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魔法学園へようこそ!  作者: cymbal
第3章 殲滅魔術師
35/42

ウサコとおでかけ

 魔法発表会が近づく中、わたしはやや手持ち無沙汰な数日を過ごしました。


 今回、第三魔術研究会の中でわたしの占める役割は、湖の上に魔法陣を描く際に使う中和剤の制作です。これは既に完了しています。

 で、他の皆さんが何をしているかというと、これが今が一番忙しそうです。


 フォロンとコンラートさんは湖に魔法陣を描く本作業に着手しており、本来は統括で他のクラブとの折衝を担っているルカ先輩もそのフォローに入っているそうです。

 魔法陣の上を運行させる山車はエステル先輩を中心にクローディア先輩、アイシャ先輩、ミスラ先輩で素材の成形や派手に発光する魔法を加えています。

 ユウさんとチサさんは魔法発表会当日に向けて魔力量調節をするための練習と下見。手をつないでチサさんの魔力を湖上に散らしつつ、どのあたりに陣取るのが効率いいかをチェックしているらしいです。その様子を評した「大して仲もよくない兄妹が、親に言われてしょうがなく手をつないでいるように見えた」とは、向こうで準備をしている最中にふたりを見かけた寮生の弁。あのふたり、一緒に行動していますがいまいち仲良くならないんですよねぇ。

 ともかく、みんな学園東部の湖水地方に集合し、それぞれ忙しく立ち働いています。


 そして、暇人がわたしとヴィクトール先輩。中和剤を準備し終わった錬金術組ですね。

 わたしも準備を手伝うと申し出たのですが、既に役割は果たしてもらったから無理しなくていい、とやんわりと断られてしまいました。たしかに残りの作業は高度に魔法的なことですので、あまり役には立てないのですが。

 わたしよりも魔法使いの素養に優れたヴィクトール先輩はそもそも手伝いを申し出ることもなく、「お疲れっ」と遊び呆けることにしたそうです。まあ中和剤制作にあたって特に難易度の高い素材の準備を担ってもらっていたので文句は言えませんが。

 ですがなんとなく、わたしだけぼおおおおっとしているのは申し訳ない気持ちもあります。


 なんとなく悶々とした気分のまま日々を過ごすわたしの元に、珍しい人からの連絡がきました。

 今は隣国の王女様の護衛をしている、ウサコさんからの遊びの誘いでした。


 珍しいです。基本的に手紙の返事すら返さない人なのですが。

 基本的にウサコさんはまとまった休みなどはないそうですが、王女様が魔法発表会でヴェネト王国の使節団を迎える段取りのために一度国に帰ったそうで、ぽっかりと時間が空いたそうです。

 考えてみれば、この間王女様のお茶会で顔を合わして以来、ご無沙汰しています。

 講義の終わった昼下がり、久し振りに会うことにしました。











 放課後に一度寮に戻り、身支度を整えて中央通りに繰り出します。

 昼下がりの中央通りの混雑は、今日も今日とてすさまじい。常に人で賑わっていますが、ここ最近は特に拍車がかかっているような気がします。

 あたりを見回してみると、学園生以外の人が目立ちます。宝玉の付いたローブやケープを身に着けていないので、すぐにそれだとわかります。魔法発表会を今週末に控え、世界各地からやってきた貴賓や研究者の人たちが中央通りを見に来ているのでしょう。


 通りがかり、プラムスフィード魔法商会をちらりと見やる。中はぎっしりとお客さんが詰めかけてきていて、まともに商品を見れないくらいの有様になっていました。錬金術の素材を扱うこの商店、普段からそれなりに混みあっていますが、今はそれと比べてもひどい。世界的に有名なお店ですから、この時期はえげつない混みようになるのでしょう。三年生になってからは二日に一回は来ているわたしですが、この混雑は初めて見ました。

 そんな景色を見るにつけ、間近に迫った一大イベントを肌で感じます。

 魔法発表会は成績優秀な生徒が中心に参加する学会です。これまではわたしに縁のない行事で、この時期は人も多いしあまり積極的に出歩くことはなかったのですが、今年はちょっと違います。

