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魔法学園へようこそ!  作者: cymbal
第3章 殲滅魔術師
31/42

素材収集

 以前にもユウさんと一緒に来た発着場にやってきました。

 入学シーズンにここから飛び立って学園の上空を周遊してみたことがありますが、なんだかそれも懐かしいような気持になります。


 あの時は誤ってユウさんを箒から落としてしまい、それを助けてもらった縁からリルカさんと出会うことになりました。

 イリヤ=エミール帝国のお貴族様と思しき彼女との付き合いは文通が続いていて、わたしにとってもちょっとした楽しみであります。やはり、気の利いた返事をすぐに返してくれるというのはこちらも書き出があり、わりと頻繁にやり取りをしています。


 発着場の受付で必要事項の書類の記入を済ませる。

 今回の目的は山へ入っての収集ですので、手続きは前回と比べて煩雑です。環境・資産保護の観点から一度に持ち帰ることのできる素材の量は上限があり、初めて山へ出るおふたりの個人情報手続きはやや時間がかかります。

 わたしの場合は既に登録済みですので大したものではありませんが。ちなみに錬金術科は持ち帰ることのできる素材の量が優遇されており、研究素材は基本的に自給自足という錬金術師の理念が反映されています。まあ、今の時代専門性が高くなり、高等な錬金術師ほど自給自足はしない方向になってきていますが。


 事務所の片隅の待合室で顔見知りの職員の方と雑談をしていると、手続きの終わったユウさんとチサさんがやってくる。


「お待たせしましたっ」

「おい、まさかとは思うが、また箒に乗るんじゃないだろうな?」


 ユウさんの方は、以前わたしに振り落とされた記憶がよみがえっているのか、心なしか表情がこわばっているような気がします。

 わたしはにっこりと笑ってユウさんを安心させてあげる。


「大丈夫ですよ」

「根拠は?」

「……まぁ、大丈夫ですよ」

「……だといいが」


 ユウさんはため息をつく。


「ところで、チサさんは箒は乗れますか?」

「はい。飛ぶくらいでしたら」


 チサさんの返事に胸をなでおろす。

 最悪箒の三人乗りということもできますが、さすがにその人数を乗せて飛ぶのは骨が折れます。わたしは魔法使いにしては魔力が乏しい方なので、あまりここで無理はできませんし。


「なるほど。それなら大丈夫そうですね、この学園の上空は飛びやすい環境ですから。ユウさんはわたしの後ろでいいですか?」


 話をユウさんに向けると、顔をしかめられる。


「やっぱりか。もうなんでもいい」

「そ、そんなやぶれかぶれにならないでくださいっ。落としませんから、絶対に」

「だといいが」


 どうやら、こと箒の操縦に関して、わたしの評価はかなり低いようです。

 まあ、箒以外の諸々に関しても、わたしの能力はあまり褒められたものではないかもしれませんが。

 そんなやり取りを、何も知らないチサさんは不思議そうに眺めていた。


「ともかく、行きましょうか。チサさん、出たところに箒の置場がありますので、そこで波長の馴染むものを見繕ってくださいね」

「わかりましたっ」


 今回のお出かけに、チサさんはちょっと上機嫌な感じ。いつも不安そうな様子でいることが多いのですが、屈託ない顔をしているととても可愛いです。


「ユウさんもいきましょうか」

「はぁ……」

「……」


 うん、こちらは屈託ありすぎな感じですねえ。


 ともかく、わたしたちは箒を選んで発着場の広場に出る。発着場は先日来た時よりはやや人の往来が多い印象があります。幾人もの学園生が慣れた様子で帰還して事務所に入っていったり、慣れない様子の生徒には職員さんが付いてあれこれと説明をしている。

 クラス単位で来ても対応できるようにこの広場は広く作られており、混雑しているという印象はありません。

 その片隅、箒を握りしめたわたしはチサさんと軽く目的地の説明をして、いざ飛び立つ用意を整えます。髪を結び、グローブやゴーグルといった装備をつける。わたしは自前の装備ですが、ユウさんとチサさんはレンタルです。結界を展開して飛べば装備は不要ですが、魔力の無駄遣いは好みではないので、防寒防護は事前にきっちり行っておきます。

 今日もユウさんはわたしと二人乗りです。


「またお前の後ろか……」


 わたしの腰に手を回しながら、ユウさんはげんなりしたようにため息をつく。いっそすがすがしいほどに嫌そうですねえ。


「今度は気を付けますから、大丈夫ですよ?」

「だといいが」

「……」


 さっきから、だといいが発言、多くないですか?

