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魔法学園へようこそ!  作者: cymbal
第3章 殲滅魔術師
20/42

蚤の市

「見てください、これ。星くらげの干物なんて、そうそうお目にかかれないですよ。あっ、花火鉢につばめ草もありますね。レイシもありますねっ。高いですけど、それでも相場よりはちょっと安いくらいですね」


 休日、大通りにほど近い公園で蚤の市があるということで、わたしは第三魔術研究会の部員のミスラ先輩とフォロンと三人で遊びに来ています。


 さすが魔法学園の市。様々な魔法製品が溢れています。

 特に今の時期は引っ越しシーズンの余波もありますので、放出品めいたものも多い。個人やクラブでの売場もありますが、箱単位で商品を委託して雑多に並べているだけ、という出品も多くあります。

 そして、そういう中に結構掘り出し物なんかもあったりするそうです。もちろん、法外な値段だったり偽物の出品もありますが。

 服や化粧品などを見るのも別に嫌いではないですが、やはりこういう場所の方が高揚します。根っからの錬金術師の気質ということなのでしょう。


「ユイリちゃん、楽しそうでよかった」

「うん。いつもと目が違う」


 連れのおふたりは、そこまで沸き立っている感じがしません。今見ている一角はわりと素材系が多いのであんまり興味を持たなくても仕方がないですが。


「すみません、性分で」

「うんうん、私もわかるよ。私も自分の専攻のもの見てるとついつい顔が本気になっちゃうんだよね」


 ミスラ先輩は農学科です。


「農薬とか、肥料とかですか?」

「ううん、変わり種とかかな。けっこう、見てるだけで面白いんだよ」

「……?」


 よくわからないですが、そういうものがあるのでしょう。


 「飛び地の方で時々研究会があって、そういうところじゃないと見れないけどね」


 農学科はイヴォケードの都市の北西部の山すそに特別校舎を構えています。

 都市国家たる魔法学園の中枢から離れているので飛び地と呼ばれることもありますが、この特別校舎は学内きってのエリート学科の航空科と共同で使っているものであり、そこの生徒と知り合いになれるということで人気があったりもします。特別校舎には寮は付随しておらず、通学が大変らしいですが。

 ちなみにその周辺には実習用の畑が広がっていて、そこの土地は世界で一番肥沃な場所と言われているそうです。土も水もよく、魔力も芳醇な大地。そこでとれる農作物は基本的に高級品です。


「だから、私もあんまり蚤の市って来ないんだよねっ。今回のは、けっこう大規模かな?」

「うん。こういうところの出品、たまに呪われてるのもあるから注意してね」


 にこにこ笑うミスラ先輩に釘を刺すように、ぽつりとつぶやくフォロン。

 偽物はあるでしょうが、呪い?


「そんなものまであるの?」


 フォロンが神妙に頷く。


「そういう噂。私、解呪とかできないから」

「たしかに、いちいち検品なんてしてないでしょうからね」


 あくまで場所を貸しているだけで、並べている商品は自由です。もちろん主催者の巡回などはあるのでしょうが、どうやっても不十分でしょう。

 禁制品なども紛れ込んでいる可能性だってあります。


 わたしは雑貨を並べている手近な出店を冷やかす。こうして見ていると、そんないかがわしいものが紛れ込んでいる可能性があるとも思えません。


「ほらその仮面、いかにも怪しい」

「ひっ」


 わたしは思わず手に持っていた木彫りのお面を慌てて戻す。


「大丈夫だよユイリちゃん。呪われていないから」

「怪しいって言っただけ」

「……」


 なんだかいいように脅かされている気がします。


「おい、壊さないでくれよな」


 手前、燃える石炭で豆を煎りながらやる気なさそうに店番をしていた男子生徒が投げやりに注意してくる。そうですね、商品ですもんね。


「うちはクラブで出品してるから、呪いとかは大丈夫だけどな。委託販売だとたまにあるみたいだぞ。ま、その分安かったりするけど。闇市ってやつだ」

「白昼堂々?」

「闇市の闇って、夜の闇じゃねえよ」


 ミスラ先輩の言葉に、男子生徒がかすれたように笑う。


 見てみると、店先には『ユナ共和国学士会』という表札がかかっています。こういう風に団体で店を出している店は、その分商品の品質を担保してくれるのでしょう。価格は激安というほどではなく、普通のお店で買うよりは割安かな、というくらいです。