 クラブでわずかに関わらせてもらっているせいか、このざわめきも身に馴染むものに感じます。


 見慣れたお店を通り過ぎ、待ち合わせの場所へ。もうちょっと先の交差点です。そこは今では懐かしい、結界破りの現場です。ちょっと広場みたいになっているので、待ち合わせの目印にはしやすい場所ですね。

 わかりやすいからと特に気負いもなくこの場所を指定してくるあたり、ウサコさんもあまり結界破りの時のことは嫌な記憶と思っていないのでしょう。

 中央通りは基本的にびっしりとお店が並び、憩いのスペースというのはあまり多くありません。もうちょっと奥の中央校舎側に足を伸ばせばわりとあるのですが、この近辺ではこの場所くらい。


 到着すると、屋台や移動販売の荷車が停まり、周辺は人でごった返しています。こんな移動店舗は結界破りの時期にはありませんでした。あの時は中央通りの中を結界に覆われて、規制でもかかっていたのでしょう。

 人をかき分けて、待ち合わせの校長の胸像のあたりを目指します。

 見上げるほどの大きさの胸像の脇に、既にウサコさんは待っていました。わたしがウサコさんの姿を見る時は、大抵守備隊士の銀の鎧か、隊士の礼服かのどちらかです。この間のお茶会の時は制服でした。私服姿は新鮮です。

 腕を組み、像の台座に退屈そうにもたれている姿はそれだけで様になっている。というか目立ちます。周りの生徒も明らかにあれがウサコさんだとわかっているようで、遠目に様子をうかがっています。

 ウサコさんは近づくわたしに気付いているようでしたが、そっぽを向いていました。わたしから話しかけるのを待っているようですね。ちょっとひねくれたかわいいところのある人です。


「ウサコさん」


 たたたと近寄り挨拶をすると、顔を背けていたウサコさんが今気付いたというようにこちらを見る。


「悪いわね、付き合わせてしまって」

「いえ、わたしも今は暇な時期なんですよ。だから、ちょうどよかったです」


 実際、魔法発表会の準備はわたしの仕事は片付いています。たまに送る手紙にもそのことは書いていたので、今回誘ってくれたのでしょう。

 まあ、時間が空いたならば自分の研究をするだけなんですけれど、こういう珍しいお誘いを拒絶してまで優先するものではありません。どうせ停滞している研究ですから。


「そう」


 退屈そうな表情でゆるく編んだいつもの三つ編みをさわさわと撫でる。返事はそっけないですが、迷惑ではないと伝えるわたしの返事にほっとした様子が伝わってきます。

 わたしはウサコさんが手持ち無沙汰にいじくるトレードマークの三つ編みを眺める。

 今日のわたしはせっかくウサコさんに会うのだからと、おそろいの三つ編みにしてきました。向こうから拾ってくれる感じでもないので、自分でアピールしてみます。


「ウサコさんウサコん」

「なに」

「三つ編み~」


 自分の髪を持ち上げると、ウサコさんは破顔してふふっと笑う。基本的に、特に必要もなければしかめっ面をしているような人ですので、こうして笑ってくれると得をしたような気分になります。


「いいわね。新鮮だし」

「ありがとうございます。ウサコさんほどには似合いませんが」

「私のは適当。髪型にこだわりはないけどね」


 そう言いつつも、三つ編みは結構こだわっている感じもします。軽く結んで崩して形を作っているのでしょう。手間をかけている感じもあります。

 ウサコさんは目を引く美貌の持ち主ですので、わりとどんな髪型でもいけそうです。でも学内では三つ編み姿しか見たことはありませんね、そういえば。以前にわたしの実家に数日滞在していた時はポニーテールにしていましたけれど。


「それでは、行きましょうか」

「そうね」


 立ち話をしていても、人の視線が気になります。

 わたしも最近はまた声を掛けられることもありましたが、今目立っているのは完全にウサコさんです。この春の結界の管理責任者をしていた最年少の守備隊長でしたが、失脚するように守備隊長から外れてしまった人。実際は元々の予定だったみたいですが、世間の反応はまた別です。そしてその後は、最も有名な新入生のひとりである隣国の王女様のお付きの護衛となりました。