 どうやらやっぱり、わたしの箒さばきはまったくもって期待されていないようです。


 まあ、口で言うよりはやってみせて信じてもらうしかないでしょう。


「チサさん、行きますよ」

「はいっ」


 隣で箒にまたがるチサさんに声をかけて、出発します。

 これから収集に向かう山間に高速で弾き出す照射型の魔法陣も使用できますが、お金もかかりますし魔力の使用量は多く、何より情緒に欠けるのであまり好みません。慣れた場所に向かうならば、急いでいる時はいいかなと思いますが。


 箒の先に、収集で山へ向かうことを示す証印をぶら下げて、いざ飛翔。

 地面からそっと足が離れて、一瞬少し、覚束ないような気持ちになる。地に足がついていないと、どことなく心細く感じます。

 でも、その気持ちは一瞬。

 すぐに、戒めから解き放たれたような気持ちになる。このままどこへだって行けそうな気分。空を飛ぶと、そんな不思議な気分にさせられます。


 ぐるりと大きく弧を描きながら、徐々に空へと昇る。後ろを見ると、チサさんも危うげなく付いてきています。彼女の箒乗りの腕はよく知りませんでしたが、これだけ飛べれば問題ないでしょう。

 空は風が強く、並走しながら雑談を交わすような状態ではありません。

 わたしはチサさんに腕で進行方向を指し示し、進路を北の山脈へと向ける。

 ばさばさとたなびくケープの裾は普段ならば気になるものですが、空にあってはそれすらも爽快感がある。


 西風に流されないように注意しながら、高度を中空域あたりまで上げてゆっくりとした速度で空を飛ぶ。下を見ると、人の表情は判別できないくらいの高度です。その分建物の並びは地上付近にいる時よりも鮮やかに浮かび上がり、葉脈のように、あるいは血管のように建物の間を舗装された道路が張り巡らされている洗練された魔法都市の姿が浮かび上がってくる。

 わたしたちの飛ぶ高さの建物は数えるほどしかなく、この程度の高さで見下ろすことのできるイヴォケードは、今の時代にあっては驚くほど高層建築が抑えられていると改めて思わせられる。

 わたしは田舎の出身ですので世界各地の大都市はよく知りませんが、写真や話で知るところ、天を突くような高層建築を多用する都市も数多くあります。


 都市を魔法陣で囲み、周辺地域の魔力をかき集めるのが現代の都市のつくり方です。人の住む魔力の豊潤な土地、周囲の痩せた土地、残りは気候が厳しく捨て置かれた土地と、わずかに残る元の植生が残された土地。現在の世界は、魔力の強さで切り取られ、はっきり色分けされているような状況です。

 必然的に狭い土地に多くの人が寄り集まるようになり、その分建物が上へ上へと延びていくのは当然です。高度が上がると魔力も薄くなるので、高さには限界がありますけれど。

 高層建築の合間を縫って飛んでいくのも確かに楽しそうですが、こうして街を見下ろしながらぐんぐんと高度を上げる感覚は何物にも代えがたい快感です。


「やっぱり、空を飛ぶっていいですねっ」

「喋るな、危ないから。振り返るな」

「……」


 後ろのユウさんに声をかけると、冷たい言葉が返される。

 わたしの評価、低すぎやしませんかね。まあいいんですけど。


 山の裾野まで広がる都市を行き過ぎて、山地に入ります。

 イヴォケード連峰、魔力の豊潤で多様な植生が残される、世界的に有名な国立公園です。点々と人の手は入っていますが、その多くは太古の森と言って差し支えありません。


 この辺りから空域設定は消滅して、好きな高さで飛ぶことが許されます。とはいえ、地上付近を飛ぶことになりますね。地上近くの方が魔力が濃いので、力を温存することができます。