 男子生徒は煎った豆をポリポリとかじりながら説明をしてくれる。どうやら、結構暇なようです。


「まあ、物にかける呪いなんてそこまで大したことはないけどな。運営委員のテントに行けばヒーラーいるし」


 呪いはかける労力のわりに効きが悪いので、魔法研究においては傍流のものです。わたしくらいの魔法使いでも、よっぽど大掛かりな呪いでもない限りある程度抵抗できるでしょう。解呪は専門技能ですので無理ですが。

 魔法使い以外の人には割と脅威なので、念のため解呪役を置いているようですが。


 ……というか、それ以前に物騒なものが並ばないような努力もしてほしいですが。でもそれも難しいでしょうね。


「でもたまによくできた呪いがあったりもするんだよなあ。去年は美肌の魔法薬に全裸になる呪いがかけられてあって、大騒ぎになったことがあったぞ」

「え、そんなことが?」


 美肌の魔法薬という名称が既に怪しさが満点ですけれど。

 普通、魔法使いはそんな怪しいものに手は出さないので、一般の女性を狙った悪質な手口ですね。


「ああ。でも効果が強い割に呪い自体に瑕疵があったみたいで、自分が全裸になるんじゃなくて手近な奴を全裸にしようとさせる呪いになってたみたいでな。魔法薬を飲んだ傍から、いきなり服を脱がせにかかってくるから大変だったぜ」


 なんだか、実感のこもった言葉です。


「もしかして、被害者なんですか?」

「ああ。もちろん、俺が脱がせにかかったわけじゃないぞ。俺は脱がされる側だ」

「その注釈すごくどうもいい」


 フォロンが投げやりな調子で言い捨てる。


「大丈夫だったの? 無理矢理相手を引きはがすわけにもいかないし、大変だったんじゃない?」

「まあそうだが、女の子に無理矢理服を脱がされる機会なんてそうそうないだろう? だからあえて気持ちよく脱がされてあげようと思ってな。無抵抗だ」

「うーん、この人駄目な人だった! 行こっか、ユイリちゃん、フォロン」


 明るい調子で切り捨てて踵を返すミスラ先輩。人のいいミスラ先輩でも誰かを見捨てることってあるんですねえ。


「まあ待てよ。せっかくこの店を見てもらっているんだ、何か買っていくかい? この舐めると口から火が吐ける、炎上喉飴なんか面白くないか?」

「いらないです」

「うん、間に合ってるかな」

「それ、舐めると何日か舌がはれるから嫌い」

「……」

「さようなら」

「……」


 わたしたちはその露店を後にします。

 こういう場でのお買い物は店主との雑談も醍醐味ですが、変な人が店主という可能性もありますので、ある意味なかなかスリリングかもしれません。


 割と混んでいる中、お店を冷かしながら歩いていると、ミスラ先輩とフォロンと距離が離れてしまっています。珍しいものがいっぱいあるので、ついつい目移りして歩みがゆっくりになってしまいます。

 ずっと一緒に行動しているというほどのものでもなく、お互いを視認できる程度に近づき、離れつつ思い思いに見て回る。


 路傍の杖売りを見ていると、やっぱり杖ってカッコいいなあ、などと思ってしまいます。魔法使いといえばやっぱり杖を持っているとカッコいいですね。

 わたしも一応持っていますが、あくまで自作のものです。木を削り出して魔法薬で洗い、軽く補強したもの。ぱっと見正直、きれいな枝ですね。

 でも、一般的な魔法使いは大体がオーダーメイドものを持ちます。杖は魔法を使う際の安定性と指向性を向上させます。より高級なものになると杖先に魔法石などの触媒をはめ込んで魔法の補助とするものもあります。その分、高いですけど。ものすごく。

 わたしは攻撃魔法みたいなものは使えないですし、回復魔法はほんのちょこっと。魔法陣魔法もセンスがないので基本的に杖は必要なく、普段は鞄の奥に入れてある感じです。とはいえ、入れてあるだけ。たまに妄想しながら部屋で振り回す他は、使ったことないです。

 杖。自分に関係はないものだけど、やっぱり持ってると見栄えはいいなあ、などと思いつつ店を離れる。


 ミスラ先輩とフォロンを探すと、ふたりは前方で誰かに声をかけられているようでした。三人組の女子生徒です。なにやら、勧誘をしている様子ですが……。


「あの」


 わたしが声をかけると、ふたりから困惑したような表情が返される。


「ユイリ、助けて」

「えっ」

「あはは、ちょっと勧誘されちゃって」

「勧誘?」


 蚤の市。この場は、あんまり勧誘するに適した場だとは言い難いのですが。

 わたしは三人組の女子に視線を移す。彼女らはぶしつけな視線でじろじろとこちらの顔を見て……いえ、顔ではありません。


「え、えっ」


 じろじろと、胸のあたりも見てきてる!? 同性とはいえ、わたしは上半身をひねって見えないようにガードします。

 そんな様子を見ながら、女子生徒のひとりがポツリとつぶやく。


「申し訳ありませんが、あなたには我が部の入部資格はありません」

「え、ええっ!」


 何も言っていないのにダメ出しされましたよ! いえわたしは、たしかに基本はダメな子かもしれないですが!


