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魔法学園へようこそ!  作者: cymbal
第3章 殲滅魔術師
30/42

三人のおでかけ

 休日がやってきました。

 今日はユウさん、チサさん、わたしの三人で山に素材の採集に行く約束をしています。

 せっかくですので一緒に行こうと誘ったところ、チサさんは快諾してくれました。ユウさんの方はどうでもいいという反応でしたが、彼の場合は拒絶しないなら別に連れて行って問題はないでしょう。


 収集のために赴くのは、学園北部にあるイヴォケード連峰。魔力の濃い土地柄もあり、様々な素材の宝庫です。世界でも指折りの場所で、保護地区でもあります。人の出入りの制限は厳しいのですが、生徒は特権階級ですので気兼ねなく往来が可能です。わたしがこの学園に頑張って残ろうとしたのは、この地で採集ができるというのが大きいですね。

 錬金術科以外の生徒でも使うことは多い。

 奥の方に行くと温泉街もあり保養地としても有名です。農業科の生徒が使う畑の他、騎士科の生徒にとっては訓練施設があったり、航空科の発着場や倉庫類もあります。山脈は広大ですので、ほとんどは手つかずの自然のままです。


 半日くらい箒で飛ぶと、聖山にたどり着き、大体ここくらいまでが学園の敷地という目安になります。

 聖山を超えて北上すると隣国、アルダビラ大公国があります。とはいえ、今日はそこまで遠出するということはないでしょう。

 この隣国にはわたしの母の属していた少数民族、森の民がまだいるそうで、その血を半分受け継いでいるわたしにとってはいずれ行ってみたい気持ちはあります。まあ森の民といっても部族は違いますけれど。とはいえ、それはいつかの目標です。


 ひとまず今日は、さしせまった要件、魔法発表会で使う中和剤の材料の収集をすること。あとは、まだ山に行ったことがないというユウさんとチサさんを案内してあげること。

 今の季節、山の気候は比較的穏やかですし、収集できる素材も豊富です。人を案内するにはちょうどいい時期でしょう。そこまで山に深入りするということもなく、ちょこっと飛んで適当な場所で素材集めをするつもりです。

 お休みの日の、ピクニックがてらのちょっとしたおでかけ。わたしたちにとってちょっとした休息になってくれればいいなと思います。











 起きて身だしなみを整え、食堂へむかう。

 今日は天気も穏やかです。青空を眺めていると、ひと連なりになった風船らしきものをたなびかせた箒乗りの生徒が飛んでいくのが見える。意味不明ですが、この学園ならではの穏やかな風景です。ただし学園上空の飛行規程を完全に破っているので、じきに守備隊か自治委員にしょっ引かれることでしょう。


「やあ、ユイリちゃん、おはよう」


 ぼおおっと歩いていると、向かいから声をかけられる。

 男性の声。ここはまだ女子寮の領域ですので、通常男性は入ってきません。が、例外はあります。この寮の従業員の方は必要に応じであちこち移動することは許されています。


「ヘラルドさん。おはようございます」


 顔なじみのスタッフの方に、わたしは頭を下げる。

 ヘラルドさんはわたしと同じくらいの時期にこの寮に務めるようになった方です。


「休みの日なのに、早いね。部活かい?」

「いえ、採集に行くんです」

「ああ、いい時期だね」


 この時期は気候も穏やかですし、収集できる素材の種類も豊富です。ヘラルドさんはこの学園の卒業生だということを聞いたことがありますが、錬金術にも多少は素養があるのかもしれません。

 雑談を振っても冗談でのらりくらりとかわす人で、学生時代何をやっていた人なのかいまいち謎ではあります。わたしにだけでなく、誰に対してもそうですのでたまに噂になったりもしているそうです。

