クラブを探そう
朝ごはん時。
いつものようにユウさんとふたり、ご飯を食べながらぽつぽつと話をする。ユウさんは朝が弱いということは特にないようですが、人の話を聞いているのかいないのか、反応が淡白なのはいつものことです。
対してわたしは、今日も寝不足。毎日深夜まで自分の研究をしているので、どうしても睡眠時間を削りがちになります。ここ最近、特に気を入れている傾向にあります。別に理由があるわけでもないですが、バイオリズムでしょうか。
中和剤の研究。もう二年以上も同じ対象を作ろうとあがいていていい加減嫌気がさしてもきますけれど、諦めるわけにはいきません。少しずつ分量を試しながら、試料を貯めていっています。
そんな状態ですので、喋り方がちょっと気だるげになってしまうのもいたしかたないでしょう。眠気には強いので、もう少しすればしゃきっとするはずです。
ユウさんに先日お姫様のお茶会に紛れ込んだ話などをしても、そこまで興味ある風でもなくただ聞くのみ、という感じです。わたしは慣れているので特に何も感じないですが、この人当たりの部分はもう少しなんとかならないかなあ、などと悶々としてしまう。
ユウさんには未だ、友達といえる人はいません。
この人の話を聞き流している感じがいけないのでしょうか。でもそう見えて、ちゃんと聞いているんですけどねえ。慣れないとわからないですが。
やっぱりユウの方から周囲に歩み寄ってもらいたいんですが、本人にそのつもりがありません。
「おはよ、ユイリ」
ユウさんの処世に関して思いを巡らせていると、眠そうな様子のリーズウッド先輩が通り掛けに声をかけてくる。寮監のお仕事に加えゼミも最近多忙なようで、最近は大抵こんな様子です。わたしも同じようもなものですが。
「あ、リーズウッド先輩。おはようございます」
「ユウ君を真剣な目で見てたけど、どうしたの? この子また何かやったの?」
「あ、いえ、そういうわけじゃないんです」
「それじゃ、見とれてたとか?」
冗談めかしてそんなことを言ってくる。
たしかに、ユウさんはなかなかカッコいいので、うまくすれば人気者になれるポテンシャルはあると思うんですよね。
「違いますよ。ただ、どうすればユウさんには友達ができるかなって考えてたんです」
「あー、愛想悪いからね」
リーズウッド先輩はからからと笑う。見た目は大人しそうな感じですが、性格は結構さっぱりしていて剛毅です。その芯の強さがあってこそ、この寮での寮監を務めることができているのでしょうけれど。
「そうなんです。人としては、いい子なんですが」
「……人の目の前でそんな話、するなよ」
じろっとわたしたちを睨むユウさん。
普段からさしても良くない人相が、ねめつけてみると一層険しく見える。
うーん、やはり笑顔が足りないのでしょうか。
「えっ、ご、ごめんね」
ユウさんのこの程度の睨みは軽口の延長です。……というのは、わたしはわかりますががリーズウッド先輩はまだそこまで距離感がつかめないのでしょう。本気で怒ったのかとちょっと及び腰になっています。
「あ、大丈夫ですよ先輩。これは怒ってないですから」
「これ……」
「なら、いいけどね。ごめんねユウ君。冗談だから」
「いえ、冗談でもないんですよ。やっぱり心配で。わたしが四六時中付いてフォローするわけにもいきませんし、だからといってこのままでいいとも思えませんし」
この話を続けるわたしにユウさんが睨みを利かせてきますが、無視しておく。
寮監としての責務もあるからか、話の流れに興味を持ったようでリーズウッド先輩は隣に座る。わたしの愚痴にうんうんと聞いてくれるリーズウッド先輩はいい人です。
「でもユウ君、カプランとかフォワード先輩とかとはわりと喋ってない?」
「え、そうなんですか? というか、誰でしょうか」
「うちの寮生。ほら、中庭で素振りとかしてる集団あるじゃない? あの暑苦しい人たち。その一団よ」
「あぁー」
たしかに、ユウさんは毎朝中庭で木刀を振るったりして鍛錬をしています。早朝の中庭、そこは武闘派の寮生たちのたまり場です。
まあたしかにユウさんはその集団の中ではそれなりに認知はされています。顔見知り程度にはなっている感じですが、友達というとちょっと違うかな、という感じでもあります。
