徒が軽く蹴りをいれて、するりとわたしとの間に入ってくれる。
緩いウェーブの美しい、勝気そうな目をした女子生徒でした。腕を組んでふんぞり返るようなその立ち姿は、ずいぶんと様になっています。
お二人は知り合いのようで、オースと呼ばれたプロ研の部長は特に不快そうでもなく、楽しそうな表情です。この人はたぶん、女の子と喋っていられればいつもこんな感じなんでしょうね。
「おっと、ピリカか。久しぶりだな。第二研はああなっちまったが、元気か?」
「その子、困っているでしょ。あっちのあんたの取り巻きもね。仕事に戻りなさいよ」
世間話には触れず、顎でしゃくる。オースさんはそちら向いて、やっと仲間を待たせていることに気が付いたようです。
「しまった。ついつい話したことのない子がいたからな。それじゃあな、ユイリちゃん。あ、これ俺のアドレスね」
「へ? あ、はぁ……」
最後に連絡先を渡してくる。使うことはなさそうですが、相手はかなり大手のクラブの責任者。持っていると武器になりそうな気もして、なんだか捨てづらい代物です。自然な雰囲気で渡されたメモを反射的に受け取ってしまう。
そして軽く手を上げて挨拶しながら仲間のところに戻ろうとするオースさんをピリカさんが呼び止めます。
「あ、ちょっと待って。あんた、ルカ知ってる? あたし、あいつに呼ばれ来てたんだけど」
「おっ、さすがピリカはあいつに呼ばれりゃどこにでも来るな。人嫌いなのにわざわざ、愛だね」
「八つ裂きにして湖に沈めるわよ?」
「ここで待ってりゃそのうち来るぞ。湖の魔法陣か?」
「うん」
「ルカの奴、人が足りないから誰か探すって言ってたが、やっぱお前か。パレードは俺たちのイベントのメインだからな、期待してるぜ」
「あっそ。消えなさい」
ぽんぽんと交わされる言葉の応酬を、わたしは首をさっささっさと動かしながら見守る。
この学園に来たばかりの頃はみんな会話のペースが速いなあと感心していたものですが、その時の気持ちをちょっと思い出しました。
そうこうしているうちにオースさんは去り、わたしとピリカさんという女子生徒が残されます。
彼女は腕を組んだまま呆れたように息をついて、視線をつつっとわたしに向ける。
「あんた、あいつに付いてって、馬鹿なの?」
「え」
「いい噂聞かない男だってくらい、クラブ生なら知っていて当然でしょ。ボーっとしてそうだけど、もうちょっと気を付けた方がいいわ」
「あ、はい。すみません。でも、ありがとうございました」
「礼はいらない」
ピリカさんはあたりを見回す。ため息をついて苛立たしげにかかとで地面を蹴る。口の端を噛んで俯いて、ちらりとわたしに視線を向ける。
どうやら、ルカ先輩を待っているようです。ざわざわ騒がしいこのテントの下で棒立ちになっている今の状況、どことなく途方にくれたような様子に見えます。待つならテントの外に出ればいいのではとも思いますが。
お礼を言ってこの場を去るという選択肢もありましたが、わたしは彼女に声を掛けてみることにしました。どうやら、まったく繋がりがない方というわけでもないようです。
「あの、ルカ先輩とはお知り合いなんですか?」
とりあえず、先ほど横で聞いていたその辺りの話をとっかかりにします。
どうやらルカ先輩を訪ねてきている様子。ということはおそらく、湖に敷く魔法陣の話でしょうか。たしか、湖にパレードの運行のために敷く魔法陣を作るための助っ人を探している、とか何とか昨日フォロンが言っていました。たぶん、その話なのでしょう。
ピリカさんはじとっとわたしをうかがって、ぽつりと口を開く。
「同じ町出身」
「そうなんですね。それじゃ、アイシャ先輩ともお知り合いなんですね」
ルカ先輩とアイシャ先輩は幼馴染で、恋愛結婚だということを聞いています。
同じ町の同世代にこの学園に入学できるような才能溢れる子が何人もいるなんて、珍しい。というか、よっぽど大きい町なのでしょうか。大都会ならば、頷ける話ではあります。
「うん。……あんた、あいつのどういう知り合いなの?」
「あ、ご挨拶が遅れました。わたしは錬金術科三年のユイリ・アマリアスといいます。先日、第三魔術研究会に入部しました」
「ああ……あんたが」
一礼して名乗ると、納得したように小さく頷く。
「あ、わたしのこと知っているんですね」
「聞いたから。ふぅん、あんたが」
ねめつけるようにこちらを見てくる。睨んでいるように感じますが、たぶんそこまでのつもりはないのでしょう。
なんとなく、ちょっと変わった人だなという感じもします。この学園には一定数いる、人嫌い系の魔法使いですね。先ほど間に入って助けてくれたりしたので、いい人ではあるのでしょうが。会話をしてくれるだけ、まあありがたいと言うべきなのかもしれません。
