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魔法学園へようこそ!  作者: cymbal
第3章 殲滅魔術師
37/42

デモ隊と王女様

 魔法発表会は、ついに明後日に迫っていました。

 準備は大詰めを迎えており、学内の雰囲気はてんやわんや。

 目立つのはやはりクラブ生で、街を歩いていると時々作り途中の山車を見ることがあります。これから湖の傍へと持っていって最終調整をするのだろうと思しき完成間際の姿。


 ですがこの時期、中心になるのはクラブ生ではなくて研究室の生徒です。

 研究生たちは基本的に学年の上の方の成績優秀者と卒業生の集まりですので、昨年以前はあまりわたしと関わりがありませんでした。去年の自分にとっては、せいぜい学外の観光客が増えて花火の上がる季節だな、というくらいでしょうか。

 ですが今年は寮が移ったこともあり、この時期の忙しないばたばたさが身にしみて感じるようになりました。

 寮に戻ってきても研究のことを話し合う姿や持ち帰りで作業をしている寮生を見ると、いよいよ迫った本番をいやがおうでも感じます。それにやっぱり、研究生が主役のイベントなんだなという感じもしますね。


 今年は例年と違い、クラブ連の活動が限定的に認められました。そのおかげもあり、いつも以上に観光客の数も生徒たちの気合の入り方も盛り上がっている感があります。











 わたしは電車に乗り、電車で学園東部にやってきました。

 駅を降りると、大イベントを前にした騒がしさをより一層感じます。中央通りも旅行者の姿が多かったのですが、やはりこの地区の方が多いですね。

 イヴォケード連峰から流れ出す湧水が湖を作り、公園や街の整備も進んでいるこの辺りは湖水地方とも呼ばれる観光地です。駅の周辺は繁華街ですが、少し足を伸ばすと領事館や学園を卒業して研究職に就いた人の住居や研究所の集まる学術地区があります。観光客向けのホテルも湖水地方に多いですね。そんなわけで、今回の魔法発表会のために学園を訪れている人の多くはこの近辺に滞在しています。


 学生服以外の姿が多い人混みを歩いていく。観光客はあちこち見ながら歩くので、合間を縫って歩くのには独特のコツがあります。

 そんなものを覚えたあたり、わたしももういっぱしの学園生ということでもいいでしょうか。まあ、劣等生ですが。


「君」

「はい?」


 途中で声を掛けられて足を止める。

 わたしを呼び止めたのは年配の男性でした。白い法衣を被っているので、聖職者のような見た目の人。


「ユイリ新薬を開発された、ここの学生さんじゃないかね?」

「あ……はい、そうです」


 どうやら、錬金術系の研究職の方のようですね。

 わたしの新薬が脚光を浴びたのは二年前。この学内にあってはもうあまり話題に上がらない成果ですが、世間一般では違います。二年前に生み出された新技術といえば、それはすなわち最先端の研究です。しかもわたしの新薬は魔力を消し去る中和剤。中和剤研究自体が地味な分野ではありますが、尖りに尖ってここまで来たかという効果を持つ代物です。更には共同研究ではなく個人研究ということもあり、傍から見るとミステリアスで驚異的な成果に見えるのでしょう。まあ半分以上はまぐれ当たりの成果ですので、ミステリアスなのは頷けますけど。

 彼に頷いて名乗ると、相手も嬉しそうに自己紹介をしてくれる。南半球の小国の魔法省の長官さんだそうです。錬金術師として活動しつつ、国政にも携わっているそうです。


「君がここにいるということは、今回またなにか発表でもあるのかい?」

「いえ、そういうわけではありません。今回はクラブの方での参加です」

「そうかい。あの中和剤の研究、続報を待っているよ」

「はい、ありがとうございます」


 ユイリ新薬。この学園に入るにあたり、まぐれでできた中和剤。

 最初はごくごく個人的な目的で作られた物でしたが、今となってはわたしだけの物というわけでもないようです。多くの人が、改良や大量生産といった続きの話を期待しているようです。