 実は何らかの密命を帯びている、などという説もあるようですが、こうして寮の制服を着こなしている姿を見るとウェイターのひとり、というくらいの感じしかしません。

 ヘラルドさんは手ぶらです。これから出前を部屋まで回収しに行くところなのでしょうか。

 そのまま挨拶をして行きすぎようとすると、呼び止められる。


「ユイリちゃん。ローブ、ちょっとほつれてるよ」

「へっ?」

「ちょっと貸してみて」

「あ、はい」


 言われて、ローブを渡す。さっき部屋で身だしなみは整えてみて、変な感じはしなかったと思いますが。

 ですが、ヘラルドさんはローブを受け取ると懐からお裁縫セットを取り出して、ボタンのあたりを繕い始める。手慣れた様子です。

 普段、ローブは一番上の宝玉のあたりで止めるだけで、前のボタンまでしめることは稀です。ちゃんとしめるなんて真冬くらいですね。だから、ほつれにも気づかなかったのでしょうか。


「お裁縫、上手ですね」

「昔、練習させられたことがあってね。最初は嫌で嫌で仕方がなかったけど、まあ、できるようになってみれば便利だ」

「たしかに」

「はい、どうぞ」


 大して時間がかかることもなく、ローブを返される。


「ありがとうございます」


 補修してくれたボタンのあたりを見てみる。既製品のようにきちんと出来上がっています。元々ほつれていたのかどうか確認していませんが、多分きれいにしてくれたのでしょう。


「それじゃあね。そういえば、最近何かと物騒な話を聞くから、ユイリちゃんも気を付けてね」

「はい」


 ユウさんの周辺もそうですが、ヴェネト王国とイリヤ=エミール帝国の戦争など、とかく周囲はきな臭い。

 この学園にいるとあまり気にならないことではありますが、たしかに身の回りには気を付けておいた方がいいかもしれません。


「よく知らない人について行っちゃダメだからね」

「あ、あのー、もう子供じゃないので。大丈夫ですので」


 わたしが文句を言うと、ヘラルドさんは冗談だよと笑って言って、去っていく。

 うーん、なんとなく不思議な人です。この寮の従業員の方はたいてい皆さん顔見知りになりましたが、スタッフの中にあってもヘラルドさんは謎な人という扱いらしいですからね。この学園の卒業生なのにわざわざ魔法に関わらない今の職に落ち着いて、私生活も多くを語らないそうです。

 まあ、そこがいい、という声もあるそうですが。


 わたしは飄々とした感じの後姿を見送ると、食堂へと向かいました。

 休日ですので、食堂の中は普段よりは寮生の姿は少ない。週末に飲み歩いてそのまま部屋で昼過ぎまで寝ているのはありがちなパターンでしょう。今の時期ですと、研究室に泊まり込みというのもよくある話です。

 ルドミーラなんかは、今特に忙しいみたいで、週に何度か研究室に泊まっているそうです。寮に帰ってきて、着替えたらすぐに研究室にとんぼ返りをすることもあると愚痴をこぼしていたことがあります。そういう姿を見るとこの学園で優秀であるのも大変そうだなあ、などとしみじみした感想が浮かびます。


 朝ご飯の力うどんを食べていると、手前にユウさんが座る。


「あ、ん、むう、おはようございます」


 餅をかみ切り、挨拶します。


「ああ」


 ユウさんは新聞を広げながらそっけなく返し、注文を聞きに来たウェイトレスに朝定食を頼む。


「米は粥にしてくれ」

「かしこまりました」


 けだるげに紙面に目を落とす。朝起きて、外で軽く汗を流してからシャワーを浴び、新聞を読みながら食堂でご飯。ユウさんの生活パターンは平日も休日もあまり変わりません。まあ、わたしもですが。

 こんな姿を見ていると、彼もなんだか今の日常に馴染んでいるような感じがあります。もうちょっと人間関係をうまくしてくれればいいんですけれど。


「何か面白い記事でもありましたか?」

「今持ってきたばかりだ。少し待て」


 こういう会話は、わりといつもの話題です。お互い特に熱量込めずに淡々と言葉を交わす。

 わたしはあまり積極的に新聞を読む方でもないので、朝の話題はユウさんの読んでいる新聞の受け売り話が多くなります。積極的にニュースを知りたいというより、朝の定番の話題という感じですね。ニュースが知りたければ自分で読むか、もしくはラジオを流している席がありますのでそちらに座れば情報収集はできますし。