 元々有名でしたが、最近は特に話題を集める人でもあります。王女も連れずにここにいるというだけで、すわ何事、という感じはあるでしょう。

 トレードマークの三つ編みが目立ちすぎるんですかね。


 待ち合わせで暇そうな生徒から声を掛けららる前にこの場を離れることにします。


「それで、どこに行くんですか?」


 遊びに行こうとは言われましたが、目的地は指定されていません。


「さあ? あなた、行きたいところある?」

「無計画ですねえ」


 わたしは苦笑する。特にやることもない休みの日だから、わたしを誘ったということなのでしょう。

 どんな所に行くのがいいのか、わたしは少し考える。


 ウサコさんは昔、少しの間わたしの実家で寝食を共にしたことがありました。わたしのふるさとに現れた魔物の討伐が成り、経過の観察などで数日留まっていた時です。

 あの時もウサコさんは何をするということもなく、のんのんと日々を過ごしていました。守備隊の他の方々と組手や修行をして、あとの時間はぼおおおっとしていました。わたしも人恋しい時期だったということもあり、そうした折、ウサコさんとはよくお話をしました。

 その頃のことを思い返してみると、ウサコさんの日常生活は結構ユウさんに似ているような感じもします。ユウさんも暇な時間は鍛錬に費やして、それ以外の時間は暇そうにしていることが多いですから。

 とはいえ、ウサコさんとユウさんはあんまり仲がよさそうな関係でもなさそうですので、そのことは口に出さないことにしておきます。

 なんにせよ、特定の趣味があるという感じではなかったような気がします。ならば、一般的な繁華街なんかでいいのでしょうか。


「湖の方に遊びに行きましょうか? 今の時期も出店とか出ているはずですよ」


 それでなくとも、学園の東部は景色がきれいで落ち着いた雰囲気のお店も多い観光地です。散歩するだけでも気分が晴れるでしょう。

 ですが、ウサコさんは肩をすくめてみせる。


「あのあたり、仕事で行くところって感じね。休みの日はやめておくわ」

「あー」


 王女様の護衛ですからね。大使館やら研究施設やら、身分ある方が視察に訪れるようなところは多いでしょう。セレスティン王女はこの学園でも有数の回復魔法の使い手です。むしろ、積極的に研究に駆り出されているのかもしれません。


「それなら、ランタン通りの方に行きましょうか」


 本やレコードといったお店があるあたりです。観光地という感じではないので、混雑具合は比較的ましでしょう。

 以前はたまに行っていたところですが、最近は足が遠のいていました。喫茶店も多少はありますし、誰が行ってもそれなりに時間は潰れるでしょう。


 わたしひとりの休みですと錬金術の素材屋を巡ったりしていますが、ウサコさんは錬金術に興味のない人ですので、今日は無理ですね。

 学園内の各素材ギルドを回っているとあらゆる素材があって、見ているだけで至福です。この学園の価格相場は割高なことが多いので、買うことは少ないですが。

 大抵は隣に錬金術ギルドもあって、そこでは学園生や研究者持ち込みの様々な製品が売られていたりします。最低限の安全保障だけ付いている闇鍋的商品で、たまに目をむくような優れたものが並ぶことがあります。わたしも時々尖った効能を付けた中和剤を卸したりしますね。買い叩かれることは多いですが、出品者として自分の名前がついて店売りされるのにはときめきがあります。ちなみにわたしは以前錬金術ギルドで買った眠気覚ましのポーションを試してみたところ、三日間鼻血が止まらなくなったことがあります。出品者のイサム・デリカッセンという生徒の名前はわたしの心のウラミノートに刻まれています。


「いいわ。最近、あのあたり行っていないわね」

「あ、知っていますか?」

「一通りはね。守備隊に入る前は宅配のバイトをしていたから、自然と学園の地理には詳しくなったわ」

「そうなんですね。ウサコさんがそういうバイトって、なんだかおかしいですね」


 ウサコさんみたいな不愛想な美人が、お届けにあがりましたーという感じできたらなんとなくシュールです。

 くすくす笑うわたしを横目に眺めて、ウサコさんはクールに肩をすくめてみせる。


「実家に仕送りをしないといけなかったから、守備隊に入る前はいろいろやったわね」

「なるほど、大変ですね」


 あまり詳しく知りませんが、ウサコさんの実家は物入りなのか、毎月かなりの金額を送金していると聞いたことがあります。

 同じような生活をしているわたしのもその気持ちは少しわかります。ただ、ウサコさんの場合は乞われて不承不承送金しているような感じを受けます。田舎の話はほとんどしないので、折り合いはよくのかもしれません。