 それを考えてると、おなかの中にひとつ、漬物石でもいれたような気分になります。人々はあの薬に希望かなにかを持っているようですが、わたしが込めた願いはただひとつ。


 魔物の根絶。憎しみです。

 家族を奪った魔物への復讐の気持ちだけなのです。


 そんなものを、ありがたいものというように話題にされると、わたしはそれをどのように扱えばいいものなのか、いつも途方に暮れてしまう。

 男性と別れて歩き出し、わたしは一つため息をつきました。

 それにしても、やっぱりこの時期は学外の人が多い。独特の雰囲気ですね。


「そこのあなた」

「へ? は、はい」


 うつむきがちに歩いていると、またもや声を掛けられる。

 超絶短いスカートの美女がわたしに向かってかつーん、とハイヒールを履いた剥き出しの足を向けてくる。


「見なさい」

「え?」

「私の美脚を見なさい」

「え……え?」

「いいもの見たわね。誇りなさい」

「はぁ、はい……」


 美女がお尻を振りながら歩き去っていく。わたしはぽかんとそれを見送りました。

 なんだったのでしょうか。


 まあ……これはこれで、いつもの学園の雰囲気でしょうか……。











 繁華街を抜けてクラブ連の会場となる公園に近づいた時、色とりどりのプラカードを掲げて声高に何か叫びながら歩いてくる人の集団と行き会う。


 デモ行進です。

 警戒のためか、空には守備隊士がついてデモ隊に随伴しています。道行く人たちは道をあけて何事かと窺っていましたが、プラカードの文字や叫ぶ内容がわかると、冷めた表情になってそそくさと去っていく人も見られます。

 魔法による都市開発に反対する環境保護団体のひとつのようでした。

 なんだか久しぶりに見たなあこういう人たち、とわたしも冷めた感想を抱きつつ、遠巻きに眺めてすれ違う。


 ここ数百年ほどで魔法は体系化されて一気に市井にまで広がりましたが、その中でも現在から過去100年間、魔法は段違いのスピードで発展しました。

 100年前、今は魔神と呼ばれる超大型の魔物の襲来があり、魔力をたたえた豊潤な大地はずたずたに切り裂かれてしまったそうです。

 魔神を封印する嚆矢となった魔法技術が守護結界です。周辺の魔力を吸いあげ、人類の生活圏を囲う巨大な結界。内部は強い魔力に満たされ、外部は魔力が薄く行動が制限されます。生活圏は狭まりましたが一極集中的な生産活動に優れ、また戦いにおいては守りに特化した魔法です。

 戦後は守護結界の技術が都市計画に転用されました。

 その結果、大都市圏は強い魔力に満たされて、その周辺環境は激しく摩耗しました。魔神による破壊とその後の魔法政策による土地の消耗により、ここ100年で動植物の三割くらいが絶滅したとも言われています。


 魔神が封印されてあと数年でちょうど100年の節目になります。ここ最近は人類の反省点というのが注目されて、環境保護活動が活発になっています。

 が、それに対しての魔法使いの反応は基本的に冷ややかです。今さら都市結界による経済活動を止めろと言われても現実的な話ではありません。今の生活水準は、濃縮した魔力空間で作られる生産活動抜きには成り立たないのです。

 わたしは現代的な魔法で囲まれた都市で育った身ではありませんし、そこまでかたくなに環境保護団体の基本原理を拒否するわけでもありません。でも、あまり関わらないようにしています。

 環境保全をうたうだけの集団ならいいのですが、荒唐無稽な主張をしている団体もあり、主義主張によってはわたしははっきり拒絶することもあります。


 各国の指導者層の集まるこの時期に合わせて、デモ活動をしているのでしょう。環境保全自体は尊ぶべきことですので、イヴォケード魔法学園側も無碍にするわけにもいきません。すぐ傍に魔力の豊潤な山脈を手つかずに残していることもあり、それなりに自然保護も考えているのでしょう。

 でもこの学内でこういう活動を目にすることは多くありません。

 そもそも高位の魔法使いは自分の首を絞めることになりますので、あまり環境保護を声高に叫びませんし。クラブ連も環境保護団体の所属は認めていないので、大きなイベント事に彼らが顔を出すことはありません。多少は非公認の同好会として存在するのかもしれませんが、学内に名の知れた環境保護団体は存在しません。

 稀に外国のデモ隊が出張してきて行進して終わり、というくらいの感じのものです。


「魔法使いは私利私欲の政策をやめろ~!」

「他の生物の命を奪うな~!」

「魔物の襲来は身勝手な魔法使いへの罰だ~!」


 すれ違い、後ろの方から聞こえてくるシュプレヒコールのひとつに失笑する。

 そう、わたしが彼らを嫌いなのは、魔物の存在を肯定する言説が含まれていることが多いからなのです。


 魔物はわたしたちの世界に重なって存在する別の世界から現れると考えられています。魔法界と呼ばれることの多いその異世界は魔力に満たされており、魔力の薄いこの世界では魔物は生きられません。魔物の体の組成はほとんど魔力でできているのです。