「先ほどのお話ですと、フォロンが湖に描く魔法陣のお手伝いにいらっしゃってくれたんですよね。お忙しい時期ですのに、ありがとうございます」
わたしたちにとっては忙しい今の苦境の中、救世主のような存在です。わたしからもお礼を言っておく。
ですが、そこの言葉にピリカさんは憮然とした表情を崩さずに淡々と返事をしました。
「忙しくない」
「あ、そうなんですね。研究室とか、入っていないんですか?」
「除名された」
「……」
さらっとそんなこと言われても、とても困りますわたし。
「く、クラブとかで参加したりはしないんですか? この魔法発表会で色々なクラブが集まってますけど」
「この間クラブ潰れた」
「……」
わたし地雷しか踏んでいないような気がするのですが、気のせいなのでしょうかね。このテントの中は人もいっぱいで熱気はありますが、わたしは寒々として、でも冷や汗はだらだらです。
「あ……飴舐めます?」
「いらない」
ことごとく全ての会話が成り立ちませんね。
どうしたものかと考えていると、人混みの向こうからルカ先輩がやってきました。待ち人がいいタイミングでやってきて、わたしはほっとする。
後ろにはフォロンと、何人かのクラブ生が続いています。
プロデュース研究会が始めたオブジェ作りに選ばれた精鋭たちなのでしょう。この一番忙しい時期に駆り出されたからか、続く彼らの表情は渋い。フォロンは途中で行き会ったとかでしょうか。
ばたばたと慌ただしい様子ですが、ルカ先輩が通りすがりに声を掛けていく。
「よう、ユイリ。様子見に来たのか?」
「あ、はい。パレードの方に行く前に見てみようかと」
「明日から天気悪いみたいだからな、パレード組のあいつら死んでると思うから元気づけてやってくれ」
「はは、がんばってみます」
第三魔術研究会のパレードはお麩で作っています。雨が降りそうな天気予報ですからね、たしかに水の影響は大きいでしょう。今頃、死に物狂いで防水加工でもしているのでしょうか。
ルカ先輩は思いをはせるわたしに続き、横の幼馴染さんにも声を掛ける。
「ピリカ、悪いな来てもらって。後でもうちょっと詳しく説明するわ」
「う、うん」
ピリカさんは声をかけられただけでかああっと頬を赤く染めて、戸惑ったような表情で曖昧に頷き、去っていくルカ先輩を目で追いました。潤んだ眼差しです。
どうやら、彼女は恋する乙女のようですね。さっきまでずっと発揮されていた暗い目や攻撃色がなりを潜めています。
まあ問題は、ルカ先輩は既にアイシャ先輩という奥さんを持った既婚者だということなのですが。
ルカ先輩はピリカさんの様子に何を感じるという風でもなく、プロデュース研究会の首脳部がいる方に歩いていく。まず最初は向こうの話を片付けるようですね。
ただ同行していただけらしいフォロンは、素知らぬ顔でこの場に残ってくれました。正直ありがたいです。
「……なんで話しかけるの、あんたの方が先なのよ」
「え? いやその、同じ部員だからでしょうか」
うん、ルカ先輩がいなくなった攻撃色が復活しましたね。ぎりぎりと歯ぎしりしながら睨んでこないでほしい。
「やっぱり、手伝いは先輩だった」
険悪な雰囲気をものともせずに、フォロンがピリカ先輩を見て言う。
ピリカ先輩はじっとりとした眼差しでフォロンに顔を向ける。
「悪い?」
「実力は信用してる。でも手伝いだけね。今回は私が魔法陣の構成を作ってるから口出ししないでね」
「別にいいわ。どうでもいいし」
「部長に会いたかっただけだもんね」
「殺すわよ?」
全方位型に攻撃性能高いですねえ、この人。猛犬みたいです。
「フォロンもお知り合いなんですね」
「うん。第二研はたまに会うこともあったから」
第二研。その名前は、先ほどプロデュース研究会のオースさんも言っていた名前です。
研究室か、クラブの名前なのでしょうか。とはいえあまり聞き覚えのない単語です。
「……第二研って、なんですか?」
「え、第二魔術研究会だよ」
わたしの問いに、むしろ知らないの? とでもいうような表情で教えてくれる。
第二魔術研究会。
以前、部室で話をしている時に聞いたことがあります。魔術研究会から分離独立する形で第二、第三の魔術研究会というのが生まれたということ。
なるほど、わたしの所属する第三魔術研究会にとっては姉妹のような存在なのでしょう。
「もうないけどね。今なにしてるの? 暇なの? 研究室も追い出されたんでしょ?」
「うるさい」
フォロンは煽るわけでもなく素でそういうことを聞く、残念な子ですね。ピリカ先輩のこめかみがぴくりとひくつき、内心の怒りが伝わってきましてわたしは冷や汗すごくかきます。