 山の上空にはぽつぽつと色付きの風船が飛ばされていて、その色で立ち入り禁止区域や道筋を示してくれています。


 わたしたちは一つ山を越え、学園の東部へ流れる川にぶつかると、その流れに沿って上流へ向かう。

 穏やかな流れは少しずつ急峻になり、それに伴って地形は峡谷へと変わる。水の流れが山を削り、今の姿になったのでしょう。空気も都市上空とはうって変わって、湿ったものになる。

 川の上空を飛んで、蛇行する水流や巨岩を眺めたり、両側の山の木々が鬱蒼としているのを見るだけで心穏やかになります。

 道中、カヤック下りをする生徒たちとすれ違い、手を振り合う。

 山はよく見てみると、色々な種の木々が折り重なるように固まっていたりして、見ているだけで飽きません。山の地形も単純なものではなくて、ひだのようにうねったり、陥没や隆起などもある。それなりにここを行き来している身ですので、特徴的な場所はある程度覚えていて、いつものルートをたどっていく。


 そうして上流へと上ることしばし。

 目的地の山中に到着します。

 錬金術科の生徒がよく利用する中継基地のひとつで、魔法陣と塀で守護された広場に大小簡素な小屋が建っています。

 万一魔物が出現した時は簡易的な要塞として十分持ちこたえられるように、山中にいくつか用意されているものです。現実的な使い道は、休憩場所だったり簡単な料理を作る施設があったりトイレがあったりと種々小用を済ます場所です。

 このまま先に進めばさらに高地の中継基地や保養施設などに続いていますが、今日はそこまでは行きません。日帰りが厳しい距離になってしまいますし、今必要な素材はここで十分揃うはずです。

 そつなく付いてきてくれていたチサさんに降下することをしめし、広場に降り立つ。


「どうですか? 大丈夫だったでしょう?」


 わたしはさっさと腰から手を放して地面に降りたユウさんに聞いてみる。

 道中、危ない場面はありませんでした。まあ当然ですが。

 ユウさんも途中からわたしの腰の回す腕は添えている程度になっていましたし、彼の方でも周りの景色を楽しむ余裕もあったでしょう。


「まあ、問題はなかったな」


 肩をすくめてそう言うユウさん。

 文句を言ってこないあたり、それなりに満足しているのでしょう。


「ここが採集の場所なんですか?」


 隣に降り立ったチサさんがぱたぱたと傍まで駆け寄って、見上げてくる。


「はい。ここを拠点にして素材集めを始めます。でも、まずはちょっと休みましょうか」


 まだお腹のすくような時間ではないので、少しだけ休憩をします。

 事務所で受付を済ませたのち、木陰のベンチに並んで座り、水筒のお茶を振舞う。


「あ、ありがとうございます。すみませんユイリ先輩、わたしこういうの全然用意してなかったです」

「いえ、いいですよ。だいたいの生徒は手ぶらで来て、必要なものがあったら売店で買いますし」


 わたしの実家のあたりでは考えられないことですが、こんな山中にあっても物流はきちんとあり、ある程度のものならば揃ってしまいます。食材についても保存食のみならず、生鮮食品やちょっとしたお惣菜も買えます。