 ちょうどそれは、水の中で生きられない人間に例えて語られることが多い。わたしたちは、水中にもぐって生き続けることはできません。空気が必要なのです。

 魔物は命をつなぐため、魔力を補給し続けなければなりません。だから魔力を多く持っている存在、つまり人間の魔法使いを襲うことが多い。


 魔物は世界の均衡を崩している魔法使いに対して、バランスを取るために現れる神の使いと考えている人もいるのです。

 彼らの言い分によると、魔神襲来以後の現代世界は魔物の発生が急激に増えたという統計もあるそうで、そんな資料を後ろ盾にしてやいのやいのと主張をします。

 極端に先鋭化した人は魔神の再来すら望んでいます。そこまで行くと、もう環境保全とかじゃなくて終末思想ですね。


 真面目に環境保全を望む人から現行の経済体制に反発する人から、果ては陰謀論的な考えに取りつかれている人まで。

 環境保護団体。

 主義主張はかなり幅があり、でもやっぱり極論を言う少数の層が目立つので、総じて胡散臭い存在だと考えられている人たちです。彼らはそれを正義だと思っているのかもしれませんが、独りよがりになったらそれは正義とは別のものなのではないでしょうか。


 冷めた目で集団の後姿を見送っていると、わたしの隣に誰かが並ぶ。


「ユイリ。あなたの気持ちもわかるけど、睨むのはやめなさい。難癖をつけられても、面倒だわ」

「……ウサコさん?」


 横を見てびっくり、それはウサコさんでした。少し呆れたように口の端を緩めて、こちらを見ている。

 彼女はわたしの視線を受けて、くい、とあごの動きで後ろを示す。


「魔法発表会の講演では王国の学士会も参加するから、この時期は慰労があるの」


 ウサコさんは基本的に護衛任務に就いている人です。そんな彼女がここにいるということは、もちろん護衛対象もここにいるということになります。

 わたしは後方に視線をめぐらす。そこには、学園制服に身を包んだヴェネト王国王女、セレスティン様が楚々とした様子で立っていました。


「お久し振りです、ユイリ・アマリアス先輩。お話はウサコさんからいつも伺っております」


 ふわりと花の咲くような優雅な笑顔を浮かべる。

 しゃなりとした立ち居は、まるで一輪の花のようです。


「魔法科一年のセレスティン・リリアーネ・フラウ・ティル・ヴェネトと申します」

「あ……」


 まさかわたしの名前を知っているとは、驚きです。

 春の結界破りの時にわずかに交わした会話、先日のお茶会に潜入した時によこされた目配せ。彼女がわたしの存在くらいは認識しているとは思っていましたが、どうやら色々とウサコさんから話は聞いているようです。

 わたしも慌てて頭を下げる。


「あ、あの、錬金術科三年のユイリ・アマリアスといいます……。その、ウサコさんとはお友達です」


 完全に腰が引けた感じの挨拶になってしまいましたが、わたしの小市民的な気質ではこれが限界です。

 王女様の方は学生としての立場から挨拶をしてくれているので、今は身分を問題にしていないというのはわかりますが、それでも緊張します。

 助けを求めるようにウサコさんの方を見やると、わたしの「お友達」発言に気をよくした様子でうんうんと頷いています。


「そうね、お友達よ」


 ニマニマとした微笑みは、いつも超然としたところのあるウサコさんには珍しい表情です。

 でも間に立って仲立ちしてほしい場面でしたよ、棒立ちじゃなくて。


「お久し振りです、先輩」


 セレスティン王女の後ろに控えていた侍女のニームさんが、会話の空いたタイミングに挨拶をしてくる。

 王女様は華奢な印象の少女ですが、ニームさんはむしろちんまいという印象が先立つ小柄な女の子です。にこにこ、ころころとした人懐っこい印象はなんとなく妹っぽい印象があります。


「こんにちは、ニームさん」


 うん、この子と言葉をかわすのはあんまり緊張しないですね。この印象、ルドミーラ路線といっていいでしょう。得意ジャンルですね。


「あいつらに絡まれでもしたの? すれ違っただけ?」


 挨拶も終わるとすぐさま、ウサコさんが尋ねてくる。その視線の先にはもう遠くに移動しているデモ隊がありました。

 彼らは主義主張によっては魔物を肯定し、それ故に魔物を殺すことに特化したわたしの作成した中和剤を邪悪なものとして非難してくることも多くありました。今も何か言われたのかと思ったのでしょう。