 ユウさんはけだるげな様子で新聞をぱっぱと読む。


「魔法精霊が逃亡したニュースの続報、地下遺跡の発掘調査の結果を隠匿したクラブへの捜索、新種の呪いの被害の話、新校舎の落成、近頃トイレに仕掛けられるイタズラ、守備隊の懲戒の話に、ああ、戦争の話もあるな」

「んー、世の中は、大変そうですねぇ」

「まったくだ」


 雑に感想を言い合っていると、ユウさんの朝定食がやってくる。朝はスピードが命。実に早い提供です。


「世界は大変そうだから、とりあえず飯でも食うか」

「めしあがれ」

「お前が作ったわけではないけどな」


 言いつつ、焼き魚を主菜にした朝食を食べ始めるユウさん。


「……謎の息ぴったりだね」

「あ、ルドミーラ」


 いつの間にか、疲れた様子のルドミーラが横にきていました。あくびをしながら隣に座り、ユウさんと同じ朝定食を注文する。


「眠そうね」

「眠いよ~、というか寝る」


 ルドミーラの目の下にはうっすらとクマができています。夜更かしというわけではなさそうですね。どうも、相変わらず研究室の方で忙しく過ごしているようです。ここまで忙しいからには、入ったばかりの研究室でもきちんと戦力としてやれているということでしょうから、それはそれで羨ましくもありますが。


「今帰ってきたの?」

「うん。徹夜。あの研究室、鬼だよ~」

「お疲れさま。大丈夫? 区切りはついたの?」

「一応。ご飯食べたらあとは寝て、夕方になったら今度は実家絡みのパーティなんだよね。今の時期、国賓が多いからさあ。正直私がいなくっても全然問題ないけど、やっぱりこういうのは出ないと親がうるさいんだよね」


 言いながら力尽きたように机に突っ伏す。

 ルドミーラの実家は貴族です。そう頻度は多くないのですが、この学園に通う貴族の子女の夜会やお茶会に駆り出されることがあります。

 駆り出されるとはいっても、若い女性としての賑やかしというくらいの意味が強いらしく、顔繋ぐだけのパーティで徒労感が激しいとも聞きます。大変そうだなあと思います。


「食べてすぐに寝ると、太るぞ」


 いらないことを言うユウさん。たしかにルドミーラの顔は最近丸くなった気がしますが、どちらかというと疲れてむくんでいるという感じだと思いますよ。

 ルドミーラはじろっと顔だけユウさんに向ける。


「うるさいばーか」

「まあまあまあまあっ。ルドミーラも、疲れているみたいですし」

「まあいいが……。おまえら、同じ三年生でもずいぶんと違うものだな」

「わ、わたしは自分の研究を重視しているだけですからね?」


 しみじみというユウさんに、一応言い返しておくわたし。本当は、劣等生だから忙しいゼミに入ることすらできていないだけですが。

 とはいえもちろん、自分の中和剤の研究を第一義にしているのは本当です。しょっちゅう夜更かしをしている程度には、そちらの研究も忙しくしているのですが。

 まあ、自室にこもっているだけですので、対外的にはあまり忙しそうには見えないでしょう。あまり眠らなくても、わりとやっていける体質ですし。


「今のうちに遊んでおいた方がいいよ。先輩からの、ありがたいお言葉」

「そうか」


 ルドミーラの言葉を受け流して、食事をぱくつくユウさん。ルドミーラのご飯もやってきます。

 のそりと疲れたように体を起こして食事を始めるその手つきは美しく、さすが貴族の一員なのだなあとほれぼれするような所作の美しさがあります。でも目が死んでいます。ここのご飯おいしいのですが、心までは癒してくれないようです。