「一番儲かったのは、地下闘技場の闘士だった頃ね。あの時代は守備隊の平隊士だった頃よりもらっていたわね」

「あんまり危ないことしちゃだめですよ?」

「危なさで言えば、今も似たようなものだけど」

「うーん、たしかにそうなんですけどねえ」


 闘技場、というものに偏見があるつもりまではないのですが。学内では地下闘技場は荒っぽいことで有名ですが、普通の闘技場は健全なのでしょうか。そのあたり、わたしはよく知りません。

 でもやっぱり、大なり小なり怪我をする危険のあるバイトではあります。


「私も危ないことがしたいわけじゃないから、大丈夫よ」

「なら、いいんですが」


 あまりこの場で心配しすぎても意味はないでしょう。わたしはこの話はこのくらいにしておいて、お互いの近況についてお話をすることにしました。

 ウサコさんは最近、王女様に付いて色々なところを回っているようで、当然ながら忙しいようです。日常業務としては登校と下校の護衛が主ですが、それ以外の外出にももちろん付いていく必要があります。普段から王国内、あるいは近隣国との会合というのは多いそうで、出かけない夜はほとんどないようです。

 ルドミーラは貴族ですが出かけるのは月に数度というところですので、ちょっと比べ物にならない忙しさですね。まあ、入学直後だから各所への顔見せという意味合いはあるのでしょうけれど。

 わりと雇い主とは仲良くやっているようで、どちらかというと王女様のことは先輩として見守っているような感じがその口調からは察せられます。


 歩きながらお喋りをしていると、前方から見知った人がやってくるのに気付く。

 ユウさんやチサさんと同じクラスに所属する新入生、ディラックさんです。混み合う通りの中、器用にするすると潜り抜けてくる。

 特に目的地もないような退屈そうな表情でしたが、わたしたちの姿に気付いたのでしょう、少しだけ口の端をほころばせて視線を向けてくる。わたしがぺこりと頭を下げると、彼もかすかに頷きます。


 自然、行き合うと足を止める。

 ウサコさんは不思議そうにわたしたちを見比べてみます。というか、ディラックさんはウサコさんにとってもお知り合いだとは思うんですけどね。同じヴェネト王国の方で、両者とも先日の王女様のお茶会にいらっしゃった二人です。仲がいいのかなどはわかりませんが。


「久しぶりだな、先輩。あと、ウサコ先輩も」

「誰だったかしら?」

「ウサコさん!?」

「なに?」


 ウサコさんの鳥頭に驚いていると、不思議そうな顔を向けられる。


「いえ、あの、お知り合いですよね? ディラックさんですよ?」


 わたしの言葉に、ウサコさんはディラックさんの顔をしげしげと見やる。若干睨みつけているくらいの眼差しですが、どうにもこうにも、相手が誰なのかはわかっていない感じはしますね。

 不躾な眼差しにディラックさんは失笑した。


「先輩、気にしないでくれ。俺もウサコ先輩の性格は知ってる。別に気にしない」


 鷹揚にそう言ってみせるディラックさんはいい人です。普通、貴族の方ってこういう失礼な態度には敏感で、すわ打ち首とかってなりそうなものですが、実際そういう人はまだ見たことがありません。まあ、今はあんまり前時代的な身分制は残っていませんが。