 それだけ、わたしが厳しい表情で彼らの後姿を見ていたのかもしれません。


「いえ、大丈夫です。なにもされてません。……あの、そんな睨んでいました?」

「あなたのあんな表情、珍しいから」


 ウサコさんは曖昧に頷く。彼女には珍しい煮え切らない表情がゆえに、わたしの様子のやばさは肯定されたといっていいでしょう。


「彼らの中には、今も居場所がなく、苦しんでいる方もいるそうです」


 セレスティン王女はデモ隊の去っていった方を見やって、悲しそうに目を伏せる。先ほどまでわずかに見えていた彼らの姿は雑踏に紛れ、上空を旋回する守備隊士の姿だけがまだ見えます。


「都市結界を作るにあたって元々の住んでいた土地を追われて、新しく都市に住んでも馴染めなかった人たち。ああいった集会が拠り所になっているのも、事実です」


 彼女は為政者側ですので、行政のセーフティネットにうまく乗せることもできず、過激化している人民を見るのは心苦しいことなのでしょう。

 デモ隊の後から行き会ったのは、見つからないように後ろを歩いていたからなのかもしれません。見つかれば、わたし以上に絡まれる危険の多い方です。


 心底から胸を痛めている様子の王女様を見て、わたしは少し冷や水を浴びせられたような気持になります。彼らの背景まで考えは至らず、わーっと怒ってしまうのはよくないかもしれません、たしかに。

 魔物を肯定するようなデモ隊の掛け声を聞いて、反射的に憎しみが沸き上がってしまうのはどう考えても病んでいますね。わたしが直接復讐したいと考えているのは、人間ではなく魔物に対してです。マイナスの感情に振り回されてしまうのは良くないでしょう。

 本当は憎しみ自体を捨て去るのが幸せなのかもしれません。ですが、魔物への憎しみを捨ててしまうと、なんとなくわたしはわたしではいられないような気もします。

 でも、まあ、既に通り過ぎた彼らにカッカしていてもしょうがありません。わたしは気を取り直す。うん、デモ隊の話は終わりです。


「学士会の慰労で来られたということですけれど、これから向かわれるんでしょうか?」


 このまま別れるのもなんだかもったいない気がしましたので、話を振ってみます。わたしも人並みに王族の方への興味はありますので、ちょっとくらい言葉をかわしてみたい気持ちはあります。

 セレスティン王女は予定が詰まっているでしょうに、まったくそんな様子はなくたおやかにわたしの雑談に応えてくれる。


「はい。一年生は平常授業ですから。少し時間がありましたので、クラブの発表する予定の公園を見てきたところです」

「あっちとても盛り上がっていましたね。なんだか、春の頃を思い出しました」

「ええ、そうね。懐かしいですね」


 ニームさんの言葉に、優し気に目じりを下げる王女様。

 うーん、動きの端々がすでに気品あふれている感じがします。こう言ってはなんですが、わたしにとって一番身近な貴族、ルドミーラと比べるとなんかこう……いえ、あの子もいい子なんですけれど。悪い子じゃないんですけれど。

 などと常日頃から落ち着きない感じのルドミーラと比べてしまいます。


 しかし王女様は美人さんですね。

 王族皇族大統領などの国の支配者一族の女性の中で、一番可愛いと言われることも多い方だったはず。その評価も頷ける可憐さです。

 品がある美しさですが、優しそうな雰囲気があるのが親しみやすい感じでいい子そうです。

 ちなみに対抗馬になるような美人のお姫様というのは世界に何人かいて、この近隣ですとイリヤ=エミール帝国の姫将軍リーベルカ様という人もはっと目を引く超美人さんという噂です。でもあの国の皇族は一番上のお兄さんくらいしか顔を出して活動をしている人がいないので、実際どんな感じなのかは知りませんけれど。


「この学園ではクラブ活動が盛んですから、ご興味を覚えられるところもあるかもしれませんね」

「そうですね。クラブもそうですが、研究室や個人でも、素晴らしい才能を感じることが多く、刺激になります。ユイリ先輩の所属している第三魔術研究会の方も、皆さん有名な方ですね」

「そういえば、あなたいつの間にかクラブ入ったみたいね。私でも知ってるクラブだったから驚いたわ」

「あ、私も聞いたことがあります。有名ですよねっ。なにせ、直接干渉魔法の使い手が三人いますから」

「『恩寵』のルカ先輩、『方向転換』コンラート先輩、『結界破り』ユウさんですね」

「あとはセレスの護衛役を断ったクローディア」

「お忙しい方でしょうし、悪く言ってはいけませんよ。すみませんユイリ先輩、忘れてください」


 セレスティン王女は有名な生徒についてアンテナを張って調べているようです。というかクローディア先輩、そんなお誘いがあったなんて初耳ですよ。第三魔術研究会の方を優先させたみたいですけど。