「ふたりは今日は素材集めだっけ?」

「うん。わたしだけでもいいけど、せっかくだからユウさんとチサさんも一緒に」

「チサさんって、あー、仲良くなったって言ってた子だ」

「うん。山はいい所だから。早い時期に行ってみた方がいいと思うし」


 私はそうは思わないけどね、などと言いながらルドミーラはあくびを噛み殺す。

 うーん、採集好きなのは錬金術師限定なのでしょうか。半分ピクニックみたいなものだと思いますけれど。もう半分は、お宝探し的な感覚はあります。


「早く魔法発表会が終わらないかなあ。この忙しさが終わったら、私、半日くらいは寝て過ごすよ」


 研究室側の生徒は、やはり今の時期かなり忙しいようです。


「終わったら、遊びにいこ」

「うん。むしろ温泉に行こう。癒しが欲しい、癒しが」

「はいはい」


 とはいえこれからしばらくは、わたしの方も結構ばたばたしそうです。

 ……まあ、この春からこっち、基本的にいつでもばたばたしてますが。もちろん、それはそれで悪いことでもないですけどね。











 わたしとユウさんは支度を整え、連れだって待ち合わせの鉄道駅へと向かう。

 駅前の広場に既にチサさんは来ていました。私服姿のチサさんの姿は新鮮です。採集は肉体労働ですので、女子生徒の制服のスカートは向いておらず、動きやすい恰好をしてくれとあらかじめ言い含めてあります。チサさんは淡い色合いのニットにロングパンツ。編みかごをきゅっと握って、そわそわした様子です。

 山に行くだけなのですが、ついついおしゃれしてきてしまった感じがしてなんだか可愛い。あのくらいの格好なら、採集作業もまあ大丈夫でしょう。


「おはようございます。すみません、待ちましたか?」

「い、いえっ。今来たところですっ」


 不安そうにしているチサさんに話しかけると、ぱっと安心したように表情がほころぶ。可愛い。

 こうして話していると、なんとなく妹が新しくできたみたいでほのぼのとします。わたしの姿を見つけると、すぐに近くに寄ってくる感じはなんだか小動物的です。


「そうですか? なら、いいんですけど。切符買いに行きましょうか」

「あっ、もう、買っちゃいました。西広場前駅までですよね」


 準備がいい。というよりは、早く来てしまって手持無沙汰だったんだろうな、という気がしてなんだかおかしい。


「それじゃ、わたしたちも切符を買いましょうか」

「ああ」

「……そういえば、ユウさん、切符の買い方はわかりますか?」


 二人分の切符を買おうと思い、ふと思いとどまる。

 ユウさんの普段の移動は、大体徒歩です。校舎は歩いていける近さですし、日常的に遠出することもほとんどありませんし。


「知らん」

「それじゃ、買い方教えますよ。行先によって、運賃が異なりますから。少しずつこういうのも覚えていきましょうね?」

「ああ。……なんか、子供扱いしてないか?」

「そんなまさか。さあそこの窓口で買うんですよっ」

「……もうなんでもいいが」


 わたしはユウさんの背中を押して、切符を買いに向かう。切符を買い求めたのち、電車で西の町へと向かいます。

 イヴォケード連峰へは箒で飛んでいくルートが常道ですが、その出発点になる発着場は中央地区にはありません。なのでまずは、西の地区へと移動です。まあ東部の湖水地方にも同様の発着場はありますが、あっちの地区は今の時期混んでいるでしょうし、わたしにとっては学園西側がホームグラウンドです。


 路面電車にのんびり揺られてしばし、目的地の駅に降り立ちます。

 やや中央地区よりも雑然とした印象の西部地区。錬金術科や工学科などの生産系の生徒が多い地区ですので、魔法科の生徒は普段あまり足を運ぶことのない場所です。

 チサさんは初めてこの辺りに来たようで、物珍し気にあたりを見回している。


「この学園って、生徒以外の人も結構多いんですね」

「はい。中央地区にいると学生ばかりの印象がありますからね」


 教員、商人、職人など、生徒以外の一般国民は西部地区に住んでいる人も多い。あとは中央、東部地区の城壁側ですね。新入生は規則正しい生活習慣になるので、どうしても同じ学生の姿を数多く見ることになります。チサさんの目から見ると、人口の多くが学生で構成されているように映ってもおかしくありません。ここは学園国家ですから、そもそも学生ばかりというイメージもあります。