「今日は王女殿下が帰国されていますから、ウサコ先輩は休日というわけですか?」


 ディラックさんがそつない調子でウサコさんに話を振る。


「ええ」

「近衛の方はお忙しいと伺っています。殿下が戻られるまでの間ではありますが、羽を伸ばしてください」

「ふうん」


 全く心が動いた様子でもないウサコさん。その塩対応にはいっそすがすがしいまでのものがあります。

 ディラックさんも苦笑していますね。


「で、どこかに行くのか?」


 わたしに対しては割とぞんざいに聞いてくる。でも、これくらいの方が気の置けないくだけた感じが伝わってきていいものです。


「はい、もう少し南の方にある商店街に行ってみようかなと。今日は時間もありますので、ぶらぶらして、お買い物です」

「あなた、まさか付いてくるとは言わないわよね?」


 横でウサコさんが迷惑そうにそんなことを言い放ち、にこにこ顔のわたしの表情にひびが入ります。


「ウサコさん、そんな言い方しちゃダメですよ?」

「そうかしら?」

「残念ですが、俺もこの後用事がありますから。そろそろ失礼します。お二人が仲良さそうなのを見れて、面白かったですよ」


 つっけんどんな様子すらどこ吹く風で、さらりと嫌味なく受け流すディラックさんを見ていると、年下の男の子ですけれど色々と場数を踏んで生きてきているのかなあ、という印象があります。

 わたしはぺこぺこ頭を下げる。


「あああ、すみませんすみません」

「別にいい。それじゃあな、先輩」


 わたしたちの様子をおかしそうに見比べて、さっさと歩き去っていく。

 その後姿を見送りながら、ふうっと息をつく。横で特に感懐もない表情のウサコさんを横目に見ます。


「ウサコさん、ディラックさんのこと嫌いなんですか?」

「そういうわけじゃないと思うけれど……そうかもしれないわね」

「えっ、どっちなんですか?」

「あの子に恨みはないけれど、ああいう二枚目顔、苦手なのよ。なんだか、田舎の兄弟を思い出して」


 嫌なことでも思い出したのか、うんざりした表情になるウサコさん。


「兄弟と、あんまり仲良くないんですか?」

「それ以前の問題、という感じ。だから意外だったわ。ユイリの家で暮らしていた時、家族ってこういうものなのかなって初めて知ったような気がしたから」


 ウサコさんもなかなか、屈託した出生なのかもしれません。

 たしかに思い返してみると、ウサコさんは第二守備隊という魔物の討伐を生業にした部隊の小隊長をしていた二年前、副隊長であるイスナインさんに対して随分そっけない対応をしていたような気がします。イスナインさんはイケメンです。

 なんだか今になって、数年越しに謎が解けたような気になる。あんなカッコよくてマメな人に対してなんで当たりが強いんだろうとちょっと不思議ではありましたから。


「うちの家族が世間の普通かはわかりませんよ? しかもあの時期ですと」


 わたしの家族はわりと仲がいい方ですが、ウサコさんがいた時期は父の死の直後で、傷を癒すように一家寄り添って過ごしていた頃でした。

 ウサコさんを見てみると、なんとなく後悔したような表情で歯噛みしてそっぽを向いていました。

 あー、思わずわたしの父の死を連想させるような話題を振ってしまってウサコさんが困ってしまっていますね。わかりやすい表情に苦笑する。


「わたしにとっては、ウサコさんのことお姉ちゃんみたいって思っていますよ。あの頃は一緒に弟とかと遊んでくれましたし、ウサコさんにとっては、うちをもう一つの家族みたいに思ってくれるとわたしも嬉しいです」


 年上で、頼りになるけれど放っておけない感じは、なんとなく姉がいたらこんなものなのかなあ、という印象があります。

 なんとなく言ってみたわたしの言葉はウサコさんの胸をときめかせるには十分だったようです。


「……ふうん?」


 そう言うとぱっと頬を染めてさっきとは別のあらぬ方向を見上げています。照れていますね。


「まあいいわ。さっさと行きましょうか」

「あ、わっ、待ってくださいっ」


 足早に去っていくウサコさんを、慌てて追いかけていく。

 うん、やっぱりというか、ウサコさんは結構根本的な気質の部分でユウさんに似ているかもしれません。











「……あれ?」


 ウサコさんとふたり、のんびりと商店街でお買い物をしている途中、なんとなく見知ったような顔が目に入ります。

 道の向こうからやってくる大柄な男子生徒。野趣のあふれる風貌。ぎらついているようにも見える鋭い眼差し。武闘派っていう雰囲気をこれでもかと醸し出している姿。萎縮するように道をあける人の姿さえありますが、それを気にする素振りすらありません。


 うーん?