「ないですね」

「はい、同感です。絶対ダメ」

「えええ!」


 残りのふたりも、忌々しげにわたしを見て吐き捨てる。

 初めて会った人に十秒で否定されるなんて、何かしたんでしょうか……。

 落ち込むというより、苦笑するしかない。というか、一体何をもって入部資格を決めているのでしょうか。

 彼女らの眼鏡にかなう可愛い女の子じゃないと駄目なんでしょうか。それならふたりが誘われる理由はわかります。


「それに比べて、おふたりは素晴らしい」

「はい。ぜひ入部してください」

「私たちは仲間ですよ。共に過ごしましょう」


 先ほどわたしに向けた冷たい言葉などなかったように、甘い口調になって勧誘を再開する。甘言って、まさにこういう口調のことを言うのだろうなあ、などとわたしはしみじみしながらやや距離を置いてそのやり取りを眺めることにします。

 好き嫌いのきっぱりしたフォロン。人当たりよく柔軟に会話できるミスラ先輩。可愛いし有能だしできっと幾度も勧誘の言葉を受けてきたであろうふたりですが、今回は相手の圧に押されているような印象です。


「今のところ私はいいかなあ。クラブみっつも入っていて、けっこう忙しいの。ごめんね」

「迷惑」

「そんなことを言わず、一度部室へいらっしゃってください。歓迎しますよ」

「はい、おふたりでしたら、素晴らしい。いいっ」

「はい。たぎってたまらんですわ」


 なんでしょう、怪しさがかなりひしひしと感じます。


「あの……何のクラブなんですか?」


 勇気を出して、会話に入る。

 するとまたもわたしの胸部に視線が集中し、失笑される。

 三人組の真ん中の女子生徒が自信満々に胸に手を当て背をそらし、堂々と言い放つ。


「我々は品乳研究会です」

「貧乳は希少価値だ!」

「ステータスだ!」


 やいのやいのと残りのふたりも囃し立てる。


「はぁ……」


 そんなことを言われて、わたしの視線は反射的にお三方の胸部に向けられます。


「……」


 なるほど。お話は、わかりました。


「わかったでしょう。あなたには関係ありません。おい胸を見るな殺すぞ」

「こ、怖いですよっ!」

「ああ、すみません。つい我を忘れてしまいました。いつもこうなんです」

「……」


 直してほしい。反射的に殺意を振りまくの、直してほしいですよ。

 切実にそう思います。

 というか早くこの場を脱出したい。


「ユイリ、行こう。私、このクラブ興味ないから」

「名前、有名だよね。私たちは入れないけど、がんばってね」


 どうやらわたしたちの意思は一つのようです。

 フォロンもミスラ先輩もすすすと身を引き逃げの態勢。


「くっ、私たちよりもそっちのおっぱいがいいんですかっ」


 悔しがる部員のひとり。というか、この往来で大声でおっぱいとか言わないでほしい。わたしは慌てて周囲をうかがう。ああ、当然ながら、ちょっと注目されています。


「そっちのおっぱいっていうけど、ユイリも、言うほどはないよ。ほら。普通くらい」

「や、やめてよ。指ささないで……」


 恥ずかしいので、フォロンの手を押さえる。そんな様子を相手方は悔しげに眺めている。


「それはそうだけど、こっちは全然ないんだよっ!」

「そうよっ」

「よこせ!」


 フォロンの言葉は、どうやら相手を逆上させてしまったようです。

 腰から杖を抜く三人組。


「我ら品研が磨いた乳取り魔法の秘儀、思い知らせてあげましょう」

「そ、そんな魔法はないでしょう……」


 目が据わっているので、わたしの反論も弱弱しいものにならざるをえません。


「リンパマッサージと共に鍛えた魔法の実力、あなたは、さて、打ち破れるでしょうか?」

「そこには一体どんな脈絡が!?」

「行きますよ、アンナ、ユキノ!」


 襲い掛かる品乳研究会!

 え、ええっ!


「させないよっ」


 そこにミスラ先輩が割って入り、杖を振る!