でも文句を言うだけ言って、食って掛かるというほどではないようです。さっきプロ研の部長に蹴りを入れた時も軽い感じでしたし、印象ほどには暴力に訴えない人なんでしょうね。
ピリカさんがそれ以上何も言わなさそうだと思うや、フォロンは顔をこちらに向けてくる。
「ユイリは今日どうするの? 一緒に来る?」
「魔法陣を? そっち行っても、わたしやることはないでしょ」
魔法陣製作は緻密な作業です。だめな子ひとり増えてクオリティーの上がるものでもないでしょう。
今日はこれから山車の準備の様子を見て、手伝えることがあれば何かしてあげるんですよ、と説明するとフォロンは「あ、ほんとに行くんだ」と何気にひどいことを言う。まあ、たしかにわたしは力不足ではありますけれど。
でもだからといって、湖に付いて行っても魔法陣の方はもう完全に棒立ちでしょう。わたしは苦笑しながら頭を振ります。
「うーん。いたらいたで、なにかあると思うけど」
「ないよ、そんなの」
フォロンは少し考えてから、顔を上げる。
「横で歌でもうたってれば?」
「それ完全に要らない子では……?」
「……ぇ……来るの?」
わたしたちの会話を横で聞いていたピリカ先輩がかすれた声でつぶやく。いや行きませんが、そこまで拒否反応示されるとわたしも辛いですよ。
この人の感じからして、特にわたしを嫌っているわけでもなく、とかく人付き合いが嫌いなんだろうなとも思いますが。
「行きませんから、安心してください」
「ならいい」
「この人とふたりだと息詰まるんだよね。あとでコンラートは来るけど、いつ来るかわかんないし」
「あたしも息詰まるわ。さっさと完成させましょう。って、え? ふたり? ルカは? 来ないの?」
「部長はそんな暇じゃないよ」
「え……」
目に見えてしょぼーんとした顔になって肩を落とすピリカ先輩。この人顔立ちは大人びているのに、感情表現が子供以上に素直すぎて不思議な雰囲気ですね。
人のことを不躾にじろじろ見たりぎょっとすることはありますが、慣れてくるとちょっと可愛いです。今も助けを求めるように遠くで話し合いをしているルカ先輩を見つめています。
ルカ先輩はプロデュース研究会の首脳部に加わってお話をしているようです。
ですが、肝心要のプロ研の部長はいまいち気のない様子で、周りの話にうんうんと頷きながら眠そうです。なんか紛糾している感じもありますが、それすらも上滑りしている印象がありますね。あんまり建設的な雰囲気ではないような。よくわかりませんが。
「部長こっちこれなさそうだし、もう行く?」
向こうの忙しそうな様子を見て、フォロンが言う。
ですがピリカ先輩は首を振って応えます。
「もっと詳しく説明するって、さっき言ってたから。勝手に行ったら迷惑よ」
「実際そんな言うことないよ。よろしくーってくらいでしょ。部長の仕事、先輩呼ぶところで終わってるし。私はさっさと魔法陣作りたい」
「うるさい。あたしはここでルカを待ちたい」
「……」
そしてわたしは、そろそろここをお暇したいのですが。どうしたものかと思いますが、ここで気を遣って横でにこにこしていても意味がないので、脱出することにします。
「それじゃ、わたしはもう行きますね。魔法陣、がんばってください」
ふたりに挨拶する。
フォロンは「うん」と言って小さく頷き、ピリカ先輩はちらりと「まだいたの」という目線だけ向けてまたルカ先輩のいる方に向き直ります。
うーん、どっと疲れました。まあ、一度本番前のこの場の雰囲気を味わっておきたかったので、これで満足です。
わたしはそそくさと運営テントを後にします。
最後に後ろを振り返ると、忙しそうに立ち働くクラブ生たちの姿が多くある中、フォロンたちのように棒立ちしている生徒や暇そうにベンチで寝ている生徒の姿も目に付きました。その忙しさにムラのある感じは、なんだかちぐはぐな印象を受けます。
プロデュース研究会はクラブ連のイベント事の運営を引き受ける集団ですが、これほどのイベント規模ともなると仕事の配分も大変なんでしょう。とはいえ、ややだらけたような印象は否めません。
それでも何のかんのやれているので、有能ではあるんでしょうが。
わたしはひとつ息つくと、テントを出る。
今日ここまでやってきた主目的、魔法のパレードのお手伝いに足を向けました。
「待っていたぞさっきの子! この空飛ぶ座布団、改良したから乗ってみてくれ。どうぞどうぞ」
「……」
ついぼんやりしていて行きと同じ道で帰ってしまい、頭からマストを立てた男子生徒に再び絡まれるわたしでした。