 どこかで見たことがある人です。でも、あんまりピンとこない。

 ああいうタイプ、どちらかというと近づかないようにしている方なんですけれど。


「ユイリ? どうかしたの?」


 雑貨屋の軒先で猫の陶器をかなりしげしげと眺めていたウサコさんが顔を上げて(猫が好きなんでしょうか)、わたしの視線をたどる。


「……あいつと知り合い?」

「あ、ウサコさんも知っていますか? なんとなく、会ったことがあるような気がするんです」

「ふうん? 有名かもしれないわ。ピュー・リッテン。騎士科の六年生。整理整頓委員会の上級執行委員」


 整理整頓委員会。その言葉をきっかけに記憶がよみがえる。

 思い出しました。彼は以前、ユウさんとチサさんと三人で山へと素材収集に赴いた日、西の町ですれ違ったことのある整理整頓委員会の人です。たしか、迷宮探検の部員だという人を追っていた、というような状況でした。

 どうやら、ウサコさんとは同級生のようですね。騎士科は戦闘能力に優れた生徒しか進めないエリートですので、肩書だけでも威圧的な風格が漂ってきます。

 そんな相手方もわたしたちに気が付いたようで、こちらにやってくる。


「よう、ウサコ・メイラー。偉大な元守備隊長さんじゃねえか。久しぶりだな。今日は護衛任務はないのか? それとも、それさえもクビになったか?」

「……」


 挑発するような物言いにひやりとさせられる。

 ウサコさんは冷めた眼差しで相手を見上げた。無表情になると、元々の顔立ちの良さもあいまってぞっとするような迫力があります。

 はらはらして見守るわたしのことをちらりと見やると、ウサコさんは口の端を2ミリほど持ち上げる。


「今日の私のプリンセスはこの子。本物は帰省中よ」


 まとう空気を柔らかなものにして、わたしの方をくいとあごでしゃくってみせる。

 喧嘩を吹っ掛けるような言葉をかけられましたが、それには乗らずにするりとかわしてみせました。ウサコさんには売られた喧嘩は全て買う、という印象がちょっとありましたので、こういう対応はなんだか驚きです。

 相手のピュー先輩はその反応につまらなそうに鼻を鳴らし、わたしを見て、不思議そうな顔をする。


「なんか、見覚えのある顔だな。かわいい女子の顔を忘れるとも思えないが。ここまで出かかっているんだけどなあ」


 言いながら、喉をとんとんと叩く。どうやら、さっきのわたし同様、会ったことは覚えているくらいのおぼろげな印象のようですね。まあ、あの時は髪をおろしていましたから。


「その喉、叩いてあげましょうか? そうしたらこの子の記憶も飛び出すでしょ」

「やめろ」


 構えるウサコさんに苦笑するピュー先輩。

 ウサコさんの方も完全に冗談といった口調でしたので、ツッコミを受けてふっと笑い、構えを戻します。

 彼はしばらくこめかみに人差し指を当ててねじをまわすようにくるくる手をひねっていましたが、思いついたのかぱっとわたしの方を見る。


「……ああ、思い出した。君、こないだヴァンクーヴァー・ノヴァの大食い大会で優勝した女の子だろ? 最後のインタビューで『今なら私、豚って呼ばれてもいい!』って言ってたのは傑作だったな」

「違いますよっ! 誰ですかそれ!?」


 わたしは思わずツッコミを入れた。

 ちなみにヴァンクーヴァー・ノヴァは学園正門すぐ傍にある安くて広くて綺麗な有名な学生食堂です。謎の料理を出したり、色々なイベントをすることで有名ですが、そこで大食い大会でもやっていたのでしょう。