挨拶くらいはしているのでしょうが、基本的には各々の修業をしているというくらい。
「もっとこう、学校帰りに遊びに行くような関係の人がほしいなって」
「うーん、ユウ君って、趣味みたいなのないの?」
リーズウッド先輩がユウさんに話題を向ける。当の本人は、新聞を広げていました。わたしたちの話、聞いちゃいませんね。あなたの話なんですよ。
「は? 趣味?」
しかめっ面で言いながら、律儀に新聞は畳んでテーブルに置く。
「そう。普段なにして息抜きしてるの?」
「別にないが」
「ユウさんは暇な時、けっこう本を読んでますよね」
「言われてみるとそうだな」
わたしの言葉に、腑に落ちたような表情になって頷く。まあ、胸を張って趣味と言えるものってなかなかないですよねえ。
自分の趣味は何かあったかな、などと考えてみる。わたしは空いた時間とか適当に気の向くままに調合などをしてみたりもしますが、当方錬金術師ですのでそれもある種仕事の一環で、趣味と言えるほどのものでもないです。田舎にいた頃は料理や編み物(というよりは繕い物)などの家事もしていましたが、これは趣味というよりは家事労働ですね。
となると、わたしの趣味も読書というところになるのでしょうか。わたしもそれなりに本は読むし、ユウさんと嗜好も近いのでたまにおすすめの本を紹介してあげたりもしています。お互い、物語が好きな傾向があります。
リーズウッド先輩は腕を組んで食堂の天井を見つめる。組まれた腕の上で、巨乳がぽよぽよと揺れていた。
「読書ねえ。そういうクラブでも入ってみたら?」
「読書クラブですか?」
「うん。あったはずよ。あんまり有名なところはないけど」
まあ、読書クラブでは通常の活動では目立ちようがないでしょう。かといってイベント事で大騒ぎをしている、品性が疑われます。
「でも、読書クラブってどんな活動をするんですか? 集まってみんなで本を読んだり、感想を言い合ったりするんでしょうか?」
「うーん、そうね、調べてみましょうか」
「あ、いえ、大丈夫ですよ。興味があったら自分たちで調べてみますから。ね、ユウさん」
「そもそも興味ないけどな」
「ユウさんっ」
「……はいはい。調べる調べる。気が向いたらな」
「……あなたたち、結構仲いいわよね」
わたしたちの掛け合いを眺めていた先輩が微笑んでそんなことを言う。
「え、そうですか」
「うん。姉弟みたい」
「は?」
先輩の言葉にはなはだ遺憾な表情をするユウさん。埴輪みたいな顔をして視線をわたしの方に移して、またリーズウッド先輩の方を見る。
「……は?」
「なんですか今の間は。なにを思ったんですか」
「別に何も。最悪だなって思っただけだ」
「何もじゃないじゃないですかっ」
くだらない言い合いをするわたしたち。
そんな様子を見て、リーズウッド先輩はくすくすと笑った。
……なんだか、微笑ましげな眼差しを向けられているような気がします。
「でも、怪しげな勧誘には気を付けた方がいいわ。寮の掲示板にも貼ってあるけど、最近、入部届の不正な横流しがあるみたいだから」
ついでに、という風に付け加えられた言葉は耳新しい情報でした。
「横流しですか? 入部届を?」
「あ、見てない? 特に資金難の弱小クラブがやっているらしいんだけど……」
そう言って、リーズウッド先輩は入部届詐欺の解説をしてくれる。
入部届の横流し事件。言葉巧みに新入部員を勧誘して入部届を書いてもらう際、部名を空欄で名前を書かせ、その入部届を転売する詐欺だそうです。どこか部員を欲しがっているクラブが闇ルートからその入部届を買い付けて、後から部名を記入して無理矢理その部の部員にしてしまうそうです。
恐ろしい。
この学園はクラブ活動が盛んで部員の獲得に躍起になることからもわかる通り、退部するのはやや煩雑です。クラブの代表と(いれば)顧問のサインが必要になります。もちろんそれらをスルーして退部する手続きもあるらしいですが、あまり一般的ではありません。
要するに、退部の際の手続きの煩雑さを笠に着て抱き込んでしまうということなのでしょう。
どうやら入部届をお金の代替品として流通させる闇のマーケットがこの学園にはあるようです。