 わたしの場合はずっとぎりぎりの生活でしたので、水筒やお弁当持参で来ていましたが。今日はお弁当は持ってこず、水筒だけです。


「……あ、そういえば、干し芋もありました。はい、どうぞ」

「わあ、ありがとうございますっ」


 おやつも持ってきていたので、手持ちのうち半分を今食べる。残りは採集が捗らなかった時に備えておきます。

 うまく早めに採集が済んだ場合は、お昼ご飯は学園に戻ってから取るのがいいでしょう。


「……」

「ユウさん、食べませんか? お芋さんですよ?」

「わかった、もらう」


 微妙な顔をしていたユウさんに干し芋を渡す。


「苦手でしたっけ?」

「いや、そういうわけじゃない。年より臭いものを持ち歩いているなって思っていただけだ」

「……そうですかあ?」


 無邪気さと怒りを半々ずつ込めてユウさんにぶつけてみますが、彼は気付かなかったようではむはむとお芋をかじっていました。

 チサさんの方はわたしの思いをしかと感じ取ったようで、ひとり背中をぶるぶると震わせていましたが。











「あの、ユイリ先輩、ちょっと相談なんですけれど」


 お茶を飲んで一息ついたチサさんがおずおずといった様子で切り出す。


「引っ越しって、どうすればできるんですか?」

「引っ越しですか?」


 唐突な申し出に、少し驚く。


「チサさん、引っ越ししたいんですか?」


 わたしの問いに、彼女は言いにくそうな気まずげな表情をする。

 以前に一度、彼女の住んでいる寮に行ってみたことがありました。その時、チサさんは所在無げな様子に見えました。彼女と他の寮生の関係も、あまりいいものではないのでしょう。

 まだ、この学園に入ってそこまで経ってはいません。それでも、ある程度人間関係ができあがるには十分。魔力を暴発させて人から敬遠されていたせいで大事な時期に人付き合いがうまくできず、難しい立場にあります。魔力の暴走はもう起きないはずですが、一度ついたイメージを払拭するのは大変です。

 今の時期、人間関係や校舎やクラブ棟への移動にかかる時間などの理由で引っ越しする生徒はわりといて、あまり悪目立ちはしないでしょう。


「引っ越ししたいといいますか……」


 チサさんの言葉の真意を推し量っていると、言葉が続けられる。


「その、私、実はユイリ先輩のいる寮に入りたいんです。ユウくんもいますし。そうしたら、今の寮よりもっと安全ですし、もっと頑張れそうな気がするんです」


 恥ずかしそうに言う。

 どうやら、こちらのことを慕ってくれているようです。なんだか可愛い。

 わたしとしては今の寮で頑張って友達を作ってほしいという気持ちもありますが……。ですが、魔力を暴発させる危険な生徒、という印象を覆すのは並大抵のことではないな、とも思います。

 わたしは自分の研究であまり相手をしてあげられないかもしれませんが、彼女が人間関係を気付く手伝いくらいはできるでしょう。


「チサさんが同じ寮になったら、楽しそうですね」


 基本的にはチサさんの意見が尊重されるので、わたしはいいとも悪いとも言わず、感想を言うに留めておきます。

 その言葉を聞いて、チサさんはぱっと表情を明るくさせた。付きまとって迷惑がられるかもしれない、というような心配もあったのかもしれません。チサさんは常識も良識もある子ですけれど、あまり人と交わらずに思春期を過ごしてきたからでしょう、自分の行動をいちいち気に揉む傾向があります。

 実家で弟、妹に囲まれて町の子供たちの代表みたいな立場で過ごしてきたわたしからすれば、まだ許容範囲です。というか、まだ遠慮しすぎでは? というくらいの心持ちです。アポもなく気付いたら自室に侵入する友人がいますが、特に気にならないですしね。邪魔だったら追い出すだけですし。


「そ、そうですかっ。それで、お引っ越しって、どうやるんでしょうか?」

「……」


 チサさんは嬉しそうに話を進めて、その内容にわたしは頭をひねる。

 寮の引っ越し……?

 わたしはしたことがないから知りません。それに、わたしの住む銀の聖杯亭は格式高くてかなり人気の高い寮の一つです。そもそも、部屋の空き自体あるのでしょうか?