 学内の有名人を覚えているのは趣味なのか、あるいは偉い人ですし、スカウトする人材でも探しているのかもしれません。でもなんにせよ、学内の情報に興味を持ってくれている感じは素朴に好感が持てます。この学園に愛着を持ってくれているならば、学園生としてそれは嬉しいです。

 クローディア先輩の話には触れられないので、別の部分にコメントをつけることにします。


「ええと、でもユウさんのあだ名はまだ確定した感じではないですけれど」

「そうなのですか?」


 結界破り。この春にしでかしたことから、ユウさんがそう呼ばれることは多くあります。

 でも実際のところ、ユウさんの直接干渉魔法はもっと幅広いことができるようで、むしろ魔力の移動と発散ができるような印象です。結界破り限定というのは本質からは離れた呼称でしょう。

 わたし自身ユウさんの魔法の底は知れていないですし、わかっていてもあんまりぺらぺら口外してはいけないことでしょう。


「ユウさんは自分の魔法のことを『封印』って言っていましたけれど、あんまりそう言われることはないですね」


 まあ、このくらいは本人が言っていたことですので別に喋っても問題ないでしょう。気楽にそんなことを口にする。


「……え?」

「ん、えっと、『封印』って自称してたんです」


 セレスティン王女がわたしを二度見した。

 先ほどまでは微笑みを浮かべて愛想よく会話をしていたのですが、ぱっちり目を見開いて、信じられないものでも見たかのように、わたしの方を見ている。

 わたしは思わず振り返り、後方になにかあるのかと確認してみますが、なにもありません。やっぱり、わたしのことをびっくりした様子で見ているみたいですね。


「どうしたの、セレス?」

「姫様、何かございましたか?」


 ウサコさんとニームさんも戸惑った様子で、王女様に声を掛ける。

 が、彼女は気遣う言葉に返事もせずに、わたしに一歩ずんと近づく。


「ユイリ先輩、本当ですか?」

「え、な、なにがでしょうか? どうしましたか?」


 圧が強いです圧が。


「『封印』の力のことです」

「封印? あの、ユウさんが自分の直接干渉をそう言っているって話ですか?」

「それは本当なのでしょうか?」

「は、はい。ユウさんが前そう言っていましたけど……」


 なんでしょう、ユウさんが直接干渉魔法を使えるということは元々知っていたみたいですが、封印というキーワードひとつで食いつきがありえないくらい強くなりました。

 わたしは困った様子でウサコさんとニームさんを見やると、同時にこくりと頷き返してくれる。王女様が大興奮しているのは良くないと感じてくれているようです。


「とりあえず落ち着きなさいセレス。往来で誰かに詰め寄る姿を注目されても面倒よ」

「ウサコ先輩の言う通りですよ、姫様。ユイリ先輩もびっくりしていらっしゃいますし、お伺いしたいことがあるならばお話しする場を設けることもできるでしょうし……ね、ユイリ先輩」


 ちょこっと首をかしげて伺ってくるニームさん可愛いです。


「はい、あの、わたしでよければ協力をさせていただきますよ? すみません、びっくりしてしまって」


 それぞれ、声を掛けるとセレスティン王女もさすがに冷静になったようです。かああっと白い頬を赤くしてわたしから顔を離していく。


「ああ……」


 数秒、両手で顔を覆って肩を落とす王女様。

 どうやら反省しているようです。なんだか、ちょっと可愛い。


「失礼いたしました、ユイリ先輩。突然驚かせてしまい申し訳ございません」


 折り目正しく謝罪される。

 王族の人に頭を下げられてわたしは思わず辺りを見回す。その対応はちょっと考えなしなんじゃないでしょうか。まだ冷静になれていないのかもしれません。

 セレスティン王女の存在はさすがに目立つので先ほどからチラチラと視線を感じていましたが、上品な湖水地方の人々は不躾に眺めてくるというほどのことはありません。今も殊更に注目されているというわけでもなさそうです。


「い、いえ、わたしの方こそ、なんだか、驚かせてしまったようで」

「そんなことはありません。私が個人的に調べている事柄がありまして、そのひとつが封印というものなのです」


 はばかるようにトーンを落として言う王女様。

 この話はお付きのふたりも知らなかったようで、「え? そうなの?」みたいな視線をお互いに交わしています。


 封印という力を調べている?