 杖先から光が弾け、空気が揺れる。衝撃波をもって相手を弾き飛ばしました。

 火花が散って、品乳研究会の方々は空中をくるくると舞って少し離れた所に着地する。

 どうやら、向こうもうまく対処したようでダメージはなさそうです。ミスラ先輩は学園生の中でも上位に位置する戦闘能力がありますので、それに危なげなく対処する相手方も、けっこう武闘派です。


 戦いの様子を見て、見守っていた周囲の生徒たちがおおーっと楽しげな声をあげました。いえ、見世物でもないんですけど。


 しかしこの状況は、どう切り抜けたものでしょうか。わたしは戦う力がありませんし、フォロンもあまり戦闘は得意ではないはずです。

 人数は同じですが、戦えるのはミスラ先輩だけ。

 さすがに一対三の頭数を覆すには、相当な実力差が必要になるのでしょうが、さて、どうでしょうか。ちょっと難しそうな気がするんですけど。

 それはミスラ先輩もわかっているようです。相手の虚をつくよう、すぐさま捕縛魔法で追い打ちをかける。

 狙われた女生徒は結界を張って対応。一人では力不足のようで、もう一人がフォローに入ります。


 個の力ではミスラ先輩に軍配があるようです。


 残り一人がすかさず反撃、杖先から赤い光を飛ばします。

 ミスラ先輩はそれを杖先でいなし、魔法を地面に叩きつける。

 手並みは鮮やかですが、その間に防御していた二人も戦いに戻り、一斉に魔法を放とうと息を合わせる。

 ミスラ先輩も結界を張ろうと杖に魔力を込め、両者ぶつかり合う、その時。


 ぴいいいいぃぃーーーっ!!


 警笛の音がしました。

 はっとして音の方を見ると、観戦する集団をかき分けて青いマントと制帽をかぶった一団がどやどやとやってくるのが見えます。


「実行委員会だ!」

「あんたたち、何をやってるっ!」

「おい、またおまえらか!」


 わたしたちと品乳研究会の間に何人もの学園生が割り込んでくる。トラブル対応のためか、全員きちんと武装しています。

 どうやら、騒ぎを聞きつけて仲裁にやってきたようです。問答無用に放たれる捕縛魔法であっという間に品乳研究会とミスラ先輩まで拘束されてしまう。


 ああ、ミスラ先輩そんな目に合わせてすみません。

 でも、大変な状況だったので、胸をなでおろします。ともかく、怪我もなくこの状況を切り抜けることができてよかった。


「あーあ、いいところだったのにね」

「楽しんでたの!?」


 横で残念そうにしているフォロンにツッコミを入れていると、制圧を終えた実行委員の方がわたしたちの方にもやってくる。


「災難だったわね。あのクラブの連中、このあたりを縄張りにしているはた迷惑な……って、あなた、ユイリ・アマリアス!」

「え?」


 名前を呼ばれて、相手の顔をまじまじと見てみる。

 見覚えがあるな、と思い、やがてすぐに相手が誰だか思い出します。


「コーデリアさん……」


 コーデリア・ブラックバード。錬金術科の三年生。

 彼女はわたしの、一年生の頃のクラスメートでした。出会って初めの頃は親しくしていて、でもやがて、わたしの実力がこの学園で劣っているということを知ると、軽蔑したように離れていった人。

わたしたちは視線を交わらせ、どちらともなく気まずく目を逸らします。一年以上も言葉を交わしていない人。それも親しくもない間柄です。


 でも、相手はわたしが知り合いだということをひとまず脇に置くことに決めたようです。事務的な口調に切り替え、先ほどの三人組が半ば絡むようにして勧誘をするということで警戒していたということを説明し、詳しく話を聞かせてほしいということで実行委員のテントの方へと案内される。


 品乳研究会の人たちは別場所へ連行され、ミスラ先輩は上半身を捕縛魔法でぐるぐる巻きにされながらも気にしない様子で少し前を歩いています。


「ユイリ、知り合い?」

「はい。元クラスメートです」


 こそっと尋ねるフォロンに簡単に答えておく。知り合いとはいえ、そう仲良しというわけでもないのはこの子もわかったのでしょう。ふうんと小さくつぶやいて、前を行くコーデリアさんの後ろ姿を見やる。