「寮の一年生でオーミール・ツィーっていう男の子がいるでしょ」
「ちょっとぽっちゃりした金髪の子ですよね」
「そう。あの子がその詐欺に遭っちゃって、尻魔術研究部とかってクラブに入れられてトラブルになったのよ」
「……」
尻魔術研究部……。
「……なんですか、そのクラブ」
クラブ名からしてすでにしょうもなさがにじみ出ていますねえ。
「魔法って、基本的に手とか杖から出すじゃない?」
「まあ、そうですね」
「それはそこからだと魔法を撃ちやすいというだけで、やろうと思えば体のどこからでも魔法は撃てる」
「はい」
リーズウッド先輩の言葉に頷く。
魔法は、感覚が鋭い指先や指向性のある杖から発すると効力が高いのですが、別にそういうのがなくても使うことはできます。威力や精度は落ちてしまいますけどね。
それは才能や努力で賄うこともでき、例えばクローディア先輩の魔眼は目から撃つ魔法です。撃つというより、視線を合わせて相手の精神に感応する魔法らしいですが。
ええと、つまり……
わたしはそこまで考えて、尻魔法研究部がどんな部か見当がつく。
「その通り」
わたしの表情を察して、リーズウッド先輩は首肯する。
「まあその、あの、お尻から魔法を撃つのよ」
ちょっと恥ずかしそうなリーズウッド先輩かわいい。
「な、なるほど……」
「と、ともかくね」
咳払いをして話を進める先輩。
「あなたたち、結構ボーっとしてるところあるじゃない。だから、そういう不正行為には気を付けておいてね。まあ相談してくれればこっちでも解決はできるけど、大変なのよね、正直」
「はい、わかりました」
わたしもユウさんもボーっとしている扱いですが、反論をしてもしょうがないので曖昧に頷いておく。
ボーっとしているのはユウさんだけですよ。
「ボーっとしているのはユイリだけだ」
「あれっ!?」
どうでもよさそうに聞いていたユウさんが、律儀にそこだけツッコミを入れていた。
「ま、気を付けてくれるならいいけど」
リーズウッド先輩は呆れたように息をついて、話はそのまま雑談へ。
「ユイリの方は、結構この寮も慣れたかしら? この間お泊り会をやったって聞いたわよ」
「あ、そうなんです。わたしの部屋でやることになりまして」
先日、両隣の部屋の先輩二人となぜか割り込んできたルドミーラで、四人でお泊り会をやったことを思い出す。最初この寮に入ってきたばかりの頃はほとんど知り合いもいないしどうなることかと戦々恐々していましたが、なんだかんだ仲良くしてくれる人も増え、なんとか人間関係も軌道に乗った感じがします。去年までの友達はほとんどが卒業してしまってちょっと寂しかったですが、クラスも寮もクラブでも、親しい人が増えてきました。
でも、それというのもやはりユウさんの影響が大きいでしょう。
わたしが人に声を掛けられるようになった要因は、結界破りのユウ・フタバのお目付け役をしているから、という立場がとっかかりになっていることが多い。今こうして色々な人と仲良くできているのも、ユウさんのおかげともいえるでしょう。
だからこそ。
わたしは、恩返しというほどでもないにせよ、ユウさんにもお友達ができてほしい、そして、この学園での生活を楽しんでほしいと思っているのです。
内心そんなことを思っているのですが、当の本人はというともう自分に関係ある話題は終わったとでもいう様子でまた新聞を読んでいます。
ユウさん自身、寂しく思ったりしていないのでしょうか。
さして心惹かれた様子でもなく紙面に目を落とすユウさんの表情を眺めながら、わたしはそんなことを思った。
「そこのところは、どうなんですか?」
「はあ?」
リーズウッド先輩が去って、わたしたち二人だけになってからそう切り出す。
「ほら、ひとりで寂しいとかないんですか? あ、いえ、わたしがいますからひとりじゃないですよ? 大丈夫ですよ?」
「そのフォロー心底どうでもいい」
はあ、と息をつくユウさん。
「別に気にしていない。どうでもいい。というか、昔からそうだったからな」
「そうなんですか」
「ああ。まだ俺がかなり小さい頃は普通に育てられた記憶があるが、俺の魔法は特殊だからな。それがわかった頃から、隔離された」