 が、実際は国民の多くは学生以外です。寮や商店の従業員の外、公共事業の職員、一般企業の事務員など。彼らがいるからこそ、この学園は学園国家たりえているわけです。


「このあたりは工場とか、加工業が多いですね。やっぱりこの学園に居を構えているだけあって、高級品だったり稼働に魔力がたくさん必要なものが多いですね」


 周辺の案内をしながら、歩いていく。

 休日ですので、あたりは割と人出が多い。駅前は商店も集中しているので、中央ほどではありませんが人が集まります。

 とはいえ繁華街の厚みはそれほどではなく、少し歩くと住宅街と工業区と校舎がまだらに入り組む地区に入り込みます。


「この学園、どこもきれいな街並みばかりだなって思っていましたけど、このあたりですと、昔住んでいた所に似ているかもしれません」

「そうですね。工場の見た目は、大体変わらないですからね。わたしのふるさとはもっと田舎ですけど」


 駅から少し離れたあたりの光景は、一般的な中小都市の光景に近しいものがあるでしょう。そうはいってもここはイヴォケード、何気にあるこれらの工房や商店は結構な底力があるとも聞きます。


「ゆ、ユウくんはどうですか? こういう街並みの方がしっくり来たりしますか?」


 チサさんがぎこちなくユウさんに話を振る。ユウさんはいつものようにぼうっと周囲を見回しているのみでしたが、気をまわしてくれたのでしょう。

 頑張ってユウさんと距離を縮めようという意欲があってとてもいいですね。


「俺の住んでいた所も、こんな街並みではなかったな。町というよりは、集落みたいなものだった」

「そうなんですねっ」


 その意欲を買ったというわけでもないのでしょうが、ちゃんと返事をするユウさんは偉いです。返事する程度にはチサさんのことを認識するようになったのでしょう。


「わたしたち、みんな田舎者ですね。この学園に入る人ですと、割と都市出身者が多いらしいですけどね」


 一般的に都市の方が土地の魔力が強く、そういう場所にあっては魔法の才能に秀でた人間が出やすいとされています。単純に人口が多いというのもあるでしょうが。

 わたしも初めてこの学園に来た頃は毎日が驚きの連続でした。田舎では化学製品というものに触れてこなかったので、最初の頃は日々未来感におののいていた記憶があります。


「こういう、知り合いじゃない人とすれ違う感じって、最近やっと慣れました」


 そんなことを言うチサさんも、なかなか田舎者っぷりが際立っている感じもします。


 とはいえ駅から少し歩いてきたので、今は周りに人影はありません。

 左右を工場の高い壁に挟まれた裏路地めいた場所に差し掛かってきています。左右から張り出した屋根のせいで薄暗いわりに街灯もなく、夜はあまり通りたくない道ですが、昼はたまに地元の人が使います。

 あとは、近道として地元民は結構便利に使ったりしています。

 休日だというのに工場は休まず操業しているようで、ごうんごうんと規則的な音が建物の中から聞こえてきます。

 人通りは少なく、見通しが悪く、周囲はうるさい。のんびりおしゃべりをするという雰囲気でもありませんので、さっさと抜けてしまうことにします。


 そんなことを考えながら歩いていると、前方から猛然と走ってくる男子生徒が現れました。狭い路地をなりふり構わず爆走です。わたしたちは足を止めて、そっと脇によって成り行きを見守ることにする。

 ……なんだかいきなり、トラブルの予感。周囲に人気はありません。


「君っ! 君らっ!」


 息も絶え絶えといった様子の男子生徒は、すがりつかんばかりの勢いですぐそばまでやってくる。このまま通り過ぎて行ってくれれば正直ありがたかったのですが、なかなかそううまくはいきません。