 この学園で暮らしていると、多くの知り合いを持つことになります。広い繋がりは、時に薄い繋がりでもあります。











 捕縛を解除してもらったミスラ先輩と合流し、実行委員会のテントの中、幕で仕切られた一室で簡単に取り調べを受けます。

 とはいえ、大したものではありません。向こうから声を掛けられた状況を説明して終わりです。


 コーデリアさんがわたしたち三人の対応担当のようで、他の実行委員会の方はせわしない様子でまた出払ってしまう。

 彼女が一年生の頃から、いろいろな活動に手を出したり手広く活動していたことが思い出されます。自治委員の活動の一環なのか、こういうイベントを運営するクラブなのか、奉仕活動という線もあり得ます。


「ご協力、ありがとうございました」


 わたしたちの説明をさらさらとメモにしたため、無感動にそう言う。こういうやり取りは手馴れているような様子です。


「それでは、もう帰っていただいて結構です。あのクラブには何らかの措置を取ることになるかと思います」

「多分、あの人たちも悪気はないから。あんまりひどいことはしないであげてね」


 ミスラ先輩が冗談めかして言う。


「私の方からは、なんとも」


 でも、コーデリアさんはすげない様子。

 苦笑しつつも出ていこうとすると、少し離れた場所から激高したような声が聞こえてくる。


「だからっ! 志を同じくする人を集めてっ! なんで駄目なの!」

「そうよそうよ! もぎ取るわよあんたのおっぱい!」

「お前たち何度言ったら反省するんですかっ!!」


 ……頭の痛くなるようなやり取りが聞こえてきました。


 コーデリアさんの頬がヒクついた。


「厳罰に処します。あのダメクラブ……!」


 彼女の様子に、わたしは昔のことを思い出す。そう、前からこんな、真面目で断罪的な感じのする子だったなあと思う。


 わたしがまた一年生だったころのこと。


 この学園に入学してしばらくして、夏季休暇前の期末試験がありました。わたしが製作し、提出した魔法薬はこの学園のレベルではかなり低いものでした。

 とはいえ、それはわたしの技能の中ではできる限りの工夫を凝らしたものでした。でも、彼女の目にはそれは手を抜いているように映ったようでした。糾弾するような調子でなぜそんなものを提出したのか、と問い詰められたことがあります。

 この学園生によくあることの一つ。それは、才能のある生徒にとってできて当然のことは、できない人の気持ちはわからない。手を抜いているだけだと思われてしまうのです。

 特待生と仲良くして、あわよくばその技能を学び取ろうと行動を共にし始めて、やがてその実力を見抜いて白い目で見るようになって、そんな矢先の期末試験。その時のやり取りが致命的なものとなって、わたしたちはほとんど会話もしない間柄になってしまった。


 でも、それはきっと、この学園ではよくあることでしょう。

 期待と失望。わたしはそのふり幅の大きい身の上に立っているから強く感じるだけかもしれません。そのギャップに、なんとか折り合いをつけてやっていくしかありません。

 コーデリアさんは今も、わたしに対して冷めた眼差しを向け続けているのでしょう。


 わたしたちは放免され、テントの出口に案内される。


「そういえばさ」


 ミスラ先輩が雑談めいた調子でコーデリアさんに声を掛ける。


「さっきのクラブ、あたりがきついのはなにか思い入れてでもあるの? 私は別に怒ってないから、お手柔らかにしておいてほしい気持ちもあるんだけど」

「別に、そんなものはありません。あのクラブと、私に関係が? ありませんね。あるわけないでしょう、あんな失礼なクラブ。よりにもよって説教の場でこの私を勧誘するなんて……!」


 話しているうちにどんどんボルテージが上がって地団駄を踏み始めるコーデリアさん。


「……」


 雑談をしようと思ったら地雷を踏み抜いてしまい、ミスラ先輩が笑顔で固まっている……。


 そしてわたしは思わずコーデリアさんの胸に視線を向けてしまう。なるほど。


「ユイリ、何見ているの。殴るわよ」

「す、すみません」


 殴り殺してきそうな視線を向けられる。

 コーデリアさんは胸を両腕で隠しながら、くっ、と悔しげにうめいた。


「……ふたりは知り合い?」


 きょとんとした表情でミスラ先輩が聞く。

 その言葉に、わたしとコーデリアさんの表情はさっとこわばる。


 ミスラ先輩、実はその話題も地雷なんですよ。たしかに地雷とは思えない話題だと思いますけれど、実は触れてはほしくないんですよ。


「ユイリとは……知り合いです」

「はい、そうなんです」


 言い繕うわたしたち。そしてそのまま、顔を見合わせる。

 先ほどいさかいの場に彼女が乗り込んできた時に目を合わせて、それから今までずっとお互い逸らしていた眼差しが今またつながる。

 が、すぐさまコーデリアさんは顔をそむけてしまう。


 これで話は終わりかと思いましたが、彼女は再び、わたしの方へと視線を戻す。

 その表情は、さっきまでの事務対応のものとは違い、少しだけ素の表情を感じさせるものでした。


「……三年に、進級できたのね」

「はい。なんとか、残ることができました」


 この学園は、最短二年で卒業という名の放校処分をされてしまう。

 だから三年生になれたということは、それが一定の実力の証明ではあります。わたしの場合は、対価としてユウさんのお目付け役をしていますので、単純に実力があるからというわけでもないんですけれど。