ユウさんの魔法は特殊です。
直接干渉と呼ばれる特異な魔法。ここイヴォケードにおいては、というか都市部においては天才児として扱われますが、逆に田舎ですと極端に優れた魔法使いは差別されることも多いと聞きます。彼のように直接干渉の魔法使いでなくとも、強い魔力を持って生まれた場合でも。
ですので、ここイヴォケードには半ば故郷から追い出されるような形で学生として籍を置き、帰る地もないままこの学園の国民となり教職員や研究者として居続ける人もあります。多くの場合天才児の楽園とでもいうべきこの地ですが、逆に言うと特異な魔法使いの隔離施設とでもいえる性質があります。
ユウさんも、そんな学園生にも似た境遇なのでしょうか。
それはきっと、天才ゆえの苦悩などと言って片づけられるほど簡単な問題ではないでしょう。
「……わかりました」
わたしはぐっとこぶしを握る。
ユウさんは、友達の大切さというものがわかっていないよう。
それは、いるといないとでは全然別です。特にわたしは、ルドミーラを除いた友達がみんな卒業してしまったので、その重要さはよくわかっているつもりです。
「一緒にクラブを探しましょう! いえ、第三魔術研究会もありますけれど、趣味みたいなクラブが見つかるかもしれません! そして、友達いっぱい作りましょうねっ」
だんっ、とテーブルに手をついて正面に座るユウさんに顔を寄せる。
ユウさんは眉をひそめて逃げるように顔をそむける。
「おまえ、全然、俺の言ってることわかってないだろ」
「大丈夫ですよ。わたしも一緒にクラブ入ってあげますから、心配いりませんよ」
「そういうわけじゃないんだが……」
はあ、と息をつくユウさん。
「まあ、時間を取られないようなところなら、別にいい」
「はい。それじゃ、放課後にクラブ探しをしてみましょう」
「わかったわかった。わかったから、顔をどけろ。暑苦しい。あと、うざいから」
「え、私が部活を決めたわけ?」
「うん」
その日、ユウさんと放課後に待ち合わせの約束をしたわたしは、授業中もどこか上の空になってしまいました。考えているのはもちろん、ユウさんが入るならどんな部活がいいのかな、ということ。
休み時間の教室移動の際、新聞部員のレイシアに今の部活に決めた訳を聞いてみると、彼女はちょっとだけ考える素振りをしてから、すぐにうん、と頷きます。
そして、ぽつりぽつりと語り始める。普段のレイシアはわりと能天気な感じですが、今はどこか真剣な口調でした。彼女にとって、これは大事な話なのでしょう。
「私、あんまり魔法自体には興味もないし才能もないんだけど、小さい頃にこの学園の事を誰かから聞いたことがあって、それで面白そうだなって思ってたの」
わたしは黙って頷く。この学園に入れるだけで、その才能は世間一般ではかなり高い水準にあるのですが、学内にあって、レイシアの才能は最底辺に近い。
イヴォケード魔法学園。学園国家。世界から集まった天才が、技と知恵を磨く場所。
近年ではイリヤ=エミール帝国の首都である魔術都市リュミエールなども有名になってきたとはいえ、ここより数段劣ります。建国からおよそ百年、イヴォケードは未だに特異な国であり続けていて、人々の話題にのぼることの多い所でもあります。
「だから、運よくここに入れた時、どうせ二年間しかいられないだろうからたくさん面白い話を集めてやろうって思ったの」
「そうなんだ……」
才なき生徒は二年間で卒業という名の放校をされてしまいます。この学園に残るには、その才能を示し続けなければならないのです。
「その割には、レイシアは三年になれたんだ」
……まあ、自分も人のことは言えませんが。わたしも、ユウさんのお守りがなければ田舎に帰らざるを得なかったでしょう。
「ユイリ。まだ話は先があるのよ。この学園には新聞部はいくつもあるじゃない? 私がいるのは新聞部だけど、他にも第二第三の新聞部とか、関連するクラブはかなりたくさんあるの」
「そういえば、そうかも」
多種多様な新聞部がそれぞれの独自色を出しながら、この学内には溢れかえっています。レイシアの新聞部のところは、比較的保守的というか、あまりにセンセーショナルな暴露系の記事は載せず、一般的な内容ですね。まあこの学園の保守ですので、それでもけっこう自由ですけど。