 単純にぽんと封印という言葉を聞かされると、まず思いつくのは魔神の封印です。現代史の始まる起点になった重大な出来事ですので、封印という言葉は自然と魔神の存在を思い起こします。

 この封印のお話というのは、イヴォケード魔法学園の初代校長がとある地に魔神を封印した、という伝説です。

 ですが100年前の話なのにずいぶん曖昧になっていて、封印というのがどんなものなのか、その場所がどこかなど、よくわからないことも多くあります。校長は魔神封印の数年後には雲隠れをしていますし、彼を筆頭として戦った各国の支配者も多くは語らず、既に生きている人はいません。

 特殊な魔法陣魔法か、何らかの系統外魔法なんだろうなー、というくらいに考えられている技術ですね。ユウさんの直接干渉魔法と繋がりがあるのかは知りませんけれど。

 まあ、興味を持って調べている人は多くいる事柄だとは思いますので、王女様が調べていたとしても、あぁそうなんだな、というくらいの感想です。


 当のセレスティン王女は、言い過ぎたかと後悔した様子で口をつぐんでしまっている。

 ですが少しして、意を決したように言葉を続ける。


「もし可能でしたら、近いうちにその魔法について伺うことはできないでしょうか? 私に可能なことであれば、相応の対価を用意させていただきます」


 王女様の立場から『相応の対価』という言葉が出てくるとかなり重みが感じられて、むしろちょっと怖いですね。

 セレスティン王女様、表面上は穏やかな様子に見えますが内心切羽詰まっているのかもしれません。単純な興味本位以上の何かがあるのでしょうか。面倒はごめんですよ。


「ええと、魔法の内容についてはユウさんの個人情報みたいなものですのでわたしの一存ではなんとも言えませんが……」

「……」


 王女様の肩がしぼみました。

 わたしは慌てて言葉を続ける。


「いえ、あの、それでも仲立ちくらいでしたらできるかもしれません」


 さすがに安請け合いはできません。ですが立場のある人の申し出を拒絶することもできません。

 結局、折衷案を出してうまい具合に話をすませることにします。


 わたしの立場は相手も十分わかっているのでしょう、それ以上強く要求してくるということもありません。セレスティン王女はわたしの言葉を聞くと吟味するようにかすかにうつむき考え込んで、微笑みを向けてくれる。


「ユイリ先輩、ご迷惑をおかけいたします。ご助力いただきますこと、感謝いたします」

「いえ、お力になれることであればいいのですけれど」


 お互い今は忙しい身、今すぐどうこうする話ではありません。

 なんにせよ、この場での話し合いは終わってほっとします。話が思わぬ方向に転がりましたが、彼女は理不尽な要求をするタイプにも見えませんし、ウサコさんも傍にいます。

 ユウさんがなんて言うかは知れませんが、それはそれという話ですね。


「封印、ね。あの一年の能力、魔力を吸収するのが全てというわけじゃないのね」


 ウサコさんは一度ユウさんと正面から戦ったことがあります。その時の感覚と封印という言葉を比べてみているようです。


「今回のクラブ生の発表で、湖周辺に魔力を供給する役割を追っていると聞いています。吸収する、というのはあくまでその能力の一側面なのでしょう」

「直接干渉のお力というのは摂理を覆すといいますから、きっと色々なお力があるのでしょうねっ。なんだか直接干渉魔法って、何が飛び出すかわからないからロマンを感じますよね」


 セレスティン王女は冷静な様子に戻り、ニームさんの方は楽しそうです。この子はなんだか、いつ見ても基本的に呑気で楽しそうな感じがします。気質が優しいのでしょう。

 わたしはくすくすと笑って相槌を打ちます。


「そうですね。ニビシャの巫女姫とかロマンがありますね」


 東方の小国、ニビシャ鎮国の宗教指導者であるヨモギ・チルハナ大国ノ巫女姫は「垣間見」とか「神眼」などと呼ばれる魔法の使い手で、わたしたちの見ることのできない魔法界を見通すことができると言われています。

 ニームさんもこのお方には一家言あるようで、うんうんと頷きながら話に乗ってきてくれます。


「その巫女姫、セレスは会ったことあるの?」

「いえ。滅多に人前に現れない方ですから。それに限られた女官としか言葉を交わさないというお話です」

「世界にただ一人残された古ソネト語の話者なんですよね。共通語は話せないし、むしろ共通語の存在すら知らないっていう噂ですね」

「ニーム、詳しいですね。今は失われた言語を学び、修得した方だけがかのお方と言葉を交わすことが許されているそうです。あの方はただ一人、古ソネト語を母語としています」

「あ、それ本当なんですね」

「ええ、有名なお話ですね。世間に流布している噂も、ほとんど真実のようです」


 私も城の者から聞いたことがあるだけですが、と言いながらよもやま話に付き合ってくれる王女様。やっぱりなかなか気さくな方ですね。

 わたしたちはしばらく雑談をして、お別れをすることにします。

 少し話したくらいのものですがなんとなく、仲良くなれそうないい子だなー、という好印象を抱きます。ユウさんとの仲立ちをする話をさっきしましたが、力になってあげようという気になってしまいます。