 でも、これで少しは、コーデリアさんを見返すことはできたでしょうか。


「よかったわね」

「まだまだ、頑張りたいと思っています」

「……」


 お互いの言葉はぎこちない。

 それは仕方がないことでしょう。わだかまりは消えません。互いの信条も違います。

 でも、こうやって互いを認識して、ちゃんと言葉を交わして、それで少しだけコーデリアさんの態度が柔らかくなったような気がします。


「ええ、頑張りなさい」

「はい。コーデリアさんは、もうちょっと気を抜いたほうがいいかもしれませんよ」


 嫌味にならないよう、わたしは笑顔を作ってそう言う。彼女は肩ひじ張りすぎて、それが逆に脆さを感じさせるような印象があります。

 コーデリアさんはわたしの顔をまじまじと見て、それから少しだけ口の端を緩めた。


「あなたがもうちょっと、優秀になったなら聞きましょう」


 ふん、と息をつきながら言ったその言葉は、ほんの少し歩み寄ってくれたような柔らかさを感じました。


「忙しいので、これで。最近、盗聴機能の付いている品物が見つかることが多いので、買い物する時は注意してください」


 照れ隠しなのか、付け加えたように注意され、追い出されるようにテントを出る。


「……お友達?」


 わたしたちのやり取りを不思議そうに眺めていたミスラ先輩が尋ねる。


「……どうでしょうか」


 元お友達。今は知り合い。でも、将来はまた……仲良くなれるのかもしれない。

 なんとなく、少しだけ、そんな気がしました。











 買い物を終えて、わたしたちはそのまま部室にやってきました。

 中に入ると、クローディア先輩が一人でなにやら書き物をしています。


「ああ、どうも」


 入ってきたわたしたち三人を見ると、軽く伸びをして紙から目を逸らす。人も来たから少し休憩、という様子。


「こんにちは、クローディア先輩。お茶でもいれましょうか」

「ありがとうございます。でも、どこかお買い物でも行ってきたんでしょう。後でいいです」


 私がいれます、とは言わないのがクローディア先輩ですね。前に雑談の中で料理関係はド下手だと言っていたことがありますので、そういうのはやりたくないのでしょう。


「見て見てクロ先輩。これ、部室に飾ろうと思って」


 ミスラ先輩が二つ並んだ魔法陣のタペストリーを広げてみせます。

 わたしはちょっと買い物疲れがありますが、先輩は元気です。


「なんですか、それ?」


 目を細めて怪訝な顔をするクローディア先輩。


「はは、さっき蚤の市を見て回ってきたんです」

「それぞれの魔法陣の前に立つと、お互いの好感度が表示されるんだよっ」

「好感度……?」


 クローディア先輩は元気いっぱいに説明するミスラ先輩をかわいそうな人を見る眼差しで眺めて、そのまま視線をフォロンに移す。


「お互いの魔力を取り込んで、魔力の形質の組み合わせで相性をはじき出してるみたい。大丈夫、呪われてはないから」


 魔法陣となれば、この場で一番詳しいのはフォロンです。淡々と説明をする。

 相性を弾きだしてるとはいっても、その計算式がどうなっているかよくわからないので、正直眉唾物です。店頭で1回だけお試しでわたしとミスラ先輩で計測をしてみたところ、好感度はかなりいい数字がでました。テンションが上がってしまったミスラ先輩がそのままお買い上げ、という流れです。

 部屋に持って帰るほどでもないジョークグッズですので、部室に置いておこうということでしょう。


「ま、いいですけどね。でも、貼るとこなんてないですよ」


 たしかに、壁は棚でぎっしり埋まっています。埋まっていないところも、所狭しとメモやら地図やら魔法陣などといったものが貼られていたり、鉤が打たれて荷物掛け場になっていたりします。