わたしが日常的に読んでいるのもレイシアの所属する新聞部のものと、あとは錬金術科の生徒向けに週に一度発行されているアトリエ新聞くらいです。
「なんで今の新聞部を選んだかというと、もちろん雰囲気もあるけどやっぱり魅力はその規模ね。有力なクラブには推薦枠があって、進級できるように働きかけができるの」
「えっ、そうなの?」
初耳です。
「私はそれで進級できたのよ。芸は身を助く、ってやつね」
つまり、魔法の才が乏しくこの学園に留まるほどの能力がなくとも、クラブの中で有能だと学園の残留ができるようです。
クラブの力が強いこの学園だからこそという感じもしますが……。
「まあ、狭き門だけどね。面接とか特別試験とかあるし。でも、私以外にもそうやって残った生徒は、結構いるのよ」
「へー」
わたしはこれまで、あまりクラブと関わって暮らしてきていなかったので、知らなかったのでしょう。
「うちのクラスとか、大体そうだしね」
「えっ?」
「いや、だって、落ちこぼればかりじゃない。どうやって進級したんだー、みたいなの多いでしょ」
まあ、うちのクラス……というよりうちの校舎は基本的に落ちこぼれのはきだめ、という感じのところではあります。なにせ、去年までは授業に付いていくのもやっとだったわたしが、今はでは授業の進みが遅くて勝手に教本の先の先まで授業中に予習できてしまっているレベルです。座学は元々得意だったのですが、それにしても推して知るべきです。
たしかにクラスメートを見て、この人たちは一体何なんだろうなどと若干思っていましたが、レイシアの言葉で腑に落ちます。
やっぱりまともな方法で進級した人たちじゃなかったんだなあ、と。いえまあ、わたしもまともな進級じゃないんですけれど。
「ともかく、それが私がクラブを決めた理由ね。雰囲気と、特典といったところかしら」
そう言って笑うレイシアの表情は、なんだか充実している感じがします。
「どう? 私の意見は参考になった?」
「うん。ありがとう、レイシア」
「なら今度お礼にさ、また潜入したいクラブがあるのよ。数々のリズム系魔法使いを輩出した、鳥の島っているクラブがあって……」
「え、や、やです。行かないからね? ……ひとりで行ってね?」
勧誘し始めるレイシアから慌てて距離を取り、わたしはこの話を打ち切ることにしました。
……というか、リズム系魔法使いって何なんでしょうか。
放課後。
通ってもいないのに通い慣れたユウさんの校舎、第八校舎にやってくる。もう校門のあたりは出てくる生徒で賑わっています。
ユウさんの姿を探すけれど、いない。中で何か問題でも起こしていなければいいなあ、などと思いながら待つことにします。少し経っても出てこなければ、様子を見に行くことにしましょう。
そうしてぼおっと待っていると、時折見知った新入生の姿もある。
「あ、ユイリ先輩」
「こんにちは、ビワさん」
ぱたぱた、と駆け寄ってくるのはふわっとしたボブカットの少女。これまで何度かわたしを経由してユウさんにプレゼントを渡したことがあります。今日は特に渡すものなどないようで、挨拶だけして去っていく。
「出迎え、大変っすね」
「そうでもないですよ」
田舎では見たことのなかった、長髪の男子生徒。お互いに名乗っていないのですが、なんとなくお互いの顔を覚えて、言葉を交わすようになった人もちょくちょくいます。
次に見えてくるのは、数人の男子生徒の集団。ユウさんのクラスメートの方たちです。
「あ、先輩、また待ち合わせ?」
「はい。ユウさんは、何か問題起こしてませんでしたか?」
「今日は大丈夫だったと思いますよ。ていうか先輩、あいつ待ってる間ヒマならそこでお茶でもしません?」
「すみません、そういうわけにもいかないので」
「そうすか、残念っす」
「おまえ、またフラれてるじゃん!」
「うるせえ。先輩、それじゃまた!」
「はい、また」
ユウさんもああやってわいわいと下校できるようなお友達ができればいいんですけれど。
そんなことを思いながらやってくる生徒を眺めていると、またもや、見知った顔がありました。