「それでは、先輩、魔法発表会が終わってお互い落ち着きましたら、ご連絡をさせていただきます」

「は、はい。ですがその……」


 わたしはちょっと口ごもりながら言う。


「大々的なお話には、ならないですよね?」


 王女様がある日寮を訪ねてきたりしたら、銀の聖杯亭は上を下への大騒ぎに見舞われることでしょう。最近はユウさんを連れて歩いていても特に何も言われなくなった頃合い、あんまりまたばたばたするのは困ります。


「いえ、もちろんご迷惑というわけではないんです。わたしの気質です。あんまり注目されるようなことになるのはちょっと困ってしまうなと。いえっ、ですがその、こそこそするのが好まれないのでしたら……」


 目立たないようにしてくれという要望が失礼になるかもしれないと途中で思い至って、わたしの言葉はどんどん迷走していく。

 あわわあわわと涙目になっていると、王女様はくすくすと笑った。


「先輩のご心配ももっともです。私も目立つのは好みません。懇意にしているお店がありますので、一緒に食事をさせていただくのはいかがでしょうか?」

「は、はいっ。お気遣いありがとうございます……」


 なんでしょう、相手の方が年下なのに、全然わたしは威厳がありませんね。元々ありませんが。


「あのいつものレストラン?」

「はい、あそこなら個室ですし、入り口もいくつかありますから」

「あそこ味薄くない? 量も少ないし」

「あ、私も実はそう思っていました。調子がいい時ならあそこのディナーコース二周できそうですよね」

「しないわよ。ニームは食べすぎ」

「ウサコ先輩もニームも、い、一応王家の御用達なのであまり悪口は……」


 ウサコさんが雑に王女様に文句を言っていてすごい。けっこう仲いいですね。四六時中とまでは言わないにしても、入学からそれなりに時間を共にしてきたざっくばらんな間柄がうかがえます。

 それから、わたしたちはお互いの連絡先を交換しました。「王女様宛」というものではなく、「セレスティンさん宛」とでもいうような私的なアドレスのようです。


「家のアドレスがやっと役に立ちましたね、姫様」

「ええ。やっと親しい方ができたという気になります」


 秘密話をするように肩を寄せ合って話すお姫様とニームさん。


「ええと、そうなのですか?」


 アドレス交換する友達とかいないんですか? などと正面から尋ねる勇気はなかったので、ちょっと遠回しに口をはさむ。

 穏やかそうな方ですし美少女ですので、普通に友達いそうですけれど。この間のお茶会でもたくさんの人に囲まれて、楽しそうにお話をされていた姿は目にしています。

 わたしの問いに王女様は困ったようにはにかんでみせる。


「ええ。私の所属する校舎は貴族の子弟が通う校舎なんです。仲良くさせていただいている方はいますが、魔法掲示板はあまり……。連絡は手紙を使う文化があるのです」

「あぁ、そういうものなんですね」


 どうやら、魔法掲示板はカジュアルすぎる連絡手段のようです。

 言われてみれば、ルドミーラも時々めんどくさいめんどくさいとこぼしながら手紙を書いている時があります。というか、わたしの部屋に書きにきます。愚痴を言ってきたり、筆遣いを誤ったから全部書き直しだと悲鳴を上げたり、わあわあ騒がしくしている。大体そういう時はわたしも自分の中和剤研究をしていますので、雑に相槌だけ打っていますけれど。

 詳しく聞いてみたことはありませんが、あれはきっと、貴族の知り合いに手紙を書いていたのでしょう。


「幼い頃からの昔馴染みとかでしたら、軽いやり取りには使いますが」

「私にとっては、そんな相手はニームくらいでしょうか」

「ですが、別行動することはありませんからね」


 なるほど。

 魔法掲示板は脆弱性が指摘されることがあって、いまだに公的なやり取りは避けられる傾向があります。盗み見がされやすい、ということですね。なので親しい身内での雑談程度に使われるものです。維持にわりと魔力を食うので、イヴォケードではともかく世間一般ではあまり普及していません。アドレスに維持費がかかるんですよね。わたしも今の寮が寮生特典として無料でアドレスが作れるから作っているだけで、二年生の時までは当然のようにそんなものは持っていませんでした。