「大丈夫だよ。ここに貼るから」


 ミスラ先輩が示したのは部室の入り口のドア。たしかにドアには何も貼られていないですね。

 その言葉にクローディア先輩も納得したようで、さっそくタペストリーを掛ける。


「ユイリ、私たちもやろう」


 準備ができると、フォロンがくいくいとわたしのマントを引っ張る。なんだかかわいい。

 ただの占いですが、気にはなっていたようです。


「うん」


 わたしたちは早速、魔法陣の前に並んで立って魔力を流す。すぐさまタペストリーが輝き、中央部分に数字が浮かび上がる。

 わたしからフォロンへの好感度と、逆にわたしへの好感度。そのふたつが現れます。

 その数字は……うん、どちらも普通というくらいの数字ですね。一番反応に困る結果です。


「つまんない」


 さして極端な数字が出てくるわけでもなかったのでフォロンは退屈そうに鼻を鳴らし、すぐさま興味を失った様子で隅の席に行き、本を読み始めてしまう。どうやら、お気に召さなかった様子です。

 まあ、あんまり悪い数字が出てしまうのもなんとなく嫌ですけれど。


「ユイリ。次は私とやりましょうか」


 わたしの横にとことことやってくるクローディア先輩。大して興味がある風でもないですが、物は試しというくらいの気分なのでしょう。


「あ、はい」


 お互い、タペストリーに魔力を流す。

 そして出てきた数字は、なぜかクローディア先輩からわたしへの好感度が異様に高い数字でした。


「あ、すごい。でもクロ先輩の片思いだね」


 たしかに、表示されるわたしからの好感度は結構低い。


「ユイリに嫌われているなんて、ショックです」


 数字を見て、言いながら目元をこするクローディア先輩ですが……


「先輩、全然涙目になってませんから」

「それもそうですね」


 わたしの指摘に、悪びれた様子もなく言うクローディア先輩。まあ、ただの占いですからねえ。先輩はさっと髪をかき上げると、お遊びは終わり、という様子で席に戻る。

 その様子を目で追っていて、机に広げられている紙の束が目につく。


「あの……それ、何ですか?」

「これですか」


クローディア先輩はコツコツと忌々しげに机を鳴らす。


「来月にある魔法発表会の準備です。とりあえず、参加クラブを募っているところですね」

「ああ、それで手紙を書いているんですね。でも、手書きですか」


 印刷すればいいだけのようにも思いますが、わざわざ手間をかけているようです。


「手書きの方が、反応がいいんですよ」

「へえ……」


 どうやら、そういう処世術があるようです。たしかに、手書きの手紙なんてそうしょっちゅう受け取るものでもありませんし、いざ貰ったら効力は高そうです。

 が、本人は不本意そうというか、ものすごく面倒くさそうです。


「元々は部長にきた話なのに、無理矢理手伝わされて迷惑です」

「何かある度、いつもクロ先輩は手紙書いてるもんね」

「この間も結界破りでたくさん手紙を書かされたばかりなので、腱鞘炎になります」

「お疲れ様です。お茶でもいれますね」


 わたしはぱたぱたとお茶の用意を始める。

 紙の束を見ると、クローディア先輩は随分長い間手紙を書いているような様子でした。なんだかんだ言いつつ、かなり頑張って作業をしてくれているようです。


「ありがとうございます。ユイリはいい子ですね」

「はあ、どうも」

「ユイリちゃん、私もお茶ほしいな。ぬるめでね」

「はは、わかりました」


 ミスラ先輩の分も用意することにします。ちなみにミスラ先輩も壊滅的に手先が不器用らしいので、お茶の用意も満足にできないらしいです。まあ、そんな感じもしますけど。

 フォロンは本を読み始めると飲み物に手を付けることもないのでパスしておきます。ほしいと言ってきたら、用意してあげればいいでしょう。


「クローディア先輩、わたしも手紙を書くの、手伝いましょうか?」

「ありがとうございます。でも、私が書かなきゃいけないことですので。副部長の肩書が大きいんです」


 副部長の肩書もありますが、クローディア先輩の名前というのも効力はかなりあるでしょう。


「あー、たしかにそうですね。それじゃ、お茶だけでもおいしくいれますね」

「はい、励みになります」


 クローディア先輩はわたしの言葉に、にっこりと笑う。

 風貌は冷たい雰囲気ですが、話すようになってみると優しくて後輩思いないい人です。はっとするような美人さんですので、同性に向ける無防備な笑顔にはわたしもどきりとします。