いつものようにひとりぼっちでうつむきがちに歩いてくるのは、チサ・ツヴァイク。殲滅魔術師と呼ばれている新入生の少女でした。
彼女はわたしの姿を認めると、とっさに悪いことをしたのがばれたような表情になり、逃げだしそうな素振りを見せましたが、やがて思いついたように動きを止めて、こちらにやってくる。
「こ、こんにちは」
「はい、こんにちは。お久しぶりです」
向こうから話しかけてきてくれたのは、初めてのことでした。なんとなく嬉しくなるわたし。
「その髪留め、この間のものですよね。似合ってますよ」
こうして話しかけてきてくれるきっかけになったのは、先日一緒に髪留めを探したことがあったからでしょう。花の飾りの付いた髪留めは、彼女のもつ可愛らしい雰囲気によく合っていました。
わたしの言葉にチサさんは恥ずかしそうにうつむきます。
そして、何か言いたげな顔をしてわたしを見て……
「……失礼します」
「えっ? あ……はい」
特に会話は続かずに、とぼとぼと歩いて行ってしまう。その後姿を見て、なんだか彼女が寂しがっているような気がしました。
「あのっ」
「……え? あ、あの、私……ですか?」
つい、声をかけてしまう。チサさんの方は、何かしでかしてしまったんじゃないのか、という様子でびくびくしている。
ですが、わたしも自分で呼んでおいて、困ってしまう。別に、用があるわけではありませんでした。
ただ、チサさんが寂しそうに見えただけです。
「あ、あの、わたし、今ちょっと人を待っているんですけれど、なかなか来なくてですね。もしよければ、来るまでちょっとお話しませんか?」
「え……」
チサさんは、わたしの言葉に驚いた様子。
「私と、ですか?」
「はい、もしよろしければ」
「そ、それじゃ……私でよければ」
少しだけ、照れたような顔になってこちらに戻ってくる。
その表情は、殲滅魔術師などという大仰な呼び名には似つかわしくないものでした。
かつて新聞で見た記事では、膨大な魔力を溜め込む性質を持ち、それ故に魔力が暴走し、止めようとした家族を跡形もなく消し飛ばしたと書かれていたことを思い出す。暗い過去があって内気な性格なのに大々的に名前が喧伝されてしまい、この学園に馴染んだ感じが全くしないチサさん。
その感じは程度は違うとはいえ昔のわたしみたいですし、今のユウさんの状況にもどことなく通じるものがあります。だから、なんとなく、彼女のことが気になってしまうのでしょうか。
お話をして、少しでもこの学園のいいところを伝えられればいいな、と思います。
「この間は、自己紹介がまだでしたよね。わたしは……」
「なにをしている?」
「……」
「……」
今まさに、チサさんと会話を始めようとしたところでユウさん登場。
見ると、怪訝な表情でわたしたちを見比べています。その眼光は慣れていない人には鋭く見えるので、哀れ、チサさんはすくみ上っています。
「……なんで今来るんですか?」
「は? なんだそれ」
「いいです、こっちのことです」
「なんでもいいが、さっさと行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」
わたしの隣にいるチサさんを無視して歩き出そうとするユウさんを引き留める。
はあ? という表情で振り返るユウさん。ああもう、なんてダメな人なんでしょうか。
チサさんの方を見ると、完全に気を呑まれたような様子で棒立ちになっています。そして、なんだか、ぷるぷるしてます。
「ええと……」
両者を見やって、戸惑ってしまう。
今日はこれからユウさんと一緒に部活選びに行く予定ですので、ユウさんに付いていかないといけないのですが……チサさんをこのまま放置、というわけにもいきません。その身の上を心配していますし、お話をしてみたい気持ちもあります。
「あの、このあと予定などなければ、よければ一緒に来ませんか。面白そうなクラブがないか、見て回ることになっているんです」
「……私と、ですか?」
「はい。ご迷惑でなければ」
「いや、なんでそいつも付いてくるんだ? 関係ないだろ」
……お誘いするわたしを、不思議そうな目で見てくるユウさん。場の雰囲気に合わせてくれなんて、この人に要求するのは無理ですね。