 魔法陣魔法による通話も最近かなり発展してきましたけれど、長距離になるとよく落ちてしまいますし。

 偉い人は機密の保たれる手紙か盗み見不可能な直通の通信魔法(これも維持が大変なので、使用しているのはよっぽどの貴族か大金持ちくらいでしょう)。一般の人は費用の安いという意味で手紙。魔法掲示板や魔法陣通話を使う層は魔力の濃い同じ土地内に住む高位の魔法使いというくらいで、かなり薄い層です。

 魔法という技術は通信に弱いとよく言われていて、研究が盛んな分野でもあります。


「遊びに行く約束とかでもお手紙ですか?」

「それくらいでしたら魔法掲示板でも許容されるかもしれませんね。ですが、なかなか自由な時間が取れないのです。私もそろそろゆっくりしたいところですけれど……。基本的には、校舎と自宅の往復しているだけの学生生活です」


 わたしの素朴な返事に苦笑するセレスティン王女。

 なんか去年までのわたしみたいな閉じた生活ですね。まあ身分ある人が好き勝手飛び回ったらそれはそれで大変なんでしょうけれど。


「あとは研究室もありますが……不定期ですから」


 セレスティン王女の研究室。

 それは一部の人間にとっては有名な研究室です。


 元々彼女は王女じゃなくても学園に入れたと言われる魔法の才能の持ち主です。

 癒しの聖女。それが彼女の異称です。


 回復魔法、という言葉はありますが、その能力は三つに分けられます。

 ひとつは傷の治りを促進する魔法です。代謝を早める魔法で、風邪とかも治ったりします。中毒状態の時に処置をせず回復魔法だけかけると逆に進行が早まったりすることもあります。

 もうひとつは麻酔薬にも似た効果をもたらす魔法。痛みを止めたり、和らげる効能があります。医者や薬師の免許を持っていないと使用が制限されることがありますが、人体に直接影響を及ぼす魔法は効きが弱いので、あまりこの制限が顧みられることはありませんね。

 世間一般的にはこの二つの魔法を複合させて用いて回復魔法と呼びますが、その先があります。

 先の魔法ではできないような癒しをもたらす回復魔法。欠損した肉体を復元させる。体内の寄生虫のみ殺す。ウィルス性の病を癒す。失血を抑える。種類は様々、できるできないは完全に才能のあるなしに左右される回復魔法です。わたしは高位の回復魔法の方は一切使えません。


 回復魔法を使えるだけでも少数派ですが、これらの高位回復魔法が使える人は本当に稀です。

 セレスティン王女には失われた肉体を復元する回復魔法を使用することができ、縁のある患者の回復を研究の一環という扱いでしているそうです。

 わたしも妹が片足を失っている身、妹の回復を夢見てこの研究室を調べたことがありました。最初から期待をしていたわけではありませんでしたが、当然ながら一般に門戸が開かれているわけではなく、恩を売るような意図で貴族の方の四肢、臓器の回復を行なっているようです。復元には数週間という単位で時間もかかるようで、容易にぽんぽんとこなすことのできる魔法というわけでもなさそうです。


 これらの情報が閃光のように脳裏をパッと行き過ぎ、わたしはしかし内心じりじりとはかない期待を寄せてしまいそうになる王女様の回復魔法についての思いが顔に出ないように言葉を続ける。


「なかなか普通の、といいますか、一般的な学園性との付き合いはないんですね」

「はい。機会があれば、ぜひにとは思っているのですが」


 まあ、普通の学園性との付き合いは、それはそれでワイルドなものですので大変かもしれませんけれど。


「クラブでも入れば?」

「楽しそうなところがあれば、いいかもしれませんね。入っていけないというわけではありませんから」

「ああいう騒ぎを見ると、やっぱりちょっと憧れてしまいますよね。いつも参加できるというわけにもいかないかもしれませんけれど」


 ウサコさんの言葉に、少し浮き立った様子で話す王女様とニームさん。

 先ほどクラブ連の活動準備をしている公園を見てきたところらしいので、今は特にクラブに惹かれる気持ちがあるのかもしれません。

 ですが、こうしてニームさんと顔を寄せて楽しそうに話す様子を見ていると、王女様といっても女の子なんだなあという感じがします。

 思いがけずこんな所で行きあって、ウサコさんという仲立ちもあって言葉を交わして知り合いになりました。これも奇縁というものでしょうか。


 わたしたちはお互い今は急ぐ身です。それから少し会話して、頭を下げて別れました。

 彼女たちは学士会の慰労に、わたしはクラブの応援に。


 少し歩いて振り返る。

 ざわついた空気。行き交う人々。彼女たちの姿はもう見えない。


 とん、とんと石畳を足でたたく。

 さてと、気持ちを切り替えて。

 わたしは湖の公園に向かって歩き出しました。

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