 わたしの反応に失笑するウサコさん。


「思い出せてないじゃない、馬鹿ね」

「そうか? 他人の空似か」


 ふたりはのうのうとそんな言葉を交わしている。

 ……なんだか、どっと疲れてきました。


「この間の週末に西地区ですれ違ったことがあります。誰かを追跡していた様子でしたね」

「ああ……あの時の子か」


 わたしの言葉に、ピュー先輩の表情はすうっと波を引くように真顔になった。仕事の顔でしょう。彼は整理整頓委員会のお仕事の中で、迷宮探検会の人を追跡していました。

 あの時、わたしたちは逃げている生徒の言葉に従い、整理整頓委員会の面々には嘘を教えました。おそらく、追跡は失敗したのでしょう。

 でも、考えてみれば学園の地下を掘りあさることは校則違反です。彼らに協力すべきだったのかもしれません。


「あの時のことは忘れろ」


 簡潔に、それだけ言われる。

 呆気に取られていると、相手は「じゃあな」と言い残して去っていきました。まるで、これ以上この話はしていたくない、とでもいうような頑なな様子に感じられます。

 隣のウサコさんも、きょとんとした様子でした。不思議そうに尋ねる。


「何かあったの?」

「ええと……」


 一瞬話すべきか悩みましたが、ウサコさんは悪いようにはしないでしょう。手短に、先日の出来事をウサコさんに説明する。

 偶然行き会ったクラブ生に言われるがまま、追跡者にかく乱するような情報を与えてしまったこと。それが巡り巡って、学園にとって不利益になってしまうかもしれないこと。

 ウサコさんは口元に手を当てて考え込むような様子で、わたしの話をじっと聞いてくれる。


「地下の発掘ね。どの程度の問題になるかは微妙なところね。整理整頓委員会には厳密には校則違反の捜査権限が与えられているわけではないし。虚偽証言で拘束されるということはないでしょうね」

「あ……そうですか」


 その言葉にわたしは胸をなでおろす。大ごとまでにはならなさそうですね、よかった。

 ウサコさんは難しい顔をしてまだ何やら考え込んでいます。


「でも、地下掘りの話ね。最近、他の隊士から聞いたような気もする。私はそういう噂には疎い方だけど、それでも知っているというなら、結構大ごとなのかもしれないわね」


 そんな話をされると一気に不安になってきます。ただでさえ、わたしがこの学内に残れているのは運の要素が強いものです。

 元々の能力では卒業させられていたところ、ユウさんのお世話係というお仕事をこなすことによって何とか残っていられているようなものです。

 事件の隠匿に加担したなどと思われて学園事務局側の心証を悪くするのはあまりいいこととは言えないでしょう。


「気にしすぎよ、ユイリ」

「ですけど、最近は物騒な話も聞きますし」


 学内の不穏な話や、ユウさんの周りに見られる怪しい人。つい不安になってしまって、わたしは最近の懸案事項をウサコさんに話してみる。


「……」


 ウサコさんが真顔になった。

 ちょっと考えてみて、わたしは付け加える。


「そういえば、それはそれとして、学園の執務室から警告するような手紙も届いたんですよね」


 先日、身辺の安全を警告するような通達がきたことを告げると、ただでさえぱっと見には不機嫌そうに眉をひそめているような表情のウサコさんの顔が剣呑なものになる。


「それは絶対に気にした方がいいわ、ユイリ。この学園の捜査機関は優秀だから、意味がないことはしないでしょう」

「……」


 さっきの気のない返事をした人とは思えないほどに真剣な様子でした。

 まあ、わたしも気を付けようとは思っていますが。


「あの一年、直接干渉が使えるからそういう面倒を引き寄せやすいのね。なにか困ったことがあったら言いなさい。私にできることなら、手助けするから」

「ありがとうございます」

「一応、あなたをこの学園に連れてきたのは私が原因よ。気にしなくていいわ」


 ウサコさんはそう言うと肩をすくめてみせた。

 ちょっと照れているウサコさんかわいい。クールな人ですが、照れ屋でもあります。


 ちょっとほのぼのしますが、同時にわたしの心中には小さく、たしかに不安が渦巻いているのを感じます。

 うん、たしかに世間は最近、不穏な感じはしますね。

 ユウさんに付きまとう怪しい人、隣国ヴェネト王国とイリヤ=エミール帝国の戦争の影を感じる世情、魔法発表会の話題に隠れてはいますがたしかに存在する学内でのごたごた。

 沸き立つ学内。わたしの心も浮足立ちますが、それは楽しみばかりが原因ではありません。


「それでは、何かあったらよろしくお願いしますね、ウサコさん」


 冗談めかしてそう言うと、ウサコさんは律儀な表情で頷いた。


「ええ。必要があればあなたを守るわ。この命に代えても」

「……」


 重い……。

 ウサコさん、それはちょっと、重いですよ。

 気持ちはありがたいと思いつつ、真面目過ぎるウサコさんの真剣すぎる言葉に、わたしは乾いた笑いを浮かべた。

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