わたしが無言でユウさんのお腹のあたりを肘で小突くと、黙りました。もうなんでもいいから好きにしてくれ、という顔になる。好きにしますよ。
そして、誘われた方のチサさんといえば、どぎまぎして挙動不審になっています。どうしようか悩んでいるというよりは、慌てているという感じ。あんまり人との付き合いをするのが好きではないタイプの子なんでしょうか。
その割にはなんとなく、いつ見ても寂しそうな感じがしていたのですが。
「で、でも、私と一緒だと、ご迷惑じゃないですか?」
「そんなことないですよ。ユウさんの方がもう問題児なので、大丈夫ですよ」
「おい。なんだそれ」
「文句は、決闘癖を直したら聞きます」
「こっちからは仕掛けてない」
言い合いをしているわたしたちを困った顔で眺めているチサさんに気付いて、彼女の方に向き直る。
「どうですか? もう、クラブとか決めてしまってますか?」
「いえ、全然、そんなことはないです」
ふるふると頭を振ると、肩までの長さの柔らかそうな髪も揺れる。想像上の生き物で妖精というのがありますが、まさにそんな感じの儚くて可憐な印象の女の子です。
「誘ってくれて、嬉しいです。あの、それでは、ご一緒します」
「はい、わたしも嬉しいです。ユウさんも嬉しいです」
「えっ?」
「どうしましたか?」
ユウさんは基本的に感情表現をしないので、たまにわたしが代弁してあげることがあるのですが、いささか唐突だったのかもしれません。
「いえ……。私、チサといいます」
ぺこりと頭を下げる。
フルネームを名乗らないのが、少し気になりました。自分が異様な二つ名で生い立ち付きで学園中に晒されていることは知っていて、心理的にブレーキがあるのでしょう。とはいえ、つついてもいいことはないので気付かない振りをする。
「わたしはユイリです。こちらはユウさん」
「ユイリ、先輩。よろしくお願いします。あと、ユウくんのことは、知ってます」
「まあ、そうですよね」
良くも悪くも、ユウさんはこの学園では有名人です。校舎内でも幾度となく騒ぎを起こしているので、知名度はかなりのものでしょう。
「はい。クラスメートですので」
「えっ」
……校舎が同じだけじゃなくて、クラスも同じでした。
わたしはユウさんの方を向く。
「そうなんですか?」
「そうなんだったら、そうなんだろう」
「なんで知らないんですか」
「喋ったことないから、認識してなかった」
まあ、ユウさんだったらそうでしょうねえ。まだ新学期が始まってふた月くらいですし。……いえ、二か月もあればさすがにクラスメートくらいちゃんと覚えてないといけないだろう、という気もしますけど。
「せ、席も遠いですから」
懸命にフォローしてくれるチサさん。
そんな彼女を眺めるユウさんが、少し考える素振りをした後に「思い出した」と呟く。
「いつも、慌てた感じで教室を出て行く女子か」
その言葉に、息を呑み、びくりと肩を震わせるチサさん。
え、ユウさん、また何かいらないことでも言ったのでしょうか。でも、今の言葉だけだと何とも判断できません。
「なんだよ?」
「い、いえ、なんでも……」
「さあ、ボーっとしてても始まらないですし、行きましょう。少し行ったところに第四クラブ会館っていう部室棟がありますから、そこに行ってみましょう」
なんだか不穏な空気になりそうだったので、わたしはふたりを促して歩き出します。
チサさんはあからさまにほっとしたような表情になって、ぱたぱたぱた、と並ぶように歩き始める。
「チサさんはクラブには入ったんですか?」
「いえ、入ってないです。あんまり、いろいろ、余裕がなくって」
「新生活って、なかなか慣れないですからね。わたしも三年生になってこの春に初めて、ちゃんとしたクラブに入りましたから」
「第三魔術研究会、ですよね」
「え、知ってたんですか?」
「ゆ、ユウくんがそこに入ったって噂を聞いていたので、そうかなって」
なるほど。あくまでユウさんのおまけ的な感じで知られているようです。まあ実情もそうなんですけどね。
チサさんは沈黙になるのを恐れるように、慌てた感じで質問をしてくる。
「あの、ユイリ先輩。いくつもクラブに入るのって、いいんですか?」