 謎です。


 でも、期待に満ちたチサさんの眼差しは裏切れない。

 だからわたしは、とりあえずにっこりと笑ってみることにする。わからない時は笑顔でカバーです。


「知らないみたいだぞ、こいつ」

「ユウさんっ、いらないこと言わないでいいですからね?」


 呆れた様子で会話に入ってくるユウさん。


「なんだ、知っているのか?」

「……まあ、知りませんけど?」

「だったらそう言えばいいだろ」

「す、すみません先輩。気を遣わせてしまったみたいで」

「あ、いえ、いいんですよ? 帰ったら、調べてみましょうか」

「は、はい。できれば、という話ですから」


 なんとなく慌ててしまうわたしとチサさん。

 なんでしょう、このどうにも締まらない感じは。

 それもこれも、余計な口をはさむユウさんが原因ですが。彼をじとっとにらんでみると、不思議そうな顔でこっちを見る。


「どうした?」

「いえ、なにも」


 当人は、あんまり興味なさそうな様子ですねえ。

 ともかく、一休みして気力は回復しました。


 持ち運ぶ必要のない荷物は事務所に預け、採集かごや小刀などの道具を借りる。

 準備万端、わたしは二人を伴って収集ポイントへ向かいます。とはいえ、急な斜面を避けて適当に森に入って行くだけですが。素材によっては採集場所が限られるものもありますが、今必要としているものはそうではありません。通常程度の採光さえあれば十分。つまりどこでも大丈夫。

 わたしを先頭にいざ出発です。


「この山、危険な動物とかはいるのか?」


 森の中、人に踏み固められた道を歩いていると、ユウさんが尋ねる。その口調は警戒したようなものではなく、一応聞いておく、というくらいの感じです。あたりに大型の動物の気配などはなく、静かなものです。


「気を付けておく生き物としては、イノシシとクマですね」

「そんなものか」

「学内の管轄地で部外者は侵入できない地域ですし、今は魔物の発生も確認されていません」


 こういう山ですと、通常最も気を付けないといけないのは侵入者です。地域によっては山賊や逃亡兵などが出没する場合があります。やはり、人間が一番怖いものです。

 獣は象や猛禽類ならばそれなりに危険ですが、この山脈にはいません。イノシシやクマくらいでしたら、採集に夢中になっているところを後ろから襲われたら多少怪我するかもしれません。

 もっとも、そんな評価ができるのはわたしたちが高位の魔法使いだからで、世間一般の人からすれば十分危険な獣ではあります。わたしも魔法の才能はこの学園では最底辺ですが、一応高位の魔法使いの端くれではありますよ。

 そもそも、わたしが対処できない存在がいるようなところであれば、気軽に何度も来ていません。

 ユウさんはどこか、拍子抜けしたような表情になります。


「危険なんて、そうそう転がっているものじゃありませんよ。さ、このあたりでやりましょうか」


 平らな地形に出たので、採集を始めます。

 わたしは小刀を使って傍に自生している薬草を刈る。


「ルーノ、という薬草です。抜くのはもったいないので、根元で刈り取ってあげてください」


 低位の魔法薬を作る際によく使う、庶民の味方です。食用には向きませんが。

 言いながら、見本としてユウさんとチサさんのかごに入れてあげる。


「見たことあります。これ、集めて公会堂に持っていくとお小遣いがもらえたんです」

「分布は広いですからね。このあたりではたくさん生えていますので、このかごに2割くらいお願いします」


 今度は木の根元から生えている草をそっと抜く。


「シズクノナゴリ、という薬草です。今回は根っこを原料で使います。そっと抜かないと切れちゃうので、注意が必要です。茎のあたりに黄色い斑点があるので、わりとわかりやすいと思います」

「それ、薬味じゃないのか?」

「葉の部分は食用ですからね。世間的にはその印象が強いかもしれません。食べ物って、大抵は錬金術の材料になりますよ」


 昆布だしや塩などは素材としてかなり使い勝手がいいので、わたしの部屋にも常備してあります。極貧の錬金術師はこれら素材を舐めながら涙ながらに研究を進めるという苦労話が古典的表現として使われています。さすがに、今どきの魔法使いにはそぐわないイメージですけど。