「頼む、俺があっちへ向かったと言ってくれ! じゃっ!」


 それだけ言ってわたしたちがやって来た三叉路の先を指さし、自分は横合いの小道に走り去っていく。

 走るというか、カニ歩きでしたが。


「なんだ、あれ?」

「さあ……」

「よくわからないですけど、絡まれなかったのでいいんじゃないでしょうか。行きましょう」

「ユイリ先輩、冷静ですね」

「慣れですよ。あれくらいでしたら、大したことじゃないですし」


 不思議な出来事でしたが、この学園では不思議な出来事にはよく出くわします。気にしても仕方がないでしょう。

 首をひねりつつ歩き出そうとすると、また前方から三人組のクラブ生が姿を現す。猛ダッシュです。

 それを見て、どう考えてもさっきの男子生徒を追っているのだとわかる。彼らはわたしたちのところへまっすぐ向かってきます。


「お前たち。さっきここを迷宮探検会の男が通っただろう」


 先ほどの生徒とは違い、多少息が弾んではいますがまだまだ余力がありそうです。体格も見上げるような戦士系の風貌で、気圧される。

 わたしたちを見下ろす眼差しはあざけるくらいにぞんざいで、思わず身をすくませるような迫力があります。

 返事をするわたしの声も、ついついか細いものになってしまう。


「クラブは知りませんが……はい。見ました」


 何もしていないのに、悪いことをした気分になってきました。

 敵対しているわけでもないのですが、ついつい脳裏には昨今の不穏な情勢のことが頭をよぎってそれがさらに不安を煽り立てます。

 冷や汗を流すわたしを、ユウさんがちらりと見やる。普段の冷めたものでもなく、慮るような視線です。男性三人に詰問されているわたしを心配してくれているようです。こういう時は自然に味方になってくれるのがユウさんのいいところですね。