「あ、それは大丈夫ですよ」
この学園はクラブ活動が盛んですので、掛け持ちをしている生徒も多くいます。大体ふたつかみっつくらい入っているというのが多いです。
よくあるパターンは学術系と趣味系を掛け持ちしてどちらかをメインにしてもうひとつはサブ。さらにそこに母国の学士会や専攻している分野の会員になるという感じでしょうか。
まあ、学士会や協会などは通常クラブに所属している、とは見なされないことが多いですけれど。
わたしも一応錬金術協会に名前だけは登録はしていますし。とはいえ、これは広義にはクラブですが、実際は錬金術科の生徒はほぼ強制で入らされるものです。
ともかく、クラブの拘束度にもよりますが複数のクラブに入るのはわりと普通です。
たとえばルドミーラは魔法都市構造学の研究室をメインに所属して(これはクラブではないですが)、カードゲームのクラブにも入り、祖国の貴族で構成される互助会にも名を連ねています。あとは鍵開けのスキルに伴って、たまに呼ばれて出て行くこともあるそうです。
第三魔術研究会の方も、それぞれ掛け持ちのクラブを持っている方も多いです。まだお会いしたことのない最後の部員、エステル先輩という方はなんと生徒会との掛け持ちですし。
わたしは簡単にそんな話をすると、チサさんはふんふんとそれを聞く。なんだか、一生懸命に聞いてくれている感じがして、かわいいです。
「チサさんは、なにか入りたいクラブとかはあるんですか?」
「え、えっと、どうでしょうか。あんまり、特技とかないので……」
ぼそぼそと恥ずかしそうに言う。嫌そうな感じまではしないので、人見知りなのでしょう。
でも、わたしも彼女の気持ちはわかります。
なにせこの学園は天才児の集う場所。お遊びのクラブにしても、基本的にレベルが高いのです。学術系のクラブのレベルが高いのは当然としても、趣味系のところも初心者がおいそれとは入れる感じではありません。
いえ、もちろん、本分の勉強ができている人ならばそこまで物怖じもしないのでしょうが、わたしの場合は大して才能もありません。劣等生であり、何かと肩身の狭い立場にいると、やはり躊躇してしまいます。成績が不振であれば二年で卒業させられてしまいますし、そんな不安定な身の上ですとクラブに入るのも躊躇します。
まあわたしの場合、時間があれば大体中和剤を作ってギルドに卸して実家への仕送りの足しにしていたので、余暇時間がなかったというのもあります。
チサさんの才能は度が外れています。クラブに入ろうとして拒まれる可能性はあまりないでしょう。彼女の場合、踏み出す気さえあればどうにでもなりそうです。
「ユウさんは、どうですか。なにか興味のあるクラブ、考えましたか?」
「考えてない」
「……ユウさんって、普段、何考えて生きてるんですか?」
「おまえ無茶苦茶失礼な奴だな」
「すみません。でも、なんとなく気になっちゃって」
ユウさんは肩をすくめる。
「鍛錬をしている時は鍛錬のことを考えているし、授業の時は授業のことを考えている」
「何もしてない時は?」
「特に何も考えてない」
「ゆ、ユウさん、それ、生きながら死んでますよっ!」
思わずそうツッコむと、ユウさんは怒りもせずに何故か乾いた笑みを浮かべました。
「そうかもしれないな」
「ええー……」
本格的にダメそうですねえ、この人。
「チサさんはこんな人になっちゃだめですよ」
「え……はぁ」
「人をダメ人間みたいに言うな」
これはもう、人生を鮮やかに彩るような楽しげな趣味クラブを見つけるしかありません。
わたしは前を向く。
あたりは楽しげに歩く生徒たちが数多くいます。今もそれぞれ集団になって、わいわいと楽しげに話をしながら放課後の時間を楽しんでいます。
そんな姿を見て、その後、どことなく覇気のないユウさんとチサさんを見る。
この二人も、この学園での生活を楽しんで、もっと笑ってくれればいいのに。
「……さあ、ほら、部室棟はもうすぐですよ。きっといいクラブがありますから、楽しみにしてくださいねっ」
わたしは空元気めいた声をあげて、二人を先導して歩いていく。
第四クラブ会館。そこで、いいクラブが見つかればいいんですが。