 考えてみれば、先輩は男子生徒にはわりと仏頂面をしていることが多いような気もします。同性には気安く接するタイプなのでしょうか。


「クロ先輩が書くのって、いつも男子が部長をやってるクラブなんだよ。やっぱり、美人の手紙は効くんだね」


 ミスラ先輩が茶化すように言う。


「それは、わかりません。部長に言われたところに書いているだけなので」

「あの、女子が部長のクラブにはどうしているんですか? ルカ先輩が書いているんですか?」


 ルカ先輩はカッコいいので、効果はありそうです。ただし妻帯者ですので、やはりそういう営業(?)はやらないのでしょうか。


「そちらは、手紙だったり会いに行ったり、色々ですね。コンラートとかアイシャとか、エステルなどが手分けしてやっているようです」

「なるほど。やっぱり、クラブの協力を取り付けるのって大変なんですね」

「やはり、向こうも面白そうだと思わないと手を貸してくれませんからね」


 多分今日もその関係で出かけているようですよ、とさして興味もなさそうな様子で続ける。


「ユウ君なんか、こないだのでかなり有名になったし見てくれもいいから、あの子が協力してくれるなら結構協力は取り付けられそうだけどね」


 ユウさんはカッコいいので、女性向けはするかもしれません。結界破りの有名人、という肩書も効力を発揮することでしょう。

 が……。


「でも、難しいでしょうねえ」

「だねえ」

「ですね」


 そんなことに協力してくれるタイプではないでしょう。


「そういえば、彼は今日は一緒じゃないんですか?」

「あ、はい。多分どこかで修行でもしているんじゃないでしょうか。ユウさんはいつも修行しているので」


 朝は寮の中庭で修行。昼は校舎の武道場で修行、夜は寮に戻ってきてまた修行。

 正直、よく飽きないな、と思います。


「なんだか意外ですね。休みの日は一緒にいる印象でしたから」

「ああ、たしかにそうかもしれません。でも、まあ、大丈夫でしょう。小さい子じゃないですから」

「ユイリちゃん、保護者みたいだね」


 ころころと笑うミスラ先輩。

 正直、ほぼほぼ保護者みたいなものだなあ、という気ではいますけれどね。

 彼が横にいないと、それはそれで、どこかで問題を起こしていないか、などと気をもむ自分も確かにいます。


 そんな話をしていると、部室のドアが開いて背の高い男子生徒がのっそりと入ってくる。

 わたしと同じ錬金術科の先輩、ヴィクトール先輩です。


「おう」


 というようなことをもごもごと口の中でつぶやくと、自分の席に腰掛けます。

 相変わらず寝不足気味の青ざめた表情をしています。


「先輩もお茶、飲みますか?」

「茶? ああ、悪いな」


 欲しいということでしょう。わたしはヴィクトール先輩の分も用意を始める。

 最初はわたしの給仕する様子を見ていましたが、興味を失ったように視線を部内に巡らせる。


「ん? おい、クローディア、それ何?」

「協力依頼の手紙です。ほら、来月の」

「魔法発表会にクラブ連が顔を出す話か。そういや、そんな話あったな」


 ヴィクトール先輩はそこで、思いついたようにニヤッと笑う。


「なあ、それ、いつもの男連中への手紙だろ? おまえが書くと効き目があるからな。今回はそれに握手券でも入れたらどうだ? 絶対に反響が……」


 そこまで言ったヴィクトール先輩がクローディア先輩の放った魔法で飛んでいきました。

 部室の片隅の杖置き場に、結構な音と共に突っ込むヴィクトール先輩。


「わ……わああーーーっ!? だ、大丈夫ですかーーっ!?」


 わたしは慌ててそこに駆け寄ります。普段触ることもない場所ですので、もわっと埃が舞って咳き込んでしまう。


「大丈夫です」

「えええ!? 聞いたのはヴィクトール先輩になんですけど!?」

「大丈夫なんです」

「……」


 わたしはクローディア先輩の力強い言葉になんとなく苦笑して、お茶の用意に戻ります。

 まあ、死んではいないでしょう。声が聞こえてこないので、気絶しているかもしれませんが。


「ユイリ。ヴィクトールのお茶はいりませんよ?」

「え? は、はぁ……」


 ヴィクトール先輩。どうやら、軽口が過ぎたようですね。というか手紙の書きすぎでクローディア先輩はもう限界がきているじゃないでしょうか。

 ルカ先輩、副部長さんは大変そうですよ。

 わたしは曖昧に笑いながら、改めて、お茶の準備を再開しました。


 うん。


 ユウさんがいないから今日は身の回りが静かかな、などとも思っていましたが、やっぱり身辺は結構騒がしいようですねえ。

 でも、なんとなく、それも悪くはない気がしている。


 そんな自分の心境の変化を、ちょっとだけ感じた休みの日でした。

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