「これを3割ほど。これを集めるのが一番大変かもしれません。土はあとで水にさらしますので、あんまりきれいにしなくてもいいですよ。あ、葉っぱの方もそれはそれでいつか使うと思うので、捨てないでおいてください」


 葉も乾かせば長持ちする原料になります。まあ、八百屋さんで普通に買えるのであんまり重要ではありません。店頭に並んでいるのは食用に品種改良されているので、錬金素材的には品質が低かったりしますが。


「そして最後に……」


 言いつつ、傍の木の幹に小刀を差し込んで剥がす。


「ムラサキトキワの樹皮です。これが残りの5割くらいですかね。この幹の分で量は十分ですけど、剥がすのが手間ですので、最後にやるのがいいと思います。今剥がした半面側だけ採集して、残りはそのままにしておいてください。そうすればわりとすぐに復活するので」


 樹皮全般も錬金術の素材になるものです。薬用に使うことが多いですが、中和剤も作れます。今回のベースはこれで、樹皮をメインに据えた中和剤の作成はわたしの得意分野でもあります。

 母方の民族、森の民はあらゆる樹皮からあらゆる薬を作ったそうで、断片的に教わったそれを父が研究し、今はわたしに引き継がれています。


 今わたしが示したのは、そう複雑な素材ではありません。ユウさんもチサさんも戸惑った様子はありませんでしたので、早速三々五々、散らばって採集を始めます。

 わたしは探すのにコツがいったり、見分けるのが難しいものを集めることにします。ついでに自分の研究に必要な素材もあれば確保していく。あまりに大量の素材を一度に持ち帰るとペナルティがあるので、錬金術科の学生証が効く限度を意識しつつ、という作業になります。

 さすがに無制限に素材を持って帰ることは校則違反になってしまいますからね。追徴金みたいな感じでお金がとられます。


 しばらく作業をして、顔を上げる。

 一緒にきているお二人とも、目の届く範囲からは離れないように注意しているのでしょう。時折木々に遮られつつも、そう離れた場所までは行っていません。見えないところでも、借りてきた鈴があるのでそれを鳴らせば問題はありませんけれど。


 こうして一緒に作業をしていると、なんだか不思議な気持ちになります。

 わたしはこれまで、あまり人と一緒に採集に出かけることはありませんでした。

 入学したばかりの頃、当時の錬金術科のクラスでオリエンテーションとして山に入る手続きをしたことはありました。あの時は何十人という人数でしたので、採集に来たというよりは遠足に来た、というくらいの印象の方が強かったような気がします。

 そして、それから先はもっぱら一人で赴くことが多い。わたしが必要としていた素材の多くは、学園生であれば買って済ませることが多いようなありふれたものが多くあり、誰かと一緒に来るとどちらかが暇を持て余してしまいます。

 そもそも今の時代、基礎素材については採集作業は専用の業者任せで、ギルドに卸されたものを買って済ませるだけという学生は多い。専門性の高い素材だけ収集に赴く派が大多数ですね。

 豊かな才能の学園生、その貴重な時間を手間のかかる採集作業で浪費するのはもったいないこと、という意見は根深くあり、わたしもそれは一理あるとは思っています。わたしは水や土などくらいしかお店で買いませんが。

 そんなこともあり、こうして誰かと一緒に素材集めに来るなんて、ずいぶん久し振りなことだと思います。


 実家にいた頃は、しょっちゅう父や上の妹と山へと出向いていました。ふたりが魔物に襲われて、父は亡くなり、妹は片足を失って家から出ることが少なくなりました。

 ですので、人とこうして素材集めなんて、この学園にいた二年間とふるさとに魔物が現れてからの半年間、合わせて二年半くらいはなかったことです。そう考えてみると、なんだか感懐深いものがあります。妹に素材の特徴を教えながら山を歩いた懐かしい日々が胸中によみがえる。そうして、なんだか泣きたいような気分になりました。