 ちなみにチサさんはわたしの横ですくみあがっています。チサさんは大体いつもすくみあがっているような気もします。まあ、今はわたしもですが。


「どっちに行った? 答えろ」


 言いながら、相手は身分を明かすようにマント留めの宝玉を示す。

 赤い宝玉。それはクラブ生を示すもの。宝玉の色自体は、いまわたしたち三人が付けている宝玉と変わりありません。

 ただし、違いがあります。その宝玉の中には、三日月形の薄い魔法石がはめ込まれていました。

 それを見て、わたしは凍り付きます。その宝玉は特徴的なもので、有名なあるクラブを示すものでした。


「ぐ、紅蓮三日月……」

「そうだ。整理整頓委員会だ」


 整理整頓委員会。

 クラブの自治をつかさどる組織のひとつです。その活動方針は苛烈。

 独自の調査網を持ち、部員一人一人が守備隊士以上の戦闘能力を持つと言われて恐れられているクラブです。戦力、という点ではこの学内でも屈指の存在でしょう。


 彼らのクラブを示す宝玉はその特徴をもって紅蓮三日月と呼ばれて恐れられている。下手にかかわりを持つと、ボコボコにされると言われています。

 逆らってはまずい、と思いますが背中につらりと冷汗が流れ、うまく返事ができない。


「急いでいる。早く答えろ」

「……そっちだ」


 わたしが答えられないでいると、ユウさんが口をはさむ。

 彼は顎でしゃくって、先ほど生徒が向かった方とは別の方向を示す。逃げていた生徒の言っていた通り、嘘の方向を教えました。


「急いでいるなら、さっさと行ったらどうだ? それとも意外に、暇なのか?」

「なんだと?」

「我々が何者か、知らないようだな」

「待てよ馬鹿。先にあいつを追うぞ」


 気分を害した風にこちらを振り返りながら、整理整頓委員会の部員たちは走り去っていく。

 その後姿が見えなくなり、わたしは大きく息をついた。


「怖かった……」

「はい……。あの、ユイリ先輩、あの人たち、なんなんですか?」


 わたしとチサさんは身を寄せ合って難局を乗り切ったことを喜び合う。まあわたしたちは震えているばかりでぜんぜん何もしていないのですが。


「整理整頓委員会という、クラブ専用の自警団みたいなものです。あの人たちに摘発されると、小さなクラブは消し飛ぶとさえ言われているんですよね……」


 クラブでありますが、クラブ生から恐れられている存在です。

 傲岸不遜な物言いも多いそうで、やや敬遠されている印象はあります。とはいえ、有事の際は最前線に立ってクラブ連を守ってくれる存在であり、この学園でも指折りの有名なクラブであることは間違いありません。

 わたしも噂しか知らない身ですが、チサさんはそんな話を聞くと恐ろし気にぷるぷるしだした。


「ぶ、無事にやり過ごせてよかったです」

「はい。でもユウさん、最後ちょっと睨まれてませんでしたか?」


 まあ、愛想の欠片もないことを言っていましたからね。相手もそれは、お互い様ですが。


「そうか? 知らん」

「……」


 ユウさんも不遜な物言いが多い人ですから、意外にあのクラブに入ったら馴染むのかもしれません。でもわたしは整理整頓委員会には付いていけませんよ。


「ユイリ先輩、迷宮探検会ってなんですか?」


 気を取り直して歩き出すと、チサさんがそんなことを聞いてくる。

 迷宮探検会。先ほどの逃げていたクラブ生が所属しているのがそこなのでしょう。そのクラブ自体は聞いたことがありません。

 ですが、名前で大体の活動内容は予測がつく。


 ここイヴォケード魔法学園の前身は、ワーグレイズという魔法都市です。世界でも有数の巨大都市でしたが、百年前の世界の災厄、魔神の襲来によって滅亡しました。

 地上の都市は壊滅しましたが、地下室や地下通路、メトロの残骸など、ぽつぽつと痕跡が残されており、これらは俗に迷宮と呼ばれています。


 現在のイヴォケードを支える都市魔方陣は地下に触媒が埋め込まれており、この触媒を埋め込むための新しく掘った地下通路と、廃都の遺構が魔法学園の地下には縦横無尽に張り巡らされているといいます。

 そんなわけで基本的には地下に土地を掘り進めることは校則違反となります。イヴォケードが大都市なのに地下街や地下鉄などがほとんどないのはこのせいですね。

 ですが、もちろんそんな校則を破る輩というものは存在するもので、地下迷宮についての探索クラブというのは結構種類があると言います。迷宮探検会というのもその一つでしょう。

 もちろん、全て非公認のクラブです。最悪放校されかねない危険な内容のクラブですが、常に一定数の生徒がそこに惹かれているらしいです。


 そんなクラブの一員が、自治組織である整理整頓委員会に追われている。

 おそらく、なにか公になるとまずいものでも発掘したのでしょうか。魔法都市の遺物は時に高値で売ることもできるそうです。


「まあ、わたしたちには関係のないことですよ。ちょっと危険な感じもしましたし」

「そ、そうですね」


 この学園に暮らしていると、独特な危険な対する嗅覚が養われます。

 先ほどの捕物帖には、関わると危ういような気配が漂っていました。忘れるが吉でしょう。


「そういうものですか」


 うんうんと頷くチサさん。


「はい、どんどん忘れちゃいましょう」


 危ない物事にあえて近づく必要はありません。そんなことなどしなくても、この学園での生活は刺激に満ち溢れています。

 非合法なクラブの事情など、今もこれからも関わるべきではありません。


「なんか、強制的に関わりにあう前振りに聞こえるんだが」

「……」


 不吉なことを言うユウさんをにらんでみましたが、完全にどこ吹く風で意味はありませんでした。

 わたしは息をついて、迷宮探検会と整理整頓委員会が向かった先を見比べる。先ほどのわたしたちの選択が、何かの引き金にならなければいいのですが。

 春の平和な日差しの下で、それでも、わたしの心中には一抹の不安が生まれていました。

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