「ユイリ先輩?」

「チサさん? どうしましたか?」


 いつの間にか、チサさんが近くに寄ってきていました。ぽかんと立ち尽くしていたわたしの様子に、心配するような表情でした。


「あの、最初に説明してもらった薬草、これくらいの量でいいかなって思いまして」


 言いながら、かごを持ち上げる。その中には、十分な量のルーノが入っています。


「そうしたら、ぼうっとしていましたので、体調でも悪いのかなって」

「いえ、大丈夫です。ちょっと考え事をしていただけですよ。うん、このくらいの量があれば十分ですよ。ありがとうございます」

「えへへ」


 褒めるとチサさんははにかみ、残りも集めてきますね、と言って続きに取りかかる。その姿を見て、少し和みます。

 あんまり暗い顔ばかりしていられませんね。

 わたしは腰をかがめると、自分の仕事の続きに取りかかります。











 早々に必要な分の素材は集め終わりました。

 ユウさんが樹皮剥がしという力仕事を請け負い、チサさんが細々とした採集と手分けしてやってくれていたようで、それもあって思いのほか作業は早く済みました。


 時刻は正午過ぎ。この時間なら、学園に戻ってちょっと遅めのお昼ごはんにした方が都合はいいでしょう。この山中、お店でご飯は食べられますが、そう手の込んだものは出てきません。そして割高です。

 集落で借りていた物品を返して預けていた荷物を受け取り、代金を払う。行きと同じルートで、箒に乗って学園へと戻ります。


 発着場で箒を返して採集した素材の確認をしてもらう。ここで毒物などの危険品の確認や乱獲をしていないかなどの簡易調査を受ける。

 特に問題もなく手続きは済みます。

 その後、わたしが昨年度この辺りに住んでいた頃の馴染みのお店でご飯を食べて、中央通りへと戻ってきます。











「ひと仕事終わりましたけれど、まだまだ時間はありますねえ」

「そうだな」


 中央通りにやってくると、山中とはうって変わっての人出です。

 こうして歩いていると、みんな一体、それぞれどこへ行こうとしているのか、というような気分になってきます。わたしたちも、その群衆の一員ではあるのですが。

 今はまだ昼下がり。夕方までもまだまだ時間があります。


「私、今日は一日暇ですよ」


 チサさんがまだ一緒にいたいという空気を出してくるのがいじらしい。

 わたしはそんな様子にくすくすと笑う。


「そうですね。一度寮に荷物を置きに行って、その後出かけましょうか。休日ですし、色々催しもあるでしょうし」


 お店をめぐるだけでも時間は潰れるでしょうし、映画や音楽会、劇場や美術館など、大都市だけあって娯楽は様々です。

 早く帰って中和剤の作成に取りかかるという選択肢もありますが、実際そこまで急ぎの仕事というほどではありません。明日も休みですし、無理に今日に取りかかる必要もないでしょう。

 急ぐ家路でもなし、三人のんびりと歩いていると、前からやってきた二人組がわたしたちを見て、驚きおののき声を上げた。


「ユウ様!?」


 幽霊にでも会ったような顔をして叫んだのは、見知らぬ少女。格好は学園生のものではありません。黒髪や顔立ちなど、系統はユウさんににしている感じがするので、同郷人でしょうか。

 もう一人は、以前に一度会ったことのある方。そして手紙で付き合いのある方。イリヤ=エミール帝国の貴族様であるリルカさんでした。以前一緒にいた少年はおらず、今日は女性二人の様子です。


「ホタルか。こんなところで、何をしている?」


 名前を呼び合うお二人はお知り合いのようです。呼び方からして、ユウさんの方が立場が上のよう。


「ひっ、か、わわ……」


 ホタルさん、と呼ばれた少女は完全に固まっています。


「ホタル、どうしたの?」


 わたしたちと行き会って驚いた様子だったリルカさんが、連れの方へと困惑した表情を向ける。


「あ、か……」

「……」

「……」

「は……」

「……」


 喋れてませんよ。

 なんかもう、ダメそうですねえ……。


 わたしとリルカさんは、なんとなく、どうしたものか、という視線をお互いに交し合った。

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